フィタールのダンジョン (1)
ダンジョンの入口はかつてゴブリン退治で向かった洞窟と大差ない、どこにでもある岩に囲まれた入口だった。
張り切ったタマを先頭に、アルフォンス、エド、道案内のランドルフ。そしてその後に千夏とセレナが続いている。洞窟の中は暗い。エドと千夏が持つランプの明かりだけが頼りだ。
千夏はセレナと歩きながら今日の午後の出来事を説明する。
「え、元Sランク冒険者なの?すごいの」
セレナの一番の関心事はそこだったらしい。
「おだてても無駄よ。私は道案内しかやらないからね」
ランドルフは唇をとがらせる。
「このダンジョンの地下3階くらいなら、たいして問題になりませんよ」
エドがそう答えている間に、襲い掛かってきたウォーウルフの数体がタマとアルフォンスに撃破される。
道幅5メートルほどの長く続いた一本道の先から青白い光が差し込んでくる。先程までの暗闇が一転し、空洞の中は青白い光に満たされており、洞窟の内部がよく見える。地面は先ほどまで歩いていた岩肌ではなく土に変わり、道幅3メートルにせばまった岩壁には、ところどころ植物の蔓に覆われている。天井を見上げて見るが、光が差し込んでいるようには見えない。
「ここからが実際のダンジョンの始まりよ。ダンジョンの中は明かりは必要ないわ。さぁ、さっさと進みましょうか」
ランドルフは立ち止ったタマの頭をさらりと撫で進むように指示する。
「なんで、ダンジョンの中は明るいの?」
千夏はランプをアイテムボックスにしまいながら質問する。
「ダンジョンは魔力の吹き溜まりの中にある。この青白い光は漏れ出す魔力ではないかと言われているそうだ。そしてこの光になんらかの条件が重なって魔石が出来るのではないかと言われている」
アルフォンスは昔読んだ本を思い出しながらたどたどしく答える。
道はしばらくいくと、左右にわかれた。
「こっちに進んでちょうだい。結局ダンジョンについては、まだなんにもわかっていないのが現状なのよね」
タマと並んで先頭を歩くランドルフはおどけたように両手を広げ太い首を傾ける。
「とにかく濃い魔力に覆われた場所がダンジョン。そのダンジョンの中に魔物が生まれる。いつどこで突然魔物が生まれるかは全く予想がつかないわ」
なるほどと千夏が頷いた瞬間、後ろからボコボコと水中での空気の塊が流れるような音が鳴り響く。セレナは振り向きざまに剣を抜き、頭上に剣を構える。セレナの後方6メートルほどの処に、赤い靄が広がりそこから先ほどの音が聞こえてくる。
腰にさした短刀をその赤い靄に向かってセレナは投げつけるが、短剣はそのまま素通りして地面に突き刺さる。
(あれが魔力の吹き溜まりや。今攻撃してもらちがあかん。あれから魔物が生まれてくるぞ)
ゆっくりと赤い靄が二つの塊に収束していく。その形を見て、ランドルフは「あら、ミノタウルスね。一階で珍しい」と呟く。
セレナの隣にアルフォンスとタマが並び、陣形を整える。ランドルフの予言通りに、身の丈3メートルの2匹のミノタウルスがたった今生れ落ちる。
「「ブモォォォォォォォォォォォォォォォ」」
ミノタウルス達は咆哮を上げると、すぐ目の前にいるセレナ達に向かって角を突き上げ突進する。
すかさずセレナとアルフォンスは今朝練習していた魔力がこもった攻撃を跳ね返す技を繰り出す。その技によりミノタウルスが突撃してきた威力がそのまま、ミノタウルスに跳ね返され、2匹のミノタウルスは後方に勢いよく弾き飛ばされる。
「見たことがない技ね」
ランドルフは太い首をかしげて、セレナとアルフォンスの返し技を見つめる。
『リフレクションブレイク』
かつて魔軍との戦いで、勇者たちが対魔物戦で用いた返し技だ。300年経った今では伝えるものが絶えてしまったため、廃れてしまった技である。
自らの必殺の一撃を受けたミノタウルスは、角にひびが入り片腕がもがれる。よろよろと立ち上がるミノタウルスに、タマは空中から飛びかかり鋭い爪で、2匹の胸をえぐる。
タマが再び空中に駆け上がったタイミングで、千夏がファイヤーランスを唱える。
複数の火の槍がミノタウルスの頭上から現れ、次々とミノタウルスの体を貫通し地面に縫い留める。
ミノタウルス達は絶叫を放ちながら、自分の体に刺さっている炎の槍を引き抜こうともがく。ミノタウルスの手や体は焼けただれ、肉が焦げる臭いが辺りに充満する。
だが、まだ闘志は衰えていない。2匹のミノタウルスは無理やり炎の槍を引き抜くと、そのまま千夏達に向かい槍を投げつける。
