中級魔法を覚えよう
タマと別れた千夏は魔法屋に行く予定だ。道に迷いそうなので、御用伺いに来た執事さんに魔法屋の場所を聞く。
魔法屋は、商業区と侯爵家がある行政区にある。どちらも同じ経営者で本店と支店の関係だ。
行政区にある支店は一見さんや紹介状なしの場合、本店の場所を紹介され追い出される。支店は高価なマジックアイテムがメインのお店だ。
千夏はマジックアイテムにはあまり興味がなかったが、混んでいる本店に行きたくなかった。紹介状を書いてもらい支店のほうに向かった。
侯爵家から歩いて30分程の処に、数件の店が並ぶ商店街がある。この商店街は全て侯爵家ご用達店だ。その中から魔法屋の看板を見つけ千夏は扉を開ける。
チリンと扉についた鈴が鳴り、千夏が店の中に入ったところで奥から人が出てくる。
「いらっしゃいませ。ご紹介状はお持ちでしょうか?」
恰幅のいい中年男性が千夏をちらりと見る。千夏の服装は古着屋で買ったものなので質はあまりよろしくない。
千夏は慌ててアイテムボックスから紹介状を取り出す。30分も歩いて追い出されたくないのだ。
「拝見させていただきます」
店主は千夏から受け取った紹介状を受け取る。封書は侯爵家の家紋入り蜜蝋で封がされている。念のために中を改めた店主はとたんに恭しい態度に早変わりする。
「お客様、こちらの席へどうぞ」
店主は深々と礼をとりながら隣の応接室へと千夏を誘う。応接室は6畳くらいの部屋で、バーナム辺境伯家の応接室と比べても遜色がない豪華な部屋であった。
千夏が皮貼りのソファ座ると、店主はアイテムボックスから茶器と茶葉、お湯が入った水差しを取り出す。お茶を千夏の前に出し、しばらく経ってから千夏に話しかけた。
「本日のご用件を承らせていただきます」
「中級魔法の転写をお願いしたいの」
「畏まりました」
千夏がそういうと、店主は中級魔法のリストをアイテムボックスから取り出し、テーブルに広げる。
「お客様の属性をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「火・水・風・空間属性です。絶対に欲しいのは、風の範囲魔法と転移魔法ね」
リストを見ながら千夏は答える。
火の範囲魔法をと言わなかったのは、いまだに森の放火を引きずっているためだ。
千夏がリストから選んだ魔法は以下の通りである。
・ウィンドストーム
・転移魔法
・ファイヤーランス
・ウォーターミスト
「これですと、ウィンドストームとウォーターミストが転写に成功すれば、雷の初級魔法サンダーボルトが使えるようになります。もちろん転写は必要ですが。いかがなさいます?」
「じゃあ、成功したらお願いするよ」
どちらかというと、5回もの転写に頭が耐えられるかを千夏は気になった。
「かしこまりました。それでは、専門家を呼びに行ってまいります。少々お待ちください」
そう一礼すると店主は店の奥にいくのではなく突然消え去った。どうやら転移したらしい。
千夏は出されたお茶を飲みながら、店主がかえってくるのを待つ。
(店を空けて大丈夫なのかなぁ?私が不心得者だったらなにか盗んでとんずらしちゃうんじゃないの?あぁ、だから紹介状が必要なのか)
妙なところで千夏は納得する。
実は不正解でこの店には結界が張られており、店主の許可なく店を出ることが出来ないのだった。
「大変お待たせしました」
唐突に店主ともうひとりが応接室に現れる。千夏はびくりとして、ちょっとお茶を零しそうになる。店主と現れたのは少しやせ気味の小さな老婆だった。
どうもどこかで見たことがある。
「おや、あんただったのかい」
老婆は千夏の前に腰を下ろし、にやりと笑う。
「ん?マーサ婆ちゃん?」
「そうじゃ。マーク、わしにも茶を出せ」
老婆は店主を振り返りながら、お茶の催促をする。
「お知り合いでしたか」
「そうじゃ、気遣いはいらん。茶を出せ、早く」
と老婆が勝手に話をつける。
店主は困ったような顔で千夏を見る。千夏は堅苦しいのは好きではないので、問題ないと頷く。
「しかし、最近こないと思ったら、シシールに行ってたのかい」
「まぁね。しかしマーサ婆ちゃん、手広く商売しているのね」
ひっひひと老婆は笑う。
「魔法転写はいろんな属性を持っていないと仕事にならないからのぅ。わしのように全属性中級まで持っているものは重宝されるのじゃ」
「これでもマーサさんは若いころは有名な魔法使いだったんですよ」
店主はマーサの分のお茶を注ぎながら苦笑して答える。
