旗獲り合戦 (3)
「どうやら一回立て直すようですね」
次々と砦に戻っていく連合軍の動きにエドが気が付く。那留達が居座る場所とタロスとフィーアに倒されて回収できていない連合軍の兵は全部で150名程。一回目の激突で連合軍はおよそ25%の兵を失った。
「さて、こちらはどうします?」
エドが千夏に尋ねる。その間にも那留達が戦いを求め、嬉々としてハマール軍へと突っ込んで姿が見える。ハマール軍のほうは命令が徹底されていないようで、砦に戻る者、戦場に残る者が半々だった。
「旗が相手の陣地に持ち込れるまで負けじゃないんだよね?」
千夏は砦の下を覗き込む。暇そうに欠伸をするアルフォンス。そしてじっと出陣を待ちわびて、じらされ続け少し涙目になっているタマと視線が合い、千夏は少し考える。
「そういうルールですね」
「なら攻め込もうか。見ている人達もそのほうが楽しいでしょう?」
ずっと消耗戦を見ているよりそのほうが村人達が楽しめるだろう。千夏はそう決断すると遠話のイヤリングを使い、アルフォンス達に声をかける。
「砦には私が残るからみんなはタロスさん達と合流して、エッセルバッハの旗を獲って来てね」
『お、やっと出番か!』
アルフォンスの嬉々とした返事が返ってくる。ずっとお預けされていたタマとコムギは千夏の言葉を聞くなり怒涛の勢いで走り出している。慌てて2匹の後をレオンが追いかけ、遅れてアルフォンスとセレナが駆けていく。
砦に残ったの結局千夏とエドそれにリルだけだった。
フィーアは後ろから駆け寄ってくる息子に気が付き、笑顔を向ける。タマの目は爛々と輝き、フィーアに向かって走りながら手を振る。フィーアもタマとコムギに並ぶように走り始める。
「あそこの旗を獲りにいくでしゅ!タマが一番に獲るでしゅよ!」
「そう。なら、お母さんがタマが進む道を作りましょう」
フィーアはタマを守るように先頭に立って走り始める。タロスもフィーア達の動きに気が付き、凄まじい勢いで追ってくる。
(走れ、走れ、走れぇ!)
楽しそうにシルフィンが少し遅れているアルフォンスとセレナに激を飛ばす。
(お前らの教え子が見とるんや。負けたら笑われるぞ!)
シルフィンが言ったとおりに、ハマールで訓練した兵達はギリアスと竜騎士団長が毛嫌いしたのか、今回の余興には参加していない。彼らが参加していればまた違った展開があったのかもしれない。勿体ないことをするものだとアルフォンスは笑う。
一方、ハマールの砦を攻めている那留達は雨のように降り注ぐフローズンバレットの洗礼を受けていた。ハマール軍は味方の兵が撤収しきれていないため、戻ってきた味方の兵達にも魔法が襲い掛かる。
「味方に当ててどうするんだよっ」
那留は腕を頭にかざし、そのままハマール陣へと突進する。水竜が魔法を使い、次々と降りそそぐ氷を気化させていく。
少数の那留達にとっては初戦の守るための戦いより、攻略するほうが楽だった。次々と立ち向かってくる兵達を殴り倒していく。
「魔法隊は何をやっているのだ!」
どす黒い顔で竜騎士団長が魔法部隊に向かって怒鳴りつける。
「魔法は発動しています。でも全て打ち消されているようです」
魔法隊隊長が悲鳴を上げる。
「水魔法がダメなら他のものを使えっ!エッセルバッハの援軍はどうなっているのだ!」
「半数ほど今こちらに向かってきています」
軍師が遠目のスキルを使って答える。だが、援軍が来るまで持ちこたえられるのだろうか。そう思っても彼は立場上それを口にすることはできない。
エッセルバッハの軍師にもそれが判ったのか、増援部隊の進路をハマール陣からネバーランド陣へと振り替える。ネバーランドの砦に残るのはわずか3名。この隙を逃すわけにはいかない。
各陣営の慌ただしい動きに多くの観客達は固唾をのんでそれを見守っている。3つの砦に攻略部隊が向かい、いつどの砦が陥落するか判らない。ハラハラドキドキしながら、複数の画面にキョロキョロと視線を動かす。
「すごいべぇ」
「那留どん、すごいべ」
フルール村の一団は興奮して全員立ち上がって頭上の映像を魅入っている。リサとモニカも村人達にお茶を配る手を止め、スクリーンにくぎ付けになる。ライゼは二人の動きが止まったことにを気が付いたが何も言わなかった。彼女たちはあくまでお茶を配る手伝いを自主的にしてくれているのだから。
「お茶をどうぞ」
ライゼはすっとニルソンにお茶を差し出す。
「ああ、ありがたい。叫びっぱなしで喉が渇いていたところです」
ニルソンはお茶を受けると一気にそれを飲み干す。
「私はハマール人ですが、今日はネバーランドに勝ってもらいたいです」
ニルソンの素直な言葉に同じくハマール人のライゼが微笑む。
「ご領主様は村人達の期待にきっと応えてくださりますわ」
「進軍してくる敵は魔法部隊との混合部隊ですね」
