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フリルと花柄

「ここが目的地です」

 エドが立ち止った前にはこじんまりとした家が建っていた。

 屋根の色はうすいピンク。壁は白で統一されており、窓には可愛らしい花柄のカーテンがゆらゆらと揺れている。

 ここは貴族街から少し離れた住民街だ、所狭しと家と家が密集して建っている。


(こういうおうちに住むのもいいかもね。ちょっと少女趣味だけど)

 千夏が家の外観を観察している間にエドは家の呼び鈴を引く。


「どちらさま?」

 しばらく待つと家のドアが少し開き、誰かが外をうかがっている。

「久しぶりですね。ランドルフ」

「いやーん、エドじゃないのぉ。お久しぶり!」

 バンと扉を叩きつけるように開け、ランドルフは家から飛び出しエドに抱き付こうとする。


 エドは腕を突き出し、すぐさまランドルフの頭を片手でがしっとつかみ距離を保つ。

「痛い、痛いわ。何もしないから離して!」


 千夏はそのやりとりを唖然として見守っていた。

 頭から手を離してもらったあと、ランドルフは恨みがましい目でエドを見上げる。

「相変わらず、ひどい男ね」

 ランドルフは身長はエドよりやや低いが、がっしりとした見事な体躯の男性である。


 豊な栗色の髪は見事な巻き毛で、鼻筋もすっと通っておりかなりの男前である。

 だが、見事な胸板を覆っている上着は豪奢なフリルが3段もついているピンク色のシャツで、下はズボンではなく花柄のロングスカートをはいている。どうみても中身は40手前の中年男性だ。


「あなたも相変わらずですね、ランドルフ」

 エドはランドルフの姿をみて軽く溜息をつく。

「いつもいってるでしょ、ランちゃんと呼んでって」

 あっさりエドはその言葉をスルーして、千夏とタマを振り返る。


「あなたに会わせたい人を連れてきました。とりあえず、家に入りませんか?」

「お客?あら、かわいい坊ちゃんね。そっちは女?」

 ランドルフはじろりと千夏を睨む。あまりの迫力に千夏は少し後ずさる。


「いいえ、男性です」

「そう?ならいいけど。とりあえずお入りなさいな。お茶くらいは出すわよ」

 ランドルフは二人を手招きすると、さっさと家の中に入っていく。

 ここまで来たからにはいかねばなるまい。

 千夏は少し怖いもの見たさの気分でかわいらしい家の中に入っていった。



 ランドルフが出してきた茶器は、この前ミジクの街のギルドで見たものとまったく同じものだった。

「あ、これ。見たことある」

「そうなの?今流行ってるのよ、そのカップ。可愛いらしいでしょ」

 にこにこと笑顔でランドルフは答える。

 女装は趣味のようだが、顔には別に化粧などはしていない。


(顔だけみていれば、すごく男前な叔父様なのにすごく残念な人だ……)