「へー、マーサ婆ちゃんって有名人なんだ。そうだ、それならついでに聞いちゃおう。カンドックって人知ってる?」
千夏はアイテムボックスからトムから渡された手紙を取り出し、カンドックの名前を確認する。
「おや、意外な名前がでたね。カンドックなんかになんの用じゃ」
老婆は差し出されたお茶をぐびぐびと飲みながら聞く。
「なんかトムに絶対会えと言われているんだよね……ちょっと面倒なんだけど……」
千夏は面倒くさそうに答える。
「トムと言うと……ああ、気功術を使う青二才か。なんじゃ、お前さん気功術でも習いに行くんかい?」
「別にそれほど習いたいわけじゃないんだけど……」
「カンドックなら、シシール港からちょっと離れた小島に住んでおるよ。変わりもんのじじぃじゃて。さてと、どれを転写するんじゃ?」
なかなか終わらない井戸端会議が終了したことに店主がほっとする。店主は老婆に転写する魔法を教える。
「じゃ、ちゃっちゃとやるかのぅ。頭をお出し」
そういうと老婆は杖を振り上げ、千夏に身を乗り出すように要求する。ソファに座ったままだと頭に手が届かないからだ。
(本当は、お客様の横に行って立ってやるべきなのに……、いくら知り合いとはいえ今回いろいろ端折りすぎですよ、マーサさん……)
店主はげんなりとしながら「ほれ、もっと頭を突き出せ!」とお客様の頭を突く老婆を眺めた。普段のお客様ならきちんとマニュアル通りにやってくれるのだが、今日の老婆の態度はとても客商売している店員の態度ではない。
(お客様もいいと言ってくださってるし……よっぽど、このお客様と仲がいいのだろうな……)
別に千夏と老婆は仲が良いわけではない。互いに小突き、小突かれの仲なだけである。二人の中ではそれが普段通りなのだ。
老婆は千夏の頭をがしっと掴むと、4回続けて転写魔法を唱えた。
「いて、痛たた、あぁぁ!そっち来るか!ぎゃぁぁっ」
激しい頭の痺れに千夏はのたうち回る。
「まぁ問題なく全部成功したようじゃな」
老婆は千夏の頭から手を離すと、自分のティーカップを見てお茶がないことに気が付く。
「マーク、おかわりじゃ」
呑気にお茶を飲んでいる老婆が憎たらしくなった千夏は、じろりと睨みながら呻く。
「……なんなのこの痛み……いままでの転写よりひどい……うう……痛い」
「そりゃ、中級だから初級の倍は痛いはずじゃ」
「その話……聞いてないんだけど……」
少しだけ痛みが治まった千夏は老婆に向かって恨みがましく言った。
「そりゃ言えば間隔を開けてやれというに決まってるからじゃ。わしはさっさと帰りたいしのぉ」
「なんじゃそりゃぁ!」
というわけで再び老婆は千夏の近く寄ってきて、がしっと頭をつかむ。
「転写。サンダーボルト」
「ぎゃぁぁっ!」
少しだけ和らいだはずだったのに、また激しい頭の痺れに千夏は悶える。
老婆はまだ千夏の頭から離していない。再度杖を振り上げる。
それを見た千夏は「いやぁぁぁぁぁ!勘弁してぇぇぇぇ!」と叫ぶ。
「なんじゃ。痛そうだから銀貨5枚で、治癒魔法をかけてやろうと思ったんじゃが……やめるか?」
老婆はそう言って千夏の頭から手を放す。
「……うっ……銀貨5枚だすから……いたっ……治して……」
千夏は泣きべそをかきながら弱弱しく老婆に頼む。
「白き癒しの光!」
老婆が呪文を唱えると、千夏の頭の痛みがすーっと消えていく。
千夏は恨みがましいく老婆を見ながら、銀貨5枚を取り出す。老婆が連続で転写を唱えなければ、あそこまで痛くならなかったはずだ。
「魔法転写の値段は?」
痛みは消えたが結構体がだるい。千夏もさっさと帰りたくなった。
「金貨23枚です。お客様、大丈夫でしょうか?」
「……なんとか………」
答えるのも億劫になる。店主に残りのお金を払うと千夏はさっさと魔法屋を出る。
「ありがとうございました」
店主も外にでてきて深々と礼をする。普段はあのような強引な転写などしたことないのだ。店の評判に影響するのではないか……。店主は冷汗たらたらである。
歩くのが面倒なので侯爵家まで転移で帰ろうと決め、魔法を使った。
「転移!」
しかし、移動できない。
「まさか失敗したの?」
茫然とした千夏にまだ外にいた店主が声をかける。
「どこに転移するとイメージされました?」
「侯爵家の自分の部屋」
千夏は素直に答える。
「それは無理ですな。侯爵家の敷地には魔法結界が張られています。門の前なら転移は可能ですよ」
「ありがとう、じゃあ門の前にする。転移!」
すると今度は侯爵家の門の前に無事転移していた。
「とにかく、寝たい……」
千夏はふらふらしながら侯爵家の門を潜り抜けた。




