海蛇討伐 後編
「タマ、コムギ!」
巨大ダコの足に捕まった2匹の姿を目撃したレオンが怒号を上げる。レオンが腕を一振りすると圧縮された水の刃がタマとコムギを握りしめるタコの足をすっぱりと両断する。
タマとコムギがドボンドボンと海に落下していく。同時に展開されたレオンの水膜で保護されたため、落下の衝撃が吸収されて二匹にダメージはない。
「ピュルルルルル!」
足を切断された大タコが暴れながら海岸に向かって口から大量の墨を吐く。広範囲にばらまかれたそれは大勢の冒険者頭上に降り注ぐ。
海岸に降り立った千夏も頭上から降り注ぐ黒い墨をべったりと被る。
「なにこれ?!」
千夏は手で顔を拭おうとすると手を持ち上げるが腕がピクピクと痙攣する。大タコの墨には程度の低い麻痺毒が含まれている。2匹の大タコは海岸の波打ちぎわまで寄ってくると動きが鈍くなった冒険者達を次々と複数の足で捕まえて高所まで持ち上げる。墨による麻痺毒を浴びせ、動けないものたちを足で叩き潰す。これが大タコの必勝パターンだった。
「軟体動物の分際で!」
墨で真っ黒に染められたレオンは大タコに向って次々とウォーターカッターを放ちながら、自ら一匹の大タコに突進して胴体を蹴り上げる。レオンの力任せの蹴りで大タコの体が軽く浮き上がる。
千夏たちと一緒にいた風竜も風の魔法を操り、もう一匹の大タコを切り刻んでいく。状態異常に強い竜には麻痺毒は効かない。レオンと風竜は自分たちより弱い魔物に体を汚されたことに激しい怒りを覚えたようで、二匹の攻撃には容赦がなかった。
汚いものにわが子共々汚された水竜も苛立ちながら、千夏たちも含めて水魔法で墨を一気に洗い流す。
「キュア!」
リルはまず自分に状態異常回復魔法をかけると、パーティメンバに次々とかけていく。
「セイレーンのときもそうですが、やはり状態異常系に弱いのが難点ですね」
麻痺状態から復活したアルフォンスが取り落とした剣を拾い上げているの眺めながら、エドは冷静に状況を分析する。
「そうだね。レオンたちがいるから何とかなっているんだけど……。キュアも単体魔法だから全員をすぐに回復することができないし」
リルもエドの言葉に同意する。今回は軽い麻痺毒だったから呪文を唱えることができたが、完全に麻痺するとキュアをかけることさえできない。無事にネバーランドに戻ったらエッセルバッハかハマールの王都で耐性効果があるマジックアイテムの購入をリルは真剣に考えていた。
大タコを倒した後も怒りが収まらず、さらに数センチ単位まで細かく切り刻んだレオンを見て千夏は苦笑する。
「あーあ。全部海にながれちゃった。食べられたのにもったいない」
「ニュー?」
千夏の言葉を聞いたウイニーがパタパタと翼を広げて父親が倒した大タコに近寄ると一本の足を咥えて振り返る。
「うん。ありがとう。後でウイニーも食べようね」
判ったとばかりにウイニーはバタバタと翼を動かすと、タコの足をもってかえろうとするのだが重くてなかなか前にすすまない。ジタバタと懸命に羽ばたく娘の咥えたタコ足を風竜がひょいっと持ち上げて、本体ともども海の中からずるずると引きずって持ってくる。
「あなた、汚れたままですよ」
水竜が風竜の体にこびりついた墨を水魔法で綺麗に洗い流す。
「ああ、ありがとう。ところで、あっちは手伝わないでいいのか?」
風竜が視線を向けたのは海のほうで暴れる海蛇と戦っている那留とタマ達ではなく、海岸に残った魔物たちとまだ大半のものが麻痺したままで動きに精彩がない冒険者達との戦闘のほうだ。風竜と共に大タコを倒したレオンと麻痺から回復したアルフォンスとセレナはすでにタマたちのほうに向かって海の中を突き進んでいる。
「んー、なんとかなるんじゃないかな」
海岸に残っているBランク魔物は10匹。それに対する冒険者たちは200近くいる。麻痺毒と大タコが暴れまわったので一次恐慌状態に陥ったがなんとかギルド長を中心に立て直している。あれだけ密集した場所に手伝いに行ってもかえって邪魔になるだけだろうと千夏は判断する。
風竜から手渡された大タコをアイテムボックスに収納すると、千夏は少し沖にいる海蛇のほうに振り返る。どうやらタマ達は善戦しているようでぐらりと海蛇の頭が揺らぎ、海の中に潜っていく姿が見えた。
「私たちも行こうか」
千夏は風竜親子に潜水魔法をかけると、海のほうへと歩き出した。
「オラオラオラ!」
那留は力任せに海蛇の胴体に拳を突き出していく。固い鱗に覆われた海蛇は強固な防御力を持っているが、那留が一撃入れる度にピシリと鱗に小さなヒビが入っていく。さらにタマが背後から紅い剣を振るう。剣は固い鱗を貫き、切断された箇所からは赤い血が止めどなく流れていく。コムギはタマが大きく切り裂いた傷口に駆け寄るとがぶりとその肉に噛みつき、一気に気を吸い出し始める。
