密林
島の入り口である白い砂浜の先は、鬱蒼とした森が広がっている。森というよりもジャングルと表現のほうが正しいだろう。シシールからそれほど離れていないはずなのに、突然、亜熱帯気候の地域に彷徨いこんだようだ。
そしてジャングルには当然のように道はない。
先頭に立つハイマンとアルフォンスが次々と生い茂った蔦や背の高い草を切り捨て、なんとか通れる道を作っていく。
足元は生い茂った草や木の根などがごろごろしていて、とても歩きづらい。
転ばないようについていくだけで精一杯だ。
怪しげな鳥の鳴き声と草を切り捨てていく音が森に木霊となって四方八方に響き渡る。湿気が多く、蒸し暑い。
(道、わかってるんだよね?)
先程から周りの景色が全く変わっていないような錯覚を千夏は覚える。
「まだ歩いて20分ほどだが、一旦休憩しょう」
アルフォンスは立ち止まり、後ろを振り返る。アルフォンスが発した言葉も木霊となって響く。
すぐにエドがアイテムボックスから天幕を取り出す。天幕を全て広げられるスペースはない。全員で固まって横並びして腰が下ろせる程度だ。
みんなが座った後に冷たいお茶が入ったコップが回ってくる。
千夏は一気にお茶を飲み干し、酒場のオヤジのようにプファと大きく息をつく。冷たいお茶がとても美味しい。
シャロンはぐったりと座り込んでいる。大人ですら厳しい悪路だ。5歳の子供にはかなりキツイ。セレナが心配そうにシャロンの様子を窺っている。
「無理をなさらずに、シャロン様はお戻りになったほうがよろしいのではないですか?」
エドが、シャロンにお茶を渡しながら聞くが、シャロンは左右に首をふる。ここまで来て置いて行かれたくないのだ。
息も乱さず平然としているのは、体力が大量に貯め込まれている千夏と竜種のタマくらいだろう。千夏は体力的疲労を感じなかったが、歩きづらいし、とても蒸し暑い。ストレスが貯まる。
「あとどのくらいで目的地に着くの?」
千夏は汗を拭きながらアルフォンスと話し込んでいるハイマンに尋ねた。カンドックの住処まで行ったことがあるのは、道案内のハイマンだけだ。
「このペースだと、5時間くらいかかりそうだ」
ハイマンはチラリと苦しそうなシャロンを見ながら言う。
「それで、今相談していたんだが。先行組と居残り組に二手に分かれるのはどうだろうか。先行組に千夏かエドを連れていく」
アルフォンスは汗で濡れた髪をタオルで拭いながら説明をする。ハイマンも汗で服がべっとりと肌にくっついている。先頭を歩く2人は常に道を切り開いているため、かなり疲労していた。
「あ、そうか。転移で移動するのね」
千夏はアルフォンスの提案の意図を理解した。
「少なくとも、シャロンは居残り組だ。道を知っているハイマンは必然的に先行組なんだが……」
「侯爵からシャロン様護衛の命を受けている。シャロン様から分かれて行動するの訳にはいかない」
ハイマンはアルフォンスの提案に首を振る。
(こんなはずじゃなかった。シャロン様をお連れしなければよかった……)
ハイマンは自分の判断の甘さを後悔する。小さな子供に無理をさせてしまってる。軽いハイキングになる予定であったが、実際はサバイバルだ。
以前ここに訪ねて来たのは冬だった。草は枯れ、木々の葉も落ちていた。おかげで、たいした苦労せずにカンドックの住処までたどり着くことが出来た。今の季節は初夏をだいぶ過ぎている。ここまであの森が生い茂るとは想定していなかった。凄まじい再生力だ。
「一度、シャロン様を転移でお屋敷に戻したほうがいいんじゃないか?」
ハイマンはそう決断する。
(カンドックっていうやつの所やったら、おいらが案内しよか?)
