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試練の森 (1)

少し短めですが…

 千夏は今まで転移魔法陣に何度か入ったことがある。

 一度目はフルール村の森にあった古の魔女が作った魔法陣。

 二度目は現在フルール村に住み着いている研究者達の試作魔法陣だ。


 魔法陣に乗ると瞬間的に景色が様変わりする。移動による体の不調は全くと言っていいほどない。

 「うぎゃっ!」

 ふわりと浮いていた体が重力によって地面に撃墜する。

 高度30センチくらいだったのでお尻にちょっとした衝撃を感じるだけですんでよかった。

 千夏はスカートの上からお尻を軽くはたいてゆっくりと立ち上がる。

 

 転移された場所は森の中。どちらかというとジャングルといったほうがよいのかもしれない。

 木々の密度が一層増し、熱帯雨林特有のもやっとした暑さに汗がじわりとにじむ。

 かすかに獣や鳥たちの鳴き声があちこちから聞こえてくる。

 千夏の視界の中には目の前の草むらの中でぐでっとのびているユキの姿くらいしか見えない。


 「おーい、大丈夫?」

 ゆさゆさとユキの体をゆすりながら千夏は呑気に尋ねる。

 「うん。完全に気絶してるね。魔力枯渇かな」

 すぐにユキを起すのをあきらめた千夏は他のメンバーの安否確認に移ることにした。


 「とりあえず、点呼とります~!!魔物三兄弟どこ~?」

 「はいでしゅ!」

 「いるぞ」

 「クゥ!」

 もぞもぞと草むらが動く音がすると、しゅたっと手を上げたタマとコムギが飛び出してきた。レオンはセレナと一緒に千夏の背中のほうから長めの草をかき分けながら現れる。

 

 「セレナもOKね。おーい、リル、アルフォンス、エドォォ」

 千夏が叫んでからしばらく待つと、ガサガサと大きな音を立てながらアルフォンスとエドがそれぞれ別々の場所から駆け寄ってくる姿が見えた。だがリルの姿はない。


 「リル~?もしかして魔法陣乗り遅れた?」

 千夏は首を傾げながらぽそりと呟く。

 「とりあえず探すの」

 セレナはのびているユキを右腕一本でひょいと持ち上げると、ピクピクと大きな耳を左右に動かす。


 「ちーちゃん、タマはかくれんぼうなら得意でしゅ!」

 「そうよね……」

 タマの言葉に千夏は苦笑する。なにせタマは千夏と同様に気が見えるのだから。


 「ん~と、こっちに気配を感じるでしゅ!」

 意気揚々と歩きだすタマの後にみんなでぞろぞろとついて歩いていく。

 深い草むらにずぼっとタマやコムギが埋没する度に、レオンが二匹の襟首をつかんでは拾い上げる。


 しばらく進むと助けを求める声が聞こえてきた。

 「…けて~!誰か助けて~」

 「あそこでしゅ!」

 びしっとタマが指さしたひょろりと細長い木の天辺の枝に、しがみついて泣きそうなリルがいた。


 「飛び降りろ~!なんとか受け止めてやる!」

 七メートルほどの高さで震えているリルにアルフォンスが大声で指示を出す。

 「え?えぇぇぇ――――?!」

 「大丈夫だ、俺を信じろ!」

 ぐっとリルに向けて親指を突き出し、アルフォンスがさわやかな笑顔を見せる。


 「うん。あんまり信じられないね」

 「ですね」

 ぽそりと呟いた千夏にエドが同意する。

 

 「では僕が竜に戻って拾ってこよう」

 レオンがそう提案したが、しばらく待ってもレオンはぴくりとも動かない。

 「どうしたの?」

 怪訝そうに千夏が問いただすと、レオンはじっと真剣な顔で自分の体を見つめたまま答えた。

 「……竜に戻れない」

 

 「はい?」

 聞き返す千夏をスルーしてレオンはタマに「竜に戻れるか?」と尋ねる。

 「はいでしゅ!……あれ?おかしいでしゅね?」

 パチパチとタマは瞬きを繰り返して小首を傾げる。

 

