念願の・・・
しばらく経ってから、アルフォンスは目を覚ました。
ベットに寝ていたはずが、なぜか今いる場所は外で地面に寝転んでいる。空には浮かぶ太陽は中天にさしかかっており、どうやら昼を少し過ぎているらしい。
そんなに長い間眠っていたのかと茫然としたが、まだ頭がはっきりとしない。
(夢?)
それにどこかでぶつけたのか身体中が痛い。
キョロキョロと回りを見回し、2匹の座り込んだトールバードとうずまって眠そうなタマを見つける。
「タマ、ここどこなんだ?」
アルフォンスはタマの横に腰をおろし質問する。
その様子を見た直樹と愛里は小さな魔物が単なる偶発的な魔物でないことに気が付き、渋々引き上げていった。
走り去る二人を見届けるとタマはうつ伏せになり眠り始めた。
何の反応も示さないタマを見て、アルフォンスもごろりとうつ伏せになる。
タマと初めて会ったとき以来、タマがアルフォンスを嫌がって逃げまくっていた。
今ならじっくり観察ができる。アルフォンスはタマを起こさないようにゴロゴロと角度を変えてタマに見とれていた。
それから数時間後、千夏たちが乗った馬車がアルフォンスがいる場所に到着した。
馬車に気が付いたアルフォンスは「おーい!」といって手を振る。
馬車はかなりの勢い走っており、アルフォンスの前につくと急ブレーキをかける。すかさず持っていた手綱を手放すとエドは御者台から飛び降り、のんきそうに手を振っているアルフォンスの頭に一発制裁を入れる。
「痛いぞ、エド」
アルフォンスは頭を抱えながらエドを睨む。
「まったく、誘拐されたかと思えばのんきにしているとは……」
エドは眼鏡を押し上げ、じろりと冷たい視線をアルフォンスに投げる。千夏とセレナも馬車から降りてきて、アルフォンスの無事な姿にほっと胸をなでおろした。
「無事でよかったの」
黒い大きな瞳をうるうるさせながらセレナ言い、預かっていたアルフォンスの剣を渡す。
「まったく人騒がせね……。タマ、ご苦労様」
千夏はタマを抱き上げる。
「ニュー」
「おなかすいたの?干し草でよければすぐに出せるけど」
そう答えると千夏はタマを地面に戻し、アイテムボックスから次々と干し草を取り出す。タマは頭を干し草の中に突っ込み食べ始めた。
「俺、誘拐されたの?」
不思議そうにアルフォンスは尋ねる。
「まさか夢遊病でここまで歩いてきたとかいいませんよね?」
エドは走らせっぱなしだった馬の汗を布でぬぐいながら答える。
「うーん、起きたときにはタマと、この2匹のトールバードしかいなかったんだよな」
「タマが追い払ったんでしょう。タマにきちんとお礼をしてください」
アルフォンスはいまだに状況が把握できていなかった。しかし、エドのいうとおりなのだろうと思い、食事中のタマに頭を下げお礼をいう。
「この二匹のトールバードは誘拐犯が置いていったの?」
セレナが不思議そうにタマに聞くとタマは「ニュー」と鳴く。
「そうみたい」
千夏が通訳する。
「とりあえず、私たちも食事にしましょう。しばらく馬も休ませないと。かなり無茶をしたので今日はもう走れないですね」
エドはアイテムボックスからいろいろな材料と取り出し始めた。
それをみていた千夏が思い出したかのように「あーっ!」と叫ぶ。
「お風呂……私のお風呂が………」
アルフォンスの誘拐騒ぎで昨日頼んでいたお風呂を作ってもらえなかった。千夏はショックでしゃがみ込む。
「金貨は昨晩おいてきましたので、夕方くらいに転移で戻れば受け取れますよ」
エドが薪を積み上げながら答える。
「あんなに慌てて出てきたのに、作ってると思う?それに私の転移じゃ距離が足りないかも……」
「貴族からお金をもらって放置などしませんよ。後で私が行ってきます」
千夏はエドの回答に満足し、馬車に戻ってごはんができるまで寝ることにした。
セレナはトールバードを羨ましそうに見つめている。
