慰労会
かなり遅くなりました。すみません。
「緊急クエスト成功に乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
ギルド長の乾杯の挨拶を皮切りにギルド前の広場で慰労会が始まる。酒代はこの街に拠点を持つ大商人から振舞われ、酒のつまみは今回討伐対象だった海蛇だ。香ばしいタレがたっぷりと塗られ、点在する焚火の前に海蛇の肉が刺さった串が並べられる。
千夏はこんがりと焼けた串焼きを手にとり、熱々の串焼きをはふはふと嬉しそうに噛み千切る。いくつもの香辛料を混ぜ合わせたタレはピリリと辛く、ほくほくの少し甘味がある白身の味を引き締める。
「美味しいね、幸せだね」
「クゥー!」
「ニュー!」
千夏の言葉に茶碗に顔を突っ込んではぐはぐと食べていたコムギとウイニーが機嫌よく答える。
「これで白米があればいうことないんだけどな」
海蛇の胃液まみれだった那留はお風呂に入ってさっぱりした顔で串焼きを片手にエールをぐびぐびと飲みお干す。
「ご飯ありますよ。今焼きおにぎりを別のところで焼いていますよ。もうすぐ出て来ると思います」
那留の呟きに新しい串焼きをせっせと焚火に立てていた若い男が笑顔で答える。彼は千夏達と同様この世界に転移して来た日本人だった。商人の娘と恋仲になり、今は実家の海運業を手伝う立派な若頭だ。今回のクエストで一番の功労者である千夏達の接待が今現在の彼の仕事だった。
「焼きおにぎり? わぁ、楽しみだなぁ」
「焼きおにぎりとは何だ?」
嬉しそうにはしゃぐ千夏にレオンは生真面目に酒を飲みながら訪ねる。
「食えばわかる。お、出て来た」
那留は大皿で運ばれてきたこんがりと焼けた焼きおにぎりに手を伸ばす。レオンも一緒に手を伸ばし、パリパリに焼けたおにぎりを一口齧る。外側はカリカリで中は白米独特のもっちりした食感をレオンは気に入ったようで、口の周りにべったりとタレを付けて串焼きを食べているタマにも勧める。
「初めて食べたけど、おいしいね」
「でしゅ」
口いっぱいに焼きおにぎりを頬張るタマと顔を見合わせリルはにっこりと笑う。
「リル、お弁当つけてる」
その口元についた米粒をすっと千夏が手を伸ばしぱくりと口の中に放り込む。とたんにリルは真っ赤になって口元を押さえ恥ずかしそうに顔を伏せる。
その横ではちゃっかり慰労会に出席していたランスロットが海蛇のタレなしを要求し、串焼きの味を確かめながらメモを取っている。
「味も観察対象なのか?」
それに興味を持ったアルフォンスが質問する。
「食べられるかどうかと、味も判れば書いておきたいですね。淡泊すぎる味わいなので、塩焼きにしても物足りないですね、これは」
海蛇の倒し方を先程千夏達に尋ねたランスロットであったが、倒し方が竜独特の倒し方であったため、本に記載することが出来ない。少なくとも水の上級魔法が使える魔力を持っていないと力負けすることだけが今回判った程度だった。せめて弱点なり何かが判ればよかったのだが。
ギルドへの報告も水魔法を相殺して剣で打ち取ったとだけ伝えてある。海蛇に飲まれて胃袋からダメージを与えたとか気を吸いまくって倒したとかそんな特殊な方法で倒したとは言えなかったのである。レオンが水魔法を使っているのを大タコ戦で見られているので、それで押し切ったといったほうが正しいだろう。
もちろんいつものようにランクアップ試験を受けるように言われたが、明日の朝一番の船で南国諸島に向かうつもりなので断った。
千夏達に興味を持って近づいてくる冒険者達は大トラに変身しているセレナに任せている。いつものように気が付くと酒対決が始まっており、普段おどおどとしているセレナは人が変わったように笑いながら酒樽を担ぎ上げ、次々と挑戦者を打倒していく。
そんな騒がしい中、暴れておなか一杯食べたからなのかとろんとした顔で船を漕ぎ始めたタマとうつ伏せで眠り始めたコムギを見て千夏は串焼きから手を離す。
「疲れたのかな」
千夏がタマに手を伸ばすと、タマも目をこすりながら千夏に手を伸ばし抱っこしてもらうとそのままおなかにへばりついて丸くなる。その背中をぽんぽんと千夏が軽く叩く。
「先に宿に戻ってるね」
レオンがコムギを抱き上げたのを微笑ましく眺めて千夏は楽しそうに酒を酌み交わす那留と風竜に向かって声をかける。水竜もタマ達につられたのかうとうととしているウイニーを抱き上げて立ち上がった。
「おう、適当に飲んだあとセレナも連れて帰るから安心しろ」
那留が杯を掲げて千夏に応える。
子供を抱えた3人はのんびりと宿に向かって歩き出す。しばらく歩くとウイニーを抱えた水竜がいままで疑問に思っていたことを千夏に尋ねた。
