カガーン教国
ハマールと正式に同盟を結んでから、元魔王領の調査範囲が格段と広がった。中には戻ってこない諜報員もいたが、おおよその現在の敵の勢力を見積もることができた。
「Bランクの魔物だけで2千ねぇ。兵士だけ対応するのに2万人は必要ね。更にAランクの魔物に魔族たちが控えていると……」
セラは手元の報告書をぺらぺらと手で弄びながら、じっと考え込む。
まだ対応できる範囲内に収まっているが、これからどれほど増えていくのかが判らない。だが増やすこともある程度で止まるだろう。なにせ元魔王領は開拓されておらず、貧困な大地だけだ。増やしすぎた魔物を食べさせるだけの地盤はない。強い魔族を求め元魔王領に向かったのだろうが、同時に魔物を増やしすぎていることが彼らのネックになりうる。
「うーん。青い。まだ若いのかしらね」
セラはぽつりと呟く。
セラは引き出しから世界地図を取り出す。魔物達の食糧をそろそろ気にし始める頃ということは、どこかに攻め込む可能性が高い。
「私なら今ハマールを攻めるのを是としない。小さな国を潰して食料を確保するかしら。となると……」
セラは元魔王領からゆっくりと南へと指を動かしていく。
中央大陸西南の国、カガーン教国。
神から神託を受ける巫女を筆頭とした宗教国家だ。セラはコツコツと地図を指で叩く。
あの国は独特な文化を持つ。忠告をしても聞き入れられる可能性は低い。
「それでもしないわけにはいかないわ」
セラは宰相を呼び出すと、宰相を伴い王都にある冒険者ギルドへと向かう。
宰相に気が付いた受付嬢が、そのままギルドマスターがいる部屋まで案内をする。
「いらっしゃいませ。長距離通信ですか?」
言葉使いは丁寧だが、椅子に座ったままギルドマスターは宰相に向かって話しかける。
エッセルバッハの王都にあるとはいえ、基本ギルドはどの国にも属さない。治外法権が適用される。またどのような権力者であっても、それに媚びることを良しとしないのがギルドの基本鉄則だ。
エッセルバッハのギルドマスターはひょろりと背が高いやせ気味の中年の男で、いつも眉間にシワを寄せ気難しい顔をしている。
彼が言った長距離通信とはギルドの各拠点毎に通信のやり取りができるマジックアイテムのことだ。国家間でのやり取りは普通この装置を使うことが多い。つい先日もノークとの間で使用したばかりだった。
「はい。長距離通話をお願いします。相手はカガーンの神官長です」
宰相はおっとりとギルドマスターに答える。
「あそこですか。かなり待たされますよ」
ギルドマスターは気難し気に答えると、二人を連れて奥の部屋へと進む。
文字だけのやりとは各ギルドで可能だが、相手の顔を見ながら話すことができる長距離通話は王都などの大きなギルドにしか存在しない。値段も高く1分当たりに金1枚が必要で、使うものは限られていた。
ギルドマスターに案内された部屋の中央に、平面にカットされた巨大なクリスタルが設置されている。
その手前に置かれた椅子に、何度もこの装置を使っている宰相とセラは腰をかける。
ギルドマスターが手早くマジックアイテムを起動させ、魔法陣を操作し始める。しばらくしてぷつんと音が鳴り、目の前のクリスタルに初老の婦人が現れる。
「久しぶりだな。神官長とこちらの宰相が話がしたいそうだ」
ギルドマスターはクリスタルの前に進み出ると、淡々と用事を伝える。
「マー坊のところは確かエッセルバッハだったわよね。今から神殿へ人を出すから少し待って頂戴、こちらからつなぎなおすわ」
老婦人はにっこりと微笑み、画面が消える。
マー坊と呼ばれたギルドマスターは苦虫を潰したような顔をして後ろに下がる。いくつになっても子供呼ばわりするあの老婆が彼は苦手だった。
とりあえず神官長が来るまでの間は互いにやることがないので、一度ギルドマスターの部屋に戻る。
秘書が淹れたお茶を一口すすると、ギルドマスターがちらりとセラを眺める。
「カガーンとはここ数十年まともにお付き合いされていませんでしたよね?」
「年初めの贈り物は欠かさず贈っていますけど?」
セラはすましたままお茶を口に付ける。
ギルドとしては何か事が動くのであればいち早く情報を掴みたい。だが長距離通信中には立ちいることは禁止されている。ギルドマスターは更に眉間にシワを寄せ考え込む。
ついこの間のノールとの通信もかなり久しぶりだった。
あの後変わった事といえば、エッセルバッハとノール間の関税くらいだろう。関税を安くする代わりに魔女の城を手に入れたそうだが、それも何だかうさんくさい。
ノール側で集めた情報ではゲン担ぎで勇者が古の魔女の城を欲しがったということになっている。だがネバーランドに常駐させているギルド職員からの領主の人となりを聞く限り、城を欲しがるようには思えない。あの城には何かある。
「まさかまた勇者がカガーンへ転移してしまったということではないですよね?」
「ふふ。知りたいですか?」
セラは口元を綻ばせ、むっつりと黙り込んだギルドマスターを見つめる。
疑問を疑問で返すやり方は交渉術のひとつだ。主導権を常にセラに獲られ、ギルドマスターはますますしかめっ面になる。
「知りたいか?」とセラが聞いてきた時点で、何かしらこちらに要求することがあるのだろう。本当に話したくないときは、彼女は笑うだけで口を開かない。
