水の妖精王からの贈り物
「グォォォォォォォォォォォォ!」
闇竜の低い咆哮が王城の中で響き渡る。それと同時に近衛兵の訓練所を取り囲んでいる結界がピシピシと音を立てて揺れ動く。
「魔法結界の展開を急げ!」
訓練場に集められたトルク魔法師団は近衛騎士団長の命を受けて必死になって結界を張り巡らせていく。
訓練場の中央には巨大な闇竜と黄金の鬣を持つトルクの国王が縦横無尽に動き回っている。
持てる力の限りを尽くして必死に剣を振る国王に対し、闇竜は体に多少傷を負いながらも楽しそうに闇魔法を放っている。
二人が激しくぶつかり合う度に魔力回復剤をがぶ飲みしながら200人の魔術師たちが結界を維持し続けているが、そろそろ限界だろうと近衛隊長は判断する。
消費した魔力回復剤も馬鹿にならないし、それよりも魔術師達の精神力も限界だ。
「次で決着をつけてください。もう持ちません!」
国王と闇竜のど突き合いが始まってから20分。
近衛騎士団長は拡声魔法を使って闇竜の魔法を回避した国王に向かって叫ぶ。
「ちっ。いいところなのによ。しゃあないか」
国王は額から流れる汗を乱暴に手で拭いさると、ぎゅっと己の剣を握りしめて目の前の不敵な竜に向ける。
本人曰く1500年近くを生き抜いた竜相手になんとか食らいついていけているのは相手が本気で王を殺そうと思っていないからだ。
竜の本気を引き出せない己の技量に腹が立つが、それとは別に強者との戦いに王の心が湧きたつ。
(最後の一撃くらいは食らいついてやるっ!)
王は己の気を全て剣にかき集めると闇竜に向かい地面を蹴って走り出す。
ぐんぐんと巨大な闇竜へと加速していく。
狙うは不敵に笑うその瞳。王は闇竜が位置する手前5メートルで足に力を入れて大跳躍する。
「ウォォォォォォォォォォォォォ!」
王は渾身の一撃を那留の左目に向けて解き放った。
「那留はマゾなの?」
千夏はリルとタマが二人かかりで那留の治療にあたっている姿を見下ろして、やれやれと溜息をつく。
最後の王の一撃からギリギリ体をそらして受けた頬に残るざっくりとした傷が痛々しい。これでも最後まで斬りつけられるのを闇魔法を圧縮して叩きつけたことで回避している。
「んなこといったて、ブレスを吐いたら死んじまうだろう?喧嘩は喧嘩だ。相手を殺したらそれは喧嘩とは言わねぇよ」
那留はその巨体をうつ伏せにしてリルとタマの治療を大人しく受けている。少し先には気絶した王を治療部隊が取り囲んでいる姿が見える。
「でも強かったでしゅ」
タマは那留の大きな翼をひょいと持ち上げ、傷ついた場所を癒しながら眉間にシワを寄せる。
もし那留ではなく自分が王と戦ったら気絶してひっくり返っているのはタマのほうだっただろう。
「タマはもっと強くなりたいでしゅ」
「それなら帰ったらタロスに鍛えてもうらうんだな。光竜には光竜の戦い方がある」
「そうするでしゅ」
タマは那留の言葉にこくんと頷いた後、再び治療へと戻る。
2匹のその会話を聞いていたのだろう。
ウイニーが母親に向かって「ニュー、ニュー」と翼をばたつかせながら興奮したように鳴く。
「何言っているんだ?」
竜の言葉が判らないアルフォンスが水竜に尋ねる。
水竜は少し困ったような顔つきでウイニーの言葉を訳してくれた。
「ウイニーも強くなりたいと言っているんです。いい?ウイニー。あなたはまだ体がしっかりできていないからしばらくは無理よ」
「ニュー!」
ウイニーは更に翼をばたつかせ、母親に向かって大きな声で鳴いた。どうやら納得できない様子だ。
「いいじゃないか。タマだってこのくらいのサイズのときには戦っていた。やはり男として強くなりたいという気持ちは大切だ」
うんうんとアルフォンスは頷きながら、興奮したウイニーを抱き上げる。
「雌です。ウイニーは雌なんです。雄じゃありません」
きっぱりと水竜がアルフォンスに向けて言い放つ。
竜は人とは違い雌でも強さを求めらえるので強くなりたいという子供の感情は水竜にはよくわかるが、男の子扱いされるのはまた別だった。
「女の子だったのか。セレナやチナツのように強い女になるんだぞ」
一瞬まじまじと手の中のウイニーを見つめた後、アルフォンスは高々とウイニーを持ち上げた。
「よいか、ランスロット。しっかりとあの魔神を籠絡してくるのじゃぞ」
まだ諦めていないアルメリアはネバーランドへの旅の出立の挨拶にきた孫に向かって声をかける。
占いに出た怠惰の魔神は普段は惰眠を貪るように動かないが、自分の敵と認めたら相手に容赦なく力を振るう恐ろしいものだ。
