冒険者ギルド
もうすぐ日が完全に落ちる時間である。そのため露店の半分は片づけに入っており、目当てのホロホロ鳥を千夏は見つけることが出来なかった。今日はもうあきらめてさっさと身分証だけ発行してもらいに冒険者ギルドに向かう。
冒険者ギルドは兵士が教えてくれた通りの左側にあり、普通のお店の2倍くらいの石造りの建物だった。一階は半分が食堂兼酒場となっており、夕方のこの時間は狩りを終えた男たちが、酒場で今日の疲れをいやすため盃をかかげそれなりに騒がしい。
筋肉ムキムキのいかつい冒険者が多いのかと千夏は思っていたが、半分以上がひょろりとした普通の人が多い。普通の姿の人々はそろって黒い上着とズボンをはいている。ちらほらと女性の姿もまぎれている。
(同郷の人たち?)
耳をすませてみれば、
「なんだこの世界、わけわかんねー」
「つまみにサキイカがないのかよ!あー、柿ピー食べたい」
「っていうかー、私まだ女子高生なのに冒険者ってなにそれぇ」
などの愚痴が聞こえてくる。
ここは異世界のはずだけど、かなりの人数がこちらに転生しているようだった。
(脱線事故おそるべし)
近寄ると愚痴につきあわされそうなので、千夏は面倒だなとさっさとギルドの受付のほうに歩きだす。
ギルドの受付は3つあり、3人とも別種族の女性が立っている。猫耳がキュートな獣人、とんがり耳のスレンダーなハーフエルフ、そして千夏より若い学生くらいに見える人間の女性たちであった。服装は制服があるらしく、旗を持っていないバスの添乗員さんのように小さな帽子をかぶっていた。
「あの、登録したいのですがどこですればいいでしょう?」
千夏は一番近くにいた猫耳さんに声をかける。ぴくりと耳を動かし、猫耳さんがこちらに向き直る。
「ここでできるにゃ。これに必要事項を書いてほしいにゃ。字はかけるかにゃ?」
すっと用紙を受付台に取り出す猫耳さん。
茶色の髪に茶色のちょっと大きめなふさふさな猫耳。なにより目が人間と違う。大きな目は瞳孔が垂直にスリット状になってる。そして長い黒と白のしましまのしっぽがスカートからとびでてゆらゆらと揺れている。
(夜道で目が光るのかな……結構便利かも)
それ以外は普通の人間と同じで…いや、ちょっとばかり胸とおしりが大きい。
「大丈夫かにゃ?」
しばらく返事をせずにぼーっと初めてみる獣人を観察していた千夏に受付嬢は尋ねる。
(今日はやたらと新規登録が多いにゃ。そして私をみると固まる人ばっかだにゃ)
何か格好が変なのかと不思議になり、彼女は何度もギルド奥にある従業員更衣室の鏡で問題がないかの確認を繰り返していた。寝ぐせもないし、制服に変なシワとかもなかった。
「あ、はい。これに書けばいいんですね」
千夏は観察を終えて、用紙に視線を移す。名前、年齢、住所を記載するようだが千夏には住所がない。
「住所って私特にないんですが」
「空欄でいいにゃ。ゼンの街にしておくにゃ。チナツさんでいいのかにゃ。私はカリンにゃ。簡単にギルドの説明をするにゃ」
カリン嬢の説明で冒険者にはランクがあること。ランクはSからFまで。新規登録した千夏はFランクになること。ランクアップするには依頼をある程度こなすこと、またはランクアップ試験を受けることで可能となる。
依頼はランク毎にわかれており、1つ上のランクの依頼までが受けれること。依頼期限内に依頼を成功させなかった場合、失敗となり違約金を払うこと。
ほとんど発生しないがギルドが発行した緊急依頼は、その緊急依頼のランクに該当するものは強制参加しなければならないこと。冒険者同士のいざこざにギルドは関与しないこと。
以上が簡単な説明で、残りの細かい規約が別の紙書かれているので、よく読んでおくようにと一枚の紙を渡してくれた。小説を読むのが好きな千夏にはなじみの設定であった。
「以上で説明は終わりにゃ。最後にできた冒険者カードに持ち主認証をいれるだけだにゃ」
名前、年齢、住所、冒険者ランクがかかれた千夏の冒険者カードをカリンは受付の横にある台のスリットに入れる。
「この台の上に手を置いてほしいにゃ」
千夏は素直に台の上に手を置く。
(これって例の水晶と同じシステム?)
