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だらだら行こう(仮)  作者: りょうくん
王都に出かけよう
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誘拐犯再び

 街の外で昼食を終えたタマは、街のほうへと翼を広げ飛んでいた。容赦なく吹き付ける潮風が体にまとわりつく。


 ミジクの街の近くには魔物が見当たらず、少し遠出をしていたせいですでに夕暮れだ。空はオレンジ色に染まっている。沈む夕日とそれを反射して輝いている海はとても綺麗だ。


 街から2キロほど離れた場所に降り立つと、タマは人に変化する。首からぶら下げている証明書を念のために確認し、小さな足をのんびり動かしながら、街へと向かう。


 このあたりは昨日の戦闘があったところだ。千夏の爆撃によって出来た穴がところどころ残っているが、一番大きな穴はすでに土が盛られて埋められていた。


 今朝兵士たちが、魔物達の死骸を焼いたあとにその穴に埋めたのだ。焦げついた匂いがあたりに充満している。


 壊れた防御柵を乗り越え、しばらく歩くと街の門が見えてくる。普段ならこの時間でも街の出入りが激しく、商人たちの馬車が列を作っているはずだが、今は閑散としている。昨日の朝から昼過ぎまでの間に、多くの商人や民が魔物の襲撃を恐れ、街を離れたからだ。

 タマは門にたどり着くと昨日の疲れが取れていない疲労気味の兵士に近寄っていく。


「どうした、坊主。一人で街の外にでちゃぁ危ないぞ」

「大丈夫でしゅ」

 タマは首からぶら下げた身分証を兵士に見えるように掲げる。


 兵士は身分証を確認し終えたあと、タマの頭を軽くなでると「戻っていいぞ」と声をかける。タマはくすぐったそうに首をよじると、「またでしゅ」と兵士に声をかけてから門をくぐり抜ける。