小さなものが3つ。自分の周りに近寄ってきた気配を海蛇は感じていたが、とるに足らないものと気にも留めなかった。
那留の渾身の一撃に海蛇の体がぐらりと揺れ、次々と体を切り裂く痛みに海蛇は怒号を上げる。
「グガァァァァァァァァァァァァァァ!」
海蛇は海の中に潜ると正面にいた那留に向かって大きく口を開いて躍りかかる。那留は海水を蹴ってひらりと海蛇の突撃を避ける。すぐに海蛇と並走するように走り出すが、滑るように泳ぐ海蛇の速度に追いつかない。
「ちっ、面倒くせぇなぁ」
那留は足を止めて、くるりと方向を変えて再び突っ込んでくる海蛇に向かって身構える。
轟轟と海水を吸い込みながら大きな口を開けて海蛇は立ち止った那留を一飲みする。
「ナルが食べられちゃったでしゅ」
動き出した海蛇から距離をとってその様子を窺っていたタマが大きく目を見開く。
海蛇は次にタマに向かって飛びかかろうと動き出したが、すぐにびくりと体を大きく震わせ大きく口を開けて絶叫する。
ごぶりと海蛇の口から赤い血が大量に吐き出される。
「タマが助けるでしゅよ!」
タマは助走をつけて駆け出すと、動かない海蛇の目に向けて剣を突き立てる。
「グガァァァァァァァァァァァァァァ!」
眼球を突かれ、体をびくびくと震わせながら海蛇は苦痛のうめき声を上げる。タマはそのまま力任せに剣を引き抜き、もう一つの目も潰す。
両目を潰された海蛇は防衛本能から自らの体を中心に水流を高速に回転させる。巨大な渦に巻き込まれ海底にどっしりと埋まっていた岩が持ち上げられ、魚たちと一緒に渦の中を回転し始める。
タマは眼球に突き刺した剣をさらにえぐるように突き刺し、それを必死に掴み体を支える。
「コムギ!大丈夫でしゅか!」
タマは目も開けられない激しい波に揉まれながら大きな声で叫んだ。
海蛇に噛みついたままのコムギも吸い上げた気で次々と防御幕を作りあげるが、激しい波に小さな体が上下に大きく揺さぶられる。
「くっ」
激しく渦を巻く海流の外縁部分まで辿り着いたレオンは、すぐさま自分の魔力を海へと広げ、海蛇の魔法に同じく海流を操る自分の魔法をぶつける。海流がせめぎあい魔力と魔力がぶつかり合う。本来なら竜の力でたやすくねじ伏せられるのだが、かつてない生存の危機に恐慌状態に陥った海蛇はありったけの魔力を放出している。
「頑張れ、レオン!」
大渦で先に進めないアルフォンスは歯噛みしながら必死に魔法を繰り出すレオンに声をかける。
「タマ達は大丈夫なの?」
不安そうにセレナが渦の先を見つめる。
(気がまだ小さいままや。竜に戻っておらんから大丈夫なんやろ)
シルフィンは片手を額に当てて渦の奥をのぞき込む。
レオンがふっと体を緩ませると同時に目の前の大渦が消え去る。
すぐにレオンは竜体に戻るとアルフォンスとセレナはその背中に飛び乗る。
「飛ばすぞ」
レオンは海の中を凄まじいスピードで海蛇の元へと飛んでいく。レオンに無理やり魔力を押さえつけられた海蛇は小刻みに体を揺らしながらごぼりとまた大きな血の塊を口から吐き出す。魔力は使い切り、気力はコムギが吸い上げ続けている海蛇はすでに弱り切っていた。
「んしょ!」
海蛇の首のあたりにいたタマは何度も剣を突き刺し、海蛇の首をえぐっている。レオン達が来たことにタマは気が付くと大きく彼らに手を振る。
「ナルが食べられちゃったんでしゅ。早く助けるでしゅ」
とりあえずさっさと海蛇を倒しておなかを掻っ捌いて那留を助けたいとタマが説明する。
「手伝う」
アルフォンスとセレナはタマと一緒に剣を海蛇の首に突き刺し、一気に巨大な海蛇の首を切り落とす。
「ナル、大丈夫でしゅか?」
タマは海蛇の大きな食道の中をのぞき込む。
「おう。問題ない。ただ胃液でベトベトだ」
体を屈めながら特に大した怪我もしていない那留が海蛇の中から出てくる。
「丸飲みされたんだって?なんでまた。避けられただろう?」
くんくんと自分の体の匂いを嗅いで「うへぇ!」と顔をしかめる那留にアルフォンスが尋ねる。
「すばしっこくて殴れなかったからな。腹の中に入れば殴り放題だと思ったんだよ」
「クゥ!」
近寄ってきたコムギが、那留から強烈な異臭がするのかしゅたっと後方へと大きく飛び跳ねる。
あとから追いついてきた千夏にも「臭いから近寄らないで」と言われた那留は「ひでぇなぁ」とがっくりと肩を落とした。
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誤記を修正しました。




