シャロンとお別れ
「タマ、本当にいくの?」
シャロンは瞳に涙をためながら、自分より小さなタマを見る。タマもシャロンと別れるのは寂しい。でも千夏と離れることはできない。千夏はタマにとって見たことがないお母さんと同じくらい大切なのだ。
「いくでしゅ」
こくんとタマが頷くと、シャロンはぎゅっとタマの手を握りしめる。
「危ないことはしちゃだめだよ。体に気を付けてね」
「はいでしゅ」
「王都についたら手紙を出してね」
「はいでしゅ」
「……帰りにも絶対僕のところに来てね」
ついにシャロンは泣き出してしまう。タマも悲しくなって涙が出る。
「はいでしゅ。シャロンも元気でいるでしゅよ?」
「……う……ん」
すでにアルフォンスと別れの挨拶を交わした侯爵は、息子の痛ましい姿をみて思わずもらい泣きしそうになる。
「タマを置いていくことは出来ないのか?大切に育てるぞ」
侯爵はアルフォンスにそう尋ねる。
いまだにタマが竜であることを侯爵に伝えていないアルフォンスは、困ったようにエドを見る。エドはアルフォンスに頷くと二人に近寄り、シャロンに小さな水晶玉を差し出す。
「この水晶玉はタマの健康状態を示すマジックアイテムです。健康なときは緑色に輝きます」
緑色に輝いている水晶玉をシャロンは涙を拭きながら受け取る。
「ありがとう。僕はこれでタマのこと見守ってるからね」
「エド、タマもシャロンの玉がほしいでしゅ」
タマはじっとシャロンが持つ水晶玉を見つめる。エドは懐からもう一つ水晶玉を取り出す。
「このマジックアイテムを使うには、シャロン様の血が必要になります。少し、ちくりと痛みますがどうされますか?」
「大丈夫!」
シャロンはそう言って、エドに向かって右手を差し出す。エドは小さな針を取り出すと、シャロンの親指にぷつりと軽く刺す。親指からじわじわと出てきた血をエドは水晶玉に塗り付ける。
「血の持ち主の安否を示せ!」
エドが呪文を唱えると、水晶が明るく一瞬光る。先程まで透明であった水晶玉が緑色に輝く。
エドは水晶玉をタマに渡し、シャロンの親指に布を巻きつける。
「これがシャロンでしゅか。緑色でしゅ。元気でしゅね」
「うん。タマも元気だよ」
二人(?)は水晶玉を近づけ、互いに覗き込んだあと笑う。
「さて、そろそろ出航です」
エドに手を引かれ、タマは船から降りている木の板を登って船に乗り込む。すでに他のメンバーは船に乗り込んでいる。タマが船に乗り込んだところで、木の板が外される。
「タマぁぁ!元気でねぇぇぇぇぇ!」
動き出した船に手を振りながらシャロンは叫ぶ。タマもシャロンが見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。
「結局最後まで竜だといわないまま終わったね……」
千夏は手を振り続けているタマを見ながら、ぼそりと呟く。
「意外とばれないものだな」
アルフォンスも苦笑しながらタマを見ている。
「それで、この船でミジクに向かうのだっけ?」
「はい。パワン海をこの船で4日ほど進むとミジクに到着します」
千夏たちが乗る大型船は沖に出たところでグンとスピードを上げる。風がない場合でも航行出来るように、船尾に取り付けられているマジックアイテムが動作したのだ。
「そろそろ、船室のほうに移動しよう」
アルフォンスはタマの肩をぽんと叩く。タマは素直にアルフォンスの手に引かれて歩いてくる。
甲板中央にある、階段を降りると船室が4つほど並んでいる。船首寄りの一室は船長室で、残り3つがお客用に割り当てられている。更に船尾に向かってに行くと階段がある。そこを降りると広い船倉兼家畜小屋だ。
更にもう一階層下にいくつかの小さな船員用の部屋と食堂、そしてお客用の雑魚寝スペースがある。
アルフォンスは船長室の横ともう一つ隣の船室を借りていた。部屋はベットが2つと小さなテーブルとイスがあるだけで、他にはなにもない。
とりあえず、アルフォンスの部屋に全員が入る。椅子が足りないので、アルフォンスとタマは並んでベットに腰かける。千夏とセレナは置いてあった椅子に腰かける。
エドはお茶をアイテムボックスからとりだし、お茶を入れ始める。全員にお茶が渡ったところで、エドから簡単な説明がされる。
「まず簡単に船内の生活スペースについて、私のほうから説明させていただきます。お部屋は2部屋で、こちらにはアルフォンス様と私。隣の部屋にチナツさんとセレナさんとタマです。
トイレはこの階の階段横にあるのでそこを使ってください。食事については各自持ち込み形式になっていますので、時間になったらこの部屋で集まって食べることにしましょう」
「でも、こんな狭い船の中で4日はきついの。体がなまるの」
「多少甲板で日中なら剣の稽古をしても問題はないです。ただし、船員の邪魔にならないようにして下さい」
セレナが溜息をつく。アルフォンスも同意見らしく憂鬱そうだ。千夏は久しぶりにだらだら過ごせそうなので特に異論はない。波も穏やかで、船酔いの危険はなさそうだ。千夏はいい船旅になりそうだなと笑みを崩した。
「いまどのくらい集まってるんだ?」
「100と少しかな」
山本翼と山本大地は弱弱しい蝋燭の炎が揺れる天幕の中で、顔を突き合わせていた。ここはミジクの街から少し離れたフェニキア山中である。