「あのー、どうやって持ち主とか判断しているのです?」
とりあえず千夏は聞いてみる。
「この台はマジックアイテムで、その人の気紋を読み取ることができるにゃ。気紋は、生物が発する気の紋章のことにゃ。みんな気紋のパターンが違うにゃ」
(気ってオーラみたいなものかな。よく漫画でため込んで飛ばしたりしているやつ?)
ふむふむと千夏は頷く。
「じゃあ、街にはいるときに触った水晶も同じ?」
「あれは気紋を管理しているギルド本部にアクセスできるマジックアイテムにゃ。今、このマジックアイテムがチナツさんの気紋を読み込んで、カードに付与すると並行にギルド本部の気紋管理データに転送され、登録されるにゃ。犯罪を犯すと気紋データに犯罪者として記録されるにゃ」
「なるほど。ちなみに気って練ったり飛ばしたりできるんですか?」
「そうにゃ。訓練すれば多少は使えるにゃ。といっても気は生物に決まった量しかないにゃ。普通は多少気を固めて防御に使うくらいしか使えないにゃ。攻撃までできる人は高ランクで気功の名人くらいしか聞いたことがないにゃ」
気功の名人ときいて千夏はとある漫画の老人を思い出す。ちょっと〇〇〇〇波とかつかってみたいが、あの漫画では修行がかなり厳しかった。
「訓練大変そうですね……。何十キロも走ったりとか面倒……」
「ちょっとした使い方ならギルドの気功講座に出れば覚えられるにゃ。気功は魔力を覚えるのと感覚が近いので、走ったり体を鍛えるわけではないにゃ。気功のほかにもいろいろギルドで訓練講座があるから出てみればいいにゃ。はい、これ講座の開催予定表だにゃ」
カリンがまた1枚講座予定表の紙をくれる。そして出来立ての冒険者カードも渡してくれる。冒険者カードは名刺大のカードで右上に丸い穴があいており、そこに皮紐がくくりついている。首から下げれるようになっているようだ。
「冒険者カードは初回はタダにゃ。なくしたときは再発行料金がかかるにゃ。なくさないように気を付けるにゃ」
「どうもありがとう」
千夏はお礼をいった後、どこかにいい宿屋がないかをカリンに尋ねた。ギルド直営の宿の場所を教えてもらい、千夏はギルドを出て宿屋に向かった。
すでにメイン通りの露店はすべて片づけられており、日は完全に落ちたのであたりは薄暗くなっていた。
日本にあった街灯などまったくなく、家々からもれる薄暗い光だけが辺りを照らしている。中世の田舎町のようなゼンの街は夜になるとひっそりとしていて、途中でお化けでもでてきそうな雰囲気を醸し出していた。
目的地であったギルド直営の宿屋はギルドから数軒離れた場所にあり、だいたい二世帯くらいの大きさで木作りだった。
「食事かい?泊まりかい?」
ドアを開けるとチリンとドアについていた鈴がなり、奥からちょっとぽっちゃりしたおばさんが出てきた。料理を作っていたのか着ていたエプロンでてをぬぐいながら千夏に尋ねる。
「両方で!」
一階が食堂らしくいい匂いがただよってくる。千夏のおなかがぐぅとなった。
「泊まりなら1泊朝食と夕食付で銀貨3枚。だから夕食は今から食べれるよ」
とりあえず千夏は3日分を払う。これで本日金貨1枚分を使ってしまった。
(働かないままだと、一か月でお金なくなるのかぁ……厳しいなぁ)
「部屋は二階にある。これが鍵だよ、なくさないでおくれ」
おばさんから205と書かれた木札が付いた部屋の鍵を受け取り、千夏はそのまま食堂に向かう。
日が暮れた食堂は蝋燭の明かりがところどころにあるくらいで薄暗い。転ばないように気を付けつつ空いている席を探し、奥の4人掛けのテーブルが空いていたのでそこに座る。
(メニューがない……)
しばらくすると料理が運ばれてくる。
「今日の夕飯は野兎のシチューだよ」
シチューと例の黒パンとミニサラダ、あとはグラス一杯のワインがテーブルに並べられる。どうやら毎日日替わりディナーだけのようだ。
黒パンは堅いのでシチューにつけて食べてみた。シチューはちょっと具が少ないが味はふつうのホワイトシチューだった。
(白いやわらかいパンが食べたい… ワインはちょっと水っぽい。とりあえず明日はホロホロ鳥を見つけておなかいっぱい食べよう。今日は食べたらさっさとねよう)
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