自動人形
ノークから運ばれてきた魔女の城は村を一望できる丘の上に設置することになった。長旅で少し疲れている空間魔術師はガーデンボックスの空間魔法を使い城を固定する。
「これで国らしくなりましたね」
丘の上に立った武骨な石造りの城をニルソンは感慨深く見上げた。やはり国に城があるかないで随分とイメージが変わる。
先陣をきって城の鉄門をキューイが開け、千夏はひょこりとその後ろから中を覗き込む。エントランスホールが完全に崩落している姿を確認し、地竜達にここの修理をお願いする。
「それじゃあ、中にはいるぞ」
キューイが竜に戻り、茜と千夏を背に乗せて階段まで飛ぶ。朝相談した自動人形の確認にこれから向かうためだ。
千夏から離れないと決めたタマも竜に戻り、コムギを背にのせて後をついてくる。
ここからは歩きで5階の最上階を目指す。千夏は壊れたゴーレムをアイテムボックスで回収しながら、城の上層を目指して歩く。相変わらず城は広く上まで登るのにそれなりに時間がかかる。エレベーターでもできれば楽に上れるのになと千夏は歩きながらぼんやりと考えた。
「凄い、これは凄い!」
制御室を隠していた魔法陣を茜が解き、部屋の中に入ったとたんキューイは多重で渦巻くいろいろな魔法陣に目を奪われる。千夏もこの制御室に入るのは初めてだった。色とりどりの大量の魔法陣はとても綺麗で、よくわからない記号が魔法陣の中に浮かんでは消えていく。
「キューイさん、キューイさん」
そのまま魔法陣に魅入られたキューイの大きな背中をつんつんと千夏は突く。ここの魔法陣の解析はしてもらいたいが、今はとりあえず掃除してくれる自動人形のほうが先だ。
「自動人形はどこにあるの?」
「こっちよ」
千夏の問いに茜が制御室の更に奥にある部屋へと歩き出す。
奥の部屋は資材置き場のようで、いろいろな道具が置かれていた。その部屋の一番奥に人が蹲るように座り込んでいるのが見えた。身に着けている服はボロボロで、触ったら崩れ落ちそうだ。肌や髪は長い年月でかなり薄汚れている。
「この人寝てるんでしゅか?」
タマはじっと自動人形を覗き込む。
自動人形の外見は茜から聞いていた通りで人の姿だった。自動人形と聞いてどちらかというとメイドタイプを千夏はイメージしていたがどうみても男性体だ。
蹲った自動人形はくすんだ銀色の髪で、すこし浅黒い肌をした男の人の姿をしている。背丈は立っていないのでどのくらいかわからないが、体格はどちらかというとほっそりしている。目を閉じているので瞳の色はわからないが、顔立ちは端正だった。人でいえば20歳くらいだろうか。
「ここまで精巧な自動人形だとは。人にしか見えないな」
キューイは感心したように自動人形を触る。触ったことにより、ボロボロの服が崩れ落ち、みるみるひと肌が見えて来る。慌てて千夏はアイテムボックスから毛布を一枚取り出し、自動人形の上にかぶせる。千夏といえども一応女性だ。男の人の裸を見るのはためらいがある。
「とりあえず、起動できるか試してみるわ」
茜は制御室に戻り、自動人形を起動する魔法陣を触り始める。だがすぐに行き詰ったようで、千夏達の傍へと戻ってきた。
「魔法陣を触るだけじゃ起動できない仕組みになっているの。大量の魔力を注ぐ必要があるみたい。私はあまり魔力がないのでお願いできる?」
千夏はもちろんと頷くと茜と一緒に制御室へと戻る。人形が動いて掃除してくれなければ困る。
制御室の中央に置いてある大きな水晶を茜が指差し、それに魔力を注ぐように千夏に指示する。ひんやりとした水晶に千夏が触るとすでに起動術式が動いているようで、勝手に魔力がぐんぐんと吸い込まれていく。
「もう手を離してもいいわ。あとは任せて」
茜はそういって魔法陣をいじりくり始める。千夏はもう一度自動人形の置かれている部屋に戻った。起動する瞬間を見てみたかったのだ。
奥の部屋に戻ると毛布をかぶった自動人形から、青白い光がぼんやりと浮か上がる。しばらく待つとキュイーンという起動音が鳴り、俯いていた頭がかくんと持ち上がり、ぱちりと目を開ける。コムギと同じ黄金色の瞳を動かし、千夏を見つけると自動人形はゆっくりと立ち上がる。
