セレナのおでかけ
最近訓練の休憩時間がとても居づらい。セレナはもじもじと手を何度も組み直し、俯く。
原因は2日程前から侯爵家に居着いた千夏の知り合いだという少女だ。セレナが見てもうっとりするほど美しい少女だ。彼女はアルフォンスの腕に自分の腕を絡ませ、楽しげにアルフォンスと話している。
「俺は肉と言えば鳥が好きなのだ。ホロホロ鳥はいくら食べても飽きない」
「私もホロホロ鳥が一番好きですわぁ」
先程からずっと食べ物の話題が続いている。
「セレナはバニーキャットの肉が好物だったよな?」
そう時折思い出したかのようにアルフォンスがセレナに声をかける。その度に美しい少女からギロリと睨まれるのだ。その目は明らかにセレナが邪魔だと物語っている。
セレナは居心地の悪さに、立ち上がる。
「どうした?セレナ」
「えっと、お茶がないの。もらって来るの」
セレナは適当に離席する言い訳を取り繕う。
「あらぁ、ほんとね」
愛理も頷き、セレナに向かって「いってらっしゃいー」と手を振る。
「エド、お茶」
「申し訳ありません」
アルフォンスが短く命じると少し離れた場所に控えていたエドが、さっとお茶を注ぐ。仕方なくセレナは席に戻る。
これで離席タイミングを逃したのは今日で3回目だ。全てアルフォンスに潰されている。多分、無自覚のようだがアルフォンスは愛理と2人きりになるのを避けているようだ。溜まるストレスにセレナは溜息をついた。
その日の午後、珍しくシルフィンが夕方まで休んでいいと言い出した。セレナは早速アルフォンスに止められる前に、街に飛び出す。捕まって、気まずい思いをしたくなかったのだ。
(ストレスはためちゃーあかんな)
シルフィンが苦笑いをする。どうやらセレナを気遣っての休みだったようだ。
「ありがとうなの」
素直にセレナはお礼をいう。
(かまへん。どこに行くんや?)
セレナは防具も剣も一流のものを持っている。特に武器屋に行く必要は感じない。
「洋服でも見てみるの。あと、チナツに頼まれてギルドに報奨金をとりに」
千夏は海での疲れがたまり、今日は一日ゆっくり過ごすらしい。
セレナは露店街にある古着屋を覗いていく。とにかく稽古でやたらと汗をかくので、着替えがいくつあっても足りない。
リフレッシュの魔法で服の汚れはとれるが、なんとなく気持ち悪い。それにもうすぐ夏もやってくる。
古着屋でセレナは夏物のシャツとショートパンツをいくつか購入する。ヒューマン用なので、尻尾に合わせて穴をあけてもらう。
(たまにはオシャレな服でも買うてみたら?)
シルフィンにそう聞かれ、セレナは少し心が動かされる。
セレナだって女の子だ。かわいい服をきてみたい。
「でも、着ていくところがないの」
(王都にいくんやろ?何着か見繕っておうたほうがええんやないか?)
「そ……そうなの?なら、後でお店によってみるの」
ワンピースにフリルのついたブラウス、マーメードラインのスカートなど一度は着てみたいものがいっぱいある。
とりあえず、千夏に頼まれた用事を先に片づけるべく、セレナは冒険者ギルドに向かう。
お昼を過ぎた後の冒険者ギルドは閑散としていた。セレナは空いている受付でこの前の魔物討伐報酬を受け取りたいことを告げる。
ギルドカードの提示を求められ自分の分と千夏のカードを渡す。ギルドの報酬受け取りは、代表者がパーティメンバーのカードを持って受け取ることが可能だ。
セレナと千夏は護衛任務でしばらくの間パーティーを組むことになったので、ゼンのギルドでパーティ登録をしたのだ。
正確にいうと、パーティ登録しているのは千夏とセレナだではなく、アルフォンスとエドも登録されている。
パーティ登録だけであれば、冒険者でなくても可能だ。ただし、ギルドが発行している依頼の報酬は冒険者でなければ受け取ることができない。
もともとお金に困っていないアルフォンスとエドはその件について特に異論はない。
ではなぜ、パーティを組んでいるのかというと他のメリットがあるからだ。
まずは、ぼっちと異なり常に複数の人間で依頼をこなすことができ、安全マージンがとれることが一番の目的になる。
主に支援系ではあるが、魔法の中にはパーティ全体を対象とするものもある。個別に魔法をかける必要がないのだ。
次に、魔物を倒したときまれに出るレアアイテムの所有を、パーティ共有財産として扱うことができる。
レアアイテムやダンジョンの宝箱で見つかるアイテムは、本来なら一番最初に手にしたものに所有権が書き込まれ他者には使うことができない。
パーティを組んでいるときはそれはパーティ共有として所有権が書き込まれ、誰もが使える。
最後にメリットと呼ぶべきことか微妙であるが、魔物を倒した経験値が平等に入る。
