試練の森 (3)
遅くなりました。
結局シルフィンが気にしていた連携を意識していたのは、アルフォンスとセレナだけでしかも戦闘が始まってから数十秒後には二人の頭からもすっぽりと抜け落ちた。
最初の魔物との戦いは乱戦になったからだ。
しばらく歩いた後に最初に魔物を見つけたのはタマだった。
「もうすぐなにかくるでしゅよ!」
先頭を歩くタマが先の見えにくいうっそうとした森の奥をじっと見つめて叫ぶ。
ピクリとセレナも耳を動かすが、やたらと密集して生えまくっている草木が邪魔で視界は悪いし、ひきっしりなしに聞こえて来る獣や鳥の鳴き声で音もいろんな方向から聞こえてきて絞れない。
もちろんタマも気配を察知することが出来たわけではない。単純に気を読み急速にこちらに向かって来る小さな気を感じたのだ。
気で気配を探るといっても千夏もタマも漠然としかわからない。竜くらい大きな気であればかなり強い魔物だということが分かるが、小さな気だと森の小動物なのかBランクの魔物すら判断することがきない。
なにか黒いものが固まって飛び出してきたと思ったときには、先頭で剣を構えていたタマがそれに弾き飛ばされてころりと後ろに転がった。
「大丈夫か?」
レオンは転がったタマに手を差し伸べる。
タマはぱちくりと目を何回かしばたたかせ、なぜ自分が転がったのかを理解できていないようだ。
幸い竜の強靭な防御力のおかげでタマはかすり傷ひとつついていない。
同様に千夏には何が起きたのかさっぱり分からなかった。気が付いたらタマがころんと後ろに転がっていた。
「風狼ですね」
隣にいたエドは黒い塊がタマを蹴飛ばして通り過ぎた方向に向かって腕を突き出し構える。
風狼は名前の通り風をまとった狼で、素早さに特化した魔物だ。
集団で狩りを行い、素早い突撃で噛みつき攻撃や前足の爪によるダメージを与えていく。
防御力はそれほど高くはないが、森の狭い場所で襲われるとその弾丸のような突撃を躱すことがなかなか難しい相手だ。
冒険者ランクDの討伐対象となるのでそれほど強い敵ではない。
ただし、ランクFくらいのレベルまでダウンしている千夏達には強敵であった。
「よく見えたな。俺には黒い塊にしかみえなかったぞ。でも変だな。風狼なら俺にも見えるはずなんだが……」
「いつものアルフォンス様なら見えていますよ。レベルが下がっていますから視野も狭まっているのでしょう」
最初の突撃後に威嚇のつもりか偵察をしているのか、風狼たちは千夏達から少し離れた場所でせわしく動き回る。
その動きを正確にとらえたエドはフロックコートの裾をひらひらと動かしながら、迎撃態勢をとる。
アルフォンスもセレナも目では狼たちをとらえられないが気配を読み、相手の動きに合わせて剣を構える。
「ちーちゃん、タマは悔しいでしゅ!」
レオンに手を引かれてやっと立ち上がったタマが顔を真っ赤にして嫌々と顔を横に何度も振りながら言う。
どうやら第二次成長期前に散々魔物に吹っ飛ばされていた頃を思い出したのだろう。
あの時ももっと強くなりたいとタマは悔しがっていたことを千夏も思い出す。
といっても今はレベルダウン中。狼の気配でさえ掴めない千夏に言えることは何もない。
こういうときには昔読んでいた漫画から言葉を適当に引用するしかない。
「頑張れ、タマ。最後に立っていたものが勝者なのだ。諦めたらそこで試合終了だよ?」
「はいでしゅ!」
素直に返事をしたタマの後に細かいことが気になるレオンがくるりと千夏に向かって振り返る。
「チナツ、試合ってなんだ?」
「えっとそれは……」
千夏がしどろもどろ考えている間に狼たちは偵察を終えた。どうやら自分達の動きに完全についてこれる人間は少ないと。
「「「「「ウォォォォ――――――!!」」」」」
空気を震わせるような狼たちの咆哮が一斉に上がり森を揺さぶる。
「ぐぇっ!!」
あまりの音量に耳を塞ごうと動いた千夏はぐいっとエドに背中を押され、そのままビタンと草の上に潰れた。隣には同じく潰されたリルとユキが涙目で転がっている。
「ちょっと!一応私は女の子「そのまま動かない!立ったら怪我しますよ」ぐぇっ」
むくりと起き上がって文句を言おうとした千夏はエドに頭を押され、また草むらに顔を突っ込むことになった。
千夏の頭上をビュンビュンと音を立てて風狼たちは視界の悪い森の中を砲弾のように走りまわる。
最初の狼たちのターゲットは千夏達後衛だったようだ。
文句を言うために大きく口を開いたまま草むらに顔を突っ込んだ千夏は、無意識に口の中に入った雑草を咀嚼する。
「……この草、あんまり美味しくない……」
「……チナツ、なんでも食べるのはよしたほうがいいよ」
すぐ横で潰れていたリルは困ったようにぺっぺと草を吐き出す千夏の顔を眺める。
「いやぁ、食べられる草もあるのよ、山菜とか……といっても私には違いが分かんないけど」
なんとなく気まずい空気になったので千夏はへろりと笑ってごまかした。
千夏やリル、ユキは全く風狼の動きが読めないので足手まといでしかない。リルが張った物理結界の中でじっとしていることしかできない。
目では追えないが気配を読むことができる残りのメンバーは、臨機応変に盾や剣を飛び出してくる狼に突き出しダメージをジワジワと与えていく。
唯一の大ダメージを与えられるのはセレナだ。
レベルダウンで筋力は下がったが、マジックアイテムの剛腕の腕輪の威力は健在だ。
飛び込んできた風狼のタイミングに合わせて剣を一閃。
