初めてのおしゃべり
「ちーちゃん、ちーちゃん。起きてでしゅ」
「うー……」
早朝のかなり早い時間帯に頬をツンツンとつつかれ、千夏はそのままごろんと寝返りをうつ。
「ち-ちゃん、ちーちゃん。おなかすいたでしゅ」
逆サイドに移動してもまたもやツンツンと顔をつつかれる。
「……ん……タマ?」
千夏は寝ぼけながらぼんやりと目の前にいるタマをみながら天幕に敷かれたふかふかの毛皮をするりと撫でる。
ふかふかの肌さわりがとても気持ちいい。
(そういえば今日は宿ではなく野営してたんだっけ……)
ぼんやりと千夏は今の状況を思い出す。
タマのおなかがぐるるりゅーと盛大に音を立てている。
「ご飯食べに行ってもいいでしゅか?」
「いってらっしゃい……」
すりすりと毛皮に顔をすりつけ、半分寝ながら千夏は答える。
「行ってくるでしゅ」
タマはちょこちょこ歩きながら天幕を出た後、バサリと翼を広げ飛び出していった。
二人(?)の話し声でセレナは目を覚ました。
「ん?タマ、話してた?」
すっかり目がさえたセレナはがばりと起き上がり、タマが出て行った入口を見つめていた。
千夏はすでにすっかり再度眠りの世界へと旅立っていた。
しばらくたって朝食ができたとエドにたたき起こされた一行はぞろぞろと天幕を出てくる。
その席で今朝のできごとをちょっと興奮しながらセレナが報告した。
(そういえばそうだったかも)
千夏はタマが生まれたときからタマが言いたいことを理解できていたので、あまり違和感がない。
「タマが人の言葉を話していただと?」
それにすぐに食いついたのはアルフォンスである。
「竜は英知の生き物だ。人の言葉を話しても不思議ではないぞ。それでタマはどこにいるんだ?」
キラキラと目を輝かせてアルフォンスは、白パンにバターをつけ黙々と食べている千夏に聞く。
「朝ごはんを食べに出かけたよ」
「いますぐ、タマを呼び戻すのだ!」
焦れたアルフォンスがスプーンを片手に持ち、びしっと千夏をさす。
スッパーンとすかさずいつもの鉄拳制裁がアルフォンスの後頭部に入る。
「タマも食事中なんです。わがままをいうものではありません」
馬の休養も終わり、旅の再開だ。
今日は午前中に辿り着く次の村で一泊することになる。村に着いた後は午後から夕飯まで各自自由時間となる。
「今目指している村はシシールとゼンの物流を中継しているところです。街とは言えませんが、それなりに発展している村です」
手綱を握り馬車を走らせているセレナに、エドは簡単に説明をする。
「武器屋もあるの?」
ゴブリンリーダー戦で無理をしたせいで、セレナの長剣は少し切れ味が鈍っていた。
「そうですね。確か鍛冶屋ではなく武器屋があったと記憶しております」
小さな村にはスキやクワなど日曜品を作る鍛冶屋がある。武器屋は大きな街にしかない。
「じゃあ、行ってみるの」
セレナはこくんと頷いた。
旅に出てすでに4日が経っている。最初は緊張していたセレナだったが、他の3人のマイペースな行動に慣れつつあった。
「お、村が見えてきたぞ!チナツ、タマを呼べ」
アルフォンスは馬車の窓から近づきつつある村を見て歓喜の声あげる。
タマを呼ぶように何度も千夏にお願いをしていたのだが、村に着くまでダメと言われていたのである。
千夏は馬車の窓に身を乗り出して、竜笛を数回吹く。村の入口が見えてきたところで、タマが戻ってきた。
「タマぁぁぁ!」
馬車の窓から入ってきたタマ目がけてアルフォンスが突進する。タマはアルフォンスからひょいと逃れ、千夏の頭の上に止まる。
「アル、うるさいでしゅ」
「おぉぉぉぉ!しゃべってるぅ!」
「うん、うるさいね」
千夏は魔法屋があったら行ってみようと思っていた。
中級魔法は多分ないかもしれないが、アルフォンスを拘束できる魔法が欲しくなったのだ。
今日も村長の屋敷が宿泊所になる。
それぞれ身分証明書を見せ、村に入ると馬車の速度がとたんに遅くなる。村のメンストリートが少し混んでいたせいだ。
貿易中継点の村だけあって、ゼンよりかなり狭いが色とりどりの露店の天幕が並んでいる。
ちょうどお昼時にあたり、露店からはいい匂いが漂ってくる。
「ん?……この匂いは……カレー?」
くんくんと馬車から身を乗り出し匂いを嗅いでいた千夏は微かにカレーの匂いを嗅ぎとる。
千夏はきょろきょろと近くの露店を探したが、カレーらしきものを売っている店は見当たらない。
(メインストリートじゃなくて、少し奥にいった処にあるのかな?)
