ラヘル再び
本日2本目です。
ラヘルは勇者を信仰する島国であり、島の中央に聖域と呼ばれる大森林の中にかつての勇者が残した剣を祭るための神殿がある。
この神殿を作り上げたのは300年前に魔王と戦ったうちの一人の勇者だと言われており、神殿を中心に大森林一帯を結界魔法で囲い込み魔物が侵入できない場所を作り上げた。
その結界を維持する触媒は聖獣と呼ばれるクリスタルの小さな角をもつ普通の馬よりも一回り小さい白馬。
代々受け継がれた巫女が触媒の力を通し、結界を再構築する。
だが2か月前。
触媒となる聖獣の出産率は低く、数少ない聖獣の一匹が老化により倒れたことにより結界に穴が開き始めた。
その隙間から魔物が聖域に入り込んだのだ。
頃は折しも魔物の軍勢によってカガーン教国が落とされた時期と一致する。偶然なのか魔王に関係するのか。
神官達は恐怖におののき、神兵達を総動員して聖域に入り込む魔物達の対処に当たった。
大半の魔物達を討伐することが出来たが、ただ一匹の強い魔物に手も足も出ず、神兵達の半数が倒れた。
内々で処理することが出来なくなった神官達はなりふり構わず民を徴兵し、その魔物討伐を言い渡す。
期待していた冒険者達はカガーンの南部の街で発行された緊急クエストに出掛けた後であったため、数が思う様に揃わない。
朝倉圭一も魔物討伐を言い渡された一人であった。
「いいか、無理するな。死んじまったら終わりだ。冒険者達が帰ってくるまで持ちこたえるだけでいい」
神官が聞いたら怒涛の叱責が飛ぶようなことを彼は討伐メンバに向かって言い放つ。魔物が田畑や街を襲っている訳ではない。ただ聖域を闊歩しているだけだ。
正直聖域があるこの大森林の中をテリトリーとして魔物が動かないのであれば、民の暮らしには影響しない。
「生きて帰ることが先決だ。無茶はするなよ」
「ああ」
朝倉と一緒に徴兵されたガエンが深く頷く。自分達には待っている家族がいる。
「でもよ、聖域が汚されるんだろ?」
おずおずと招集された農民の一人が朝倉に向かって尋ねる。
「そうかもしれんな。
だが聖域が汚されたらどうなるっていうんだ?
勇者様の亡霊が出て俺たちに天罰でも下すのか?
俺たちみたいな戦うすべを持たない奴らがあいつに特攻して討死することのほうが聖域を汚すのではないのか?」
無神論者である朝倉はきっぱりと男をみて言い返す。
「とにかく生き残ろう。なぁに俺たちが倒せるとは神官達も思っていねぇよ。鍛えた神兵達が勝てなかった相手なんだから」
逃げ出したいのは山々だがたまに神兵が見回りにくるため、何もしないわけにはいかない。
彼らは落とし穴や罠を作り、朝倉発案による投石機などを使って魔物にちょっかいを出しては逃げまくる。
とにかく魔物が神殿や街にさえ向かわなければいい。
進路を邪魔して方向を変えるだけでいいのだ。
無理はせずに魔物が攻撃してきたらバラバラにばらけて全速力で逃げる。
朝倉たちの奮闘で魔物は神殿や街に向かわず大森林の端でうろうろと動き回るだけに押しとどめられた。
今や彼らは朝倉の指示に全幅の信頼を持って必死に生き延びる。
――――そうしてカガーンからぽつぽつりと冒険者が戻ってくる。朝倉達が招集されてから2か月が経とうとしていた。
「なんか前より活気がないな」
船から降りたアルフォンスがラヘルの街を眺めて眉をしかめる。
「そうだね。なんか人が少ない?」
露店の数もめっきり少なく、通りを歩く人が殆どいないとリルも首を傾げた。
「物価も以前来た時より上がっていますね。何かあったんでしょうか?」
エドは露店に並べられている値札を確認する。
「クゥー!」
船旅が長かったので新鮮な果物をずっと口にしていなかったコムギが露店に積み上げられた果物の匂いをくんくんと嗅ぐ。
千夏は以前より銅貨4枚程高くなった果物を買い求めて、コムギとタマそしてウイニーに渡す。
「とにかく朝倉さんを探そうか」
千夏達はラヘルの門番が待機する小屋へと向かう。結局そこはもぬけの空だったで、道行く人々に話を聞いた。
「さぁ、その人がどこにいるのか判らないけど運がよければ領事館の前のテントにいるかもしれないね」
「テント?」
「行ってみればわかるよ」
それだけいうと話しかけた相手はさっさと逃げるように遠ざかっていく。
探す当てがないので千夏達は領事館に向かった。以前領事館に来た時はラヘルの街の外にある温泉にいくために手形をもらいに来た。そのときにはなかったテントが領事館の前に連なるように建てられている。
