続、魔物来襲
(ええか、相手はトロい魔物だけや。びびらんで突っ込んでいけ!お前らならよけられる)
千夏達の攻撃による激しい砲撃音が響く中、シルフィンは弟子たちに向かって激を飛ばす。
(2人で組んで確実に一匹ずつ相手をするんや)
アルフォンスとセレナは、頷くと魔物の先頭にいるオーガに向かって走り出す。
オーガは体長3メートルの人型の魔物だ。近づいてくるアルフォンスに気がついたオーガは、右腕を振り上げる。ビュンと風切り音を纏った力強いオーガの一撃をアルフォンスは左に跳んでかわす。
その間に詰めていたセレナがオーガ右脇から中心に向かって斬り上げる。
(浅い!重心がのっとらん!)
シルフィンの叱咤がすぐに飛ぶ。
「ガァァァ!」
悲鳴を上げながらもオーガはセレナに向かって腕で振り上げる。セレナはすかさず振り下された腕に、剣の切っ先を当て軌道をずらす。空振りしたオーガの体が前にぐらりと傾く。
傾いたことにより、位置が低くなった頭を狙ってアルフォンスが上段から素早く斬りつける。オーガの首から血しぶきが上がる。
「ウガァァァ!」
オーガは首から大量に血を撒き散らしながらも、アルフォンスの首を掴もうと腕を伸ばす。
(さっさと、下がるんや!)
シルフィンの声に反応したアルフォンスは後ろに跳び、腕をかわす。
アルフォンスが下がると入れ替わるように、セレナが突進して、突き出された腕を素早く斬り落とす。そして斬り下げた剣を手首を捻り、弧を描くように剣を突き上げる。セレナに胸を突かれたオーガの体は、ゆっくりと後ろに倒れ込んだ。
アルフォンスはオーガが倒れたことを確認すると、回りの状況を確認する。すぐ横には一匹のオーガと8人の兵士が戦っている。戦況は悪い。オーガは多少剣よるきり傷があるだけで大したダメージはない。対する兵士達は、全員負傷しており動きが鈍い。突破されるのは時間の問題だ。
防衛拠点のほうを振り返ると、一匹のオーガが戦闘の合間をぬって、防衛拠点に向かっているのが見える。
一瞬どちらにいくべきかアルフォンスは迷った。
次の瞬間、すぐ横で暴れていたオーガが凄まじい勢いで横に吹っ飛ぶ。
「こちらはお任せを!」
オーガを蹴り飛ばしたエドが、アルフォンスに向かって叫ぶ。
「任せた、セレナ行くぞ!」
アルフォンスは防御拠点に向かっているオーガに突っ込んでいく。セレナは即座にアルフォンスの後を追い走り出した。
エドはまだ起き上がってこないオーガを一瞥し、その顔に向かって足を振り下ろす。
「グゥゥゥ……」
グシャリとオーガの顔が陥没する。先ほどまでオーガと対峙していた兵士たちは唖然とエドを見たまま固まっていた。
「なにをしているのです。今なら斬り放題ですよ」
兵士に向かってエドはそう言いながら、更にオーガの顔に向かってもう一度足を振り落とす。ベキベキと嫌な音をたて、オーガの顔は粉砕される。
「戦場で呆けているなど、兵士失格です。さっさと次の魔物に向かいなさい」
再度声をかけると、兵士達は我に返り次の魔物に向かっていく。
「やれやれ、執事のする仕事ではないですね」
エドはアルフォンスがいる防御柵のほうに視線を向ける。
アルフォンスの背後から襲い掛かろうとしているビックベアを見つけると、エドはすぐさま転移を使い、間に割り込む。
突然目の前に現れたエドに驚いて一瞬固まったビックベアの腹部に、エドは正拳突きを放つ。あまりの速さにビックベアは、何をされたのかわからなかった。そのままビックベアの体は後方へと吹き飛んでいく。
「呼ばれもしないのに、無理やり押し入る客は門に入る資格はないのですよ」
エドはそのままこちらに向かってくる魔物数体を次々に蹴りつけ後ろに飛ばす。
飛ばされた魔物達に向かって、すぐに後衛が放った魔法や矢が立て続けに炸裂する。魔法により傷を負いながらも、魔物達は立ち上がり再び防御柵のほうへと走りだす。それに気が付いたエドは転移を使いながら、再度向かってくる魔物達を蹴り上げ、後方へと飛ばした。