 「……とりあえず、リルを下ろしてくるの。私の体重くらいなら辛うじてもつと思うの」

 竜に戻れないということはよく分からないが、セレナは引きつった顔で泣きだしそうなリルを見上げて、木をするすると登り始めた。

 ときおりピシっと木が嫌な音を立てる。セレナはそれを気にせずぐいぐいと昇っていく。


 結局リルをキャッチしたセレナが下降を始めてしばらくした時点で、元々細い木が二人分の体重に耐えられずにビシリと大きな音を立てて割れる。

 「うわぁぁぁぁぁ」

 叫ぶリルを小脇にかかえ、セレナは木から飛び降りて見事に着地する。

 千夏は見事着地したセレナに惜しみない拍手をおくる。 


 竜に戻れないとかいろいろ問題はありそうだが、とりあえず全員揃った。

 (試練の森っていうからにはそれが影響してるのかもねぇ。まぁ考えても分からないからとりあえず置いておこう)

 千夏はさくっとそれで納得すると一同の顔を見回して宣言する。

 「まずはお昼食べてないからご飯にしましょう」

 誰からも文句は上がらなかった。


 といっても密林であるため、テーブルや椅子を取り出すことができない。

 比較的木々がないところの雑草を、アルフォンスとセレナが剣を振るって無理やり刈る。

 そこにエドが敷物を引き、そこでお弁当を食べることにした。

 

 「チナツ、念のために言っとくの。森だから火魔法は禁止なの」

 プチラビットのキャラ弁を頬張っている千夏に向かって、真剣にセレナが注意をする。

 「あー、大丈夫、大丈夫。忘れてないよ?」

 へらへらと笑って答える千夏を若干疑わしそうにセレナは見つめる。

 以前セレナと組んだクエストで森を大炎上させたことを、千夏はもちろんすっかり忘れていた。


 「ユキは火属性ないから大丈夫だね」

 セレナの疑念をごまかすために千夏はつい先程気がついたユキに話を振る。

 (うん。それにしても魔力回復剤ってまずい……)

 「まぁまぁ、口直しにお弁当食べればいいんだよ。いらないなら私が食べるけど」

 (食べる)

 

 「それにしても試練の森について全く情報がないというところが問題ですね」

 エドはみんなにお茶を配りながら軽く溜息をつく。

 「第一にどちらに向かえばエルフの里に行けるのかすら分からない。第二に何の試練なのかわからない。その状態でタマ達が竜に戻れないということは大きな戦力ダウンです。

  ユキさん、何かわかりますか?」

 

 (んー。なんとなく感覚だけなんだけど、あっちがすごく気になるかな)

 「ほかに行く当てもないし、そこはユキを信じよう」

 ユキの言葉にあっさりとアルフォンスが納得する。


 (それと竜に戻れないって言ってたよね。タマとレオンを鑑定してみたんだけど……)

 ぽりぽりと付け合わせのピクルスを齧りながらユキは言いずらそうに顔をしかめる。

 「何か分かったのか?」

 (何でかわからないけど……二匹だけじゃなくて、みんなレベルが300オーバー以上だったはずなのに、軒並みレベルが下がってるみたい)

 

 「え?レベルって下がるものなの?」

 千夏の問いにエドが首を振る。

 「聞いたことがありません」

 「軒並み下がってるってどのくらいなの?」

 落下の衝撃からやっと落ち着いたリルが、きょとんとした顔でユキを見つめる。

 

 (信じられないだろうけど、全員レベルが10以下になってるのよ……)

 「はい?」

 「何だって?」

 千夏とアルフォンスはユキの話についていけなくなり、ぽかんとした顔で尋ねる。


 (もう!信じられないのは分かるけど、事実なの!鑑定によると全員にエリア限定でレベル制限って状態異常になってるのよ!!!)

 「――――はぁーい?」

 千夏はユキに向かって問いかけた。

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