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だらだら行こう(仮)  作者: りょうくん
王都に出かけよう
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愛理の攻防

 1日目の朝。

「アルフォンス様のお好きなものはなんですかぁ?」

 そう聞いたことを愛里は後悔した。好みの傾向を分析し、攻略情報として役立てようと単純に思っただけなのだ。


「なんといってもドラゴンだな」

 アルフォンスの回答はそこから始まり、ドラゴンの強さやその姿や形、深い知性など余すことなくドラゴンマニアぶりを発揮する。最初の一言からすでに一時間が経過している。今はタマの角のすばらしさについて語っているところだ。

 すでに愛里は相槌を打つ気力さえない。だが、アルフォンスは気にすることなく、夢中で話し続ける。


(だいたい、タマってなんなのぉー。意味がわからないんだけどぉー)

 愛里は出そうになる欠伸を堪え、口元に手をあて何とか微笑む。

 話の途中でセレナが剣の稽古の時間だと迎えにきたときは、ほっと胸をなでおろした。忌々しい獣女が珍しく役にたつ。

 しばらく経ったあと、なかなか戻ってこないアルフォンスに「やっぱり、あの獣女まじむかつくぅー」と前言を翻す。


 2日目の昼。

「私、誰も身よりがないのですぅ」

 悲しげに長い睫を伏せた後、必殺の上目づかいで愛里はアルフォンスを見つめる。

 両腕を膝上に組み、胸を強調させるように腕に挟んで持ち上げることも忘れない。


「それは難儀なことだ。千夏に聞いたのだが、例の事故かなにかで?」

 憐れむように愛里をまっすぐ見つめるアルフォンス。

「そうなんですぅ。私だけが無事で……」

 ぐぃっと顔を近づけ、瞳を潤ませながら愛里は答える。アルフォンスは愛里と視線を外さずそのまま二人は見つめあう。


「私だけ、生きていていいのかなぁ……」

 ぽろりと涙を一粒頬に落とし、愛里は儚げにそうつぶやいた。

(ほらぁ、いいのよぉ。抱きしめて)

 アルフォンスが手を伸ばしてくるのを確認しながら愛里は心の中にニヤリと笑う。


 アルフォンスは愛里の肩に手をかけ、励ますように声をかける。

「そんなことをいうものではない。生きていればいいことはいっぱいある。ある日突然希少なドラゴンに会えたりすることもあるのだ。そう、あれは初めてタマに会った日のことだ」

(また、ドラゴン……)

 アルフォンスはタマに会った日の感動について熱く語りだす。

(なんなのぉ、この変態。目が腐ってるんじゃないのぉー)


「あのぅ、ドラゴンについては分かりましたぁー」

「そうか、なら強く生きていけるな。千夏も身よりがないそうだ。それでもタマという相棒がいることで元気に生きている。アイリもぜひ相棒を探すべきだ」

「それだったら、アルフォンス様がいいなぁー」

 ちらりとアリフォンスを見て、愛里は恥ずかしそうに頬を高揚で赤く染める。


「俺か?俺はまだまだだめだ。もっと鍛えないと。修行を積んで一流の冒険者になるのが夢だ」

 いつのまに、冒険者の相棒探しの話に変わってる。

「アルフォンス様は貴族なので冒険者にはなれないですよね?」

「そう、残念がなら無理だ。だが今回の魔物騒動のような事件が発生しているのが現状だ。領民を守るために強くありたいと思う」

 アルフォンスは真摯に答える。


 するりとアルフォンスの片手をつかみ、ぎゅっと両手で握りしめ愛里はにこりと微笑む。

「私はそんなアルフォンス様のおそばにいたいのですぅ」

「わかった、では一緒に鍛えるか。師匠の修行は厳しい。共に頑張ろう」

 意気揚々とアルフォンスは立ち上がり、「これから走り込みがある。まずはそこからだな」と愛里の手をつかんだまま、部屋の外へと出ようとする。愛里はそれを引き留めようと、腕を引き返す。


「いえ、私はか弱いので修行は無理ですぅ。心でアルフォンス様に寄り添いたいのぉ」

 愛里はそう言うと、アルフォンスの胸に飛び込む。両腕を背中にまわし、胸を押し当てる。

「そうか、応援してくれるのか。頑張るよ」

 アルフォンスはさわやかに微笑む。

 思ってもいない反応を返され、愛里は困惑する。


「アルフォンス、早く走り込み始めるのってシルフィンが怒ってるの」

 ノックの音と獣女の声が聞こてくる。

「わかった。今いく。ではいってくる」

 アルフォンスはそう答え、愛里の腕からするりと抜けて部屋を出ていく。

 そして愛里はまたもや一人取り残される。


 愛里が微笑めば、男はのぼせ上がりそわそわと落ち着かなくなる。

 愛里がせつなげに目を伏せれば、男は庇護心を刺激され何があろうと愛里を守ろうとする。

 愛里が退屈に溜息をつけば、男は愛里を喜ばせようと何かを貢いでくる。

 愛里が身を寄せれば、柔らかく甘いにおいで男は理性をなくす。


 男とはそういうものだ。

 あの馬鹿はおかしい。こんなはずではなかった。

 三日目になると、愛里は焦り始める。


 あの馬鹿は、まったくといっていいほど普通の反応がない。たまに愛里の存在を忘れたかのように振舞うことすらある。

 愛里の存在を忘れる?そんなことがあっていいものか!

 あれは男ではない。

 男でないものを落とすことなどできないと約束を取り消したいのだが、千夏が捕まらない。噂では海に行っているらしい。


(遊んでいるのかしら。まったくいいご身分ね!)