ただし、パーティメンバーが1キロ範囲内にそろっている場合に限る。それ以上離れている場合は、供に魔物を倒したことにはならないため、経験値は振り分けは行われない。
あとは千夏達のパーティに特化していることだが、シルフィンの声を聞くことができる。
「パーティ《トンコツショウユ》の達成報酬ですね」
受付の女性がそう尋ね、セレナは頷く。
このふざけたパーティ名の命名者はもちろん千夏だ。
パーティ名がなかなか決まらなかったので、千夏がそのとき食べたかったもので安易に決めた。
セレナも特にこだわりはなかったので、了承した。セレナは《トンコツショウユ》の意味を理解していない。千夏の故郷の言葉で千夏が大好きなものの名前だということくらいだ。
カードを受け取り清算を始めた受付嬢は、カードの記録に首を傾げる。
「オーガを48匹、ビックベアを4匹、シルバーフォックスが2匹????それに他の未精算がイビルシャークが36匹の大岩カニが1匹???」
この前の迎撃に参加したことは倒した魔物でわかるが、倒した数が異常だ。この結果ではこの前のミジク魔物襲撃の際にこのパーティが魔物の半数以上を倒したことになる。
パーティメンバーは5名。そのうち2人の冒険者ランクはEとなっている。とても信じがたい。
カードの情報エラーではないかと受付嬢は清算用のマジックアイテムのカードスロットに何度もカードを通す。しかし、結果は変わらない。
自分一人で判断するには清算額が高すぎる。受付嬢はセレナにもう少し待ってほしいと告げ、急いで二階のギルド長の部屋へ走っていく。
セレナも清算される魔物の多さに驚く。清算対象のほとんどが千夏とタマで倒したものだ。
この旅の間は倒した魔物の報酬は千夏と山分けというルールになっている。
だがこの報酬を山分けするは不公平すぎる。
海の魔物についてはセレナは参加すらしていない。それよりも気になるところは、千夏達と自分の戦力差がありすぎることだ。
とても歯がゆい。
しょぼんと尻尾を垂らし、セレナはうなだれる。
(役割の差が違いや。前衛が魔物を引きつけ引き留め、火力特化の後衛が仕留める。それがパーティってもんやろ?)
「でも、チナツやタマとの差が大きすぎるの」
竜を自分と比較するセレナにシルフィンは思わず苦笑する。
ドラゴンバスターの称号持ちはSランク冒険者だ。
現在ランクEのセレナが引き合いに出すことすらおかしい。
実際はいままでの修行の成果と前回の魔物討伐で、この短期間でランクBレベルまで急成長している。
千夏も比較してもしょうがないだろう。もともと持っている気力と魔力が規格外なのだ。
ただ、シルフィンには解せないことがある。
それは戦闘の後に一気に千夏の気力や魔力が小さくなることだ。戦闘で消費したせいだとわかるが、回復後の気力と魔力の最大値が一定とならないのだ。
魔力はLvが上がればそういう現象はおきるが、気力はLvが上がっても本来あがらないものである。本人に一度聞いてみたが、千夏自身もわかっていない様子だ。
気にはなるが、大した問題じゃないとシルフィンは割り切る。
今、魔王復活の兆しがあるなかで強い冒険者がいるということが重要なのである。
千夏もそろそろ上級魔法を覚えて欲しいと思っている。魔王戦には特級魔法は必須だ。
(ヤル気があるんはええことや。死ぬほど鍛えてやるから精進せい)
「頑張るの」
少なくてもパーティの足手まといになることだけは避けたいとセレナは意気込む。
ようやく受付嬢がカウンターに戻ってきた。
「大変お待たせしました。緊急依頼の報酬は一定額となっているので、おひとり金貨50枚となります。
緊急依頼で討伐した魔物の清算は対象になりませんのでご了承ください。ただし、倒された魔物が多いので特別報酬としておひとり金貨40枚をプラスします。
その他未精算分は金貨21枚と銀貨6枚になります。それと冒険者ランクについてですが、このままランクEであることは混乱を招きます。特別にCへランクアップを行います」
「ランクDでなく、Cなの?」
「本当はBランクに上げたいくらいですよ。お連れの方と一緒に明日でもギルドに来てください」
受付嬢は苦笑いをしながら答える。
ランクBの魔物をあれだけ倒せるのだ。
受付嬢は避難していたので、魔物との戦いについてはよく知らない。だが、ギルド長は指揮をとるために戦いに参加していたのだ。《トンコツショウユ》があの竜と魔法使いそれに常に最前線にいた3人前衛のパーティであれば、この数字に納得がいく。
セレナは頷き、報酬を入れた袋を受け取るとギルドを後にする。
本当は洋服を見に行こうと思っていたが、いままで持ったことがない大金を所持している。
小心者のセレナは一旦侯爵家に帰ることにした。
説明回です。
1回で終わると思ったのですが、終わりきらず・・・
続きます。




