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ケガ

 翌朝。

 朝食後にギルドに行き、到着報告を行った後に「さぁ、かえって寝なおすかなぁ」とぼんやりと予定を千夏が立てていたときに、シルフィンから修行に付き合って欲しいと頼まれた。


「修行? 無理無理! 私走れないから!」

 千夏は顔の前でブンブンと大きく手を振って拒絶する。

(修行を手伝って欲しいだけぇや。なにもお前さんを鍛えるつもりはあらへん)

「手伝うってなにを?」

(戻ってから説明するで)

 バーナム辺境伯別邸の庭で、近所の貴族に挨拶にいっていたアルフォンスと合流する。


 千夏はセレナと10メートルほど離れた位置に立つようにシルフィンから指示される。千夏の真向いに立つセレナは真剣そのものだ。

 アルフォンスが千夏に近寄ると、道具入れから青い魔石を渡す。

「これは例の転移を阻んでいた魔法結界付の魔石だ。一応念のために持っていてくれ」

 よくわからないが持てと言われたので千夏はそれを受け取る。


 セレナがすらりと剣を抜き中段に構える。

(チナツ、セレナを狙ってファイヤーボルトを飛ばすんや)

「え? 危なくない?」

(チナツは結界魔石を持っとるから問題あらへん)

「私は大丈夫って……」

 怪訝そうに千夏はシルフィンの本体である青白い光を放った剣を見つめる。


(セレナの集中力があんま続かんから、さっさと頼むで)

 千夏はとりあえず言われたとおりにセレナに向かって、初級魔法であるファイヤーボルトを飛ばす。


 ファイヤーボルトがセレナに直撃する瞬間、剣が素早く動きファイヤーボルトに向かって横薙ぎする。

 ブンとふるわれた剣の風を斬る音が聞こえたと思った瞬間に、千夏に向かってファイヤーボルトが戻ってくる。


「なんじゃ、こりゃ!」

 変な叫び声を上げて、千夏は目をつぶる。

 パシンという音が聞こえたが、千夏自身に何かがあった感触はない。

 千夏は恐る恐る目を開けてみる。千夏もセレナも無傷だった。


(初級は成功やな)

 シルフィンがそう言うとセレナは嬉しそうにその場に飛び跳ねる。

「やったの!」

「もしもし?状況がわからないのですが?」

 不機嫌そうに千夏が答えると、シルフィンが簡単に説明をしてくれた。


 今、魔法または魔力を帯びた攻撃をそのままの威力で跳ね返す技の訓練中なのだそうだ。千夏が放ったファイヤーボルトをセレナは見事に跳ね返し、術者の千夏へ反撃したのだ。

 千夏に怪我がないのは魔石の結界防御のおかげである。


(次は、アルフォンスやな)

 シルフィンに名前を呼ばれ、アルフォンスはセレナと立ち位置を交換する。アルフォンスもまたもや剣を中段に構える。

「ん、じゃあーファイヤーボルト!」

 これも見事に千夏に戻ってくる。


(まぁ、ここまでは想定通りやな。ちょいと威力低めで次、中級魔法で頼むで。そうやな、フローズンバレットがええな)

 結界石を抱え込んだ大岩カニにも千夏の中級魔法は打撲程度だが通ったのだ。

 魔力をあまり注ぎ込むと痛い目を見るのはわかっている。

 再度剣を握り直し、準備を整えたアルフォンスは千夏に向かって頷く。


 ファイヤーボルトは一発だが、フローズンバレットは複数の氷の弾丸が飛ぶのである。

 難易度はぐっと上がる。


 千夏はぎりぎり魔法が発動する程度の魔力でフローズンバレットを、アルフォンスに向けて発射する。ヒュンとうなりをあげ、数十個の氷の弾丸がアルフォンスを襲う。


「うりゃぁぁぁ!」

 アルフォンスの剣速は先程よりも更に早く、縦横無尽に走り回る。

 次々と千夏へと氷の弾丸が跳ね返されるが、戻ってきたのはおよそ半数。

 残りはアルフォンスに直撃する。


「ぐっ……」

 アルフォンスは膝を折り蹲る。急いでセレナが用意していた回復薬をアルフォンスの怪我の箇所にかけまくる。一番ひどいのは両腕で、剣が間に合わなく大多数が腕に被弾したようだ。


 千夏もアルフォンスに駆け寄る。

 魔力を最低限に抑えていたが、アルフォンスの腕はひどい裂傷が刻まれている。


「これ、ちゃんと薬で治るの?」

(ハイヒール薬だけだと全治2日やな。治療院にいって魔法で治した方が早い)

