不思議な声
セレナは頭の上にタマを乗せて、メイドに教えられた武器屋に向かっていた。
タマにセレナの耳が押しつぶされ、少し物音が聞き取り辛い。
しかし時折はなしかけてくるタマの幼い声が大変可愛らしいので苦にならないセレナであった。
「ここなの」
目当ての武器屋に着き、セレナは開いている入口から店に入っていった。狭い店内に剣や槍そして弓などの武器と簡単な防具が所狭しと並んでいた。
セレナは頭の上からタマを下ろし、床におきながら並べられている剣をひととおり眺める。ほとんどの剣の材質は鉄でできており、あまり欲しいものではなかった。
「いらっしゃいませ。何かご入り用ですか?」
奥から作業着をきた若い男の店員が出てきた。セレナは自分の剣を抜き、店員に差し出す。
「剣をといでほしいの。あとできれば砥石がほしいの」
「はい。では銀貨2枚と銅貨3枚ですね」
セレナは腰につけたポーチからお金を取り出すと剣と一緒に店員に渡した。店員は剣を受け取ると奥の作業場に戻って行く。
(おぃ、そこの犬耳女!)
小さな子供のような甲高い声が聞こえ、セレナはピクピクと耳を動かし周りを見回す。声が聞こえたのはすぐ近くだ。静まりかえった店内にセレナとタマがいるだけ。開いている入口のほうも念のために確認するがこちらを見ている人はいない。
(おぃ、聞こえてんか?もしもーし)
再び声が店の中から聞こえる。
「さっきから何か聞こえるの。タマちゃんも聞こえるの?」
セレナはしゃがみこんでタマに聞く。
「こっちでしゅね」
タマはパタパタと飛んで隅においてあった箱に近寄っていく。その箱には乱雑に数本剣が突っ込まれていた。箱には1本銀貨4枚と書かれている。安すぎてどうみても剣の値段ではない。
そのうちの一本が一瞬緑色に光った。恐る恐るセレナは剣を手にする。
(やっぱし、聞こえてるやん。すげー、すげーぞ。おい、おいらを買え、犬女!)
声はセレナの手の中の剣から聞こえていた。
「なんなの?」
「なにかが剣に憑いているみたいでしゅ」
タマはそういうと左足の鉤爪でツンツンと剣を触る。
(おぃこら!おいらをつつくな、この駄ドラゴンがぁー!)
キンキンした声で剣が文句をいう。
「お待たせしました」
店員がセレナの剣を持って奥から出てきた。
「おや、その剣をお求めですか?その剣の鞘と柄の部分の細工はとても綺麗でしょう?」
にこにこしながら店員は鞘の部分に指を当てて説明をする。
「ほら小さな緑の宝石が柄に埋め込まれ、まるで星座のように繋がっているんです。ね、綺麗でしょ?」
(こらー、勝手においらに触るんやない、人間がー!)
またもや剣から文句が飛び出るが、その声が聞こえないのか店員は小さな宝石をひとつひとつ指で指し示していく。
「これだけの意匠で作られた鞘はなかなかないです。同じものを作れるのは王家ご用達の武器屋くらいでしょうか」
「この店で作ったんじゃないの?」
セレナは疑問に思って店員に聞く。
「いえ、これは行商人から買った剣なのです。素晴らしい意匠に惚れ込んでうちの親父が買んです。でも、錆びているのかこの剣鞘から抜けないんです」
店員はセレナから剣を受け取ると、鞘と柄を掴んでぎゅーと引っ張る。
(こらぁ、引っ張んなー!)
「ほら、このとおり。剣としての実用性がないんですよ。試してみます?」
セレナは渡された剣の柄を握って引っ張ってみる。
すると抵抗なくするりと剣が抜けた。刃の部分は見たことがない金属で出来ており、錆びているどころかキラキラと光っていた。
「ぬ、抜けた……」
店員は驚いて剣を見つめる。
「きれいなの」
セレナはうっとりと剣を眺める。
(そないなん当たり前やー)
得意そうに剣が答える。
うるさい声がついているが、それを差し引いても刀身が美しい。セレナはこの剣を買うことにした。剣を鞘におさめた後、茫然としている店員にセレナは銀貨4枚を払う。そしてタマを頭に乗せると店を出ていった。
(久しぶりに外の空気が吸えるわ)
腰にさした剣が相変わらず独り言を喋る。
「君、何者なの?」
(ちびっと話が長くなるで。まずはどこか落ち着いて話せる処にでも行こうか?)