「なんだ、トールバードが欲しいのか?」
アルフォンスがそんなセレナに声をかける。
「そうなの。今度の旅が終わったら買おうと思ってるの」
「しかし、こいつらずっと座ったまま動かないな……」
ツンツンとトールバードの顔をつつきながらアルフォンスは言った。
トールバードはタマにおびえていて逃げるどころではないのだ。みんなの食事が終わったころにタマは威圧を解除する。タマが「ニュー」と一声なくとトールバードたちは南のほうへと走り去って行った。
なおトールバードたちが命がけで直樹と愛里を助けなかったのは、従魔契約をしている主人が二人ではなく、二人の依頼主であったからだ。
今日はここで野営を行うことにした。野営はこの旅では初めてである。
エドがアイテムボックスから大き目な天幕を二つ取り出す。男女別にそれぞれ天幕を張る。最後に天幕の内側にふかふかの毛皮を敷く。
夕食前になるとエドが転移で山の村まで風呂を取りに行ってくれた。お礼を言ったあと千夏はエドに尋ねた。
「中級の転移ってどこまで移動できるの?」
「そうですね。一国内くらいの範囲でしたら、行ったことがあるところへはどこにでも転移可能です。人と荷物合わせて1トンまで運べます」
かなり便利だなぁと感心していた千夏はふとあることに気が付いた。
「じゃあ王都にも行けるわけ?」
「もちろんです」
「この旅意味ないじゃん!」
「最初に申し上げたとおり、このたびの目的は主の趣味なのです」
すかさず突っ込んだ千夏へエドはちらりと忌々しそうにアルフォンスに目をやる。
「本当に、趣味なのね……。それで誘拐騒ぎとか……なんだかな、もう」
「ええ、まったくいい迷惑です」
千夏はとてもやるせない気持ちになった。
夕食後、千夏の待ちに待ったお風呂タイムである。みんながいるところと馬車を挟んだ反対側にアイテムボックスから木風呂を千夏は取り出し、風呂を設置する。
まずはリフレッシュで一応お風呂をきれいにする。そのあとにウォーターで水を満たし、ヒーターで水を適温に暖める。
最後にアイテムボックスからタオルと取り出すと「お風呂ーお風呂ー」と歌いながら千夏は湯船につかった。
「くぅぅーーっ、さいこー!」
湯船は二人でも余裕に入れるサイズだ。千夏はゆったりと全身を伸ばし湯につかる。
「あー、癒されるなぁ……。やっぱりお風呂は毎日入りたいよね」
しばらくの間千夏は湯船につかり、気持ちよさげにちょっと音程の外れた歌を歌いづづけた。
お風呂からあがると、千夏はバスタオルで頭をごしごしふきながらみんながいる場所に戻る。
アルフォンスとセレナは日課である剣の稽古に励んでいた。
千夏は読書中のエドに声をかけた。
「エドー、牛乳のみたい」
エドはアイテムボックスから牛乳が入った水差しを取り出した。コップに牛乳をついでもらい一気に千夏は飲み干す。
「木風呂を引き取りに村にもどったので、ヤギのチーズやバターなどいろいろ一緒に買ってきました。ヤギの乳もおいしいですよ」
「じゃあ明日飲むー」
千夏はそう答えると、剣の稽古が終わった二人にお風呂に入るかを聞きに行く。二人ともはいりたいということなので、冷めた水を再び適温に暖めなおした。
「エドも後で入りなよ、気持ちいいよー」
「そうですね、後でつからせていただきます」
「じゃあ、ぬるくなっていたら呼んでね」
千夏は上機嫌でにっこりと笑う。そのはしゃぎっぷりは、真新しいおもちゃを手に入れた子供のようだ。
千夏は天幕に入りごろりと仰向けに寝転がる。体がポカポカしてとても気分がいい。
今朝は早くからたたき起こされたので、すぐに眠くなる。千夏は久しぶりの心地よい眠気に幸せそうに口元を緩める。
「おやすみ」
千夏は1人そう呟くと眠りについた。
誤記を一部修正しました。
7/3 本文の結びが途中で途切れていました。
追加加筆しました。
ご指摘ありがとうございました!