 セレナと千夏でアルフォンスをかかえ、治療院に行こうとしたところでエドに見つかる。


「まったく何やってるんですか」

 すぐにエドの転移魔法で治療院に辿り着き、光の魔法でアルフォンスの腕の傷は綺麗に消える。


「魔法を跳ね返す? 当たり所が悪いと死ぬかもしれませんよ。大体アルフォンス様は何を目的で王都にいらっしゃったのか覚えておいででしょうかね?」

 屋敷に戻って3人とも正座させられ、しばらくの間エドにお説教される。


「しばらくの間は修行禁止です!」

「「「はい」」」

 3人はしおらしく答え、一時間後やっとお説教から解放される。


「もう、大丈夫なの?」

 千夏はアルフォンスに心配そうに声をかける。自分も含め仲間たちが大怪我をするのを千夏は初めて目にしたのだ。


 ゲームに似た異世界。

 死んだら終わりだと話に聞いていたのに、聞こえていただけで全然実感していなかったのだ。

 いままでの自分の防御に対する甘い考えに思わず冷汗が流れる。たまたま運が良かったそれだけなのだ。


「ああ、すっかり治ったから大丈夫だ」

 アルフォンスは腕を動かし、泣きそうな千夏に向かって笑いかける。

「しかし、修行禁止とは参った。せっかく技を掴みかけていたのに」

 怪我よりも修行ができないことのほうがアルフォンスには堪えているらしい。


(やっぱり、回復担当がおらんのが厳しいな)

「薬だけだと限度があるの」

 修行をあきらめきれない3人が、うーんと唸る。


「みんなどうしたのでしゅか?」

 早速シャロン宛の手紙を書き終えたタマが、部屋に入るなり沈んでいる3人を見て声をかける。

「回復魔法を使える人がいないから、修行が続行できないって考え込んじゃってるみたい」

 千夏は呆れたようにセレナとアルフォンスを見ながら答える。あれほどの大怪我をした直後なのに、理解できない。


 だがひとり回復役がいればいざというときには、大変助かるのも事実である。


「ギルドで回復魔法が使える護衛を一人雇うか?」

(中級以上の回復魔法が使える光属性持ちの人材は少ないからな。うまく見つかればええのやけど)

 光や闇、時空属性持ちは基本属性持ちよりも極端に少ない。特に光属性持ちで生まれた人は、そのまま教会や治療院に勤めるケースが多い。冒険者になるリスクをおかすより安全に給料が手に入るからだ。


「タマも光属性でしゅよ」

 魔力は竜なので十分に持っているが、タマは未だに魔法は変化の魔法以外使えない。

「タマに転写ができればいいんだけどね……」

(さすがに竜に転写は無理やろ。弾き飛ばされるのがおちや)


「困ったの」

「とりあえずギルドに依頼してみるか。殆ど無理だろうけどな。冒険者にいたとしてもどこかのパーティに入ってる奴らばかりだろうし。おっと、そろそろ時間だ。行ってくる」

 アルフォンスは午後から別の貴族の昼食会に招かれているので、考えるのを一旦止めてそちらに向かう。セレナも護衛としてついていく。都市内での護衛は後衛の千夏にはあまり向いていないのだ。


 タマは役に立たなかったことにしょぼんと座り込んでいる。

「タマはいつも私を助けてくれているよ」

 千夏はタマの頭を撫でながら優しく声をかける。

「ちーちゃん、タマはもっと強くなりたいでしゅ」

 そう言われて千夏も困ってしまう。

 さてどうしたものかと考えているときに、エドが昼食ができたことを知らせにやってきた。


「あれ、アルフォンスと一緒じゃないの?」

「さすがに他家の来訪まで執事が付いていくことはありませんよ。それより、どうしたのです?」

 相変わらずしょぼくれたタマを見てエドは千夏に尋ねる。千夏は簡単に経緯を話すと「なるほど」とエドは納得する。


「強くなれるかはわかりませんが、竜の生体を研究している人に心当たりがあります。話を聞きにいってみますか?」

「いくでしゅ!」

「ではとっととお昼を食べてしまいましょうか」

 タマは頷き、エドに連れられて食堂に向かう。千夏ももちろん異論はない。


「学者さんか何かなの?」

 食事が始まると千夏はこれから会いに行く人について質問をする。

 エドはタマがスープをスプーンですくっている様子を観察する。いつこぼすかわからないからだ。


「そうともいえますし、違うともいえます。ほとんど趣味がメインですから。タマ、そのままだと零しますよ。スプーンの向きが横のままです。……それと、彼と会うときにはチナツさんはズボンを着用してください」

「なんで?」

「彼は極度の女性恐怖症なのです」


 いくら千夏に色気がないからといっても立派な女性体型だ。さすがにすぐにばれるだろう。

「大丈夫です。馬鹿ですから、男性だといえば信じます。ただ、会ったら少し気持ち悪くなりますのでご注意を」

 きっぱりというエドに多少不安を感じながらも千夏は頷く。

(気持ち悪くなるってどういうことよ……)





 それから数時間後、千夏は王都から更に南に離れたダンジョンの入口に立っていた。

「頑張るでしゅよ!」

 竜身に戻ったタマは張り切って尻尾を振る。


「いやーん、タマちゃんかわいい!サイコー!」

 野太い声で声援を送りながらランドルフはくねくねと体を揺らす。

(確かに、気持ち悪い……)

 千夏はげんなりとうなだれた。

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