煉獄の双剣
やっと泣き止んだプチラビットにエキドナを幻獣界に帰す方法を千夏は尋ねる。
「普通は幻獣の意思で帰ることが出来るの。でもエキドナはこの世界に縫いとめられているの。だから帰れない。封印石を壊さないと……」
ぽつりぽつりとプチラビットは話し出す。
「封印石?」
「封印石は強い竜の角を材料に魔力を込めたもので幻獣をこの世界に縫いとめるの。そうすると幻獣の意志で幻獣界に帰れなくなるの」
千夏の質問にプチラビットはぺたんと耳を倒し答える。
「ご主人様、エキドナの封印石を壊して!封印石は幻獣の体内にあるの。でも、出来るだけエキドナを傷つけないであげて!」
ぎゅっとしがみついてくるプチラビットの頭を撫でながら千夏は更に質問する。
「とりあえず、そのエキドナのところに案内して。どこにいるの?」
千夏が優しく問いかけるとプチラビットは千夏から離れ、北西のほうを指さす。
「あっち。もうしばらくしたらここに来る。エキドナは悲しみのあまりこの世界に縛り付けた人間に怒っているの。たぶん、ご主人様達も襲われる。でも、出来るだけ傷つけないで欲しいの」
千夏はプチラビットが指し示した方向に目を向ける。
目を凝らすと無数の気がこちらに移動してくるのが見える。その中に一つ大きな気が見える。
たぶんそれがエキドナだろう。
(なんかやたら数が多いな。人を襲うってことは警戒させたほうがええんやないか?)
シルフィンも近づいてくる気を感じ、目を細めて北西の方向を見る。
セレナは頷くと先程から話についていけてないギルド長に向かって話しかける。
「ギルド長。あっちから何かがいっぱい近づいてくるの。冒険者全員に警戒するように伝えるの!」
レベルアップ試験を受けられないかもしれないと言われ、次には何かが近づいてくると突然話しかけられ、ギルド長は混乱していた。
「ん?どういうことだ?」
「早く一緒にいくの!」
セレナはギルド長の手を引き、マイヤー達がいる緊急対策本部へと向かう。
「数が多い? エキドナというの幻獣は複数いるのですか?」
シルフィンの言葉にエドが怪訝そうに尋ねる。
「ううん。エキドナは一匹だけ。他はエキドナが生成したストーンゴーレム」
ぷるぷると頭を振ってプチラビットが答える。
「まとめると幻獣は封印石というものでこの世界にずっと足止めされていて、人間を恨んでいる。出来るだけ幻獣を傷つけずに体内の封印石を壊すってことであってるのか?」
レオンが今までの話をまとめてプチラビットに尋ねる。
プチラビットは何度もこくこくと頭を縦に振り頷く。
「襲ってくるっていうのが厄介だな。チナツ、どのくらいの数が来ているんだ?」
アルフォンスはじっと北西の方角を見つめている千夏に尋ねる。
「いっぱい。少なくても50以上はいる」
ざっと目でみた感触で千夏は答える。
今連れて歩いているだけでその数だ。どのくらい一度にエキドナという幻獣がストーンゴーレムを作り出すことが出来るのかが判らない。もっと増える可能性もある。
この場にいる冒険者は100名前後。軍も動かせるのであれば数的になんとか行けそうではある。
「エキドナという幻獣を召喚したのは魔王軍なのでしょうか?」
エドはかちゃりと眼鏡を押し上げてぽつりと漏らす。
今このタイミングでオールソンを襲う幻獣。エドがそう考えるのも無理はない。
「今それを考えても仕方ない。チナツ、あとどのくらいでエキドナはここに来るんだ?」
「あと1時間ってところかな」
アルフォンスの問いかけにチナツはおおよその距離から目算する。
「とにかく数がいるなら防衛用の柵か何かを作った方がいいな。エド、対策本部から人を出してもらえるように頼んできてくれ。レオンも土壁を作ってくれないか?」
「分かった」
アルフォンスが次々と指示を出し、エドとレオンが動き出す。
セレナが対策本部で説明したのか、慌ただしく冒険者たちが動き始める。
数人の冒険者がトールバードに乗り偵察として北西へと駆け出した。
しばらくしてセレナがトールと一緒に戻ってくる。
「何が起きているのですか?」
アルフォンスに向かって開口一番にトールが質問する。
「50以上のストーンゴーレムとそれを操る幻獣がこちらに向かってきている。幻獣は俺たちが相手をするから、他の冒険者や軍は手出ししないで欲しい」
「……幻獣?」
トールは幻獣を知らないようだ。幻獣魔法が廃れてからかなり経っている。逆に言葉だけでも知っているのはアルフォンス達のようなマニアか、古代魔法を研究している宮廷魔術師くらいだろう。
「とにかくストーンゴーレムだけお願い」
千夏から重ねてお願いされ、トールはぎこちなく頷く。
勇者パーティが相手をすると言っているのだ。問題などないだろう。