テントを覗き込むと怪我をした大勢の人々が寝転がり呻いていた。治療している人がいるようだが数が少なく追いついていない。
「大丈夫ですか?」
リルは一つのテントに入り込むとすぐに怪我人に治療をし始めた。
タマとレオンもリルを手伝い始める。
千夏も水の治療魔法が使えるので一緒になって座り込む。
「俺たちは何を手伝えばいい?」
「怪我が重傷な人から教えて!それと魔力回復剤を買ってきて!あと病人でも食べれる食事を炊き出しして!」
アルフォンスの問いにテキパキとリルが答える。
すぐさまエドとセレナが買い出しに出かけ、アルフォンスと那留はテントの中を覗き込んで重症患者を選別し、リルとタマを呼びに走る。
「私も手伝いましょう」
水竜は抱いていたウイニーを夫に預け、那留が呼ぶテントに向かう。
ランスロットも自分が持っていた魔力回復薬をリルに全て渡すと女騎士を連れて買い出しに向かう。
「千夏ちゃん!」
千夏がアルフォンスに呼ばれて入ったテントで病人の看護を手伝っていた少女が千夏に気付き声を上げる。
すっかり痩せてしまったが病人の看護の手伝いをしていた万冬ただった。彼女は病人の寝汗を拭った姿勢のまま驚きの声を上げる。
「ごめん、話は後でゆっくりしよう。治療するね。大丈夫ですか?」
「あ……、うん。お願い」
千夏はアルフォンスが指し示す肩が抉られた中年の男性に駆け寄り水の治療魔法を使う。みるみると男の傷が塞がっていき、青白かった男の顔色が少し良くなっていく。
「ありがとう」
じわりと浮かんできた涙を万冬は拭い、先程まで巻いていた包帯を手に取り自分で出来る治療を再開し始めた。
「ありがとう、坊」
先程まで動かなくなっていたはずの腕で男は笑顔でタマの頭をくしゃりと撫でる。タマはくすぐったそうに笑う。
「光竜の治癒魔法は凄いですね。なくなった手足まで再生させるとは。上級治療魔法に相当します」
ランスロットは感心したようにタマの治療を傍らで見守っていた。
タマは最後の患者を治療し終えるとテントから出てきてふらりと体制を崩す。慌ててランスロットはタマを支える。
「大丈夫か?」
「大丈夫でしゅ。ちょっとだけ魔力を使いすぎただけでしゅよ」
「そうか。頑張ったな。偉いぞ」
ランスロットはタマを抱き上げ、炊き出しの焚火の前まで連れていく。
「タマは偉いでしゅか?」
腕の中のタマが嬉しそうに尋ねてくるので、ランスロットが頷く。片手で撫でてやるとくすぐったそうにタマは笑う。正直竜がここまで人のために何かするとはランスロットは思ってもいなかった。
「疲れたときにはしっかり食べる!ほら万冬もいっぱい食べなきゃ。元気がでないよ」
一通り治療を終えた千夏も炊き出しの列に並び、病人用のお粥に手を伸ばす。
「チナツ、食べるならこっちにして欲しいの。おかゆなくなったら大変なの」
セレナは千夏から丼を取り上げて、こんがりと焼けたタコの足を千夏に差し出す。おかゆは怪我人用なのでなくなったら大変だ。
「別にいっぱい食べようとしてたわけじゃないんだけどなぁ。焼いただけのタコってご飯にならないよぉ……」
千夏はぼやきながら焼きタコを齧る。そのしょぼくれた姿が可笑しかったのか万冬がくすりと笑う。
「ほんと、千夏ちゃんは相変わらずだね。ちょっと待って。タコでご飯作るから」
万冬は立ち上がると空いている調理台かわりのテーブルで手早く小麦粉の中にタコと卵とネギと昆布でとった出しを少し入れてフライパンで簡単なお好み焼きを焼き上げる。
お米も使いたかったが、おかゆ用に焚いているのでそこは諦めた。
じーっと出来上がったお好み焼きをウイニーとコムギが見つめているので、千夏はお好み焼きを小さくきって2匹に分け与える。ランスロットに抱っこされて戻ってきたタマの口にも放り込む。
「サクサクで美味しいね」
「そういえば手料理を千夏ちゃんに食べてもらうのは初めてかもしれないね」
万冬は何枚もお好み焼きを焼き上げながら答える。
「それで、何があったの?」
千夏の問いに万冬はきゅっと唇を噛みしめて大粒の涙をぽろりと落とす。
「……ガエンも朝倉さんも連れていかれちゃったの。千夏ちゃん、助けて……」
聖域で魔物が出たこと。ガエン達が徴兵されたこと。2か月も帰ってこないこと。ここの怪我人は聖域で戦って怪我をしてきた人達だということ。心配でずっとここに張り付いて待っていたこと。
ぽつぽつと万冬は千夏に話し出した。
SSはブックマークが9000を超えていたので書いてみました。
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