同盟パーティ 後編
ほぼ説明回です。
千夏がクローム達と少し世間話をしている間に、最後のエッセルバッハ国王一家が登場した。以前出席したパーティで国王の挨拶もろくに聞いていなかったので、千夏は初めて近くからエッセルバッハの国王の顔を確認する。
まだ若い国王の顔にセラの面影を見つけると共に、ぼんやりとパーティを抜け出した先の東屋で少しだけ話した男性の顔を思い出す。王は千夏の視線に気が付き、にっこりと微笑むと一歩前に踏み出し挨拶を始める。
「隣国ハマールとの同盟も更に深く結ぶことが出来き、更に私たちにはネバーランドという新しい良き隣人と手を取り合うことが出来た。ハマール、ネバーランドそして我がエッセルバッハの三カ国で魔族からの苦難を乗り越えて平和な世界を勝ち取って行こうではないか」
王が静まったパーティ会場を見回しゆっくりと声をかける。王の言葉に会場から盛大な拍手が送られる。
千夏からの挨拶はなし、できれば全体的に長い演説をカットしてもらえるように事前にセラとクロームに頼み込んでいる。学生のときも社会人になってからも、長い挨拶というのは千夏にとってはありがたいというよりも、苦痛そのものだった。
そのおかげか国王の挨拶は2分程で終わり、国王がグラスを高々にあげ「三カ国同盟の前途を祝して乾杯!」という乾杯の挨拶が終わり、三カ国の王族たちはパーティ会場の広間の奥にある階段を上った場所に設置されている上座に向かった。中央の席にエッセルバッハ国王一家、左にクローム達そして右側に千夏とタマ達が座る。
上座からは下に広がるパーティ会場がよく見える。千夏は壁際にぴったりと張り付いたセレナとリルの姿を見つける。その二人に向かってヴァ-ゼ侯爵とフェルナーが近づいていく。
(あっちのほうがよかった……)
千夏は給仕たちが目の前に豪華な食事を並べていくのを見届けた後、食事を手に取りタマ達に食べやすそうなものを手渡す。
今日はさすがにエプロンはつけることができない。コムギはフォークで小さな肉をうまく差し、なんとか零さないでモグモグと口の中に入れることが出来た。タマは食事よりもシャロンと遊びたいのだろう、じっと下のフロアを眺めている。
「領主生活は慣れましたか?」
にこやかに王が話しかけてくる。
「まだ慣れません。何から手をつけていいのか……。皆で考えながら試行錯誤している最中です」
困ったように答える千夏に王は穏やかな表情で千夏を見つめる。
現在千夏が行っている施策はセラからすでに聞いている。軍備や領主としての権威の充実を後回しにし、村人達の食事事情の改善や生活環境の向上を千夏が重要事項として取り組んでいることについて、王は彼女らしいと感心していた。
「ネバーランドはあなたの国です。どういう国にするかの目標さえ決まれば、おのずと何をすべきかが見つかりますよ。あなたが造る国がとても私は楽しみです。焦らずあなたらしく取り組んで行ってください」
(私らしくか……)
少し黙り込んだ千夏に、王はこっそりと千夏の耳元で囁く。
「もう儀礼的なことは終わりましたから、下のフロアに降りても問題ありません。この前の東屋にセラが料理を用意しているそうです。いずれお話する機会がありましたら、私も混ぜてくださいね」
悪戯っぽく王は微笑むと、千夏の手をとり立ち上がらせる。つまりエスケープしていいと彼は言ってくれているようだ。
ありがたく千夏は王の手を借り立ち上がると、タマとコムギを連れて下のフロアに移動する。セレナ達がいるところにヴァーゼ侯爵とその息子フェルナーそしてジャクブルグ侯爵一家が揃っている。
「お久しぶりです、ヴァーゼ侯爵」
千夏は侯爵に向かって話しかける。侯爵は杖をつき体の向きを変えると千夏に向かって会釈をする。
「お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです」
「侯爵もお元気そうでよかった。フェルナーさんは相変わらずAランク冒険者を鍛えているの?」
千夏の言葉にフェルナーは苦笑する。
「なかなかSランク冒険者が捕まらなくて頓挫しているところです。セレナさんに鍛えてもらおうかと今交渉していたところなんですよ」
セレナと千夏はまだCランクのままだ。Aランクの冒険者を鍛えるなんて無理とぶんぶんとセレナが手を振る。