フェニキア山は鉄鋼がとれる鉱山であったが、数十年前くらいから鉱山に大量の魔物が住み着いたせいで、廃坑となっていた。今ではこの山に登るのは魔物討伐に向かう冒険者くらいである。
すでに日は暮れており、二人はその鉱山の入口近くに野営用の天幕を建て休憩をしていた。
山本翼と山本大地の二人は一卵性の双子の兄弟だ。高校から帰宅する途中の電車の脱線事故に遭遇し、異世界へとやって来た。
この世界用に作られた体も瞳の色が異なるだけで、まったく同じ容姿だ。
「実験用に100、手持ちに足の速い魔物を50は欲しいところだな」
「俺もそう思う」
翼は頷くと、天幕の外へと向かう。大地もそのあとに続く。天幕の外は月あかりが、わずかにさすだけで一面の暗闇が広がっていた。
「いるか?ティルト」
翼が暗闇に向かって声を掛ける。しばらく待つと、暗闇に突如激しい炎が浮かび上がる。炎の正体は、サラマンダーと呼ばれるBランクの魔物だ。サラマンダーは体長は2メートルの炎を纏う大きなトカゲだ。
(主よ、ここに。)
「まだ数が足りない。明日までに山中の魔物を連れて来い。くれぐれも殺すなよ」
(主よ、私の炎で弱い魔物は焼けてしまう。連れてくるのは不可能だ。)
「わかっている。大地!」
大地は翼に向かって頷くと、天幕から離れ鉱山のほうへと歩きだす。
鉱山の入口に固まっていた魔物達が大地の足音に気づき、閉じていた目を一斉に開く。暗闇の中におびただしい数の魔物の眼が光る。鉱山に巣食っていた100匹近い魔物達だ。
大地は平然とその目を受け止め、魔物達に命令する。
「お前たちも行ってくれ。くれぐれも殺すなよ」
魔物達はすぐに立ち上がると、サラマンダーの方へと静かに歩き出す。サラマンダーと魔物達はすぐに山の奥へと消えていった。
翼と大地はそれを見送ると再び天幕の中に戻る。
「まずはミジクで実験だ」
「ああ、楽しみだ」
二人顔を見合わせ笑う。
翌日。翼と大地が昼食に黒パンと干し肉を食べていたころに、サラマンダーと魔物達が帰って来た。
20匹程の傷ついて動けない魔物や自分たちの食事用の鹿や猪などを担いでいる。
「ご苦労だった。ティルト」
翼は立ち上がるとまず、サラマンダーを労う。
「ケガしたやつがいればこっちに来い。治療してやる」
大地は魔物達に向かって、声をかける。数匹の魔物が大地の前に寄ってくる。
「いつも言っているが、順番だぞ。順番」
そう大地に言われると、魔物はぎこちなく順番に並ぶ。大地は順番に光魔法で魔物の治療を行っていく。
その間に翼は新たに捕まえてきた魔物を観察する。サーベルタイガー、オーガ、そしてビックベアの3種類だ。大半がオーガで数は15匹。残りは、サーベルタイガーは3匹、ビックベアは2匹といったところだ。
それぞれ、致命傷ではないが身動きできない程度の傷を負っている。
「大地、まだか?」
翼は治療中の大地に声をかける。大地は、最後の一匹の治療を行い、翼のほうに走り寄ってくる。
「ケガといってもほとんどかすり傷で、大したことがなかったよ」
「あれだけの大人数で襲ったんだ。そうでなければ困る。それより、始めてくれ」
翼は目の前で呻いている魔物を一瞥し、大地のほうを見る。
大地はアイテムボックスから少し大きめの杯を取り出す。杯に自分の血は既に入っている。怪我で呻いている目の前の魔物から少しずつ血を取り、杯に入れていく。
「命ある限り主の命に従え、従魔契約!」
大地の持っている杯から赤黒い液体が飛び出し、空中で20分割され、それぞれの魔物の体内へと入っていった。千夏が従魔屋で見た従魔契約魔法の中級版である。
従魔魔法が成功したと同時に翼は目の前の魔物に治療魔法をかけていく。大地も杯をアイテムボックスに収納してから治療魔法をかける。
魔物達の傷が消え、のそりと20匹全部が立ち上がる。20匹が総べてが大地をじっと見つめ、名前を付けてくれるのを待っている。
翼はアイテムボックスから手帳とペンを取り出した。
「サーベルタイガーはB部隊、名前はB-23からだ。残りはA部隊でA-81からだな」
大地は翼から言われた通りに、それぞれに記号のような名前を付けていく。
大地は名前をつけたあと、もう一度従魔系魔法を使う。
「従魔カスタマイズ!」
この魔法は従魔との契約内容の細かい変更が可能な従魔魔法だ。
大地は、以下の項目を変更した。
・服従度 3→5(max)
・禁忌事項(人を襲わないこと) 5→1(min)
また、特記事項欄に「翼も主として認識すること」を記載した。
大地はカスタマイズを終えると、すでに食事を始めている魔物達を指さし、新参者たちを誘導する。
「とりあえず、あそこにいって飯を食ってこい。今日から仲間だ。仲良くやれ」
魔物達は素直に食事場へと向かって行った。
「A部隊が95で、B部隊は25か。まだ足りないな……」
「ティルト、食事が終わったらまた探しに行け」
(主よ、わかった)
サラマンダーは短く答える。
「明日にはミジクに向けて進軍を開始できるな」
「ああ、準備は今日までだ」
翼と大地は顔を見合わせて、にやりと笑う。
そう、この世界に来て一カ月。成果を試す時が近い。
やっと彼らが登場です。
誤記(大地を直樹と書いていました・・・)を修正しました。




