表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
181/247

旗獲り合戦 (4)

決着です。

「魔法陣始動!」

事前にエッセルバッハ陣地に仕込まれていた魔法陣が青白い光を放ち始動する。物見台周辺に巨大な岩が生成され、タマとコムギは足元から突き出てきた岩に押されころりと後ろに転び尻餅をつく。

物見台周辺を囲うように形成された分厚い岩石の壁は5メートルにもおよび、中の様子は窺えない。


やっと旗の近くまで辿り着いたのに物見台が完全に岩で蓋を閉められ、タマは焦っていた。分厚い岩を砕くには人の姿では時間がかかる。このままでは後続の那留達に旗を獲られてしまう。

「僕に任せろ」

少し涙目になったタマの肩を叩き、レオンは目の前の岩壁を見上げる。


水と地竜の混血竜であるレオンは、岩盤に手を当てると魔法を使って土の固定化を解除し始める。レオンが手に触れている箇所から岩ががさらさらの土に変わり、人ひとり通れるスペースが出来上がる。あえて全ての岩を解除しなかったのは、那留達の攻略の手間を残したかったからだ。


「なっ!」

ネバーランドの砦が落ちるまで持ちこたえられるだろうと安堵していたギリアスの顔に驚愕が走る。最後の防御壁の隙間からひょっこりと幼児が顔を出しこちらを見上げたのだ。タマに続いてレオンとコムギが中へと躍り出る。


レオンは中に入り込むとすぐさまタマを抱き上げ、物見台に向かって放り投げる。少し勢いがあり過ぎたのかタマは物見台にいた軍師をストッパー代わりに蹴りあげ、くるりとまわって物見台に着地する。軍師は物見台から弾き飛ばされ、そのまま落下していく。落ちてきた軍師をレオンはうまくキャッチし、地面に横たえる。あのまま落下したら死亡する可能性があったからだ。


「タマが貰うでしゅ!」

急いで旗を掴むとタマはそのまま物見台の上から飛び降りる。一瞬の出来事にギリアスは茫然として動くことが出来なかった。

タマ達が再び穴をくぐって通り抜けると、タロスとフィーアが笑顔で出迎える。

「よくやったな」

父親に褒められタマは嬉しそうに笑顔を向ける。



「「「「「おおおおおおおおおおおおおっ」」」」」

旗を持つタマが上空の大画面に映し出されると観客は一斉に驚きの声を上げる。岩盤で覆われていたため中の戦闘は見えなかったが、ついにエッセルバッハの旗もネバーランドに奪われたのだ。


ネバーランドの女王に息子がいるということは昨日のパーティから流れ出た噂話で彼らは知っていた。おそらく息子に栄誉を与えたいと女王が考え、護衛をつけたのだろう。攻め入るときも他の者がガードし、敵を近づけないようにしていた。貴族社会ではよくあることだ。

逆にお荷物な幼児を守るだけの余力があるということを見せつけられた気がしてならない。


「「「タマ!!!」」」

ネバーランドの子供達はぴょんぴょんと飛び跳ね喝采を送る。ネバーランドの観客席はお祭り状態だった。村長は力の限りフライパンを叩き、村人達は手を取り合って小躍りする。