気功砲が打ち止めとなったタマは、後衛から最前線へと飛びこんだ。向かってくる魔物を手当たり次第に鉤爪でえぐり、体当たりをしては噛み千切る。タマの縦横無尽の活躍により、押され気味であった最前線を押し戻す。
「さすがはドラゴンだ。凄まじい!」
タマの苛烈な攻撃を目したフェルナーは興奮気味に声を張り上げる。
「父上、敵はあと20程です!このまま行けば勝てます!」
戦端が開かれる前は絶望的であったが、想像を超えた展開に侯爵は目を見張る。死者を30名強、重傷者を100名ほど出しているが、戦線は維持されている。これは前衛と魔物が激突する前に、半数近い魔物が気功砲により排除されたことが大きい。その時点で戦力差がほぼ互角になった。
「ドラゴンも凄まじいが……」
侯爵はそう答えながら、すぐ近くにいる千夏に目線を向ける。
「テイクオフ!」
千夏が気を放出すると、魔物数匹が爆音とともに弾き飛ばされる。魔体をズタズタに引きちぎられた魔物はピクリとも動かない。
「よし、後もうちょっと。混戦状態だから魔法の方がいいか」
そう呟くと千夏は前衛と戦っている魔物に向けて、ファイヤーランスを放つ。千夏の放った魔法によりビッグベアの右肩を吹き飛ばされる。それでもビッグベアは闘志を滾らせ、目の前の兵士に向かって突進して行く。
千夏は再度ビッグベアにファイヤーランスを放出する。今度はビッグベアの下半身が炎の槍に抉られる。支えを失ったビッグベアはそのまま横倒しに倒れ、兵士たちが止めをさしに殺到する。
千夏はすぐに別の魔物に向かってファイヤーランスを連発する。
(彼女は気力や魔力の限界がないのか!)
侯爵は魔物の3割をひとりで倒し、まったく勢いが落ちない千夏を目を細め観察する。
「戦線は縮小している。今のうちに負傷者の手当てを急げ!」
侯爵の隣に立つフェルナーは伝令にそう指示をする。
そしてそれから30分ほど後に戦いに決着がついた。最後のオーガをアルフォンスが倒した瞬間、戦いに参加した全ての人々が喝采の声を上げる。
千夏は仲間が全員無事である事を確認し、ホッとするとその場に座り込む。
歓声の中、夕暮れの空を誇らしげに舞うタマが見えた。
その日の深夜、ハマール寄りのエッセルバッハ国境近く。
雑木林の中に建てられた天幕で休息をとっていた翼と大地は、先程戻ってきた使い魔の報告を聞く。
「そうか。意外と被害が少なかったな」
「ミジクはエッセルバッハでは王都の次に大きな街だし、戦力が想定より多かったのかもな」
翼と大地は実験の結果についてそう評価する。
「次はもっと数を集めないとな。魔物も強いのが欲しい」
翼は木箱の上に広げていたこの世界の簡略化された地図に目を移す。
「このままハーマルに入って、魔物を集めながら西に向かおう」
「そうだね」
大地は頷きながら、地図に指をあてる。指はエッセルバッハからハマールを通り、その先にあるかつて魔王が存在していた大地へと進む。
「魔族は強いかな?」
ぽつりと大地はつぶやく。翼は大地の肩をポンとたたき、にやりと笑う。
「大丈夫さ、俺たちなら」
「そうだね」
大地は安心したように頷く。そんな大地の反応に翼は満足げに目を細め笑う。
「明日は竜の谷を通る。運がよければ竜を捕まえることができる」
「竜か。楽しみだね。この世界の竜は東洋型なのかな?それとも西洋型なのかな?」
大地は竜の姿をいろいろ想像しては、楽しそうに笑う。
「どうだろうな。今日はもう遅い。そろそろ寝るか」
翼はゆらゆらと不安定に炎が揺れている蝋燭をふっと吹き消した。天幕の中はすぐに真っ暗になる。だが、翼と大地は「隠密」スキルを持っているため、不自由はしない。机変わりにしていた木箱や地図をアイテムボックスにしまい、二人はごろりと横になる。
大地は天幕の天井に向かって手を伸ばしながら呟く。
「竜や魔族。まだ会ったことはない強き魔物達。それらを手に入れる」
「そう、それからが俺たちの野望の始まりだ」
この世界に来てから毎晩寝る前に繰り返しているやりとりを終え、二人は目を閉じた。
死者42名、重傷者109名。多大な犠牲を出した魔物襲来事件はこうして幕を下ろした。
オチがない・・・




