シャロンの初めてのお友達
シシールについたその夜、是非にタマも一緒に夕食会に出て欲しいとアルフォンスにお願いされた。千夏は本人の自主性の尊重を教育のモットーにしているため、タマにそのままスルーする。タマはあまり乗り気でないようだ。
気乗りしない理由は、夕食会なのに自分だけ食べれないからだ。もっともである。
といっても貴族の夕食会は「皿に顔を突っ込みガツガツと食事するドラゴン」との相性は最悪だ。
「タマが人と同じようにスプーンとフォークが使えればなぁ……練習してみるか?」
アルフォンスの馬鹿馬鹿しい提案をみんなが聞かなかったことにする。
「そうだ、お土産でクッキーを買ってきたんだ」
ざらざらとお皿に千夏はクッキーを入れる。
「ゼンだと甘いものはお店で売ってないの」
「辺境では砂糖は高額商品ですからね」
それぞれアルフォンスを無視して、クッキーに手を伸ばす。
その中に小さな紅葉のような手が紛れ込んだことに千夏は気がつく。
(ん?)
小さな手はせかせかと動き、次々とクッキーを持っていく。そこには小さな手を忙しく動かし、小さな口にクッキーを詰め込む小さな子供がいた。ほっぺは大きく膨らんでおり、まるでリスのようだ。
「どこの子?」
千夏は見たことがない小さい男の子を見つめる。ライトグリーンの短めの髪に赤い瞳の子供は、アルフォンスと同じ格好をしていた。水色のシャツにグレーのベストとズボン。
「タマぁぁぁぁぁ!」
アルフォンスは小さい男の子を抱き上げながら絶叫する。その瞬間小さな男の子が溶けるように消え、空中にタマが浮いていた。アルフォンスはタマが姿を変えるのを目撃していたのだ。
「すごいぞぉぉ!タマ!さすがドラゴンだ!」
アルフォンス、大興奮である。
(そういや、ルビードラゴンは光属性やったな。変身もお茶の子さいさいや)
アルフォンスの熱狂ぶりがひどく、おかげで他のメンバーは頭が冷えたのか意外と冷静だ。
「スリープ」
とりにかくうるさいアルフォンスに睡眠の魔法を千夏は掛けた。
「すごいの。もう一回変身してほしいの」
セレナが黒い瞳をキラキラさせながらタマを見る。セレナはちっちゃくて可愛いものが大好きだ。もちろん、竜のままのタマも大好きである。
「わかったでしゅ」
タマはそういうとすぐに小さな男の子になる。
「お手てとっても小さいの」
きゅっとタマの小さな手と握手するセレナ。
千夏はというと、さかんに左右に振れるセレナの尻尾のほうが気になるらしい。
そしてエドはアイテムボックスからスプーン、フォークとナイフを取り出しテーブルに揃えた。
「では、簡単なテーブルマナーについてお勉強しましょうか」
手には小さなしなる棒が握られていた。
「はじめてフォークを使う子供に鞭は振るわないでよね……」
千夏がじと目でエドを見る。エドは自分の手の鞭に気が付いて、アイテムボックスに格納する。
「いえ、ただの癖です。そんなことはアルフォンス様以外には致しません」
セレナはタマを背中に隠し、キッとエドを見据える。エドは少し大げさに溜息をつく。
「誤解されてしまいましたね。私もまだまだ未熟ですね」
誤解かどうかはさておいて、タマのお食事レッスンが始まった。
そして、夕食会である。
20人は座れる長いテーブルには新鮮な魚介類をメインとした豪華な食事が並んでいた。
テーブルの奥側に侯爵一家。手前側にアルフォンス、千夏、タマ、セレナが並ぶ。
エドは給仕としてアルフォンスの後ろに立っていた。
シャロンは先程から目の前に座る、自分と同世代の子供を興味深げ見つめる。
侯爵家にはシャロンと同じ年頃の子供はいない。周りはみんな大人ばかりである。
「では、私の友人をご紹介致しましょう。こちらからチナツ、タマ、セレナです」
アルフォンスは別人かの様に先程から礼儀正しい。
「チナツです」
「タマでしゅ」
「セレナなの……です」
