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エルフの少女

かなり遅くなってすみません。

 エルフは閉鎖的な種族で、滅多に自分達の領域から出てこない。街でみかけるエルフのような外見を持っているものは大体が祖先にエルフの血を受け継いだもの達ばかりだ。

 限りなく血が薄くなった彼らはエルフ本来の力は受け継がれていない。


 エルフの大きな特徴としては人と比べると妖精を友とし、妖精に力を借りて使う自然魔法だろう。

 自然魔法は通常の魔法と比べるとエレメンツとなる妖精の力を借りているため威力が大きい。


 子供の頃からアルフォンスはドラゴンや竜などをこよなく愛していた。

 もちろん、エルフもそれに当てはまる。勇者の物語には弓使いのエルフは必ず出て来るからだ。


 今現在、古語に分類されているエルフ語を熱心に勉強していたのも、いつかは生粋のエルフと会って話をしたいからだ。

 といってもエルフ語は難しく、単語をぽつぽつと話せる程度だが……。



「そんで、アルフォンスが通訳に呼ばれたってことね」

 千夏は老執事から丁寧な挨拶とゼンで保護されたエルフの少女について一通り説明を聞いた。

「でも、アルフォンスで役に立つのかなぁ……」

 頬についたケチャップをごしごしと袖で拭きながら、千夏はアルフォンスを胡乱気に見る。


「え?その言い方はちょっとないんじゃないか?俺だってやれるときはやれる男だ」

「だって、興奮して相手を警戒させるだけじゃない?レオンのときもそうだったし」

「確かに」

 反論したアルフォンスに千夏とエドが追い打ちをかける。


「しかし、アルフォンス様に頼るしかない状況でして……。なにせエルフ語を話せる学者は王都でも高名な学者のみで、スケジュール調整がなかなか……」

「いるわよ、うちの村に生粋のエルフ。そっちのがアルフォンスより確実じゃないかな」

「エルフがこの村にいるのですか?」

「いるけど、メンドクサイ相手なのよね……」

 驚きの声を上げた老執事に向かって千夏は苦笑する。

 

 なにしろ何代も前のエッセルバッハの大神官を務めるほどの知識もあり、何百年も生きているエルフだ。しかし、彼を動かそうとするとそれなりの手土産が必要だ。


「エルフなんてこの村にいたか?」

アルフォンスが不思議そうに尋ねて来る。

「あれ、メルロウのこと言ってなかったっけ?」

 普段は耳を大きな帽子で耳を隠してるうえ、エルフの特徴であるすらりとした長身というイメージとメルロウはかけ離れた存在だ。

「聞いてなーい!俺は聞いてなーい!」

「エド、後は頼んだ」

 アルフォンスがなにやら叫んでいるが、千夏はその相手をエドに押し付けコムギを連れてメルロウの家に向かうことにする。

 あんなやかましいアルフォンスでもこの村には必要だ。渋々セラに説き伏せられ、跡継ぎを貸し出しているバーナム辺境伯が困っているのであればひと肌脱いで貸しを作っておいたほうがいいだろう。