 門から続く街の中心となる道脇にぽつぽつといくつかの露店が出ている。そのうちひとつの露店前に、しゃがみ込んで売り物を眺めている千夏を見つけ、タマは駆け寄っていく。


「タマ、おかえり」

「ちーちゃん、ただいまでしゅ」

 立ち上がった千夏に抱き付くとタマは嬉しそうに笑う。千夏も微笑んで抱き付いてきたタマの頭を撫でる。


「なにを見てたのでしゅか?」

「石鹸が足りなくなったからちょっとね」

 千夏は石鹸を5つほど小間物屋から買い、アイテムボックスに収納する。


 本当はタマを迎えにきていたのだ。竜のまま街に入ろうとしないか念のために。どうやら千夏の取り越し苦労だったようだ。


「あっちに串焼き屋が出てたからいってみる?」

「はいでしゅ」

 二人は手をつないで、ギルドの近くの串焼き屋に向かって歩き出した。


 しばらく歩いていると、タマがぴたりと足を止める。

「ちーちゃん、この前アルをさらった人の匂いがするでしゅ」

「どこに?」

「あっちでしゅ」


 タマに手を引かれて千夏は裏通りを奥へと進んでいく。人通りは完全に途絶え、誰ともすれ違わない。建物はあまりなく、粗末なテントが多く立ち並ぶ一帯に踏み込んでいく。

 その中のさびれた小屋をタマが指さし、千夏は窓から小屋の中を覗き込んだ。



「おい、どうしてくれるんだ?」

 直樹は首元をつかまれ、ドンと激しく小屋の壁に体を叩きつけられた。

「うっ……」

 強打した背中が焼けるように痛い。

「ふざけんなよ、もうすぐ王都に着いちまうじゃねぇか」

 前のめりになったところを容赦なく頭に向かって数度蹴りを食らう。


 直樹の隣に立っている愛里は、いつ自分が殴られないかとはらはらしながら直樹を蹴りつけている男を見つめる。


「いいか、ミジクは今人がすくねぇ。やるんだったら今のうちだ。失敗はもう許されないからな」

 男は最後にもう一度直樹を蹴り、いまいましそうにじろりと睨んでから小屋を出て行った。


 男が出て行ったことに安堵した愛里は、蹲っている直樹にちらりと視線を投げる。

「いつまで寝てるつもりぃー?さっさと起きてさらってきなさいよぉ」


「……愛里、逃げよう。誘拐は無理だ……」

 直樹はのろのろと顔を上げ呻きながら答える。


「逃げるなんて無理よぉ。また別の街で見つかるよぉ」

「悪いことをやらなきゃ、見つからない。農村かどこかで静かに暮らそう」

 直樹は口から流れる血を手で拭い、いつもの説得を始める。


「まだいってるの?貧乏な生活なんて嫌だっていってるでしょー?」

「誘拐なんて無理だ。失敗したら殺されるんだぞ」

「まぁ、あんたは失敗したらそうなるかもねぇー。私も失敗したら嫌な目にあわされる」


 愛里はイライラしながら、直樹を睨む。直樹が失敗したらさっきの男に媚びを売らなければならない。

 あんな下種な男を相手にしなければならないかと思うと、虫唾が走る。直樹はあの魔法の言葉さえ言えば、手も出してこないしお金を盗ってきてくれる。


「じゃあ、坊ちゃんを誘きだしなさいよぉー。確か独身だったよねぇ?すぐに取り入って結婚するわ。男なんてちょろいし。そうしたら、あいつらは手をだせないしぃー。贅沢ができるわぁ」

 なかなかいい案だ。愛里はとっさに思いついた案に夢中になる。


「何を言ってるんだ、愛里」

「とってもいい話じゃなぁい。あんたは坊ちゃんを呼び出せばいいのよぉー。あとは私がうまくやるわ」

 楽しげに微笑んでいる愛里が直樹には理解しがたい生き物に映る。


「この世界に来てから、君はとても変わった……」

 直樹は、いままで心の中で思っていても口に出せなかった一言をつぶやく。憐れむような直樹の眼差しが愛里をイライラさせる。


「何よその目はぁ。好きでこんな世界に来たわけじゃない。あの電車に乗らなかったら、今頃日本で楽しく暮らせていたのよぉ。責任とりなさいよー!」

 綺麗なカーブを描いている眉を吊り上げ、凄まじい形相で愛里は直樹を睨む。その顔には美しさの欠片もない。醜悪だ。直樹の中で守ってあげなくてはいけない少女という偶像が壊れた。


「確かに電車に乗ろうといったのは俺だ。だが、俺が事故を起こしたわけではない。悪事を働くためにこの世界に来たわけでもない!」

「何逆ギレしてんのよぉ」

 突然の直樹の反撃に愛里の怒りは更に増していく。直樹の分際で、自分に逆らうことなど許されない。


「これからは真っ当に生きていく。それが俺の責任の取り方だ」

 直樹はゆっくり起き上がると、愛里に向かって手を伸ばす。愛里は差し延ばされた手を振り払い、凄まじい形相で直樹を更に睨みつける。

「逃げるなら勝手に逃げなさいよぉ。その代り責任をもって、お坊ちゃんをおびきだしてからにしてよね!」




(なんかすごく馬鹿らしい……)

 二人の会話を聞いていてた千夏の素直な感想である。

 あの二人の後ろになにか組織らしきものがいるようだが、王都にたどり着いてしまえば、手出しができないような小さな組織なのだろう。それほど心配しなくても問題はなさそうだ。


(でも、同じ転生組が誘拐犯だったとはね……)

 まだいい争っている二人を見る千夏の表情は穏やかではない。一歩間違えれば自分も同じ運命を……。いや……ないか。そこまで自力で頑張る気力がない。そもそも人の人生に口出しする気力もない。


 さて戻るかと踵を返したときに、飛び込んできた愛里の言葉に千夏は立ち止る。

「あんな馬鹿で頭が足りなさそうお坊ちゃんなんてすぐ落とせるのよ!連れて来るだけでいいっていってるでしょー!」


(なんかわからないけど、すごく気分が悪い……)

 千夏は小屋の入口に回り込み小屋の中に乱入する。


「ちょっと、馬鹿ってなにさ!」

 突然現れた千夏に二人は我を忘れて一瞬固まる。千夏は愛里との距離を詰め寄る。

「確かに馬鹿かもしれないけど、アルフォンスをよく知らない人に言われる筋合いはないよ!」

 彼は愛すべき馬鹿だ。そんなことも知らないのになにいっちゃってるんだか。

 旅の間にいつのまにやら芽生えた仲間意識が、愛里の暴言を許せない。


「こいつ、坊ちゃんの護衛か!」

 直樹は千夏の顔を思い出し、慌てて無理やり千夏と愛里の間に割り込む。

「なんで庇うかなぁ。私にはわからないよ。電車事故の責任って自分でも言ってたけど、あなたが起こしたわけじゃないよ?一緒にダメダメな道進んでちゃ、転生した意味がない」