不意にシルフィンが会話に割り込んでくる。もちろん、ハイマンとシャロンには聞こえない。
「ここに来たことがあるのか?」
アルフォンスはセレナの腰に携帯された剣に視線を動かす。
(ここに来るんは初めてや。カンドックってじぃさんは気功の達人なんやろ?あっちにでかい気を持っとるもんがおるのはわかるぞ)
妖精は気力と魔力が組み合わされたエーテルと呼ばれるものでできている。他の生き物より、気力と魔力に敏感だ。
「気を辿ると言うわけね。それなら、二手に分かれても大丈夫じゃない?」
「それで行けそうだな」
千夏とアルフォンスはシルフィンの説明に納得する。
「おい、何の話しだ?」
ハイマンは話しが再び二手に分かれる方向に進んでいることに、頭がついていかない。
「えっと、大きな気が見えるからカンドックが探せるって話なんだけど……」
妖精がそう言っているといって信じてもらえるだろうか……。千夏はどう説明しようかと悩む。
「そ、そう。セレナが気力を見ることが出来るので、ハイマンの案内がいらないみたい」
「え?」
突然振られたセレナが一瞬固まる。
「へぇ、そいつはすごいな」
ハイマンはセレナを見ながら驚いている。セレナも驚いているのだが、なんとなく話の流れが見えていたので黙り込む。
シルフィンが気力を目安に先行するということは、その持ち主であるセレナが先行するということだ。
(お前めっちゃ変な顔しとるぞ)
キャハハハとシルフィンが甲高い声で笑う。
「まぁとにかく、セレナに先行してもらおう。あと、千夏も行ってくれ」
アルフォンスも千夏の無茶振りに苦笑いである。
「とりあえず、気がある方向に向かって、視界に入る一番奥へと繰り返し転移をして進めばいいんだよね?」
「そうだな。魔力がきれそうになったら一旦ここに戻ってきてくれ」
「体に力が入らなくってきたら、魔力切れの兆候です。気を付けてください。一度途中で切り上げて戻ってくるときは、なにか目印を置いてきたほうがいいです。
ここの地形は似たような草木だらけです。またその場所に移動するときに、イメージがあいまいになって飛ぶことができません。これは魔力を帯びた布で作られています。これを木に巻いておくといいでしょう」
エドはアイテムボックスから赤いスカーフを取り出す。千夏はそれを受け取ると、セレナの手を握り、方向を確認する。
「で、どっちに行けばいいの?」
(こっちや)
くいっと妖精剣が左のほうを指し示す。
「んじゃ、行ってくるね。なんかあったらタマに念話で伝えるよ」
「わかった。頼む」
「ちーちゃん、気を付けるでしゅよ!」
千夏は剣が指し示した方向で、視界に映る一番奥の場所を目指して転移を行う。
ふっと千夏とセレナがその場から消えて、左奥に姿を現す。そしてすぐにアルフォンスの視界から消える。
あとは待つだけだ。アルフォンスは天幕のシートに座り、相変わらず不気味な鳥の鳴き声や、木々の騒めきが響く森を見上げる。
アルフォンスは、エッセルバッハ王国の地理や気候をある程度エドに叩き込まれている。エッセルバッハは殆どが平野で、中央にパワン海がある。少々山野があるが、こんな亜熱帯のジャングルがあるという話は聞いたことがない。
アルフォンスの冒険魂が何かあると騒ぎだす。とても楽しみであった。
「わぁぁぁっ!」
「嫌ぁぁぁぁぁ!」
何度目かの転移で千夏とセレナはぽっかり開いた大きな穴に落ちる。どう見ても人為的に作られた穴だ。それもかなり深い。
千夏は全くの無防備のまま落下した。頭から落ちなかったことだけが幸いした。
「うぅぅ……痛い……」
千夏は呻く。落下によりかなりのダメージが入っていた。生命力が600ほど削られる。生命力を貯めこんでいなければ即死状態だった。
現在貯めこんでいた生命力は6000を超えており、即死級のダメージも今の千夏にとっては軽傷である。
セレナは千夏の上に落ちた。転移後の落下に気が付いたシルフィンが風を操り、落下の衝撃を多少和らげたのだ。剣と一体化したシルフィンは剣が抜かれいない状態ではあまり魔法が使えない。
セレナを少し浮かすだけで精一杯だった。そのため、セレナは千夏より後に落ちてきたのだ。殆どの衝撃を千夏に与え、セレナ自身は多少手足を痛めた程度で済んでいた。
慌ててセレナは千夏の上から降りる。
「チナツ!!大丈夫なの?」
「ん、ちょっと痛かったけど大丈夫」
千夏はゆっくりと体を起こし、体が不自由なく動くことを確認する。
「でも、なんなの。この穴」
地上から届くうっすらとした光の中で千夏は今いる穴の状態を確認する。
自然に風化した様ではなく、巨大な掘削機かなにかに無理やり削られたような穴である。
(なんか、うっすら気の残り香が見える。カンドックっていうじぃさん関係やな)
「どういうことなの?」
(これ以上はわからんへん)
シルフィンの返事に千夏はげんなりする。
「なんか、会うのが更に面倒になってきた……というか、無理して会う必要があるの?もう、転移でシシールに戻ればいいじゃない」
「それは、ちとつれないな」
聞きなれない声に千夏とセレナは声がした地上を見上げる。遠くてはっきりとは見えないが小柄な人影が見える。
(……全然、近寄ってきたことに気がつかへんかった。あれが、カンドックや)
やっと探し人に千夏は遭遇したのだった。
誤字・脱字を修正しました。




