SS ネバーランドの商売人
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最近エッセルバッハの王都でヴァレンタインというイベントの情報が噂になって流れている。
勇者の故郷で2月14日は普段お世話になっている人にコーヒ-味の菓子をプレゼントする日だというのだ。特に意中の相手にその菓子を渡して告白すると成就する可能性が高いとも伝わっている。
ネーバーランド産のコーヒーは貴族を中心に密かにブームとなっていたが、最近コーヒー味の菓子も若い女性に人気のある菓子店で販売されている。いままでに味わったことがないほろ苦い味が癖になると評判だった。
流行の最先端と噂話に敏感な街の若い娘たちを中心に半信半疑ながらもコーヒーの粉末を買い求める人が一気に増える。
コーヒーの元となった野菜アモラはもともと北国の主要野菜であったため、冬の間でも栽培可能だった。相次ぐ注文に太郎を中心に村人達が大急ぎで出荷作業に追われることになった。
「なんでコーヒーなわけ?チョコでなくて」
領主である千夏も野菜を粉末状にする作業に駆り出され、先程からゴリゴリと石臼を回していたが、手が痛くなって現在休憩中だった。
「そりゃこの村にカカオがないからよ。ある程度売れるのは想定していたけど、粉末作業がちょっと厳しいわね……」
噂を流した張本人である裕子はゴリゴリと石臼を回しながら苦笑いする。
裕子はネバーランド唯一の商人であり、ネバーランド特産品のコーヒーやコタツなどを売りさばき代わりに村に必要な調味料などを購入してくる。
フローレンシア大陸のトルクから果実ビールの販売打診の件もあり最近は大忙しだった。
「茜さんにコーヒー粉末が自動的にできる魔法陣も早めに組んでもらえばよかったなぁ。葉を急速乾燥してもらうものは作ってもらったんだけど……。それが出来るまで当面は竜さん達に頑張ってもらうしかないね」
裕子は千夏の隣で楽しそうにゴリゴリと石臼を回しているタマを眺めて溜息をつく。
「タマは頑張るでしゅよ。晩御飯までにいっぱい粉にしたら、タマにもこーひーくれるって約束したでしゅ」
笑顔を浮かべながらタマはゴリゴリと石臼を回す。
労働に対する対価には安すぎる気がすごくするがタマが楽しそうなので、千夏も元の作業に戻ったが、すぐに面倒になりギブアップ。
「無理。手作業でやってられない」
千夏は気功術で大き目のフードプロセッサーを作成する。乾燥したアモラの葉を大量に押し込みスイッチを押すと回転しながらどんどん野菜が細切れになっていく。5分もすれば粉末状にまで裁断された。
「ちーちゃん、凄いでしゅ。タマもそれが欲しいでしゅ」
タマはキラキラと尊敬のまなざしで千夏を見上げる。タマも気功術を習得していたが、師匠であるカンドックと同様に単純なものを作り出すことは出来るが、機械のような複雑なものを作り出すことは出来ない。そもそも機械がないこの世界でイメージすること自体が難しいのもその一因でもある。
「ん。じゃあこれ使っていいよ」
操作方法をタマに教えると千夏は自分用にもう一台フードプロセッサーを気で作りだす。その2台が稼働することにより、みるみるコーヒーの粉末が出来上がっていく。
「凄いじゃない、さすが領主様。あの山全部お願いね。他の人は梱包作業に回すからよろしくね」
裕子が指し示したアモラが積れた山を見て、千夏はげんなりと顔をしかめた。しかもその山は新しく乾燥
させたアモラを背中に担いで持ってきたアルフォンスとセレナが更に積み上げているところだった。
「おやつの時間ですよー!」
ルナとプチラビット達が差し入れをもって村の集会場に入ってくる。
「じゃあ30分休憩しましょう!」
裕子はそう言ってパンパンと手を叩く。
「ずっと休憩でいいんだけど……」
千夏はルナから暖かいお茶を受け取りつつ、そうぼやいた。
「いらっしゃいませ」
エッセルバッハの王都にある有名な菓子店はいつも以上に大繁盛していた。菓子店では持ち帰りはもちろんのこと、喫茶店も併設しているのでその場でお菓子を食べることが出来る。その喫茶店でにこりとも笑わないが貴公子然とした格好いい給仕と笑顔を振りまく大変可愛らしいメイドの新顔がいると噂が広まり、朝から大繁盛していた。
