海蛇討伐 前編
遅くなってすみません。しかも終わらなかったので前篇です。
カンカンとせわしく鐘がなる音に強制的に千夏は起こされた。
「来たぞ! 全員戦闘配置!」
拡声魔法に乗って聞こえる声は昨日会議室で聞いた熊の獣人の声だ。すでに天幕には千夏以外いない。千夏も慌てて天幕から外へと飛び出す。
昨日は海蛇の襲撃に備え緊急クエスト参加者全員が海辺で交代で見張りを行っていた。まだ日が昇っていないのか辺りは薄暗い。海岸を見下ろす小高い丘の上で武器を持った冒険者達がせわしく動き回っている。
「ちーちゃん、おはようでしゅ」
「クゥー!」
寝起きのためボサボサの頭の千夏に向かってタマとコムギが駆け寄ってくる。
「おはよう」
千夏はそう答えながらも海へと視線を向ける。5キロほど離れた所にぼんやりと何かがいるのが見える。大きな気が一つに中くらいの気が2つ。あとは小さい気が複数見える。それらの気は悠然とゆっくりこちらに向かって近づいてきていた。
「チナツ、おはよう。今のうちに食べて」
リルがサンドイッチとコーヒーを持って千夏の傍へと寄ってくる。
千夏以外の全員はすでに朝食を食べ終えたようで、エドは煮炊きに使った焚火を砂で消している。
「ありがとう」
千夏はお礼をいって朝食を受け取り、サンドイッチを頬張る。どんなときでもしっかり食事をとる。トンコツショウユの基本方針だ。
「ちーちゃんはのんびりしているでしゅ。タマが倒してくるでしゅ」
タマは昨日千夏に買ってもらったばかりの剣をしゅたっと構えて、キラキラと目を輝かせている。
おもちゃを買ってもらったばかりの子供のようだ。
「そうなの。この腕輪もあるし、私たちが倒してくるの」
久しぶりの実戦に燃えているセレナもヤル気満々だ。
勿論面倒くさがりな千夏はのんびりしていろと言われたことに異論はない。
「じゃあ、見学しているよ。頑張ってね」
「任せるでしゅ!」
「クゥー!」
ワクワクと高鳴る胸が抑えきれない様子でタマは元気に千夏に向かって手を上げる。コムギもブンブンと尻尾を振る。
千夏が食事を終えた頃には海上に突き出た黒い大蛇の顔がはっきりと視認できる距離まで近づいていた。
海蛇は明らかにこの島に向かって視線を固定したまま海を突き進んでくる。
「思ってたよりもでかいな」
「ああ……」
冒険者達がごくりと唾を飲み込み、ぴりりとした緊張感に浜辺は包まれる。
海岸まであと2キロというところで、海蛇の周辺の海面がぼこりと大きく盛り上がる。
「物理防御幕を展開しろ!」
この街のギルド長である熊の獣人が叫ぶと、街の治療院から連れてこられた光魔法使い達が一斉に魔法防御を展開する。
リルも千夏達を中心に物理防御を展開する。
巨大な津波がドドドと音を立てて押し寄せて来る。
水魔法のビックウエーブだ。
海岸から冒険者達がいる丘の上までの高さはおよそ20メートル。津波の波は更に高い。
あっという間に丘の上にいた冒険者達に津波が襲い掛かる。
ギシギシと大量の水圧に物理結界がすり減るような音を立てたが、辛うじて結界は持ちこたえ波が引いていく。
波が引いた後の浜辺には先程までいなかった魔物達がむくりと起き上がる姿が見える。
千夏が以前戦ったことがある大ヤドカリや、固い鱗に覆われたサソリのような尾を持つ魔物達がぞろぞろと海岸からこちらに向かって移動を始める。
「じゃあ、行くとするか!」
那留は目線を海岸に向けて楽しそうに声をはずませる。
「行くでしゅよ!コムギ」
「クゥー!」
一番手は自分達だとタマとコムギが勢いよく丘の上から海岸目指して飛び降りた。
小さい体が空を舞う。勢いよく飛び降りたせいなのかタマはころりと一回転転がってから立ち上った。
タマは腰から剣を引き抜くと、すぐそばにいた2メートルほどのサソリのはさみに向かって剣を振り下ろす。
固い甲殻が魔力をまとった紅い刀身によってさっくりと分断される。
「ギギギギギギギギッ」
海サソリは苦痛の声を上げながら、下半身を起こすとブンブンと尻尾をタマ達に向かって素早く振り下ろす。
一撃目をタマとコムギはなんとかかわすが、足場が砂浜なので二撃目の振り下ろしに対応できず、サソリの尾に薙ぎ払われる。
「クゥ……」
サソリの尾の一撃に猛毒状態となったコムギにリルから解毒とヒールが飛ぶ。
タマはさすがに竜だけあって毒耐性を持っている。
「タマの弟をいぢめたでしゅね!」
しゅたっとタマは立ち上がると猛然とサソリが振り下ろしてくる尾に向かって剣を突き出し突っ込んでいく。
力任せにサソリの尾をタマが一刀両断すると同時にコムギはサソリの目に気を纏った爪を抉るように深く突き刺す。最後は激痛にバタバタと暴れまくるサソリの胴体をタマが両断する。
「大丈夫でしゅか?」
サソリから爪を引き抜くコムギをくりくりとした紅い目でタマはじっと見つめて尋ねる。
