ランクアップ試験
「それではBランクとCランクのレベルアップ試験を始める」
眠そうに欠伸をしている千夏達の前にたったギルド長が、ギルドの地下で説明を始める。
「まずは簡単な試験をここでして、実際にランクBの魔物と戦ってもらう。30分後にはパーティを分けて出発の予定だ。ちゃっちゃと試験を始めるぞ。まずは剣士からだな。エラン相手を頼む」
ギルド長は隣に立っている長剣を持ったBランク冒険者に声をかける。
セレナは木刀を持って一歩前に進んで、地下訓練場の中央でエランと呼ばれた男と向き合う。
「止めの合図が出るまで打ち合うこと。それでは開始!」
ギルド長の開始の合図と同時にセレナがエランに向かって突撃する。
真っ直ぐに突っ込んできたセレナを受け流すために、エランは剣を前面に中段に構えるが、ふっとセレナの姿が視界から消える。一瞬の混乱のうちに右斜め横からセレナが襲いかかる。
カラン。
エランが持っていた木刀がセレナの重い一撃により、弾き飛ばされ地面に転がった。
「ううっ」
エランは痺れた手に痛みを感じながら、何が起きたのか理解できずに立ち尽くす。
「そ、そこまで!」
ギルド長はエランの側頭部のすぐ横で木刀を止めたままの姿勢のセレナに声をかける。
制止の合図にセレナはさっとエランに一礼してその場を離れる。
あくまで数回打ち合い剣のセンスを見るのが今回の試験の目的だったが、あっさりと終わってしまった試合にギルド長は短く低く唸る。
昨日へこへこと頭を下げまくっていた少女と同一人物なのだろうか?
ギルド長は気をとりなおして、次の試験に移ることにした。
「次は魔法使いだ。あそこに的がある。そこに自分の得意な魔法を撃ちこんでくれ。あの的は魔法の威力を測定するマジックアイテムが入っている。的にあてる正確さと威力の計測を行う」
20メートルほど離れた場所に人の形をした石をギルド長は指差す。
「僕が先にやろう」
動き出そうとした千夏を制止して、レオンが前に出て来る。
千夏はいつも魔力を込め過ぎている。たぶんいつものままに魔法を使うとあの人形が壊れてしまうだろう。そうなるとレオンは試験を受けることが出来なくなる。先にやったほうがいいとレオンは判断した。
「ビックウェーブ!」
レオンは的に向かって水魔法を放つ。レオンの足元から水が沸き上がり、一直線に大量の水が的に向かって押し寄せる。
ドンと波に押されて的が揺れる。それを確認するとすぐにレオンは魔法をかき消した。このまま発動しておくと、何度も波がぶち当たり測定器が壊れるのではないかと思ったからだ。
「三万ポイント?」
ギルド長は手元の測定値を覗き込んで首を傾げる。
その仕草にレオンは少し弱く撃ち過ぎたかと顔をしかめる。
「不合格か?」
レオンはじっと計測値を覗き込んでいるギルド長に尋ねる。
「い、いや。十分だ。問題ない」
ギルド長は軽く首を振って応える。
通常Cランクの合格のボーダーラインは3千ポイント、ランクBが一万ポイントだ。
レオンはランクEの冒険者で今回はランクCへのランクアップだ。
ランクCの基準値を余裕でクリアし、ランクBの基準値の3倍以上のポイントを出している。
一度の試験で2ランクアップが上限として決められていなければ、そのままBランクに上げてしまいたいところだ。
「じゃあ、次私ね」
千夏は利き腕をぶんぶんと回しながら所定の位置につく。
「あの測定器はどのくらいで壊れるんだ?」
少し心配になったレオンがギルド長に尋ねる。千夏は手加減という微妙な調節が苦手だからだ。
「上級魔法を長時間ぶっ放さなきゃ大丈夫なはずだ。上級魔法はやめてくれよ。ここの結界が壊れるからな」
レオンの質問に不安を感じたギルド長が千夏に向かって念押しする。勇者は特級魔法まで使うという噂を聞いたことがあったからだ。
「中級魔法だから大丈夫だよ」
千夏はけろりとそう答えると、一番よく使うファイヤーランスを一発、的に向かって放つ。
虚空に浮かびあがった炎の槍の数はおよそ20本。普通のファイヤーランスで出現する倍の数だ。
ドスドスドスドスドスッ。
次々と石の的に炎の槍が突き刺さり、石を抉っていく。
後に残ったのは最初の1/3程の大きさになってしまった的だ。辛うじて全損にならなかったようだ。
「えーと、全部壊れていないから大丈夫かな?」
へらりと千夏は笑う。
やらせなきゃよかった。ギルド長は心の底からそう思った。
ギルド長が修理代を頭の中でいろいろ計算し終わった頃にやっと最後のリルの番がくる。
治療師は威力などという基準がないため、ランクCの治療師として持っているべき魔法リストのうち3つを目の前で使って見せることだったので、さっくりと終わる。