すぐにその情報が耳に入ったセラは仕事の息抜きを兼ねてその店を訪れた。
ぎこちない顔で出迎えたレオンの給仕姿を見て、給仕する竜って希少だわと妙な感心をしつつ、セラは案内された席に着く。
続いてメニューを持って現れたリルの愛らしいメイド姿をみて、ついに我慢できなくなってセラはぷっと吹きだして笑ってしまう。
「あ、あの……その……」
セラに気が付いたリルは顔を真っ赤にしてわたわたと手足を動かし、言い訳をしようとしているようだが言葉にならない。普段ぴんと立っているふわふわの耳はぺしゃんと垂れ、尻尾は興奮を表しているかのようにぶんぶんと左右に大きく揺れる。
「大丈夫よ。事情は察してるから。落ち着きなさいって」
セラにそう言われてリルは恥ずかしそうにメニューをそっと差し出す。
リルとレオンはコーヒー味のお菓子の作り方を教えてもらう代わりにこの店で一日バイトすることになっていた。予想していなかったのがリルの女装だ。店主にそのほうが客が来るとからと説得されてメイド服を身に着けることになってしまった。
かなり恥ずかしいがこれもチナツに美味しいお菓子をプレゼントするためだとリルは自分に言い聞かせて、メイド姿で奮闘している。
「しかし考えたものよね。冬は祭りもなにもないし雪に閉ざされてしまうから、退屈に思っている人は多いわ。意外とネバーランドの商人は侮れないようね。コタツもかなり高額な売り上げを記録しているようだし。あれは私も気に入っているわ。もっと商売を広げたいなら力になると伝えておいて」
いくつか持ち帰り用の菓子とコーヒーを頼むとセラはリルに伝言を言づけた。
「茜さん、魔法陣のほうはどう?」
裕子はコーヒーの出荷作業の監督をニルソンに頼み、魔女の城の最上階へと向かった。
「あ、裕子さん。ちょうど試作品は出来たところなの。一回試してもらえる?」
茜はつい先程完成したばかりの樽を持ち上げて笑顔を見せる。
「さすが茜さん。助かるわぁ。これ差し入れね」
裕子はルナから受け取ったおやつを茜に手渡すと、茜が二人分のお茶を注ぎ休憩することにした。
お茶を飲みながら裕子は千夏が作り出した謎の粉砕機を茜に話した。
「相変わらず佐藤さんはいろいろぶっ飛んでるわね。でも出荷作業までさせちゃっていいの?一応領主様でしょ?」
茜は感心しながらも領主もこき使う裕子の手腕に苦笑する。
「いいのいいの。使えるものなら何でも使わなきゃ損よ。千夏は面倒くさがりだからかえって効率がいいことを何か作り出すから作業も捗るしね。第一コンビニが欲しいっていう領主の願いを叶えるために私は頑張って商売しているんだから問題ないわ」
「コンビニかぁ。あったら便利よね。ルナの食堂は夜中は閉まってるから夜小腹がすくとちょっと切ないのよね」
「コンビニを作るには莫大な資産が必要なわけよ。夜中でも営業するための人件費もそうだけど、まず村の人達のお財布がちょくちょく買い物できるほど豊かにならないとコンビニを置く意味がないでしょ?そのためには定期的な収入源がきっちりないと駄目だわ。だけど人がやっぱり足りないのよね。移民者募集をまた大々的にやってもらう必要があるわ。果実ビールの販売も始まることだしね」
俄然やる気を見せる裕子を茜はまぶしそうに見つめる。裕子は少し照れたように笑う。
「異世界に来て初めは諦めていた商売だったけど、今はいろいろなことが出来て楽しいわ。それに私はこの村が好きなのよ。みんな働き者で頭に花が咲いてるんじゃないかと思うくらい呑気で素直な人達が」
「そうね。なんかわかるわ。私が魔法陣の研究に夢中になって夕ご飯食べに行かないと必ず村人の誰かが気を使って持ってきてくれるのよ。そんなこと東京で一人暮らししてた私には考えられないことだったわ。でもね、なんか嬉しいのよね。『いつもご苦労さん』って笑顔でお茶とおにぎりが差し出されることが。ほら彼らって裏表がないでしょ?自然とすとんと心に入ってくるのよね」
「うんうん。だから私は大商人を目指すわ。この村の人達が欲しいものをすぐ手に入れられる環境を作りたいのよ。それが領主様の願いでもあるしね」
「おっけー。私はそのサポートをさせてもらうわ」
二人はくすりと笑い合うと短い休憩を終えそれぞれの作業に戻った。