3人(?)は事前に言われていた通りに、座ったまま軽く頭を下げる。
「これはこれは、大変可愛らしい方ばかりだ。さぁ、どうぞお気軽にお食事をお楽しみください」
侯爵はにこやかに食事を勧める。
千夏はエドに言われていた通りに、アルフォンスが一口食べるまでじっと待つ。
「大変おいしいです」
主賓のその一言で食事会は始まった。
「……あ!」
タマのフォークからぽろりとサーモンが落ちる。
サーモンがぺしゃっとテーブルに落ちた瞬間、思わずシャロンは少し大きな声を出してしまった。
タマは気にせず、フォークを掴んでいない手でサーモンをテーブルから拾うと口の中に入れた。
「すみません、まだフォークをうまく扱えないのです」
千夏はタマの頭を撫でながら言い訳をする。
「まだ小さいですし、お気になさらないで。シャロンも最近になって上手くカラトリーが使えるようになったんですよ」
侯爵夫人は優しそうににっこりと笑う。
「タマちゃんはおいくつなのかしら?」
「……3歳くらいだと思います」
そう会話している最中にもタマは、スプーンでスープをすくうのを失敗して、袖口にこぼす。
(さすがに付け焼刃すぎたわ……)
千夏は夕食会前のテーブルマナー講座を思い出す。とにかくフォークは刺す、スプーンは汁物をすくう、ナイフは使わ(え)ない。これだけを教えるので精一杯だった。
そんなタマを微笑ましげに見ながら、侯爵夫人は大きな海老の皿を示す。
「タマちゃん、こちらの海老は手で食べたほうが美味しいのよ。ほら、シャロンお手本を見せてあげて」
先程から息子がタマと話したがっているのを侯爵夫人は気が付いていた。
「ここを引っ張ると身が出るんだよ」
シャロンは海老の頭を手で取ってそのままぱくりと食べて見せる。タマもすかさず自分の皿の海老を同じように手にとり真似て食べる。
「上手に食べれたでしゅ」
タマはにこにこ笑う。つられてシャロンも楽しくなって一緒に笑う。
「パンも手で食べていいんだよ」
タマの食事する姿を見続けていたシャロンは、パンを手にとり千切って口の中に入れる。真似をしてタマもパンを千切って食べる。
「上手だねぇ」
すっかりお兄ちゃん気分に浸っているシャロンである。タマも褒められてにこにこしている。
人の食事はいろいろ面倒でうまく食べれないし、量も全然足りない。でも、いつもひとりぼっちでご飯を食べているタマは、みんなとご飯が食べれるので嬉しくてしょうがない。
楽しげな息子の姿に侯爵は執事を呼ぶと、手で食べやすいものをシャロンとタマに出すように指示をする。
タマにつられてシャロンはいつもよりたくさん食べた。普段は小食なので心配していた侯爵夫人も始終にこにこしている。
楽しい食事会も終わり、解散となる。シャロンは寂しそうに父親を見る。侯爵はにこりと笑う。
「よければタマちゃん、明日シャロンと遊ばないかい?」
タマはちらりと千夏を見る。
(明日は私は魔法屋に行こうと思っているの。街に出るよりここで遊んだほうが人が少なくていいよ)
千夏の念話をきき、タマはコクリと頷いた。
「約束だよー!」
シャロンは嬉しそうに笑った。
次の日、シャロンは朝食を終えると早速タマ(千夏)の部屋に向かった。すでに人化していたタマはシャロンに手引かれ部屋出る。可愛らしい子供二人が仲良く手を繋いでいる光景に侯爵家の使用人達も思わず微笑む。
最初はシャロンの部屋で大人しく話をしていたようだ。が、気がつくと前庭の池の近くでドロドロになりながら泥遊びに熱中していた。
「海老さんでしゅ」
タマは昨日手掴みで食べた海老を思い出しながら、泥をこねる。
「じゃあ、僕はカニ!」
シャロンも泥をこねる。
侯爵夫妻は窓から楽しそうに遊ぶ我が子を見守っていた。
その日からしばらくの間侯爵家の庭に、土で出来た斬新なオブジェが飾られる。侯爵は館に訪れる人々に自慢げにオブジェを見せびらかした。親馬鹿である。
タマも寂しかったのです。