バタバタと慌ただしく防衛線が築かれる中、千夏は少し離れた場所でアイテムボックスからヤギの乳を取り出し、タマとコムギそしてプチラビットに与える。ちびっ子3匹があの場にいると邪魔になる。それに千夏はプチラビットに聞きたいこともあった。
「封印石はエキドナの体内にあると言ったよね?」
「みゅっ。封印石があるところだけに攻撃を破壊して欲しいの。でも、エキドナは怒ってるから、ご主人様にきっと酷いことをするの」
プチラビットは小さな両手で包むように持っているコップをじっと見ながら答える。
「でもお父様がご主人様なら強いから、大丈夫だって言ってたの」
不安そうに赤い目で千夏を見上げるプチラビットに、口の周りをうっすらと白くしたタマが胸を張って答える。
「ちーちゃんは強いでしゅ。大丈夫でしゅ」
くりくりした赤い目をした2匹がじっと期待いっぱいに千夏を見上げる。
「あ、うん。出来るだけ頑張るよ」
千夏はタマの口をタオルで拭いながら答える。
最悪は幻獣を傷つけることになるかもしれない。
「偵察部隊が帰ってきたぞー!」
大声で兵士が叫ぶ。後ろを振り返るとトールバードが数騎こちらに向かって走ってくるのが見える。
「どうだ?本当に何かいたか?」
到着した偵察部隊にギルド長は駆け足で近寄る。
「居ました。ストーンゴレームの群れと5メートルほどの蛇女が」
「敵は我々に気が付くとストーンゴーレムの数を増やしました。今見てきた感じだとおよそ80近いストーンゴーレムがいました!」
「ここに来るまであの進行速度だとおよそ30分です」
次々と報告する冒険者の話を聞き、ギルド長は低く唸る。
「来たぞ!」
ギルド長と同じく偵察部隊の報告を聞いていたトールが目の前に広がる草原を指さす。
地平線の向う側に無数の黒い影が見える。
相手もこちらに集まった人に気付いたようで、ゆっくりと進みながらもその人影がボコボコと増えていく。
「まずいな。増える勢いが半端じゃない」
アルフォンスが緊張したように次第に増えていくストーンゴーレムをじっと見つめる。
ストーンゴーレムは火に弱い魔物であるが、前衛殺しと言われるほど物理には強い。あれだけの数が一斉に突っ込んできた場合に前線が維持できるのだろうか。
「封印石はどこにあるの?」
千夏の問いかけに、プチラビットはじっとエキドナを見つめ「尻尾の先のほう」とだけ答える。
すぐにアルフォンスに呼ばれ千夏とちびっ子3匹はパーティメンバと合流する。
「あの魔物は1パーティが専任で戦う。残り全員でストーンゴーレムの撃退を行う。前衛は魔物討伐パーティが魔物に近づけるように道を切り開け!」
トールが大声で緊迫した冒険者や兵士に向かって叫ぶ。
「「「「おおおおおおおおおぅ!」」」」
兵士達が剣や槍を振り上げトールの声に応える。
「穴あけは俺がやろう」
トールの前に一人の冒険者が進み出る。
「――――――《煉獄の双剣》か」
トールは自分より低い背の男を見下ろし尋ねる。
このような時に先陣をきるという豪傑は他に思いつかなかった。
「そんな名前でも呼ばれているな」
男は細いたれ目を面白そうに細め、トールを見上げて答える。
その男がギルドでタマを庇ってくれたあの冒険者であることに千夏は気づく。
「俺はアルフォンスだ。俺たちのパーティがあの幻獣を担当する。いろいろ事情があってすぐに倒すことはできない。申し訳ないが、戦線を維持してくれ」
アルフォンスは《煉獄の双剣》と呼ばれた男に向かって頭を下げる。
「アレ、幻獣なのか。始めて見たぜ。ふぅん、おちびちゃんがいるパーティか。これで借りが返せそうだな」
男はタマに目を向けるとにんまりと笑い、二振りの長剣を背中に固定していた鞘から抜き出すと「フレイム」と呪文を唱える。2本の剣の切っ先に青白い炎が浮かび上がる。
青白い炎は高温の証だ。熱くないのだろうか。
初めて魔法剣を見た千夏は燃え盛る双剣をじっと見つめる。
エキドナの前に群がるゴーレムはおよそ3000。そして今なお増え続けている。
「俺がしっかりばっちりきっちりと突破口を開いてやる。お前らはやりたいようにやって来い」
増え続けるゴーレムに全く怯まずに細い目を更に細くして男は不敵に笑う。
「準備はいいか?」
《煉獄の双剣》に尋ねられ、リルが急いで支援魔法を回す。
「Sランクが伊達じゃないってところを特別に拝ませてやるぜ」
《煉獄の双剣》は吠えるようにそう叫ぶとゴーレムの群れに一人突っ込んで行った。
評価とご感想ありがとうございます。
糸目さんのお話とエキドナ対決は次回で終わる予定です(予定です!)
そしてほのぼの回を書くのだ!
たまに過去のほのぼの話を読み返したりしています。
一番のお気に入りのお話はリルくんの風邪だったり。
自分でも3兄弟のけなげさにほろり。
とある幼児の生活を皆さんが読んでくださったおかげで日刊ランキングに乗りました。ありがとうございます。