「タマは幼竜なのに、なぜ力が強いのですか?」
一緒に何度か狩りに出かけた際に生まれて半年だというのにタマの竜体は5メートルを超す大きさであることがずっと疑問だったようだ。
「ドラゴンオーブに触ったからかな。光竜のドラゴンオーブじゃなかったから魔法は覚えられなかったようだけど、刺激されて第二次成長期が早まったみたいなの」
千夏は腕の中でぷっくりした頬を緩ませ幸せそうに寝ているタマを眺めながら答える。
「ドラゴンオーブですか」
成竜に比べて格段に力が劣るウイニーを心配している水竜は千夏の答えを聞き頷く。
「僕の母様のドラゴンオーブを千夏が持っているからウイニーに触らせることは出来るが、おすすめしないな」
レオンはふかふかのコムギの体をゆっくりと撫でながらきっぱりと言う。
「何故です?」
「ウイニーは僕と同じ混血竜だからだ。成長を促進すればそれだけ寿命が縮まる。混血竜は普通の竜の半分しか生きられない。両親と出来るだけ一緒に過ごすことのほうが僕は大切だと思っている」
レオンはそう言ったあと千夏から横顔を覗き込まれていることに気が付いてぷいっと顔を横に背ける。
その仕草が可愛いと千夏はこっそりと笑う。
「……。これから戻るフルール村は竜が大勢いるし、竜にとっても住みやすい土地だ。ウイニーに危険がないはずだ。無理して大人にする必要はない」
「そうですね。出来るだけ長く一緒にいてあげたいです」
確実に自分よりも先に逝ってしまう娘を水竜は愛おし気に撫でた。
「だが本人がどうしても早く成長したいというなら、それもまた叶えてあげるべきだろう。短い竜生なのだから、好きに生きるほうがいい」
「レオンは今自分のしたいことが出来ている?」
千夏はじっとレオンを見て尋ねる。ダンジョンからレオンを連れ出してからそれなりの日にちが経っている。千夏達の都合でいろいろと連れまわしていることが千夏は少し気になった。
「当たり前だろう。僕はいつもやりたいようにやっている。……外に出て良かったと思っている」
最初は勢いよく、最後のほうは小さな声でレオンが答える。千夏はレオンのその答えに破顔する。
レオンの大きな声でコムギは起きたようで、閉じていた金色の目を開けてじっと自分を抱えるレオンを見上げる。
「クゥ?」
「ああ、なんでもない。起こして悪かった。ゆっくり眠れ」
レオンに数度優しく撫でられるとコムギはまた目を閉じて眠りについた。
ふぁぁぁと千夏は大きな欠伸を噛みしめて、のろのろと船へと繋ぐ木の架け橋を渡る。早朝に出発するため叩き起こされたがまだまだ眠い。竜達は更に早起きしてを狩りをしていたので、元気いっぱいだ。唯一千夏と同様にぐったりしているセレナはいつもの二日酔いで痛む頭を押さえている。
船に乗り込むとエドが今後の旅程の説明をする。
「ここから一週間程行った島を経由して、更に5日後にラヘルに到着します。ラヘルからマルタまでは二日ですから大体エッセルバッハまで2週間ですね」
「あー、ラヘルで稲穂の種を買いたい。太郎に頼まれてたんだよね。輸入するより現地で買って帰ったほうが早いかも。ついでに朝倉さんに会っておきたいところだね」
千夏は案内された客室のベットに腰かけてもう一度大きな欠伸をする。幸い今回の緊急クエストで軍資金はたっぷりある。大量に種を買っても余裕だろう。
「朝倉って、千夏の同郷だって言ってた人か」
「そうそう。ネバーランドに来ませんかって手紙出してたんだけど、返事がきてないんだよね。割と几帳面な人だったから、断るにしろ手紙出してきそうなんだけど」
アルフォンスの問いかけに千夏はこくりと頷く。
「ではラヘルで1日程滞在しましょう。チナツさんも従妹さんに一度会いたいでしょうから」
「そうしてもらえると嬉しいかも」
「レオンはバハブ島に行きたいとかありますか?」
エドはスケジュールを確認しつつ、一応レオンに尋ねる。
「寄る必要はない」
きっぱりとレオンが答えたので、スケジュール確認は終わり後は自由に過ごすことになった。
セレナは早速ベットで撃沈している。毎度同じ目に遭っているのに、どうしてもお酒が入ると止まらないのだ。
大型船の旅は千夏にとってはだらだら出来る快適な期間だ。小舟と違って揺れは殆どないので酔うこともない。
「とりあえず、寝よう」
千夏はベットにごろりと横になる。タマ達は渡したトランプで遊んでいるようだ。
ラヘル到着まで何事もなく、食っちゃ寝を千夏は繰り返した。
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