ギルドマスターは茶器をテーブルに戻し、少し考えてからセラに問う。
「情報の対価に何が欲しいのです?」
「あら、率直に来ましたね。もう少し駆け引きを楽しみたかったのに」
残念そうにセラは肩をすくめる。
元々ギルドマスターは話術が得意なほうではない。のらりくらりと逃げ回るセラとの会話は精神を消耗する。さっさと本題に入ったほうがましだ。
しばらくセラはギルドマスターのしかめっ面を眺めてから本題を切り出す。
「まぁいいでしょう。私からの用件は1つ。速やかに現在カガーンにいるエッセルバッハおよびハマールの商人達の撤収をギルドにお願いしたいですわ」
「商人達の撤収ですか? 何故です?」
エッセルバッハおよびハマールのような大国にいる大商人達は別の国まで商売を手広く手掛けている。カガーンにも数多くの支店が置かれていた。その商人の全てを撤収するだけでも、かなりの手間がかかる。
「理由はあなたに払う対価で解決するわ。対価は大神官との遠距離通話に立ち会うことでどうかしら? ギルドにとっても重要な情報となると思うわ」
セラはじっとギルドマスターを見つめる。
彼女は基本的に嘘つきだが、あらゆる情報を一手に握っている。その彼女が自国と同盟国の商人の引き上げを決めた。何かがカガーンで起きるということだ。
ギルドマスターは立ち上がると執務席に戻り、メモを取り出して素早く何かを書き込むと秘書に早急にその内容をカガーンの首都にあるギルド本部へ伝えるように指示をする。
「さて。あなたの要望を承りましたが、先にお話ししてもらえると嬉しいのですがね」
「二度も話すのは面倒ですわ。それにあなたは既にカガーンのギルドにも撤退指示を出したでしょう?それなら慌てなくても問題はないわ」
ギルドマスターが書き込んだメモを覗き込んだわけでもないのにセラは自信満々にそう答える。
「撤退ではなく、一時休業ですよ。ギルドは簡単に撤退などできませんからね」
セラの笑顔に内心むっとしつつもギルドマスターは答える。
やがて執務席に置いてあるマジックアイテムが明るく光り、長距離通信を着信したことを知らせる。
3人は再び長距離通信用の部屋へと戻る。着信した情報を中央のクリスタルへと映し出す操作を行うと、ギルドマスターはそのままその場に留まる。
「何の用ですかな?」
中央のクリスタルに白の滑らかな生地に金の刺繍を華やかに織り込んだローブを着た老人が映し出される。頭まですっぽりとフードをかぶっているので表情は見えないが、声がいくぶん荒い。
「突然呼び出してしまって済みません」
宰相は大神官に向かって頭を下げる。カガーンには国王はいない。宗教国家であるため大神官がトップになる。
「私も忙しい身ゆえ、用件は手早くお願いしたいものですな」
「もちろんです。実は我が国とハマール王国の諜報部隊の情報を解析した結果、魔族にカガーンが狙われる可能性が出てきたことをお伝えしようと思いまして」
険がある声で不機嫌そうに言い放った大神官に宰相は穏やかな表情で爆弾を投げ入れる。
「……狙われているのはハマールとエッセルバッハのはずだが?特にエッセルバッハは2回も襲撃を受けている。我が国が狙われることはない」
宰相の言葉に一瞬驚きを見せたが、すぐに大神官は平静を取り戻してそう答える。
おやおや。やっぱりそうくるか。相変わらず根拠もないことをいうわね、この親父。
セラはニコニコ微笑みながら大神官の言葉を心の中で罵倒する。
「私どもが集めた情報によると、旧魔王領に集まったBランクの魔物が2000を超えています。あの土地はそれだけの魔物を養える程肥沃ではありません。食べ物を確保するために、魔物達は時期に行動を移すでしょう。よろしければ我が国とハマールから援軍を貴国に送らせていただきます。どうでしょうか?」
宰相は穏やかにゆっくりと説明をする。
だがカガーンの大神官には強国の言いがかりにしか聞こえなかった。大神官は枯れた腕をぷるぷると震わせ、怒鳴りつける。
「魔物討伐を言い訳にし、兵を派兵して我が国を乗っ取るおつもりか!」
「いえ、そんなつもりはありません。落ち着いてください。みすみすカガーンが魔物に蹂躙されるのが忍びないのです」
「我が国は神に護られた国だ。魔物に襲われるわけがない!派兵は許可せん!もしそれでも兵を動かすというのであれば、敵対行為としてわが軍の制裁を受けるがよい!」
必死になだめようとする宰相の言葉を聞かず、大神官は怒鳴るだけ怒鳴ると通信を強制的に切断する。
「ふぅ。駄目だろうとは思ったけど、やっぱり駄目だったわね」
セラが溜息をつく。
「申し訳ありません、私がいたらないせいで」
「あなたが言っても駄目ならだれでも駄目よ。気にしないで」
済まなそうに頭を下げる宰相の肩をセラはポンポンと叩く。
「それでギルドはどうするの? 一時休業かしら?」
セラは黙り込んでいるギルドマスターを振り返った。
評価とご感想ありがとうございます。
新章の始まりですが章の名前がまだ思いつていないので、章名を入れていません。
作者事情ですが、月曜から勤務地がかなり遠くになりました。
通勤の往復だけで4時間半かかります(涙
更新がかなり遅くなりそうです。