「クゥー!」
大丈夫とぴんと尻尾を振り上げたコムギを見下ろしタマはにっこりと笑う。
「次いくでしゅよ!」
「クゥ!」
2匹は次の獲物に向かって走り出した。
「オラオラオラ!」
タマ達に続いて飛び降りた那留が大ヤドカリの宿である岩を拳で殴りつける。
「ビュルルルル!」
ピシリと自分の背負っている岩にヒビが入ると大ヤドカリは雄叫びを上げ那留に触手のような数本の足を同時に叩きつける。
那留は何百キロもあるその重い一撃を左腕一本で受け止め、にんまりと笑う。
旗獲り合戦では味わえなかった力と力のぶつかり合いが楽しくてしょうがないのだ。
アルフォンスとセレナも剣を引き抜き、青白い鱗をまとい銛を構えたマーマンと対決する。
鋭いマーマンの連続突きをすっと紙一重でかわし、セレナはマーマンの胴体へと剣を突き立てる。
普段修行で足腰を鍛えている彼女達は多少足場が悪い砂浜でも不利になることはない。
「ウイニー、よく見ておけ!」
アルフォンスは嬉々とマーマンに向かって躍りかかる。
ランクBの魔物との乱戦が続く海岸をギルド長は見下ろしていた。
いつまた海蛇からの波を使った攻撃があるかわからないこの状況で結界の外に飛び出して行くなど自殺行為だ。
しかも乱戦になっているので、後衛からの遠距離攻撃による援護も出来やしない。
海岸で暴れまくる彼らは無謀な命知らずだが、それでもその強さにギルド長は舌を巻く。
ランクBの魔物を一対一で倒せるのはランクAの冒険者のはずだが、今回の緊急クエストに参加しているランクAのパーティは丘の上にいる1パーティだけなはずだ。
しかも何故か一緒に暴れている幼児も馬鹿のように強い。
彼らは快進撃は凄まじく、30程いた魔物達をすでに半分以上倒している。もしかして夢でも見ているのではないかとギルド長は目をこする。
「どうします?このまま待機していますか?」
リスの獣人である副ギルド長がギルド長に尋ねる。
海岸で戦っている彼らには悪いが、もともと目的は海蛇の撃退だ。
ギルド長は腹を決めると後ろで待機している冒険者達を振り返る。
「海岸は無視して海蛇を直接攻撃する。物理結界は維持したまま遠距離攻撃を開始!」
ギルド長が号令をかけると一斉に後衛による魔法と矢の攻撃が始まる。
だが海蛇は距離をとっているので殆どの攻撃がその手前に落ちていく。
「駄目です、もっと近づかないと当たりません」
ギルド長はギリリと歯を食いしばり海蛇をにらみつける。
無謀な者たちのように海岸に降りて戦うと海蛇が繰り出すビックウエーブに対応できない。
高所に上っていてもギリギリ結界で防げた威力だ。
「海蛇からの攻撃来ます!」
副ギルド長が再び海蛇の近くの海面が盛り上がっていることに気がつき声を上げる。
少し離れた場所でタマ達の戦闘を見学していた千夏達もそれに同時に気がつき、戦闘の邪魔はさせないとレオンと水竜が同時にその波に向けて魔法を放つ。
「「凍結」」
盛り上がった海水はみるみる白く凍っていく。海蛇は不機嫌そうに凍っていく海面を巨大な体を揺らして壊していく。
「なるほど。凍結で固めれば行けますね。考えつきませんでした」
副ギルド長は目の前に展開された魔法を見て何度も頷く。
簡単に彼はそう考えたが、本来大量の海水を一瞬に凍結できる術者は殆どいない。
竜にとっては簡単なことではあるが。
「よし、下に降りるぞ!」
ギルド長は待機していた冒険者達に号令を下す。
「「「おお!」」」
冒険者達は一斉に武器を手に海岸へと続く道を駆け下り始める。
「私たちも降りましょうか」
「そうだね。道がすいたらいこうか」
エドに言われて座って観戦していた千夏は立ち上がる。
「逆に戦い辛そうだね。あれだけの人が混じると」
タマ達が戦っている魔物に向かって冒険者達がわらわらと駆け寄っていくのが見える。
リルの言う通りに自分達の立ち回りをするための空間が冒険者達によって詰められてしまったアルフォンスとセレナは後ろに下がっている。
タマとコムギも突然戦いに参加しはじめた冒険者達が邪魔でうまく身動きがとれなくなっている。
海岸にいる魔物からすっと離れ、タマとコムギは今度は海蛇に向かって突進を始めた。
「あれはタマが倒すでしゅ!」
「クゥー!」
自分を忘れるなとコムギが鳴く。
海に突撃していった2匹を波間から現れた赤黒い触手がするりと巻き上げる。
「タコだね。大きいわ」
2キロほど離れた場所にいる海蛇との間に二匹の巨大なタコが波間から浮かび上がる。
うねうねと動く触手を見上げ、千夏はタコ焼き何個作れるんだろうと呟いた。
誤記を修正しました。
評価とご感想ありがとうございます。
活動報告にも書いたのですが、昨日ネットがつながらなくて心くじけてしまいました。PC買い替えるか真剣に悩んだのですが、なんとか原因が判ってよかったです。




