閑話 竜になりたい
本当は本編に戻る予定でしたが、本日体調が悪く全く本編が書けませんでした。
なので短めですが閑話を入れることにしました。
いただいた挿絵を登場人物紹介のほうに移動しました。
「エド、どうやったら竜に会えるのかな?」
アルフォンスはめくっていた絵本の挿絵の竜をじっと見つめて、すぐ傍に控えているエドに尋ねる。
アルフォンス・バーナム。
今年6歳になったばかりの腕白な子供だった。
唯一じっとしているのが大好きな絵本を読んでいるときくらいなものだ。
エドは半年前からバーナム辺境伯邸で働くことになったアルフォンスの護衛兼教育係りだ。
「竜に会いたいのですか?」
「うん。強くてカッコいいし、大きくなったら僕、竜になりたい!」
アルフォンスはにっこりと笑って答える。
いくら子供といっても竜になりたいと考える6歳児がいるだろうか。いやいない。
エドはじっと冷めた目でアルフォンスを一瞥すると、さっと本棚から算数の問題集を取り出す。
「竜は知性的な生き物です。まずそのおバカな頭をましにしないと無理です。この問題集くらい解かないと竜になれませんよ」
「おバカ? それって僕のこと?」
アルフォンスはきょとんとしてエドを見上げる。
「他に誰がいるというのです」
ずけずけと言い放つエドにアルフォンスはぷぅと頬を膨らませる。
「僕はおバカじゃないもん!」
「それなら、この問題は解けますか?」
エドは簡単な足し算の問題を指さしてアルフォンスに尋ねる。
アルフォンスは問題をじっと眺めると、すぐに両手を出して数を数えはじめる。
エドはペシッとアルフォンスの後頭部を軽く叩く。
「痛いよ、エド!」
アルフォンスはすぐにエドに向かって文句を言う。
「手を使わないと何度いったら分かるんですか」
エドは元々根気よくアルフォンスに勉強を教えていたが、口で言ってもなかなか治らない。
そうこれは愛の鞭なのだ。決して自分の趣味ではない。
「エドなんか嫌いだっ!」
アルフォンスは目じりに涙をためてそう叫ぶと自分の部屋から飛び出そうと駆けだす。
すかさずひょいとエドは長い足でアルフォンスの足を引っ掛ける。
見事にアルフォンスはエドの足にひっかりビタンと顔面から床へと倒れ込む。
「うっ……」
今にも痛みで泣きだそうとするアルフォンスにエドはぴしゃりと言い放つ。
「竜は強いから泣きません」
「ぐっ……」
アルフォンスはぐっと口を真一文字にきゅっと結ぶと泣くの堪えて立ち上がる。
馬鹿だが根性だけはある。
「僕が竜になったら覚えておけよっ!」
アルフォンスはびしっとエドに向かって指さして叫ぶ。
「はいはい」
エドは適当に相槌を打つ。
嫌いな人参をよけて食べないときも「好き嫌いしたら竜になれませんよ」と声をかけると、嫌々口に運ぶ。
剣の稽古も強い竜になるためにエドに叩きのめされても必ず立ち上がる子供だった。
そんなある日のことだった。
アルフォンスの従兄であるフォーゲル家の次男坊に人が竜になれるわけがないと馬鹿にされたのだ。
その時アルフォンスは7歳。相手は14歳の子供だった。
「馬鹿だ、馬鹿だと思っていたが、本当にお前は馬鹿だな」
従兄は嘲笑いながらアルフォンスを見下ろす。
確かにアルフォンスは馬鹿だ。だが、お前に言われたくない。
普段は無表情なエドがイラッとアルフォンスの従兄を静かに見下ろす。
「エド、本当なのか?」
アルフォンスは俯いたままエドに問いかける。
「……はい」
エドは短くそう答える。
いずれ自分で気が付くまで見守っているつもりでいたのだ。
泣きわめくのだろうか。それともエドに向かって「ウソつき!」と怒鳴るだろうか。
エドは静かにアルフォンスの様子を伺う。
「……そっか。竜になれないのか」
アルフォンスは泣くわけでもなく怒るわけでもなく静かそう答えた。
「だからそう言っただろう、馬鹿がっ!」
従兄は調子にのってアルフォンスを見下す。
エドは音もなくすっとアルフォンスの従兄の背後に回り込む。
アルフォンスに馬鹿と言っていいのは自分だけだ。
言い知れない感情が沸き上がりまさにエドが従兄の首筋に手刀を叩き込もうとした瞬間、アルフォンスがきっと顔を上げる。
「それでも俺は竜のような男になるっ!」
毅然と従兄に向かいアルフォンスはそう言い放つ。
エドはぴたりと手を止め、アルフォンスの顔をまじまじと見つめる。
一度こうと決めたからにはどんなに困難があろうとも貫き通す。
それがアルフォンスの長所でもあり短所でもある。
「そうだろう、俺はなれるだろう?エド」
真っ直ぐな視線を向けて尋ねるアルフォンスにエドは口元をわずかに吊り上げる。
エドの表情を見てアルフォンスは顔をほころばせ笑う。
「ええ、いつかなれますよ。思い続けてさえいれば」
「何を馬鹿な……ふがっ」
エドは素早く白い手袋で邪魔な従兄の口を封じる。
「ありがとう教えてくれて」
アルフォンスは従兄に向かって笑顔を返す。
一瞬気が動転していたので忘れていたが、アルフォンスはこういう性格だった。
嫌味さえ曲解する……よく言えば懐が深い、悪く言えば頭に花が咲いているというべきか。
「私としたことが……」
窒息しそうになっている従兄の口から手を離し、エドは己の動転した心を叱咤する。
それからというものますます竜や妖精などにアルフォンスはのめり込んでいく。
勉強や剣術をしっかりやっていれば、エドはそれについて特に何も言わなかった。
「ええ、後悔していますよ。止めさせておけばよかったと」
心から後悔の滲む顔でエドは酔っぱらったアルフォンスの長々と続く竜への愛の言葉に顔をしかめる。
旗獲り合戦が終わったその日の夜の宴会での出来事だ。
「まだ話すの?」
隣の席に座っている千夏がうんざりとしたようにアルフォンスを眺める。
エドは立ち上がるとずるずると話したりないアルフォンスを引きずって行く。
「エド、俺少しは強くなったかな?」
エドに引きずられながらアルフォンスは笑う。
「まだまだです。もっと鍛錬しないと」
「そっか、頑張るぞぉ!」
アルフォンスは一言そう叫ぶとくたりとそのまま眠ってしまった。
―――――――全く。いくつになっても彼は変わらない。
エドはリルとタマが打ち上げた光の魔法を見上げる。
夜空に竜の姿が浮かび上がる。
「いつか、なれますよ。竜のような男に。ビシビシしごきますから覚悟しておいてくださいね」
エドは幸せそうに眠る主に向かってそっと囁いた。
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