「後は実戦だ。問題なくパーティとしてランクBの魔物を倒せたら、ランクアップさせる。また緊急クエストの間はこのパーティをランクBパーティとして特別に認める。俺も一緒についていくからあまり勝手に動き回るんじゃないぞ」
たぶん問題なくランクBの魔物をこのパーティは狩るだろうが、規則は規則だった。
ギルド長は少し渋い顔をしながら、今日の探索のパーティ分けをするための集合場所へ向かって千夏達を連れて移動する。
集合場所は街郊外の軍の緊急対策本部前だった。
軍の天幕の前で試験が終わるのを待っていたアルフォンス達と合流する。
天幕前には人がいっぱいいたが、エドがタマを肩車していたので、すぐに見つけることができた。
「試験は面白かったか?」
アルフォンスが合流してきたセレナに尋ねる。
「普通だったの」
一対一であればランクBの冒険者と打ち合っても楽しくない。やるならAランク冒険者がよかったなぁとセレナは肩をすくめる。
「ちーちゃん、あそこ」
エドの肩の上で暇そうに周りを観察していたタマが街とは反対方向から駆け寄ってくる小さな影に気が付く。タマが指さした方向に千夏は振り向く。まだ距離があるため人影にしか見えないが、その気は千夏も見知ったものだった。
「はい、ちょっとどいて、通して」
千夏は人ごみをかき分け、走り寄ってくる人影の方向に向かって歩き出す。
人ごみをすっかり抜けた頃には走り寄ってくるものが何なのかはっきりと目で判るようになった。
(ネバーランドで何かあった?)
千夏は小走りで懸命に走ってくるプチラビットに向かって走り出す。千夏の行動を不審に思ったパーティメンバ達もぞろぞろとその後に続く。
プチラビットは千夏との距離があと数メートルというとこでぴょんと飛び、そのまま千夏の腕の中へと飛び込んでくる。
「おっと」
千夏は体勢を崩しながらもしっかりと小柄なうさぎをキャッチする。
「ご主人様ぁぁぁ!」
千夏の胸に何度も自分の顔を押し付けてプチラビットが頭を振る。
「どうしたの? 何かあったの?」
千夏は落ち着かせるようにプチラビットの髪を何度も優しく撫でる。
一晩走りぬいてきたプチラビットは髪にぱっぱをからませ、ぷっくりとした頬は少し砂埃で汚れている。
エドはアイテムボックスからお茶を取り出し、プチラビットに与える。
コクコクと小さな手を添えてプチラビットはお茶を一気に飲み干す。
「ネバーランドで何かあったのか?」
アルフォンスの質問にプチラビットを大きく頭を振る。
千夏はほっと息を吐き出し、プチラビットの前にかがむ。
「それでどうしたの?」
「エキドナを助けてあげて!」
プチラビットは赤いくりくりした瞳で千夏を真剣に見つめる。
「エキドナ?」
こくんとプチラビットは頷くとルナに説明した内容をたどたどしく千夏達に話し始めた。
「エキドナは私たちと同じ幻獣なの。ずいぶん前から幻獣界で見なくなってたの。多分、誰かがかなり前にエキドナをここに召喚したんだと思う。優しくされないで酷いことをされていたみたいなの。エキドナは今まっ黒になってるの。エキドナは帰りたいって泣いているの。お願い、エキドナを幻獣界に帰してあげて!」
えぐえぐと泣きながらプチラビットは一気にしゃべる。
「帰すといっても、私よくわからないんだけど……。どうすればいいのかな?」
タマがプチラビットの頭をずっとなでなでする。コムギもしゃがみ込んだプチラビットの顔をペロペロと舐めて慰める。
なかなか泣き止まず、答えを返さないプチラビットに千夏は途方に暮れる。
「幻獣の文献はあまり残ってないので、俺もよく判らない」
不思議大好きなアルフォンスでさえ、全く知識がないらしい。
「こういう時こそ無駄知識が役に立つというのに、使えないですね」
エドがかちゃりと眼鏡を押し上げる。
「無茶いうなよ、幻獣魔法は今や廃れてしまった魔法なんだぞ」
アルフォンスはぽりぽりと頭をかき、困ったようにプチラビットを見下ろす。
「おい、お前ら何やってるんだ?」
集合場所から離れた千夏達にギルド長が手を振りながら近寄ってくる。
「ちょっと今日は狩りは難しいかもしれないの」
セレナが困ったようにギルド長に答える。
「んーと、とりあえずエキドナはどこにいるのかな?」
千夏は泣き続けるプチラビットに尋ねた。
評価とご感想ありがとうございます。
真面目な話しが続くのでコメディが突然書きたくなり勢いで書きました。
殆ど気分転換と自己満足なんですけどね(汗
『とある幼児の生活』
よくあるストーリーです。
お暇なときに読んでくださいませ。




