レベリング
「レベルを上げて転移魔法をとろう。そうすれば王都で商品を安く仕入れてこっちで売れるよ」
千夏ににっこりとほほ笑まれ、裕子はぎこちなく頷く。
転移魔法を覚えるにはそれなりの魔力が必要だ。レベルが低いと魔法の取得に失敗するということは彼女も知っていた。
問題はレベル上げだ。千夏は簡単そうに言うが、レベルを上げるには時間がかかる。
「今日中にLv20くらいまで上げれば大丈夫だよね?」
「え? 今日中? 無理じゃない?」
笑顔の千夏に裕子は困惑する。
確かにLv20まで上げれば転移魔法は覚えられるだろうが、普通は2年いや人によってはもっとかかるはずだ。
「大丈夫、大丈夫。任せて!」
千夏はへらへらと笑いお風呂から上がると、千夏はさっそく裕子を連れてギルド支店へと向かう。
「トンコツショウユに加藤裕子さんを入れたいの。手続きお願いね」
現在ギルド支店では移住者の所属国名の書き換えをまとめて依頼されており、裕子の身分証もギルドに渡したままになっていた。
タナは千夏に言われてたくさんある身分証からユウコ・カトウと書かれている身分証を見つけ出し、本人確認をするためにマジックアイテムを差し出してきた。
(トンコツショウユ? ラーメン?)
裕子は状況がよく判っていなかったが、千夏に促されるまま本人確認用のマジックアイテムの上に手を置く。
「はい。登録しました。ついでに所属国も書き換えが終わっているので返しておきますね」
タナはギルドカードを裕子に差し出す。
裕子は渡されたカードを確認し、トンコツショウユというのがパーティ名だということを理解する。
(なんかいろいろ残念な名前ね、これ)
千夏に直接言えない裕子はこっそりと苦笑いする。
「タマ、ちょっとレオンを連れてきて。ギルドの前で待ってるね」
「はいでしゅ」
タマは千夏に頼まれると元気よく返事をして、屋敷のほうへと駆けていく。タマも千夏も気が読めるのでパーティメンバーがどこにいるのかはすぐに判る。
ギルドの前で待っているとタマと仲良く手を繋ぎ、嬉しそうに微笑んでいるレオンがやって来る。
千夏と視線が合うと照れくさいのかレオンはタマと繋いだ手を離し、ぷいっと顔を横に背ける。タマは突然手を離され、不思議そうにレオンを見上げる。
「……お、大人になったら人前で手を繋がないものだ」
タマの視線が気になったようで、レオンは少しうろたえたようにタマを諭す。タマに嫌われたくないという気持ちと千夏に見られて恥ずかしいという気持ちが入り混じったレオンの顔を、千夏は心得たようにスルーする。
「大人になったら他の人の前で手を繋げないのでしゅか? ちーちゃんはいつも繋いでくれるでしゅよ?」
タマはさらに小首をかくんと傾げてレオンを見上げる。
レオンはうっと黙り込むと、何と答えるべきか真剣に悩んでいる。正直に「千夏に見られて恥ずかしかったので手を離した」とはなかなか言えないのだ。
「私はタマのお母さんみたいなものだから、手を繋いでいいのよ。タマ、こっちおいで」
千夏は適当にレオンの話に合わせることにした。
タマは千夏に呼ばれ小走りで近寄ると笑顔で手を差し出す。千夏はタマの頭を撫でてからしっかりと差し出された小さな手を握り締めた。
コムギが「クー!」と鳴きながら千夏の足をぽんぽんと前足で叩く。
「大丈夫、忘れていないって」
千夏は笑いながらコムギを空いている片腕で抱き上げる。タマもコムギもまだまだ甘えっ子だ。
(そのうち親離れするだろうし、今だけなのかもしれない。人みたいに反抗期があったら嫌だなぁ。「うざっ」とか言われたら立ち直れないかも……)
千夏は仮想未来を想像してちょっとだけ落ち込む。
「それで、僕に何の用だ?」
レオンがタマからの追及を逃れて少しほっとしたように千夏に尋ねる。
「あ、うん。まだ夕飯には早いんだけど、タマと一緒に狩りに行ってくれないかな? 私と彼女を連れて」
千夏はプルプルと頭を振り思考を現実に戻す。
「チナツが一緒に狩りに行きたいとは珍しいな」
普段は竜の背に嫌々乗り込んでいる千夏だ。レオンが驚くのも無理はない。
「出来るだけ強そうな魔物を探して狩って欲しいの。彼女のレベルを上げたいのよ」
同じパーティのメンバーが倒した魔物の経験値は、近くに居れば自動的に分配される。
タマとレオンに狩りまくってもらい、裕子の強制レベリングをするつもりだ。
時刻はまだ午後3時を少し過ぎた所だ。今から日が落ちるまでに狩りまくればなんとかなるだろう。
「転移魔法を覚えて是非、屋台の食べ物を値切って買って来てね」
千夏はギュッと裕子の手を握って力説する。裕子のアイテムボックスに入れておけばいつでも千夏は買い食いする事が出来る。もちろん、村に店を開いてもらえれば村人達もかなり助かるのだ。
裕子は千夏の勢いに気後れするが、「商人になりたいのでしょう?」と更に重ねて聞かれ頷いた。
この時頷かなかければよかったと裕子はすぐに後悔することになる。