セレナとアルフォンスは飛んでくる炎の槍に向かい走る。真っ直ぐ飛ぶ炎の槍を下から上に剣で斬りあげる。軌道をそらされた槍はガツッガッと音をたて天井へ突き刺った。
槍を投げた直後、ミノタウルスは上半身をかがめ角を突き出し、後ろ脚で地面を蹴り再突進を始める。タマがミノタウルスの前に立ちふさがり、鋭い爪で斬りつけるものの、突撃の勢いで横に弾き飛ばされる。
千夏はウィンドストームを発動させた。凄まじい風の渦に巻き込まれたミノタウルスは風の刃に次々と切り裂かれる。風が去った後に、身体を複数に分断されたミノタウルスの残骸がぼとりぼとりと落ちてくる。
「ふぅん。なんとなくタマちゃんが強くなりたい理由が判ったわ」
雑魚の敵であれば問題がないが、30センチ程の体格のタマは前衛としてBランクの魔物の突撃を体で受け止めることができない。
乱戦の場合は特に問題はない。攻撃を受けてもタマには大したダメージは与えられないので、繰り返しこちらからも攻撃すれば倒すことができる。
だが、パーティ戦では、タマが弾き飛ばされた後、魔物がそのまま後衛に突っ込んでしまう可能性が高いのだ。今の体格のタマではパーティ戦となると空からの遊撃または後衛からの攻撃に絞ったほうが有効だ。後衛からの攻撃は気功砲があるが、気力がつきると何も出来なくなる。
パーティ戦にて、竜であるタマが一番役にたたないという現状がタマを落ち込ませるのだ。
「うふふ。強くなりましょうね、タマちゃん」
「はいでしゅ!」
その後、襲ってくるゴブリンやウォーウルフを張り切ったタマが退け、ランドルフの道案内によって地下一階へ下る道を見つける。
少し急なその道を降りると、先程より少しだけ洞窟の中を照らす青白い光が強くなっていることに千夏は気が付く。
(下にいけばいくほど魔力が溜まっているのね)
「でも、今日はやたらと魔物と遭遇するわね。洞窟清掃してないのかしら?」
訝しげにランドルフはつぶやく。
「洞窟清掃ってなんのことなの?」
「ダンジョンは魔物が生まれるでしょ。ほっとくと、魔物だらけになっちゃうの。だから定期的に、王都の兵士がダンジョンに潜って魔物を退治するのよ。それを洞窟清掃って呼んでるの」
ランドルフは落ちている拳大の石を拾い上げると、太い腕を振りかぶって進路方向の道に投げる。
「グギャァァァァァァァァ」
石を当てたられた、ビックベアがポイズンスネークを3匹ほど連れて通路から飛び出してくる。
「地下一階に降りてすぐに敵と会うなんて。これはやっぱり清掃してないわね」
臨戦態勢に入ったタマ達の後ろで、ランドルフはエドに話しかける。
「地上一階で襲撃してきた魔物は全部で32匹。戦闘回数は13回。最短ルートを通ったわりには非常に多い数値です」
「よく数えていたわね。相変わらず、細かい男」
「感覚で生きているあなたと違うだけですよ」
呆れたようにエドをねめつけるランドルフをかわし、エドは上着から懐中時計を取り出す。
「ダンジョンに入ってから一時間半です。一回あたりの戦闘時間が短いので予定通り進んでいますが、清掃されていないとするとこの階あたりから進みが悪くなりますね。階層によって出現する魔物のランクが変わりますから」
「一時間半かぁ。あまり疲れてなさそうだけど、一応休憩でもしておく?」
「あ、賛成。私喉が乾いちゃった」
今回戦闘に参加していない千夏がちゃっかりと頷く。
「では、そうしましょう」
エドはアイテムボックスから幅一メートルほどの小さなテーブルを出すと、そこでお茶の準備を始める。全員分のお茶が入れ終わったころに、最後のポイズンスネークが倒される。
「よし!」
アルフォンスは剣を一振りして、剣についた血油を振り払う。後ろを振り返ると、のんきにお茶を飲んでいる千夏達が見える。
「死体のそばでのんびりしていても大丈夫なのか?」
魔物は血の匂いで集まってくる。休憩するならば、別の場所のほうがよいのではないかとアルフォンスは考えたのだ。
「このダンジョンにセイフティーエリアはないから、どこで休憩しようと同じよ。
気になるなら今まで暇そうにしてたエドを置いておけばいいわ。あら、このクッキーおいしいわ。どこで買ったのよ」
千夏がアイテムボックスから取り出したクッキーをしげしげとランドルフは見つめる。
エドはアルフォンスとセレナにお茶を渡すと、魔物の死体をアイテムボックスに収容し、その場で待機する。
「まぁいいか。ダンジョンで飲むお茶もなかなかおつなものだ」
アルフォンスは青白い光につつまれた洞窟内を眺め、淹れたてのお茶を口にした。
誤記修正しました。