この国と敵対しないように魔神の心をしっかりと掴んでおく必要がある。
「籠絡は無理ですけど、友人になれるように頑張りますよ」
ランスロットはそうアルメリアに応えると捕まらないようにそそくさと部屋を抜け出した。廊下で待っていたユイールが部屋を出て来た主に気がつき近寄ってくる。
「本当に行くんですか?竜がいっぱいいるところに……。それに隣の隣の国が魔族の支配下に置かれているんですよね?」
不安そうに呟くユイールに向かってランスロットは苦笑する。
「竜がいっぱいいるなら観察し放題ってことだろう?魔族の件はもし動乱が起きたら邪魔にならないように帰国するよ。彼らの足でまといになりたくないからね」
「約束ですよ。居残るとかわがままを言わないでくださいね」
女騎士に何度も念を押されるが、ランスロットは半分聞き流しながら集合場所へと歩いていく。
ランスロットが最後だったのか王城の前庭には千夏達と見送りに来ていた王とフェザーが話をしていた。王は先程までの戦いの名残か顔のところどころに血がこびりついている。
「本格的に魔王軍との戦いが始まったら、俺たちも船団を組んで決戦の場にかけつけるぜ。次に会うときは戦いの場だな。それまでばっちり鍛錬しなおしておくぜ」
王は千夏に向かって手を差し出す。千夏はその手を掴み軽く握手をする。
「それと例のビールの輸出の件も忘れないで考えておいてくれ」
「うん。余力がありそうだったら考えておくよ。人を増やさないとたぶん竜のおなかに全部消えちゃうんじゃないかな……」
ちらりと千夏は那留とレオンを見ながら答える。那留は「違いねぇ」と陽気に笑い、レオンは大酒飲み扱いされたことに不満があるらしくぷいっと顔を横に背ける。
「いろいろ悪かったな」
フェザーはリルに向かって軽く頭を下げる。
フェザーに謝られるようなことなど例の恋人ごっこくらいしかリルには思い浮かばない。
自分の恋心を見透かされていたことに再びリルはかぁと顔を赤くする。
「それではマハドに転移します」
エドは全員を連れて転移する。マハドの港ではリリィが一行が来るのを待っていた。
『やっと来たわね。これは前に言われた滞在費代わりの真珠よ』
沢山の真珠が入ったずっしりと重い袋をリリィはエドの前にふわりと浮かばせる。
エドは空中に浮かぶ袋を手に掴み、中身を確認する。良質な大玉の真珠が30個ほど中に入っていた。
飲み食いは殆どマハドの領主の家と王宮で済ませたため、あまり大きな出費をしていない。リリィもそれを知っているだろうが報酬として色を付けたのだ。
『後は報酬だけど、これを渡すわ』
パーティメンバ全員の目の前に小さな青い石がついた腕輪がぷかりと浮かぶ。
『その腕輪をつけていると水の中でも普通に行動できるの。水の中にある空気を取り込んで呼吸も普通にできるわ』
「つまり潜水魔法の自動化版というところなのね」
千夏は腕輪を掴むと腕にはめ込む。
自動調整がついているようで、腕輪はぴたりと千夏の腕に馴染むように調節される。
『潜水魔法より便利よ。普通に海の中を飛べるのだから』
「海の中を飛べるのか。それは凄い」
レオンはじっとその指輪を眺める。
水の中を水竜は自在に泳ぎまくることができるが、飛べるとなると速さがかなり違う。
少しうらやましそうにウイニーの母親は千夏達の腕輪を見つめている。
風竜夫婦のように妖精の声や姿を見ることができないランスロットとユイールは何が起きているのか全くわからない。次々と空中に浮かぶ袋や腕輪が突然出て来たようにしか見えない。
『御礼は以上ね。今度は簡単に盗めないように要石の周りに結界で覆ったわ。探してくれてありがとう』
リリィは水色のワンピースの裾を軽くつまんで優雅に一礼する。愛らしいその姿に千夏もセレナもほっこりと微笑む。
「そろそろ船が出る時間です。急ぎましょう」
エドにせかされてタマはコムギを抱き上げるとレオンと手を繋いで停泊している船に乗り込んでいく。
その後に那留やウイニー一家、ランスロット達やアルフォンスとセレナが後に続いていく。初めて海を見るウイニーの興奮した鳴き声が聞こえてくる。
「また会おうね、リリィ」
千夏はリリィに向かって軽く手を振る。
『またね、チナツ。水の妖精の加護があなたを無事に送り届けてくれるわ。もしなにか私と話したいことがあれば、水の近くで名前を呼んで』
リリィはにっこりと微笑むと慌てて船に乗り込んでいく千夏を見送った。
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