旗獲り合戦 (2)
セラが配ってくれたお昼ご飯をしっかり食べ終え、いよいよ旗獲り合戦の開始になる。会場中央にはいくつもの大画面が展開される。各砦の様子や、今中央に集まっている各国の大将の表情までしっかりと会場に伝えられる。
映像魔法担当の魔法使いは紅いローブをまとっている。彼らを攻撃した時点で失格となるので、乱戦時には十分な注意を払うようにと、司会役を務めるエッセルバッハの宰相が中央に集まった三カ国の代表に伝える。
エッセルバッハの参加者は全員白い鎧をまとい、ハマール部隊は緑の鎧だ。ネバーランドは鎧を装備しておらず、ばらばらな服を着ているため、赤い服だけは他の色に変えるようにと通達される。
宰相の声は会場全体に拡声魔法によって伝わっていたので、赤い服をまとっていた火竜は目立たないように一度会場から出て、服の色を変えて来た。
「それでは三カ国合同の旗獲り合戦の開催します」
彼の服装が変わったことを確認した宰相が高らかに宣言すると、会場を取り囲んだ観客達が一斉に歓声を上げる。フルール村の一行もガイド用に使った赤い旗を大きく振り、村長は持ち込んでいたフライパンを楽しそうにおたまで叩いている。
「まずルールの説明をします。各国の拠点となる砦にある旗を奪い、自陣へ持ち込んだ時点で旗を取られた国は負けとなります。旗を奪っただけでは勝利条件にはならないので注意してください。またあくまでもこの旗獲り合戦は訓練の一環として行うので、使用する武器は刃を潰したものに限ります。殺傷能力が高い上級魔法も禁止です。故意に相手を殺害するなどの暴挙も失格となります」
淡々と宰相が旗獲り合戦のルールについて説明し終えると、ギリアスはちらりとネバーランドの陣を一瞥し、宰相に向かって確認する。
「ネバーランドの参加者の装甲が薄いように見える。あれは過剰攻撃の反則負けを意図しているのではないか?」
ギリアスの問いかけに一瞬千夏はきょとんとする。何が言っているのかが判らなかったからだ。
ギリアスの問いかけに司会である宰相が答える。
「ネバーランドの主力は拳闘士と聞いています。普通に攻め込んでも問題はありません」
「であれば問題はない」
数が少ない不利をルールの裏をかき、犠牲をわざと出して反則負けを狙ったのかとギリアスは疑ったのだ。
「最後に。今回の合戦では回復剤の使用は禁止とします。回復剤を使えるとなかなか勝負が決まらないからです。誰か一人でも回復剤を使用したことが判ればその国は負けとしますので、注意してください」
宰相の言葉に、千夏はなるほどと納得する。倒しても回復剤で回復されてしまえばエンドレスになってしまう。あくまでこれは余興なのだ。観客もエンドレスゲームを見たい訳ではないだろう。
「勇者の国、ネバーランドのお手並みをとくと拝見させていただきましょう」
ハマール竜騎士団長は不敵に笑い、手を差し出す。ギリアスが手を重ね千夏をちらりと見る。全員で手を合わせるのがしきたりらしい。最後に千夏が手を乗せると宰相が手を乗せぐいっと下に向けて押し出す。
「各国の訓練の成果を期待します」
宰相の言葉を受け、ギリアスと竜騎士団長がそれぞれ自軍の砦へと戻っていく。顔合わせは終わったらしい。千夏も頼もしき仲間が待つ砦へと戻ることにした。
小さな砦の概要は3メートル程の高さの物見台をぐるりと2重の防御壁が取り囲んでいる。その高さはおよそ2メートル。千夏は砦の後方に取り付けられた扉から中に入り、梯子を上って物見台へと上がる。
物見台には白い大きな旗が設置されている。
中央にいた宰相が下がり、代わりに紅いローブを着た魔術師が進み出て来る。各国の大将が物見台に上ったことを確認し、彼は試合開始のファイヤーボルトを数発空に向かって打ち込んだ。
「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」」
試合開始の合図に観客達は歓声を上げ、白と緑の鎧を纏った一団が一斉にネバーランド陣営に向かって雄叫びを上げて突進する。それぞれの砦から出撃した数はおよそ200名。残りの100名の大半は魔法部隊であり、砦を守るために待機している。
「行くぜ!片っ端から蹴散らせ!」
対するネバーランドは守りを固めるのではなく、那留達の突撃部隊が楽しそうに向かってくる兵の一団に向かって突進を開始する。
砦に残っているのはいつものパーティメンバーとタロスとフィーアだけだった。
鎧が重いのかそれとも軽快に飛ばす那留達の脚が早いのか、中央よりエッセルバッハ、ハマール軍側の領地で那留達少数精鋭部隊と連合軍が激突する。
那留達は全くスピードを殺さず体当たりしたようで、連合軍の先頭が後ろにそのまま飛ばされ密着していた後方の兵達もドミノ倒しのように後ろに倒れていく。
竜達は倒れた兵をそのまま踏んで、近くにいる立っている兵達を片っ端から楽しそうに殴り飛ばしていく。殴られた兵の鎧には穴が開き、そのまま後方へと吹き飛ばされ、更に連合軍の進軍速度が落とされていく。