 千夏は、お茶をいただきながらじっとランドルフを観察していた。


 その間にエドがタマが竜であること。まだ魔法がうまく使えないことを簡単に説明する。

「あら坊や、竜なの?生まれてどのくらいかしら?」

「一カ月くらいです」

 タマの代わりに千夏が答える。


「なら、それほど大きくはないわよね?元の姿にもどってくれる?」

 タマはすぐに竜身に戻る。


「いやぁぁん、ルビードラゴンじゃないのぉぉぉ。初めて見たわー!」

 タマを逞しい腕で一度ぎゅっと抱きしめたあと、角や翼、脚などを次々とランドルフは観察しはじめる。

 その目は真剣そのものだ。


「あら、爪の形が火竜とは違うのね。翼もどちらかというと大きいわ。鱗の肌触りもあまりざらざらしないのね」

 身体のあらゆるところを触られ、タマは嫌がって空中に逃げる。

「ごめんなさい。ちょっと興奮しちゃったわ。もう触らないから降りてらっしゃい」

 両手をあげて、ランドルフはタマに謝る。


「それで、強くなりたいってことだったわね」

 タマが空中より降り、千夏の膝の上に乗るとランドルフはお茶を飲みながら切り出す。

「竜は第二成長期が始まると自然に呼吸するように属性魔法を使えるようになるわ。タマちゃんの場合は、あと5年後ってところね」

「そんなに後でしゅか……」

 がっかりとタマはうなだれる。


「あらあら。第二次成長期前に強くなりたいの?今でも十分狩りはできるでしょ?」

 なだめるようにランドルフは、タマを見つめる。

「今すぐ強くなりたいのでしゅ!」

「ほんと、竜ってひたすら強さを求めるものね。私の知り合いの火竜もそうだったわ。まぁあっちはとっくに成竜なんだけどね」

 うふふふと野太い声でランドルフは微笑む。


「しょうがないわね。後ひとつ手はあるわ。ドラゴンオーブを使うのよ」

「ドラゴンオーブ?」

「そう。ドラゴンオーブ。竜の知識が詰まった宝珠よ。竜は死ぬとドラゴンオーブを残すわ。そのドラゴンオーブを読み取ることができれば、魔法の理や古に失った魔法などを使えるようになるそうよ。ちょっとまってね」

 ランドルフはそういうと部屋を出て、しばらくすると一冊の本を持って戻ってくる。


「これがドラゴンオーブよ」

 彼は本の中の挿絵を太い指で指し示す。

 その挿絵は、一メートルくらいの大きさの宝珠の中に不思議な文字が細かく刻まれているものであった。


「実際のオーブは宝珠の中の文字が揺れ動いて常に変わっていくものなの。色もころころ変わってとてもきれいなの」

「実際に見たことがあるのですか?」

 ずっと黙っていたエドが、ランドルフに尋ねる。

「当たり前よー。この本、私が書いたものなのよ。ほら、著者名にラン・メルクリーンって書いてあるでしょ」

 ランドルフは本の背表紙をエドに向け、著者名を読んだ後に「うふっ」と笑ってウィンクをする。

 何事にも動じないエドが一瞬固まり、復活後すぐさまガシッとランドルフの頭を腕で鷲掴みする。


「痛い、痛いわー、離してよー!」

「何度も言ってますが、その気色悪い癖なかなか治りませんね」

 キラリとエドのメガネが光の反射で光る。結構本気で怒っているようだ。


「わかった、わかったから、離してー!」

 ランドルフはエドの腕から逃れ、しくしくとレースのハンカチで目元を覆い隠す。

「か弱い私にいつもこんな意地悪ばかりするんだから、ひどいわ」

「何を言ってるのです。元Sランク冒険者が」

 Sランク冒険者。

 たった一人でもドラゴンと渡り合える強者。この王国に10人いるかいないかの、稀有な冒険者だ。


「昔はまともだったんですがね……」

 溜息をついてエドが投げやりにつぶやく。

「なによー、エドだって昔のこと言われたくないでしょ」

「何か言う気ですか?」

 ギロリとエドが睨む。


「言わないわよ、いい男は過去を詮索しないものなのよー」

 ランドルフはエドの視線を気にすることなく、髪を手でなおしながらソファに座りなおす。

 タマと千夏はその様子をみて、内心驚いていた。

 冷静沈着なイメージをまとっているエドがこれほど乱れるとは。この男だたものではない。


「それで、ドラゴンオーブの話よね?見たことあるわよ。王都から南に40キロほど離れた場所にあるダンジョンで」

「フィタールのダンジョンですか」

「そうよ」


 ダンジョンとは魔力が濃い吹き溜まりにできた洞窟のことであり、そこにはたくさんの魔物が住み着いている。

 大きなところでは地下10階を超える巨大なものもある。

 下の階層にいけばいくほど、魔力が溜まっており魔石が大量に眠っている。

 フィタールのダンジョンは地下5階までの中級ダンジョンである。


「ドラゴンオーブを読むには膨大な魔力が必要なの。人で読める人は滅多にいないわ。タマちゃんなら読めると思うわ、だって竜ですもの」

「それを読めば強くなれるでしゅか?」

 タマは目を輝かせて、翼をバタバタと動かす。

「ええ、間違いなく」

 ぐっと親指を突き出して、ランドルフは頷く。


「道案内だけでよければしてあげるわ。ダンジョンは広いからね。あ、そのかわり報酬としてタマちゃんの鱗を一枚ちょうだい。一枚抜いても成長期だからすぐに生えてくるから安心してね!」