 愛里はイライラと親指の爪を噛みながら廊下を歩く。

 目の前のドアが開き、紺の制服を着たメイドが頭を下げながら出てくる。

 千夏を探しているうちに、奥にある侯爵の執務室の前まできてしまったようだ。


(侯爵……。そうよ侯爵なら!)

 愛里は急いで厨房に向かう。

 お昼の忙しい時間を乗り越えた後の厨房は、数人の召使いが後片付けをしながら談笑している。愛里はその中の年若い少年に声をかけると、侯爵へのお茶を用意してもらうように頼む。


「旦那様はいつも同じ時間にお茶をいただかれます。ま、まだその時間になっていません」

 愛里の美貌にうろたえながらも少年は答える。

「その時間っていったいいつなのぉ?」

「あと一時間くらい後になります」

「あと一時間……。だったらお茶請けに侯爵が好きなお菓子をその間に作ってちょうだい」

 大人しく答えていた使用人は愛里の言葉に困惑する。


 侯爵の堅実な人柄に合わせて、一週間分のメニューはとっくに決まっている。予定に合わせて食材を買い込んでいるのだ。余分なものはない。


「今日のお茶菓子はすでに決まっています。変更となると料理長にお願いする必要があります」

「じゃあ、お願いしてきてね?お願いぃー」

 愛里はうるうると瞳をうるませ、必殺の上目づかいで少年を見上げる。顔を赤く染めるた少年は頷くと、厨房のとなりの休憩室に向かう。


「いったいどの馬鹿がそんなことを言ってるんだ?」

 休憩室から白のコックスーツを着た大柄な男が出てきた。耳は顔の左右ではなくふわふわした短い耳が頭の上に乗っている。熊の獣人だ。


「私ですぅ。お世話になっているお礼に、お茶の差し入れをやらせてもらいたいのぉ。それでできれば侯爵がお好きなお菓子を一緒に出せたら、お話しやすい雰囲気になるでしょうー?侯爵とお話がしたいのぉ」

 両腕を組んで口元まで持ってくると愛里はうるうると瞳をうるませ、料理長にお願いをする。


「確か、チナツさんの知り合いの……」

「愛里です。侯爵様に大事な用があるのぉ。お願いー」

「わかったよ、ただし今後はそういうことはなしだからな。おいレオ。冷蔵庫から材料をとってこい」

 そう。男は愛里の願いをかなえるべき動く。これが普通だ。

 愛里は満足そうに、微笑んだ。


 しばらくして出来上がってきたフルーツケーキとお茶を手に愛里は、侯爵の執務室を訪ねる。

「入れ」

 年老いた声は衰えを感じさせず、威厳に満ち溢れている。

 愛里はしずしずと部屋の中に入り、侯爵と視線が合うとにこりと極上の微笑みを浮かべる。執務室にある応接セットのテーブルに愛里は茶器とお菓子を並べていく。

 侯爵は奥の執務用の机から離れ、応接用ソファへと腰を下ろす。


「いったい何の用件かな?」

 いつものメイドではなく、愛里が来たことに侯爵は静かに尋ねる。

「お世話になっていることですし、一度お話をさせていただきたいと思っていたのですぅ」

「一人増えたところでたいしてかわらん。気にすることはない」

 侯爵は愛里が入れたお茶を一口飲むと、少し眉をひそめる。


 お茶はおいしく入れるのにコツがある。ただ注げばいいというものではない。それに気が付いた愛里は、慌てて頭を下げる。

「すみません。これからは侯爵様のお好みの味を出せるように練習してまいります」

「これからは……か」


「はい。こちらは、侯爵がお好きなケーキと聞きました」

 白くなめらかな腕でケーキの皿を侯爵を勧める。侯爵はケーキを見たあと愛里の顔をゆっくりと眺める。今日この菓子が出る予定ではない。


「昔、妻がよく作ってくれたものだ」

 侯爵夫人は10年ほど前に病で亡くなっている。

「奥様がですか。思い出深いものでしたのねぇ」

 愛里はさらりとした髪をゆっくりと後ろに流したあと、侯爵に向かい青い瞳を潤ませて答える。


「私、練習してできるだけ奥様の味を出せるように頑張りますわ。侯爵のお役に立ちたいのです」

「それは我が家のメイドになりたいということか?」

 侯爵はケーキにフォークを入れながら、愛里の意図を探る。

「メイドでもなんでもいいのです。ただ、侯爵のお役にたちたいのです」

「美しい手だ。お前にはメイドなど向かないだろう。まるで宮廷の貴婦人のような手だ」

「そんな……」

 愛里は手を握りしめ、恥ずかしそうにうつむく。

(ちょろいわー。そうよ、こうでなくては)

 愛里は高揚し、期待気に侯爵を見つめる。


 しかし、侯爵は愛里に厳しい視線を返す。

「だが、その美しさは我が息子にとっては毒になるだろう。話は終わりだ」

「え、なんで……」

「聞こえなかったのか。話は終わりだ」

 再度侯爵に厳しく言い付けられ、愛理は呆然としながら執務室を出る。


 侯爵は軽くため息をつく。千夏はあえて愛理を友人と言わず知人と侯爵に紹介した。しかも、ものすごく面倒そうに。あの手の美貌自慢の女は美しさの程度が異なるが、根本的には変わらない。権力と金のみに執着する。


 アルフォンスは無自覚に彼女の誘惑をうまくかわしている。だが、息子のフェルナーはそういう免疫がない。ころっと簡単に落ちるかもしれない。


 千夏達がここに滞在している間は息子に王都に止まるように指示を与えなければ。

 侯爵は呼び鈴を鳴らし、新しいお茶を持って来るようにと命じた。

夏風邪をひき、ダウン中です。

申し訳ありません。更新ができない日が出てしまいます。


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