「おらおら、かかってこいや!」
那留の挑発に殺気を帯びた兵士達が剣を抜き、一斉に飛びかかってくる。那留はすっと体をかがめ素早く右足を軸に足払いをかける。普通であれば素足の那留のほうがダメージを受けるはずだが、足まですっかり防御を固めた兵達が那留の鋭い低空回し蹴りに骨を砕かれ、立っていることができずに倒れていく。
「うぅぅ……」
転がされた兵士達は低いうめき声を上げ、激痛に顔を顰め足を押さえのたうち回る。
那留は立ち上がると少し離れた場所で剣を握りしめた集団に向かって、くぃくぃと人差し指を動かし挑発を続ける。
上空に映し出される那留達の活躍をフルール村の村人達は食い入るように画面を見上げている。
「そこだぁ、いけ!」
「おおおおおおおぅ」
連合軍の兵士達が吹っ飛ぶ度に歓声があがり、子供達がはしゃいで飛び上がる。
「楽しそうだねぇ」
千夏は一瞬で数人をバタバタと倒しまくる竜達の活躍をお茶を飲みながら眺めている。物見台のスペースに小さなテーブルとイスが置かれ、テーブルの上には茶菓子まで出ている。
連合軍はまずは那留達を潰そうと躍起になっているようだ。
「数の利点が生かされていませんね。突入部隊を潰しても意味がないでしょう。旗獲り合戦なのですから。遊兵も出来ているようですね」
エドが呆れたように上空に浮かんだ映像を見上げる。
「何をやっている!足止めなど相手をせずに手薄な本陣を狙え!」
激高した竜騎士団長の声が拡声魔法に乗って会場に響き渡る。
大将の指示に従い、那留達と対峙していない兵達は左右からネバーランドの砦に向かい走り始める。
そうはさせまいと那留達竜は、近くにいた兵士を手当たり次第に掴み横に抜け出す兵士達に向かって投げ飛ばしていく。鎧の重量と合わせて総量100キロに近い兵が砲弾のように次々と空を飛ぶ。鉄の鎧で覆われた兵が物凄いスピードで飛んでくるのだ。凶器以外何ものでもない。これに当たった兵士達は脳震盪を起こしそのままひっくり返る。
それでもなんとか那留達の猛攻から逃げ出した兵達が大きく迂回して、戦場から離脱しネバーランドの本陣へと向かう。
「おや、お客さんだ。ちょっと行ってくるよ。フィーアは右を」
タロスは傍にいた息子の頭を撫でた後、フィーアを振り返る。
「右ね。タマ、私たちの活躍を見ててね」
フィーアは楽しそうに笑うとタロスに指示された右側に向かって凄まじいスピードで走り出す。
タロスとフィーアが駆け抜けた後にはもうもうと砂煙が舞い上がる。
息子にいいところを見せたいと二人は俄然やる気になっていた。
タロスとフィーアは大きく迂回した連合軍の一部と試合会場の中央辺りで激突する。
二人はくるくると舞うように兵達を一撃で仕留めていく。
「女一人にいつまで手こずるのだ!」
フィーア側を攻めていた一団の兵長が不甲斐ない部下を叱咤する。
「あら、女性には優しくするものよっ」
フィーアは背後から襲ってきた兵士を回し蹴りで片づけ、そのまま近くにいた兵を蹴りで弾き飛ばす。
それでも数は力だ。なんとかタロスとフィーアを突破して先に進む兵士達が出て来る。
「やっと出番か?」
座り込んでいたアルフォンスは立ち上がる。だがフィーアとタロスは地面に手を付け、思いっきり後方に飛ぶと横に抜け出した兵達の前に立ち塞がり、手刀や回し蹴りを決める。
開始からおよそ15分が経過した。タロスとフィーアをなんとか突破した数十名の兵士達はアルフォンスとセレナそして3兄弟に軽く撫でられリタイアする。試合会場中央で倒れている兵士達の一部は後方で控えていた連合軍の治療師がなんとか治療を行い、戦線復帰する。
「一度兵を戻し再度進行を行ってはいかがでしょうか? 敵は少数です。そのうちスタミナが切れて使い物にならないでしょう」
茫然と戦場を見つめていたギリアスに、軍師が恐る恐る声をかける。
「……判った」
ギリアスが短く答えると、早速兵達をまとめるために軍師は物見台から去っていく。一人残されたギリアスは、物見台の柵を握りしめる。上空にはのんびり茶菓子を頬張る千夏の姿が浮かび上がっている。
「くそっ!相手は魔法すら使っていないのに何故だ!ネバーランドの民は化け物か!」
悪態を一通りつくと、ギリアスは放心したように椅子に座り込む。父や叔母の言っていることは間違っていなかったのか。間違えているのは自分なのか……。
勇者たちが全力で戦わないと勝てないといわれている魔族が空恐ろしいものに感じ、ギリアスはぶるりと体を震わせる。
「まだだ。弱気になってどうする。戦いは始まったばかりだ。勇者の真価を俺に見せてみろ!」
ギリアスはぎりりと歯を食いしばり、呑気そうな千夏を食い入るように見上げた。
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まだ前哨戦です。どの砦もまだ手つかず。
那留は楽しそうなのですが、アルフォンス達は暇そうです。
旗を持って帰ってくるのは誰だっ!