落ち着く処といわれても、セレナはこの村にきたのは初めてだった。思いつくのは村長の屋敷の自分の部屋くらいである。セレナは一旦村長の家に戻ることにした。
部屋に着くと、セレナは剣を腰から抜きベットの上に置く。タマもベットの上に乗りうつぶせとなる。セレナは近くの椅子をベットの前まで持っていき、そこに座る。
(まずは自己紹介や。おいらは風の妖精のシルフィンや)
「私はセレナなの」
「タマでしゅ」
(どこから喋るかなぁ……ところで、いまこの世界に魔王はおるんか?)
「魔王?知らないの」
「知らないでしゅ」
セレナとタマは顔を見合わせ首を捻る。
(おらんか。結構平和なんやな。おいらがこの剣と一心同体になったのはかれこれ300年ほど昔や。そんときは北の大地に魔物を統率する魔王ってちゅうのがおったんや。そいつがすごい勢いでいろんな国をせめ落としてな世界が荒れた。
綺麗な森は燃やされるし、澄んでおった湖も人や魔物の死骸で汚れていったわ。
風に悪臭が混ざるし、土も血肉で澱んでいった。
妖精もさすがに黙って見とるわけに行かなくなってな、勇者って呼ばれる人間達に手を貸すことにしたんや。ほんで、おいらはこの剣と一体になって、一緒に魔王と戦うことになったんや。
魔王は無事にいてしこましたんやけど、おいらを使ってた一人の勇者は犠牲になって死んじまってな。生き残った他の勇者供がそいつの亡骸を埋めて、こともあろうかおいらをそこにぶっさして帰っちまったんや。
おいら一人では剣との一体化を解除でけへん。ことが終わったあとは妖精王がおる妖精の谷に連れて行ってもろうて、一体化を解くはずやった。
そこからは地獄やった……。いろんな人の手に渡り、いろんな土地を流れて行った。
もちろん、おいらもいろいろ手をうった。人に話しかけたり、ほかの妖精に話しかけた。せやけど人にはおいらの声が聞こえず、仲間の妖精は実体がないんでおいらを運べなかった。
せやから、お前がおいらの声に反応したときは歓喜したぜ!)
シルフィンの長い話を二人はじっと聞いていた。
「話はなんとなく判ったようなきがするの。でもなんで私にだけ声が聞こえたの?」
(まぁちびっとは妖精の声が聞こえる要素があったんやろうな。せやけど、いっちゃんでかいんはそこのドラゴンがおったからや)
「タマでしゅか?」
(ああ。ドラゴンは気力も魔力も膨大に持っとるしな。ドラゴンを通して声が聞こえたんやろ)
妖精の声が聞こえるのは、タマのおかげだということでセレナは納得する。
(そんでおいらを妖精の谷まで連れていって欲しい。それまでなら力を貸してやる)
「妖精の谷ってどこにあるの?」
(セルレーン王国の西にある谷や)
セレナが聞いたことがない国だった。
とりあえず、タマがお腹がすいたということで一旦お開きとすることになった。
タマを連れて、村の入口へとセレナは向かう。
そのころ千夏はチキンカリューを堪能していた。すでに三杯目である。
「ああ、とってもご飯が欲しい……」
カリューを味わえば味わうほど、ご飯のありがたみを噛みしめる千夏であった。
シルフィンの言い回しと誤記等を修正しました。
めちゃくちゃ説明回です。
セレナとタマだけではつらかった・・・・リアクションがなさすぎます・・
シルフィンのしゃべり方はあくまでこの世界の妖精標準語です。