「ちーちゃん、ただいまでしゅ」

 魔女の城を出たところで、朝の狩りから戻ってきたタマが人の姿に戻ると千夏に向かって走ってくる。

「おかえり」

 千夏のおなかにぺたりと張り付いたタマの頭を千夏はなでる。

「ター、おかえり」

「ただいまでしゅ。コムギ」

 タマは千夏から離れると傍にいたコムギの頭をなでなでする。コムギは嬉しそうに目を細めて笑う。


「ちょうどいい時に帰ってきたね。これからアルフォンスの家に行くんだけど……」

「タマもいくでしゅ!」

 タマはそういうとひしっと千夏のおなかにしがみつく。それを見ていたコムギもタマを真似してぴったりとおなかにくっつく。

「大丈夫、連れていくから。悪いんだけど、誰かメルロウを呼んできてくれないかな?」

 前後左右に抱き付かれた千夏は動けない。たぶん、転移するまでひっつき虫状態のままだろう。


「じゃあ、俺が!」

 アルフォンスがしゅたっと立ち上がり意気揚々と出ていく。その襟首をエドがぐいっとひっぱり引き戻す。

「痛いぞ、エド!」

「アルフォンス様がいくと話がややこしくなりそうなので、誰かかわりに行ってもらえますか?」

 エドはアルフォンスが逃げ出さないように、しっかりと固定したまま近くにいた村人に頼んだ。





 渋々同行することになったメルロウを連れて千夏達は転移でバーナム辺境伯の屋敷に向かった。

 辺境伯に案内されてエルフの少女が保護されている一室に入ったとたん、アルフォンスが少女を見つけて興奮して叫ぶ。

「おおおおおおおおおおおおお、エルフだ!」

 少女はアルフォンスに怯え、部屋のカーテンの影に逃げ込む。


「痛いぞ、エド!」

 すぐさま後頭部をエドに遠慮なく殴られアルフォンスは声を上げる。 

「怯えてるじゃないですか。大きな声を出さないでください」

「つい興奮してしまった……。えっと『私、アルフォンス。君、名前?』」

 さっそくたどたどしいエルフ語でアルフォンスが話しかけるが、少女はカーテンを握りしめ怯えたままだった。

 めげずに何度も同じ問いかけをアルフォンスは繰り返すが、少女からの返事はない。


「アルフォンス、その言葉は本当にエルフ語なのか?」

一緒に立ち会った辺境伯が胡乱気に息子を見つめる。

「当たり前じゃないですか、父上。俺が何年勉強してきたと思ってるんですか」

「だが通じてないじゃないか」

「おかしいなぁ……」


「いや、間違っておらん。酷い目にあったんじゃろう。怯えているようじゃ」

 メルロウはカーテンの陰に隠れた少女をじっと見つめる。

 ハーフエルフと比べるとさらに長く伸びた耳。怯えのせいか部屋に入ってきた人物達を深い碧の瞳は落ち着く暇もなく動向を窺うかの様に動き回っていた。

 少女はガリガリにやせて細り、少女の手首には長い間縛られていた跡がある。少女が着ている黒い服はボロボロでところどころが破れていた。

 

「見つけた当初は体中傷だらけだった。治療魔法で治せるところはなおした。体も清めたいのだがな……メイドに言って湯あみをさせようにも暴れて手がつけられんのだ。食事は部屋に置いておけば食べているようだが……」

 辺境伯は怯える少女を見て深い溜息をつく。


「害意がないことを理解してもらうまで、のんびりやるしかなさそうだね」

 幼児の姿をしているタマとコムギにも警戒の目を向けている少女を見て千夏はぽりぽりと頭をかく。

 少女は発言した千夏をじっと見つめた後、ひどく驚いた顔で初めて小さな声を出す。

 だがエルフ語であったため、千夏は何を言っているのか全く分からなかった。少女は食い入るように千夏を見て同じ言葉を繰り返す。


 「さとうちなつ?でんしゃ?にほんじん?チナツの名前以外意味がわからん」

 少女が繰り返す言葉をメルロウが首をひねる千夏に教える。 

 「え?そういうことなの?!」

 エルフの少女が自分と同じ転生者であることを理解した千夏は、アイテムボックスからペンと紙を取り出した。









 私、青山由紀は14歳の若さで電車の脱線事故により死亡し、異世界へと旅立った。

 死神に「欲しいスキルは?」と問われてすかさず「鑑定」と答えたのは最近はまっていた異世界物の小説の影響だった。

 「生まれ変われる種族が選べるの?もちろんエルフよ!だって美形が多いもの。エルフの長老とかに魔法を教えてもらっちゃうぞ~。逆ハーとかできちゃうのかな?」

 私は期待に胸を膨らませ転生台帳を書き込んだ。


 そして転生するという青い扉をくぐって辿り着いた場所は辺境だった。

「ちょっ!マップ機能とかないの?どこよエルフの里は!!」

 アイテムボックスだけは使えたけど読み込んでいた小説と違い、マップ機能も索敵もなにもない。

 ただ、青々と生い茂った森の中だった。


 私はアイテムボックスの食糧を細々と食べながら、やっとのことで人が住む小さな村へと辿り着いた。

 エルフが現れたことに村人達は驚いているようだが、迫害されるようなことはなかった。

 問題は言葉が全く通じないことだった。 


 身振り手振りでなんとか宿屋に泊まることはできたが、言葉が全く通じないためどこにエルフが住む場所があるのかさえ分からなかった。

 「エルフなんて選ばなきゃよかった……」

 言葉が通じないため人が多い街を教えてもらうこともできない。辿り着いた村は小さく冒険者ギルドのようなものもなかった。


 村人にまじって農作業を手伝い、小金を稼ぐ。でも言葉が通じないため、愚痴を聞いてくれる人もいない。そんな平凡な毎日にじりじりと心がすりつぶされていく。

 それでもまだ平穏な日々だった。盗賊に村が襲われるまでは……。


 収穫祭の夜。村に出入りしていた行商人が村人達に酒を振舞っていた。

 お酒は飲んだことがなかったので、興味本位で少しだけ飲んだ。苦いという記憶だけ残った。

 なにせその後私はすぐに深い眠りに落ちたのだから。


 盗賊に捕まっていた間のことは思い出したくもない。

 激しい飢餓と痛みと恐怖の記憶だ。

 

 どのくらい続いたのか。物凄く長い苦痛の日々だった気がするが実際は数日だったかもしれない。

 ある日その生活が終わる。

 どうやら盗賊達は退治されて私は解放されたようだ。

 

 でも助けてくれた人達の言葉も私には何もわからなかった。

 ただ人が怖い。いつまた盗賊に豹変するのではないか。

 私はずっと怯え続けた。


 大きな屋敷にある綺麗な部屋を与えられた。でも私は出された食事ですら手を付けるのを躊躇した。

 すぐに空腹で動けなくなり倒れた。

 目を覚ましたとき、私はまだ生きていた。

 倒れたときに殺そうとしなかった人々に少しだけ警戒を緩める。体に触れさせはしないが、出された食事はとるようにした。


 そして私は出会った。

 私と同じ転生者に。

 佐藤千夏。どこからどうみても日本人には見えなかったが鑑定結果では

 「事故により転生」という特記事項が読み取れた。

 その女はぽやんとした顔で何度も必死に声をかける私をみて、ぽんと手を叩くと紙とペンを取り出した。

 

 私は元日本人で、佐藤千夏といいます。

 電車の脱線事故でCコースを選んで異世界にきました。


 それはなつかしい日本語だった。

 涙が止まらなくなった。


 

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