パサリと人形にかけていた毛布が落ち、ボロボロだった服が崩れ落ちる。
「おお、動いた」
キューイは立ち上がった自動人形をじげしげと見つめる。千夏はというと突然裸身を露わにした自動人形から慌てて目をそらす。
「毛布かぶって!」
「イエス、マスター」
自動人形は落ち着いた少し低めの声で答え、すぐに落ちた毛布を身に包む。
茜も制御室から戻ってくると、キューイと同様に自動人形を観察する。
「動いたわね。かなり年月が経っているみたいだけど、どこか壊れているところはない?」
茜の質問に自動人形は腕や足を動かし、「特に問題はありません」と無表情で答える。
自動人形の滑らかな動きにキューイと茜は強い興味を惹かれる。できれば分解してなにで出来ているのかを調べてみたい。
「マスター、私に名前をつけてください」
自動人形は千夏へと近寄り、毛布をかぶったまま深々と礼をとる。
「マスターって私? クリスって魔女じゃないの?」
「創造マスターは確かにクリスティーナ様です。あの方は亡くなる前に私から名を取り上げ、起動停止されました。次に私を起動した方にお仕えせよと」
端正な顔を眉ひとつ動かさずに自動人形は淡々と千夏に答える。
魔法陣を起動したのは茜であるが、起動するための魔力を込めたのは千夏だ。自分の中に溢れる魔力の持ち主を特定する機能を自動人形は持っている。自動人形の全ての機能は主に名前を決められて初めて完全に動作することが出来る仕組みだった。
「名前ねぇ……」
ネーミングセンスが皆無な千夏はうーんと唸る。
「ジャガイモはどうでしゅか?」
パーティでの千夏の与太話を覚えていたタマが千夏を見上げて提案する。
「それはちょっと可哀想だわ」
茜は自動人形を眺めて苦笑する。
千夏は改めて自動人形をゆっくりと眺める。短めのくすんだ銀色に満月のように光る黄金の瞳。埃と長年の放置で肌がくすんで見える。千夏は薄汚れた自動人形にリフレッシュをかける。くすんだ銀髪が鮮やかな色を取り戻す。古の魔女は面食いだったに違いない。ますます美人度が上がった自動人形を見て千夏は苦笑いする。あまり下手な名前をつけづらい。
「うーん………月は? 」
月の化身のような容姿からぱっと思いついて千夏は口に出す。女の子っぽい名前過ぎるので考え直そうかと千夏が首を捻っているときに自動人形の黄金の目が強く光輝き、次第に元に戻っていく。
「これで私の全ての機能を動かすことが可能になりました。ご命令をマスター」
どうやらルナで決定してしまったらしい。
ルナは相変わらず無表情で自分より背が低い千夏を見下ろす。クールなキャラを古の魔女が好んだせいなのかよくわからないが、せっかく綺麗な外見を持っているのに表情が変わらないのは勿体ないと千夏は思う。
とりあえずいつまでも毛布をかぶっていてもらう訳にはいかない。
「着替えと城の掃除を頼みたいの。着替えはエドから借りて来るからちょっと待って」
さすがに男用の服は千夏のアイテムボックスの中にはない。
「かしこまりました。それでは城の掃除を先に始めます」
ルナがそう答えるが毛布姿での掃除はなかなかシュールだ。第一手で毛布を押さえていないといけないので掃除などできやしないだろう。まさか裸で掃除をするつもりなのかと千夏はぎょっとする。
「ちょっと待って、着替えないと掃除は無理しょう。タマ、エドから服を一式借りてきてもらえる?」
千夏はルナを止めると、タマにお使いをお願いする。
「はいでしゅ。コムギ、ちーちゃんをお願いするでしゅ」
「クー!」
コムギはぶんぶんと尻尾を振り答える。タマはそれを見届けると駆け足で部屋を飛び出して行く。
「マスター、私一人で掃除するわけではありませんので問題ありません。我が子達を召喚します」
千夏に止められたルナは初めてにっこりと微笑んだ。その笑顔に千夏達が見惚れている間にルナは召喚を始める。
「出ておいで、わが娘たちよ!」
ルナの体から青白い光が立ち上り、その光が部屋の中心に集まり魔法陣を形成する。
ぽてっ。ぽてっ。ぽてっ。
小さな音を立てて魔法陣の中から小さな影達が飛び出してくる。
コムギは警戒するように体を低くし、いつでも飛びかかる体勢を取る。
