報酬
その日の昼にさっそくタマの身分証明カードが届けられた。
(あの侯爵、仕事が早い)
千夏は執事からカードを受け取ると、カードに着いている紐をタマの首にかける。
「いい?これはなくしちゃだめよ。街に入るときに必ず見せるの。いつも私がしていたから判るよね?」
ベットに腰かけて足をぷらぷらさせているタマに千夏は言い聞かせる。
「わかったでしゅ」
タマは首からぶら下げているカードを手にとり、うっとりと眺める。
「あと出かけるときは誰かに声をかけていってね。朝ならエドが早起きしているからね」
「はいでしゅ。ちーちゃん、早速お出かけしてきていいでしゅか?」
タマはベットからぴょんと飛び降り、千夏に尋ねる。
「いいよ。気を付けてね。いってらっしゃい」
「いってくるでしゅ」
手を振りながら、タマは走って部屋を出ていく。
「廊下は走ってはいけません」
開いた扉からエドの声が聞こえてくる。
千夏は誰もいなくなった部屋を少し眺めた後、もそもそとベットに入り込む。特になにもすることがないので、お昼寝することにした。
その頃、アルフォンスとセレナは侯爵家の執事に案内され、いろいろな武具が並ぶ部屋に来ていた。
「こちらが先代の侯爵が集められた武具にございます。ごゆるりとご覧ください」
執事はそう言うと、邪魔にならないように部屋の扉の横に立つ。
20畳ほどの部屋の中にはいくつかの棚が置かれており、その棚に武具が種類別に整理されて並んでいる。一番目につくのは黄金の甲冑だ。色とりどりの宝石が埋め込まれている。セレナはその甲冑をしげしげと見つめた。こんなものを着て戦うことが想像出来ない。
(成金趣味やな。そんなもんより、こっちや)
くいっと剣が左手奥の棚の方を差す。シルフィンが指し示す棚には防具が陳列されている。
セレナは、シルフィンが指し示す棚の一角に足を向ける。
(これや、これにしいな)
そこには、鈍い銀色の金属で出来た籠手が置いてある。ほかの防具と比べるとかなり貧相な作りだ。
セレナはその籠手をとりあげ、どこがよいのかと観察する。街の防具屋で売っている鉄の籠手と変わらないように見える。
「これは何の効果があるんだ?」
アルフォンスにもこの籠手を選んだシルフィンの意図がわからないらしい。
(ミスリル製の籠手でなぁ、物理防御と火耐性効果付や。こいつについとる効果はタマの鉤爪の一撃や、ファイヤーランスくらいやったら受け止められる。加重にも手が入っているから軽いやろ)
「タマの一撃を……すごいの」
「そいつはすごいな。ちょっと着けてみたらどうだ?」
セレナは手にしていた籠手を腕に取り付け、軽く腕を振るう。
いままで使っていた鉄の籠手よりだいぶ軽い。速度重視の戦闘を行うセレナには軽いほうが都合がいい。
(気に入ったみたいやな)
パタパタと小刻みにセレナの尻尾が揺れている。思わず尻尾に手を伸ばそうとしたアルフォンスの手をシルフィンにパシッと叩かれる。
叩かれた手が気まずい。アルフォンスはごまかすように棚においてある具足に手を伸ばす。
「他によさそうなものはあるのか?」
(そうやな……ほかは似たりよったりやな。しいていえば、あっちに置いてある盾やな)
「これか?少し重いな……」
アルフォンスは棚の下段に置いてあったラージシールドを持ち上げる。
(物理防御と氷耐性がついとる。せやけど、お前らには向かん防具やな)
アルフォンスとセレナはあまり筋力がない。素早く動き、敵の急所を鋭く狙う戦闘スタイルである。
(防具でおまへんものやったら、火魔法効果アップの腕輪やな)
「なんと!俺にぴったりじゃないか。どこに置いてあるんだ?」
(あほかいな。お前さんの魔法やったら、たいして変わらんわ!)
「そうか?結構いけると思うのだが」
エドがいたら料理用の「強火」が「ちょっと強火」になる程度ですねと鼻で笑われていただろう。
あいも変わらず、アルフォンスの感覚はちょっとおかしい。
(まさか、剣の腕前もうぬぼれておらへんよな?オーガくらい一撃で倒せ!今のままじゃ到底魔王を倒せへん。後で走り込みと打ち込みや!返事は?)