「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」
レオンの背中で千夏と裕子が絶叫する。
千夏のリクエストで今日は少し遠出をして、ランクBのオーガの群れを見つけたのだ。
30匹はいるオーガの群れの中にタマとレオンが急降下し、突っ込んでいく。
ドラゴンブレスでも余裕で殲滅できるはずなのに、あえてタマとレオンは肉弾戦を挑んだ。何故なら彼らは夕飯を食べに来たのだ。ドラゴンブレスを使ったら、獲物が消えてなくなるか、カチカチに凍ってしまう。
飛び立つ前に千夏と裕子を落とさないようにレオンは水膜で二人を包み、自分の背中に固定化していた。
二人を包む水膜が風圧でぶるぶると大きく震え、二人の体にぺったりとと張り付く。
一緒にレオンの背に乗っていたコムギは急降下の余波を受けて、水膜の中を飛び跳ねるようにポンポンとあちらこちらにぶつかっていく。コムギはそれが楽しいのか金色の大きな瞳を輝かせる。
小さなコムギ程ではないが、千夏も裕子も水膜の中でふんばりがきかず、よろよろとあちらこちらに体をぶつけまくる。水膜は柔らかいジェルのような素材で強化されているので、ぶつかっても怪我はしない。
どちらかというとゆらゆら揺らされて気分が気持ち悪くなっていく。
「何で突っ込むのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
千夏が再び絶叫するが、興奮しているタマとレオンには声が届いていないようだ。翼を羽ばたかせ踊るように次々と鋭い爪と大きな牙を使ってオーガ達を蹂躙していく。
裕子はあっという間に気を失う。
安全で簡単なレベリングのはずが何故こうなったのか。
気力も体力も貯まる程ある千夏は気絶することなく、声が枯れるほどの絶叫を上げ続ける。
オーガが残り数体というところになって、レオンが千夏の叫び声に気が付く。
「何だ、チナツ。楽しいのか?」
的外れなことをいうレオンに千夏は怒鳴り返す。
「全く楽しくないわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!肉弾戦禁止!激しく動かれると気持ち悪くなる!」
「クゥー!クゥー!」
千夏とは反対に楽しげな声をコムギが上げる。
やっとレオンが空中で動きを止める。
千夏は怪我はしていないが気を失った裕子を抱き上げ、水の回復魔法をかける。
「はぁはぁ……。いい? レオンは出来るだけ、動かないで仕留めて頂戴。タマは普通にしてもいいから」
千夏はぜいぜいと呼吸を乱しながら、切実にレオンに訴える。
その後2匹がおなか一杯になるまで狩りが続けられ、無事裕子のLvが20を超えた。
「ここまでしないとLv20にはならないのね……」
気絶から復帰した裕子がげっそりと弱弱しい声で呟く。
「ごめん、本当にごめんなさい」
千夏は地面に横たわった裕子の隣で、頭を地面にこすりつけて謝る。いわゆる土下座だ。
人の姿に変化したタマとレオンもよくわからないが、千夏を真似る。
「領主どん、何やってるんだべ?」
「なんでもあれが領主どんの国の謝り方だそうだ」
「さすが領主どん、画期的だべ」
物見高い村人達や竜が千夏達を囲み成り行きを見守る。
しばらくの間、謝るときは土下座をすることがひそかに村人達のブームとなった。
『タロウ、おはよう。お水頂戴』
太郎はいつも通りに早く起きて畑を見回る。すでに他の村人達も畑に出てきていたので、協力して水を撒く。
畑の近くにレオンが掘り起こした用水路があるので、川まで水を汲みにいかなくて済む。
太郎が植物と話が出来ることを村人達は知っているので、何かと太郎に質問しながら畑の作業を始める。
太郎は一通り野菜が植えられている畑を見回った後に、薬草畑に足を延ばす。
この村では薬草を勝手に引き抜いてギルドに売りにいくようなものはいない。広い畑いっぱいに薬草を普通に育てることができた。
土の精霊から祝福を受けたおかげなのか、いつもならもう少し手間がかかり育てにくいはずの薬草が特に不満をいわずすくすくと育っている。
『おいおい、もう摘み頃だぞ』
一部の薬草達が太郎に声をかけてくる。太郎は根まで掘り起こさずに、土から出ている葉の部分を摘み取っていく。根を残して次の薬草の土台とするためだ。
一通り、薬草を摘み取りアイテムボックスに格納すると、太郎は薬草園の一番端まで歩いていく。
薬草園の一番端にこの前もらった紅い種を撒いたのだ。
「さて、どうなっているかな」
太郎は種を撒いた場所を覗き込む。
昨日は生えていなかった小さな芽が伸びている。たった一日で3センチ程の高さまで成長している。驚くべき早さだ。
しかも不思議なことに通常は一つの種から一つの芽が発芽するはずだが、同じ種類の伸びた芽が数本生えている。
いったいどんなものに成長するのか、太郎はとても楽しみだった。
評価とご感想ありがとうございます。
カガーン側の状況まで入れられませんでした。
次回は懐かしい人が登場予定です。覚えている人いるのかな……