 必死に愛里を庇う直樹を見てついぽろりと千夏は言ってしまう。言った後でしまったと顔を顰める。二人の人生に介入する気はさらさらないのに……


「お前も、転生者か!」

「……そうだよ」

 千夏の気まずそうな返答を聞き、直樹は緊張を解いた。

 例えるならば海外旅行で迷子になっていたときに、同じ日本人に出会えたような心境だろう。


「俺たちはもう辺境伯の息子には近寄らない。だから見逃してくれ!頼む、同郷のよしみで」

 ずうずうしいのはわかっていたが、情に訴えられると弱い日本人ならなんとかなるのではないか。直樹はそう考え、千夏に頭を下げる。


「別にいいけど……」

 千夏も二人が特に害にならないのであれば、捕まえるつもりはない。

「ねぇ、だったらお坊ちゃんを紹介してよぉー」

 せっかくまとまっていた話を愛里がぶち壊す。

「嫌」

 千夏は先ほどの愛里の馬鹿発言を思い出し、顔をしかめる。


「なんでぇー?あ、お坊ちゃんを盗られると思ってんでしょ?会わせてくれるなら、あなたを愛人にするように言ってあげてもいいわよぉ」

「意味わかんないんだけど。別に愛人なんかになりたくないよ」

「ふぅん。自分に自信がないのねぇ。その顔じゃ仕方ないかぁ」

 どうやら愛里の中では千夏はアルフォンスをたぶらかしたいが、器量不足で失敗している女という位置づけになっているようだ。どこからそんな発想が生まれてくるのか千夏には理解できない。


 確かに金色の髪はさらさらと肩まで流れ、大き目な青い瞳は愛らしい。体型も背が少し低いが、凹凸がはっきりしていて女性的である。

「自信ありそうだけど、会わせても無理だよ。アルフォンスは落ちない。諦めた方がいい」

 というかこんな女に落ちたら絶交だ。


「大丈夫よぉ、男なんてあんまり変わらないものよぉ」

 にっこりと愛里は愛らしく微笑む。

 こういうタイプは何を言っても理解しあえないのではないだろうか?一度会って会話した以上、アルフォンスに会わせるまで付きまとわれそうだ。

 それはかなりうざい……。さっさと変な自信が折れた方が人生やり直せるのかもしれない。千夏はそう結論付ける。


「会わせてもいい。だけど、一つだけ条件がある。アルフォンスをこのミジク滞在中に落とせなかったら、誘拐犯として侯爵に突き出す。それでよければ会わせてあげる」

 今のアルフォンスは修行と冒険とドラゴンで頭がいっぱいだ。それにエドがいる。胡散臭い女をアルフォンスに近寄らせることはないだろう。


 それならば愛里に期間を与え、それでもアルフォンスが見向きもしなければ、その高いプライドがぽっきり折れるだろう。


「……滞在っていつまでなのぉ?」

「シシールには一週間いたから、あと5日ってところだとおもう」

 愛里はその条件について考える。日数的には問題はないが、会う頻度を上げなければ完全とは言えない。初日に会わせてもらっても、そのまま放置されたら意味がない。


「あなたのお友達ってことで、侯爵家にしばらく置いてくれるならいいわぁ。ついでに、侯爵の息子を落とすのもいいわねぇ」

 ついに貴族と接触ができる。やっと念願の生活を手に入れられそうだ。愛里は満足そうに微笑む。


 千夏は、愛里の提案について考える。フェルナーは侯爵に言いつけられて、王都に行っているからミジクにはいない。そちらのほうの心配はなさそうだ。


「友達ってのは微妙だけど、侯爵家にしばらく入れるようにはできると思う」

「交渉成立ねぇー」

 愛里は手を叩いて喜ぶ。


「愛里、無茶だ!」

 二人のやり取りを唖然聞いていた直樹が、我に返り愛里を止めようとする。だが愛里は直樹を無視したまま、千夏を急き立て小屋を出ていく。

 千夏も何も言わない。この二人は二人で居続けたら駄目になる。


 ふと、何かを思い出したかのように戸口を出たところで、愛里は振り返った。

「直樹、いままでお疲れ様ぁー。元気でねぇ」

 それは初めて愛里と出会ったときに見た無邪気な微笑みだった。直樹は魂が抜けたようにただその場に立ち尽くしていた。



誤記を修正しました。

すごく、面倒な二人です・・・

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