少し足早に移動してくるエッセルバッハのネバーランド攻略部隊の構成をエドは確認する。砦と砦の間はかなり距離がある。彼らがここまで辿り着くには10分ほどかかるだろう。
「リルは魔法防御と物理防御をしたら物見台で待機して。エドは砦の入口の守備を。後衛は私がなんとかするわ」
「うん。分かった」
リルは素早く結界を展開させる。
エドは後ろから続いて物見台の横にある梯子から降りてきた千夏を不思議そうに見つめる。魔法を使うのなら物見台の上からで十分だ。下に降りると危険が伴う。
「今回は気功を使おうと思ってね」
千夏は悪戯っぽく微笑んだ。
竜達の怒涛の攻撃に押され、ついにハマールの砦の防御壁に大穴が開けられる。目指すはワイバーンと剣と盾をモチーフにしたハマール国旗だ。ちまちまと梯子に上るのが面倒になったのか、竜達は物見台に向かって一斉に体当たりをかます。
「うわわわぁ!」
ぐらりと物見台が揺れ、竜騎士団長と軍師を乗せた物見台が後ろへと倒れていく。那留はすぐに倒れた物見台の上を飛び跳ね、落ちている国旗をひょいと掴み上げる。
「貰ったぜ!」
国旗を掴んだ那留を中心に守るように竜達は並び、再びハマール陣を抜けていく。
「取り返せ!自陣に持ち帰らせるな!」
倒れた姿勢のまま竜騎士団長が叫ぶ。
「「「「おおおおおおおお!」」」」」
観客席から大歓声が上がる。ついに一つの砦が陥落したのだ。
「お父様。負けてしまいました」
ジークが少しだけ残念そうに隣に座っているクロームを見上げる。
「あれは仕方ない。竜騎士団は竜に乗ってこそ強いんだ。それにまだ勝負はついていないぞ」
クロームはジークの頭を撫でながら苦笑する。
クロームはセラから彼らが竜であることを聞いていた。単なる田舎の村であったはずのフルール村が知らない間に人外魔境と化してしまったらしい。どんな手を使ったのか実に気になるところだ。
ハマールの国旗を掴んだ竜達は自陣へと戻るのかと思いきや、そのままエッセルバッハの砦を目指して進んでいく。
「ジーク、タマちゃんたちがエッセルバッハの陣に辿り着きますよ」
リリーナがエッセルバッハの砦を写している上空の映像を指さす。ジークは急いでその画面を見上げる。
タマ達の活躍は見逃せない。
フィーアとタマと合流したタロスは先頭を走りながら、物理と魔法結界を後方で走る妻と子供達に展開する。一番に突撃し、家族を守るのは父親である自分だ。ここだけは譲れない。
魔法と弓の雨がタロスを直撃するが、光竜が作り出した防御壁は勇者や魔族でなければ簡単に壊すことなどできやしない。タロスは襲い掛かる剣をもった兵達を次々に殴り飛ばして道を作っていく。フィーアもそれに続く。
何故に幼児がこんなところに!
横から飛び出した兵がタマに向かって剣を振り下ろすか一瞬躊躇する。
「がっ!」
タマが反撃するよりも早く追いついたレオンがその兵士を殴り飛ばす。弟に指一本触れさせるわけにはいかない。そうは言っても数が多い。タマやコムギもやっと戦闘することができ、楽しそうに兵に向かって小さな拳を振るう。
「幼児だと侮るな!勇者パーティの一員だぞ!」
物見台からギリアスの鋭い指示が飛ぶ。その声に押され、兵士達は一斉にタマに向かって挑みかかる。
「うちの子に何するのよ!」
「子供に手を出すとは!」
「弟に手を出すな!」
すぐにタロスとフィーア、そしてレオンがタマに襲い掛かった兵達をぶちのめす。
タマとコムギは3匹に護られ、ついに防御壁の1枚目に辿り着く。
「んしょ!」
タマは掛け声をかけ、力いっぱいに厚い防御柵を拳で打ち抜く。開いた穴にすぐにコムギが飛び込み、目の前にいた魔法部隊に躍りかかる。
「防御壁が破られました!ハマール軍もネバーランドの砦に向かったようです。援軍を呼び戻しますか?」
軍師の言葉にギリアスは首を振る。
「ネバーランドの攻略を続行しろ!魔法部隊は魔法を打ち続けろ!結界などぶち破れ!治療部隊は軽傷のものから戦線復帰させろ!」
「殿下、3時方向からネバーランドの増援が凄い勢いで向かってきます!」
ギリアスは舌を打つと、魔法部隊に迎撃させるように指示を出す。
魔法部隊の動きの変化にアルフォンスはその先にいる那留達を見つける。
「タマ!急がないとまた那留達に獲られるぞ!」
「嫌でしゅ!」
タマはくるくる回りながら、進路に立ちふさがる兵を倒しながら叫ぶ。
「父に任せろ!」
タロスが2枚目の防御壁を蹴り破る。タマは急いで防御壁に出来た穴を潜り抜ける。物見台の上に目指す薔薇と星が描かれたエッセルバッハの国旗がはためいている。
「来たか……」
ギリアスはぎりりと歯を噛みしめ、目の前に現れたタマ達を物見台から見下ろした。
評価とご感想ありがとうございます。
いつのまにやらタマ達VS那留達になってしまいました。
さて千夏達は3人で旗をどう守り抜くのか。
書き始めてみないとわからないのですが、次回で終わればいいなぁ。