 意外と抜け目がない。


「ちーちゃん、タマ行きたいでしゅ!」

 期待に満ちたつぶらな瞳で千夏をタマは見上げる。

 エドをちらりと見てみるが、特になにもコメントがかえってこない。

 それほど危なくない場所なのだろうか。


「アルフォンスがいいと言ったらね」

 そう答えた千夏だったが、アルフォンスがこの冒険にNoというわけがない。


「アルフォンス様なら、行くといいだしそうですね。ところで、ドラゴンオーブがある階層は?」

「地下3階の隠し通路。私が案内するから順調にいって6時間くらいね」

 明日以降はアルフォンスのスケジュールは結構詰まっている。いくとしたら今日か遅くて10日後だ。

 タマの様子や主の性格を考えると今日行こうと言い出す可能性が高い。


 今回の旅が始まる前にアルフォンスとある約束をエドはしていた。

 王都での貴族としてのスケジュールを完璧にこなすこと。

 その代りに他の時間はアルフォンスが望む冒険を最優先に割り当てること。


「ランドルフ、今日これからでも問題はないですか?」

「私はいつでもオッケーよ!」

 またウィンクをしようとランドルフは片目をつぶりかけたが、無言のエドの圧力を感じやめる。


 時間がもったいないので、そのまま転移で屋敷に戻る。

 タマは人に戻った姿で、アルフォンスの気を探して駆け寄っていく。

 慌てて千夏も後を追う。

 アルフォンスは中庭で本を読んでいた。

 エドに修行禁止を言い渡されているため、特にやることがなかったのだ。


「アルー!タマね、だんじょんに行きたいでしゅ。いっていいでしゅか?」

 突然タマが中庭に走りこんできたかと思うと、ダンジョンに行くという。

「何?ダンジョンだと?」

 アルフォンスの中でいってみたいところトップ10に入る場所である。

 本をテーブルに置き、千夏から簡単に事情を聞く。


「なるほど。それはぜひとも行かねばならないな。タマ、セレナを呼んできてくれ」

「わかったでしゅ!」

 タマは今度はセレナの気を目指して走り出す。

「やっぱり行くのね……」

「行くに決まっているだろうが。ダンジョンだぞ、ダンジョン」

 にやりとアルフォンスは不敵に笑う。


 エドとランドルフがそろって中庭に入ってくる。

 一瞬、アルフォンスはランドルフを見て固まったが、千夏に突かれ復帰する。


「あなたがエドの雇い主ね。初めまして、私はランよ!よろしくね」

 がしっとアルフォンスの手をつかむとぶんぶんと上下に大きく振りながら握手をする。

「彼がダンジョンの道案内です」

 目を大きく広げ、エドを食い入るように見るアルフォンスに簡単にランドルフを紹介する。


「どうしたの?アルフォンス」

(うぁ、ごっついおかまがおる)

 セレナがタマに連れられて、走って中庭に現れる。

 シルフィンの素直な発言に全員黙り込む。


「あなた、女?」

 じろりとランドルフはセレナをにらみつける。

「男です!」

 千夏は素早くセレナの代わりに答える。

 セレナは「何なの?」と答えた千夏をびっくりして見つめ返す。

 千夏はこそこそとセレナに後で説明するからと告げる。


「そうよね、胸もないし。私はランよ。よろしくね。これで全員かしら?」

 ガーンとショックを受けているセレナをスルーし、エドは頷く。

「では、夜更かしは美容の敵になるから、日が暮れないうちにさっさと帰ってきましょう。エド、フィタールのダンジョンまで飛べるわよね?」

「問題ありません」

 エドは全員を集めるとさくっとフィタールのダンジョン前に転移する。



「頑張るでしゅよ!」

 竜身に戻ったタマは張り切って、尻尾を振る。

「いやーん、タマちゃんかわいい!サイコー!」

 野太い声で声援を送りながらランドルフはくねくねと体を揺らす。


 こうして、ドラゴンオーブを探しにダンジョンに入ることになったのだ。


王都編なのにダンジョン・・・


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