「「はい(なの)」」
アルフォンスは魔王という言葉に目を輝かせる。叱られているにも関わらず、まったく気にした様子はない。逆にセレナはしょんぼりと項垂れる。
魔王なんてどこにいるのかすらわからないが、今回のように魔物が大量に攻めて来ることがまたあるかもしれない。多数の魔物とやりあっても勝てるくらい強くなりたい。
シルフィンは今回の魔物襲撃は魔王復活に何か関係あるのではないかと疑っている。300年前と同じだ。あのときいくつもの街や村が襲われた。
いまだセレナは自分の真の力を扱えない。剣の硬度のみで戦っているようなものだ。いざというときにそれではまずい。まずは体術を完全にものにしないと話にならない。
セレナは部屋の入口に控えていた執事に籠手を渡し、これが欲しい旨を告げる。
シルフィンにせかされ、アルフォンスとセレナはすぐに侯爵家を出て街に向かって走り出した。
エドはそのころ、アルフォンスに暇をもらいミジクから30キロほど離れた草原に立っていた。
侯爵家と冒険者ギルドが取り仕切り、転移できない原因を探るために調査隊が組まれたのだ。調査隊は王都方面とシシール方面の二手に分かれて調査を行う。エドは王都方面の調査隊に参加していた。
近くにそびえるフェニキア山に向かって、エドは短距離転移を行うが、魔法が成功しない。どうやらこの辺りに、内側から外へ出ようとする魔法を阻害するものがあるはずだ。
探索隊は20名ほどで、全員探索の魔法を扱えるもの達だ。それぞれ調査エリアを決めひたすら異物がないかを探す。エドも割り振られたエリアを悠然と歩きながら、地面をひたすらサーチしつづける。
転移を阻害できるほどの結界魔法の効果は一時間ほどだ。魔法による結界を張っている場合、その魔法を操るものが現場に居続ける必要がある。
一目で見渡すことができる草原にそのような人物は見当たらない。そうであれば、結界の効果があるマジックアイテムが設置されている可能性が高い。
バーナム辺境伯邸にも結界のマジックアイテムを設置している。庭に3メートルほど間隔をあけて、結界のマジックアイテムが数十個埋まっているのだ。結界のマジックアイテムは一個あたり金貨20枚。この一帯をすべてカバーするにはどれだけの数が必要だろうか。
しばらく歩き続けると、サーチの魔法が魔力の反応を示す。
膝丈まである草を踏みつけ、反応があった地帯の地面をくまなく調べる。
「これか……」
なにかを埋めたような形跡がある。エドは手袋を外すと、少し盛り上がった土を掘り始める。30センチほど掘り返すと、3cm程の青白い魔石の欠片を発見する。
上着からハンカチを取り出し、魔石を包んで懐にしまう。
「マジックアイテムではなく、魔石本体とは……」
魔石とは、この世界で魔力が溜まった場所で採掘される魔力が結晶化した石のことだ。または、特殊な魔物の心臓が魔石で作られているという話を聞いたことがある。魔石を採取できる場所は、濃い魔力が満ちているためか、強い魔物の生息地にある。そのため、なかなか入手が難しい。
市販されているマジックアイテムと呼ばれているものは、魔石のごく小さな欠片と水晶をを融合させたものだ。つまり、魔石本体を使用した場合は、魔石の大きさによってマジックアイテムより強力な魔法効果を得ることができる。3cmの魔石であれば、一キロ四方の魔力結界が張れるだろう。
サーチの魔法が働いたとなると、この魔石に盛り込まれている結界は転移の阻害に特化した魔法結界だろう。
しかし、一体どうやって魔石を入手したのか?
オーガなどの力任せの魔物がこれを仕掛け、計画的に街を襲ったとは考えにくい。
魔物達の背後に知力が高い何かがいるはずだ。
一体何者なのだろうか……考えてもすぐに答えがでない。
エドは考えることを一旦やめ、調査隊の拠点としている天幕へと引き返す。
王都にいる宮廷魔術師なら魔石の痕跡から仕掛けたものを追跡調査できるかもしれない。いまやるべきことは、早急に魔石を回収し王都と連絡をとることだろう。
その日の草原探索で、発見された魔石の数は8個。魔石を一カ所に集め、その効果範囲外から転移を使うと、王都へ飛べることを確認した。
シシール方面の魔石回収は難航している。海中に数個の魔石が検出されていたが、海中のためすぐに魔石を引き上げることが出来ない。
侯爵は執務室で調査隊から本日の報告を聞いた。
「フェルナー、今回の件を早急に王都へ報告せよ。シシール方面の魔石については、港の船を総動員して早急に回収させよ」
「はっ」
次々と指示を受けた者達は、足早に執務室を出て行き、執務室には侯爵だけが残った。侯爵は杖をつき、椅子から立ち上がると窓辺に近寄る。
開け放たれた窓からミジクの街が一望できる。魔物襲撃で混乱していた街の様子は徐々に落ち着きを取り戻しつつある。
あと数日で避難していった民の第一陣がシシールに辿り着く。ミジクの魔物襲撃ついて、ジャクブルグ侯爵も知ることになるだろう。
今回の件は単なる魔物襲撃とは考えられない。早急に王や諸侯と今後の対策を検討する必要がある。
「まさか生きている間に、このような事態が起こるとはな……」
ぽつりと侯爵は呟いた。
誤記を修正しました。
魔石の魔法結界は、転移魔法を阻害するために特化されたものであることを明記しました。