ネバーランドの住民は素直にタマが旗を奪ったということを理解していた。なにせ彼は勇者の竜なのだ。





「急いで戻るぞ!」

アルフォンスは旗を奪還しようとタマを襲い掛かってきた兵の剣を弾き飛ばし叫ぶ。

上空の映像ではエッセルバッハ軍がまもなくネバーランドの砦に辿り着く様が写されていた。

セレナも必死に退路を確保するため剣を振るう。どう考えても最初の突撃には間に合わない。千夏が魔法を使って耐えている間に少しでも早く戻る必要がある。

「邪魔なの!」

セレナは剛腕の腕輪を付けた手で迫りくる兵を突き飛ばす。






「なんだあれは!」

ネバーランドの砦前方の空中に浮かんだ敵将を指差し、エッセルバッハの攻略部隊隊長が声を上げる。

敵将は地上一メートルほどの位置に座った姿勢でこちらを見ている。

「浮遊魔法か?」

隊長がすぐそばにいる魔法部隊副長に問い合わせる。


「風魔法の上位魔法で浮遊魔法というものがあると聞いたことがあります。私も見るのは初めてです。さすが勇者ですね」

魔法部隊副長は初めて見る魔法に少し興奮していた。浮遊魔法とは素晴らしい。敵の立場でなければ教えを乞いたいくらいだ。


「上位魔法というならルール違反ではないのか?」

隊長が近くで自分たちを観察している赤いローブの魔術師に向かって問いただす。

魔法のルール判定に担ぎ出されていたカトレアが拡声魔法を使う。

「あれは魔法ではありません」

カトレア程の魔力探知能力を持つ者はこの国にはいない。


カトレアの声にエッセルバッハ突入部隊は声なく、千夏を見上げる。

「魔法でなければなんだというのだ!」

我に返った隊長が空中に浮かぶ千夏を指さす。

ネバーランドの領主は特級魔法をも使いこなす魔法使いだ。このまま上空から魔法攻撃を受けたらひとたまりもない。


「魔法防御の展開を急げ!」

隊長が声を荒げる。すぐに魔法部隊が数人で魔法防御結界を張る。それと同時に千夏が動き出した。座ったままの姿勢でこちらに突っ込んでくる。

「撃ち落とせ!」

隊長の指示に従い、魔法隊と弓隊が攻撃を仕掛ける。だが魔法結界と物理結界が張り巡らされているのか、千夏に届く前に何かに弾き飛ばされる。


ガガガガガッ。

兵達は見えない何かに押し出され次々と横転していく。倒れた兵が束になって更に後衛に向かって押し子込まれる。見事にドミノ倒しとなり、兵達がもつれて倒れていく。

更に倒れた兵達が見えない何かに持ち上げられ、後方の兵の上に土砂のように落とされる。重い鎧を着た兵達が落下してくるという災害に慌てて後衛の魔法部隊は逃げまどう。


「スピードはこのくらいか」

千夏はギアをバックに入れて少し後ろに下げる。

千夏が作り上げたのはレオンの居たダンジョンで使ったブルドーザーマークⅡだ。今回は土砂じゃなく人を押すために前方にクッションを入れ、車体を大きく作り上げたものだ。


気が見えない兵士達には千夏が何をしているのかが全くわからないだろう。難を逃れた治療師達が必死に兵士達に回復魔法をかける。

千夏はハンドルをきると今度は後衛部隊に向けてアクセルをふかす。


「逃げろ!」

千夏が近づいてくることに気が付いた者が声を上げ、散り散りに兵達が逃げていく。千夏の攻撃から魔力は一切感じない。それがさらに魔法部隊の恐怖心を煽った。人は未知の恐怖に弱いのだ。


千夏は深追いをしないで、砦の横まで戻ることにする。すでに敵は混乱しており、軍として成り立っていなかった。

「凄いね。ぶるどおざぁってのは」

リルは気を見ることが出来ないので、どのような形をしているのかさっぱりわからない。とりあえず、千夏を中心に新たに魔法防御と物理防御をかけなおす。


エドも守っていた砦の裏の入口から正面に姿を現す。上空の映像で千夏の戦いを見学していたらしい。

「あなたが敵でなくてよかったとつくづく思い知らされました」

非常識な千夏の気功術にエドは少し苦笑する。


散り散りに逃げ出したエッセルバッハの兵達がハマール軍に合流したようだ。その後方からは2本の国旗を携えたネバーランドの攻略部隊の姿が見える。彼らが戻ってくれば、この余興も終了だ。


千夏は後方のフルール村の村人達を振り返る。村人達は千夏の視線に気が付くと村人全員が手を振って応える。どうやら楽しんでくれたようだ。千夏も村人達に向かって手を振り返す。

興奮した村長がカンカンと叩くフライパンの音がよく聞こえる。


「殿下、ネバーランドの砦に仕掛けた魔法陣を起動しますか?」

気絶から復帰した軍師が上空の画面を見上げているギリアスに尋ねる。

「いや、今更あれを動かしたとしても砦に近づけなければ意味がない。悔しいが完敗だ」

悔しいと言ったがギリアスの心は放心状態に近い。自分たちに有利な展開のはずが、蓋を開けてみれば圧倒的な力に押しつぶされた。


「これが勇者の力か……恐ろしいものだな」

彼らはまだ全力を出し切っていない。ルールに縛られた状態であの強さなのだ。全力で戦う勇者を想像しようとしてもギリアスには漠然と凄いものだろうと感じるだけで、想像がつかない。

彼らの力さえあれば、エッセルバッハ一国を奪うことは簡単なのだろう。だが彼らは魔族が出てこなければ、田舎でのんびりと生活を送っている。


こちらから手を出さなければ彼らは何もしてこないと叔母は言っていた。その言葉をギリアスはまだ信じることが出来ない。かといって無闇に藪をつついて大蛇に襲われる必要はない。ギリアスと同様に勇者不要論を言い放っていた貴族たちもこの結果を受けて考えを変えざるを得ないだろう。



2本の旗がネバーランドの砦に高々と掲げ揚げられる。それと同時に試合終了を伝える宰相の言葉が会場全体に流れ、観衆から歓声の声が上がる。

ネバーランド軍として戦った竜達そして千夏達はネバーランド応援団に向かって、全員でガッツポーズを決める。村人達は嬉しそうに拍手を送る。


「2本獲れると思ったんだけどなぁ」

少し残念そうに那留がぼやく。

「タマが獲ったでしゅ!」

タマは自慢そうに胸を張る。攻撃させなければ、きっとしょんぼりしていただろうタマを思い浮かべて千夏は自分が間違っていなかったとほっと息をつく。運動会はみんなが楽しめなければ駄目なのだ。


「賞金が出たことだし、お土産買って帰ろう」

アルフォンスは得意気なタマを見て笑う。

「そうだね。帰るまでが遠足だものね。楽しまなきゃ、損だね」

「違うぞ。帰ってからも酒盛りだぞ!今日が終わるまで騒ぐぞ!」

千夏の言葉に那留が真面目に言い返す。祝い酒を楽しみにしている竜達も楽しそうに笑う。


千夏達は砦を降り、村人達と合流する。

「領主どん、こんなに楽しかったのは初めてだべ。ありがとう」

村長が千夏に笑顔で話しかける。

「村長ははしゃぎ過ぎですよ。最後にはおたまが折れて曲がってたじゃないですか」

ニルソンが村長の持つ曲がったおたまを指さして笑う。

「まだまだ叩けるべ」

カンと曲がったおたまで村長はフライパンを叩く。それが可笑しかったのか村人全員が笑い出した。


評価とご感想ありがとうございます。


後半はさっくりと終わらせちゃいました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