「「「「「お父様ぁー!」」」」」
飛び出してきた小さな影達は毛布姿のルナに群がって行く。
「……うさぎ?」
千夏は90センチ程の小さな影を見て呟く。ルナに群がっているのはウサギの耳を持った可愛らしい少女たちだった。少女というより幼女だろう。おしりはふわふわの尻尾がついている。
十数人のウサギ幼女をルナは膝をおり、体を低くしてにまにまと笑いながら抱きしめている。その顔は笑み崩れて、かなりだらしがない。
「もっとなでなでしてー!」
「えへへ」
「きゃふんっ」
ウサギ幼女達も嬉しそうにルナに群がる。
「――――前言撤回。無表情のほうがよかった。かなり残念になってる」
憮然と千夏はルナを見下ろす。
先程までの高貴さを感じる雰囲気は見事に崩れ、単なる親馬鹿状態だ。
まぁ、千夏から見てもウサギ幼女たちは大変愛らしい。ぷっくらと膨らんだ頬にくりくりとした赤い瞳が庇護欲を掻きたてる。
「ほう、プチラビットか。幻獣を見るのは初めてだ」
キューイはルナに群がるウサギ幼女を目を細めて観察する。
「幻獣? 魔物とは違うの?」
聞きなれない言葉に千夏は首を傾げる。
「幻獣はこの世界の生き物ではない。幻獣界に住む者たちのことを言う。召喚魔法を使い、幻獣界から幻獣を呼び出すことが出来る。魔物と幻獣がどう違うのかというと、幻獣は年を取らないというところだろうか。300年前の戦いのときには召喚魔法を使えるものがいたが、かなり希少な存在だった。召喚魔法は成功率が低い。召喚を成功させるにはかなりの根気それと強力な運が必要だ。うまく幻獣を一度呼び出し契約ができれば、その後は問題なく召喚できるようになる」
召喚魔法と聞いて少し興味を持った千夏だが、続くキューイの根気という言葉にすぐに興味がそがれた。
「自動人形がその召喚魔法を使えるってのが不思議ね。彼はどのくらいの魔道スペックを持っているのかしら」
茜はルナに向かって伸ばそうとする手を自分の手を戒める。分解して調べたいという欲求が強いが、うまく組み立てられる自信がない。
「それで、掃除はどうなっているの?」
でれっとした顔で十数匹(?)のプチラビットの頭や頬をなでくりまわしているルナに千夏は質問する。はっと我に返ったルナは再び無表情になり、「申し訳ございません」と頭を下げる。
プチラビット達は千夏の顔とルナを交互にキョロキョロと見比べる。ルナの自慢の賢い幻獣達は状況を飲み込んだようだ。
「お父様、お掃除ね!」
「久しぶりだから頑張るよぉ!」
プチラビット達は名残おしそうにルナから離れると部屋を飛び出して行く。
「娘たちは優秀です。一時間もあれば城の清掃は終わります」
娘たちがいなくなった後のルナは完全に無表情が復活したようで、淡々と千夏に報告する。
一時間でこの広い城を全て清掃できるのならかなり優秀だ。村人達のお掃除の手伝いも必要なくなる。
「それと、召喚魔法を使いましたので少々魔力補給をお願いしてもよいでしょうか?」
「ん?あっちの部屋の水晶に手を置けばいいの?」
「いえ、もう私は起動済みなので直接こちらの体に補給が必要です。お手をお借りできますか?」
(手のひらから魔力を吸い上げるのだろうか?)
千夏はルナが差し出した手の上に自分の手を置く。
「それではいただきます」
ルナは無表情でそういうと千夏の人差し指を口でぱくりと加え、ちゅーと吸い出す。
「はぁぁぁぁ??」
千夏は慌てて手を引っ込める。
「マスター、まだ補給が足りません」
キラキラとした綺麗な顔をルナは千夏に近づける。
「口から吸うの?!」
「はい。指がお嫌でしたら他のところから吸い出しますが、いかがいたします?」
そう聞かれても困る。この自動人形を作った古の魔女の悪趣味さに千夏はうんざりする。
これは人形。人じゃないの。千夏は自分に言い聞かせ、仕方なく指を差し出した。
評価とご感想ありがとうございます。
最後のほうを書いているときに「ルナ」と「ナル」が文字入れ替えただけじゃないかと気が付きました。うーむ。
キラキラネームで月と書いてナイトと読むらしいですね。さすがにそれは…と思いやめました。