後で探しに行こうと心に誓った千夏であった。
村長の屋敷につき、簡単な挨拶を行う。
そのあとすぐに昼食会になり、いろいろな具が入ったサンドイッチをご馳走になった。そのあとは自由時間である。
アルフォンスとエドは村長とまだ話すことがあるらしく、村長の屋敷に残る。
セレナと千夏は村長の屋敷で勤めるメイドにそれぞれ行きたい場所を確認した。
武器屋と魔法屋はすぐに教えてもらえたが、「カレー」という単語が通じず少し聞き出すのに時間がかかった。
「黄色で香辛料の味付けが辛い食べ物なんだけど。あ、トウガラシの味じゃないよ」
「黄色で……ああ、チキンカリューですね。平べったい大きなパンにつけて食べるものなら知っています」
メイドがその店を教えてくれる。
(カレーライスじゃないのか……ごはんないのかなぁ…この世界……)
千夏はちょっぴりがっかりした。
「じゃあ、チナツまたなの」
「ん。また後で」
「ちーちゃん、またでしゅ」
千夏とセレナは村長の屋敷を出ると別々に移動する。
ちなみにタマは今日はセレナと一緒だ。
カレーを食べる気満々な千夏はタマを食堂に連れ行くのを躊躇ったからである。
ゼンの街で千夏の定宿一階の食堂では、おばちゃんや常連さん達が、タマに見慣れていたため、特に何も言われなかったが、普通は従魔は食堂の外に置いてくるのが一般常識だ。
いろいろ面倒なことになりそうな予感がして、セレナにタマを預けることにしたのだ。
千夏はメイドに教えられた魔法屋に向かった。
道はすぐにわかり、小さな古ぼけた建物に千夏は入っていく。店の中はマーサ婆ちゃんのお店に比べると二回りほど小さく、置いてあるマジックアイテムがかなり少なかった。
「いらっしゃいませ。なにをお求めでしょうか?」
がっちりとした中年の男性が座っていた椅子から立ち上がり、カウンターに立つ。
「魔法転写ってできます?」
「はい。初級のものであれば可能です」
男は頷くと、カウンターに魔法リストを広げる。
「えっと、集団の敵に有効な魔法ってあります?」
ないだろうなぁと思いながらも千夏は一応聞いてみた。
「初級は単体魔法が殆どですから……防御系、支援系なら有効なものがあります」
そう言いながら男はリストの魔法をひとつひとつ指し示していく。防御系はゼンの街で聞いたものと同じだ。支援系は初めて聞く魔法だ。
「スリープって眠らせることができる魔法?」
「はい。初級では単体の生物しか使えませんが、眠らせて戦う相手を減らすことに役立ちます。睡眠時間はだいたい1時間くらいです。物理的なダメージを与えると起きてしまいます。
こちらのパラライズは麻痺を与えるものです。パラライズはスリープより効果時間は短く3分程です。
となりのサイレンスは言葉の通り、相手を沈黙させることが出来、呪文を使う敵には有効です。効果時間は5分くらいですね」
支援系魔法は連続で唱えれば、多少敵を足止めすることができそうだ。
「この支援系魔法の属性はなにあたるの?」
「無属性です。無属性は他の属性とは異なり、特殊な属性なのです。人によって、使用できる魔法とできない魔法があります。
例えばお客様がこの3つの魔法を買われて転写を行ったとします。
全ての魔法の必要魔力が十分であれば、普通であれば転写は成功します。
ただし、無属性は魔力が足りていてもお客様に向かない魔法は転写失敗となってしまうのです。どの魔法が自分に向いているのかを事前に調べる方法はありません。
私はこの3つのうち、覚えられたのはスリープだけでした。残りの二つは妻が覚えており、転写は可能です」
(まぁいってみればギャンブル要素が高い属性ってことか……)
千夏は店主の説明を聞いてそう納得した。とりあえず3つの魔法の値段を聞くと合わせたところ、金貨3枚とのことだった。ギャンブル性が高いので少し安いらしい。
「じゃあ、3つともお願いします」
千夏は金貨3枚を出す。
「妻を連れてくるので少々お待ちください。おい、メリッサ!」
店主はそういって奥に声をかける。店主によばれでてきた奥さんはちょっとぽっちゃりした人の好さそうな婦人だった。
「3つも連続で転写したらかなりお疲れになると思います。こちらの椅子にお座りください」
奥さんはカウンターから椅子を一つ取り出すと千夏の前に置く。マーサ婆ちゃんにはない心遣いである。
千夏はお礼をいって椅子に座り、連続で転写を行ってもらった。あいかわらず頭の中が痺れる。しかし、パラライズのときだけは頭が痺れず、頭の上でパンっとはじけた音が聞こえた。
「どうやらパラライズは失敗したようです」
奥さんが申し訳ないように千夏を見る。初めての転写失敗だ。いままで運がよかっただけなのだろうと千夏は思った。
頭のしびれが取れたあとに千夏はお礼をいって魔法屋を後にした。
脱字を修正しました。