悲鳴を上げる暇もなく風狼は真っ二つに体を裂かれ、べしゃりと草むらに突っ込んでいく。
「負けないでしゅよ!」
立ったまま迎え撃つとはじき飛ばされることを経験により理解したタマは、飛び上がって近くの大樹を力いっぱい蹴り高さと速度を得る。小さな体をくいっと丸め、勢いよくくるくると高速回転しながら飛び込んできた狼に体当たりする。
「グッ!」
タマにはじき飛ばされた風狼に狙いをつけたコムギは、狼の胴体に飛びかかりがぶりと噛みつく。
そのままぐいぐいと気力を根こそぎ奪いにかかる。
草むらつっぷし隊には戦闘状況が全く分からない。
ガサガサと草をかき分け走りまわる音や、狼たちの小さな悲鳴などが聞こえていくるだけだ。
「私も加勢にいったほうがいいんじゃないかな?」
寝心地がいいとは言えない草の上に腹ばいになったままの姿でユキが尋ねる。
「ん~。痛い目をみたくなかったらやめたほうがいいかな」
「戦闘に危険はつきものよ。ふふふ。そんなの大丈夫よ!ふぎゃっ!!」
目を輝かせ身を起そうとしたユキは容赦ないエドに再び草むらに突き飛ばされる。
「だから言ったじゃない。エドにもぐら叩きのようにボコボコにされるって。みんななら大丈夫だよ」
「今聞いたわよっ!」
「そうだっけ?」
ずきずきと痛む頭のたんこぶを押さえながらユキが涙目で叫ぶ。
ユキが知っている普段のエドはアルフォンスの背後に立ち、こまごまとした雑用を黙々と務める物静かなイメージだ。
「普段はあんまり自分からこうしろとは言わないけど、言い出したらエドのいうとおりにしないと痛い目にあうから気を付けた方がいいよ。かなり強引で容赦ないから。そういえば妖精たちと対決したときもかなりえげつなく……」
「ギャン!!」
「―――聞こえていますよ。チナツさん、後でゆっくり話し合いましょう」
正面から風狼を拳で殴りつけたエドが足元に這いつくばっている千夏をじろっと見下ろす。
千夏はそれ以上ユキに説明するのを放棄して、がっくりと肩を落として地面に顔をつけたまま押し黙る。
千夏の伝えようとしたことをユキにしっかりと伝わったことだけが救いだった。
「もう起きていいですよ」
エドからそう声をかけられ千夏達が起き上がったのはしばらくしてからだった。
ユキは先程エドに殴られたことでできたたんこぶを押さえながら、恐る恐る体を起こす。
「みんな怪我は?」
跳ね起きたリルは心配そうに全員をチェックする。
盾で狼を弾き飛ばしていたレオン以外の全員が体のあちこちに風狼が流した青い血を付着させていたが、どうやら誰も大きな怪我をしているものはいない。
ただ回転しまくったタマは目を回し、「世界がまわってるでしゅ~」とぐったりとレオンに抱っこされていた。
ヒールではめまいは治すことはできない。リルはユキのたんこぶをヒールで治すと、ポーチから取り出した傷薬をアルフォンスやセレナの擦り傷に塗っていく。
彼らの足元にはぴくりとも動かなくなった15匹の風狼の死体が転がっており、それをせっせとエドがアイテムボックスへと片づける。これは竜に戻って狩りができないタマとレオンの非常食になる。
「タマが回復するまでちょっと小休止しましょう。元気がありあまっているチナツさんはこちらへ」
エドはそういうとアイテムボックスから椅子を一個とりだし、そこに千夏に座るようにと促す。
魔のお説教タイムらしい。
「……はい」
千夏はしぶしぶその椅子に座る。
はじめはまともにエドの話を聞いていた千夏だったが、かったるくなり顔を上げたまま視界を気力探索へと切り替える。
タマは今休憩中なので、探索できるのは自分しかいない。
だから別に現実逃避している訳じゃないんだよ?
などと誰に対するかわからない言い訳をしながら自分を中心に探索範囲を広げていく。
(変だな。さっきはいろんな気が近くにいたのに……。んー。さっきの風狼の群れがここのボスだったのかなぁ……)
ごく微量な気―――主に虫などがこれに当たる――以外の動物や魔物だと思われる小さな気がここを中心に大きく後退をしている。
(あ、でも一匹なんかいるわ)
くるりと千夏はそれが隠れている草むらへと顔を向けた。体が小さいらしく、長い草むらに隠れているそれは何なのか千夏には分からなかった。
説教中のエドもその視線の後を追う。
その視線に気が付いた何かはがさりと小さく草を揺らせ逃げ出そうとした。
だがその後を飛び出しコムギが追いかける。
「なにか小動物でしょうか?」
バサバサと草が左右に大きく揺れ、しばらく待つとコムギが後ろ向きのまま、何かを咥え引きずって帰ってくる。
コムギは千夏の前までそれを引きずってくると咥えていた口を離し、「褒めて!」とばかりに尻尾をブンブンと振る。
コムギの口から逃れたそれはだらだらと汗を流しびくびくと目の前の千夏とエドを見上げる。
大きさはコムギより少し小さい。耳は細長く、短めの金色の髪に大きな怯えた目は碧色だった。
手足は2本ずつある。
「―――これってエルフの子供?」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、離せぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
千夏が首を傾げてそう呟いたときには、それはアルフォンスに抱き上げられていた。
ご指摘、評価ありがとうございます。
気が付くとエドばっかり?!