「それより、あなたに贈るはずだった報酬の件はいかがしますか?今更私からの援助など必要ではないとは思いますが、私としては是非受け取って欲しい」
ヴァーゼ侯爵はこほんと咳払いをして千夏を真摯に見つめる。一度口約束したものを払わないままでいることが生真面目な侯爵にとっては喉の奥に刺さったとげのように感じて仕方ない。
既に千夏はメイド付の屋敷があり、個人的には特に欲しいものはない。村で何か必要なものは……と少し考える。
「それでは何台かの荷車とそれを引く従魔を頂けますか?森から果物を採取して運び出そうと今計画中なんです。フルール村には従魔がいないので。貰いすぎですか?」
「それだけでよろしいのですか?」
千夏の願いに侯爵は目を瞬かせる。逆に千夏は侯爵の反応に戸惑う。従魔の値段は一匹で平均金貨10枚もかかる。結構高額なおねだりだと考えていたからだ。
千夏の表情をみて侯爵は口元を綻ばせる。しばらく見ない間にしっかりと領主の顔になっている。
「では従魔用の小屋と移動用に使える従魔も用意しましょう。それでよろしいかな?」
「あ、そうですね。小屋も必要ですね。お願いします」
「すぐに手配しましょう」
侯爵は快く千夏の願いを引き受ける。
「お話し中失礼します。私も勇者殿とお話させていただいてもよろしいですか?」
若い男の声が背後から聞こえてくる。振り返ると豪奢な衣服で身を包んだセレナと同じくらいの年頃の少年が立っていた。
どこかで見た気がするが、千夏は名前を思い出せない。振り返った千夏の耳元でフェルナーが「ギリアス殿下です」とこっそりと囁く。
「明日は私が企画した余興に参加していただけるそうですね。楽しみにしています。ネバーランドからは何名ほど参加されるのですか?」
ギリアスの口調はにこやかだが目が笑っていない。千夏でも気が付くほど挑発的な視線だった。
「――――今のところ23名です」
「さすが勇者殿だ。少数でもかなりの精鋭を抱えていらっしゃるのでしょう。明日は勇者殿の胸を借りるつもりで我が国の兵士どもの練習にさせていただきます」
ギリアスの皮肉に千夏はきょとんとする。彼の言っていることは皮肉ではなく事実を言い当てているからだ。
「明日のエッセルバッハの大将は殿下がお務めになるとか?」
ヴァーゼ侯爵が千夏を庇うように杖をつきながら一歩前に進み出る。
「やぁ、ヴァーゼ侯爵。久しぶりだね。そうだよ、私が務めさせてもらうことになっている。本当に楽しみだ。それでは明日お会いしましょう、勇者殿」
ギリアスはそれだけ言うとくるりと向きを変え、パーティ会場の中心へと戻っていく。
ヴァーゼ侯爵は深い溜息をつく。
「殿下はまだお若い。己が目で見ていないことは信じられないようだ」
「大丈夫ですよ、ヴァーゼ侯爵。明日はチナツ殿が面白いものを見せてくださいます。きっと殿下にも伝わるでしょう」
ジャクブルグ侯爵が楽し気にワイングラスをヴァーゼ侯爵に差し出す。
「おや、ジャクブルグ侯爵は何か明日の秘策でもご存じなのかな?」
憮然とヴァーゼ侯爵はワイングラスを受け取りながら尋ねる。
「それは明日のお楽しみのために内緒です」
ジャクブルグ侯爵が悪戯っぽくウィンクをする。
「チナツ、そろそろ抜け出すの」
パーティに飽きたセレナが皇太子の背中を目で追っていた千夏に声をかける。
「そうだね。もうそろそろいいよね」
千夏は頷くと庭に続いている扉を潜り抜け、こっそりとパーティ会場を抜け出す。今回はシャロンもタマとコムギに手を引かれ、一緒に庭にある東屋へと向かった。
「意外と抜け出して来るのが遅かったわね」
東屋で千夏達が来るのを待っていたセラが笑う。彼女は今日はメイド服を着ていた。お腹をすかしてやってくる千夏達のためにリサとモニカの3人でせっせとここまで食事を運び込んだのだ。
千夏はすぐにモニカにティアラを外してもらい、それをアイテムボックスへと収納する。履いていたハイヒールも脱ぎ捨て、ベンチの上に足を真っ直ぐに延ばす。せっかくの力作があっという間に崩されたリサは少しだけ残念そうだ。
「やっぱり、パーティは苦手。これで最後にしてほしいわ」
「可愛い服が着れるのうれしいけど、私もやっぱり苦手なの」
千夏の言葉にセレナも同意する。
「パーティだったらフルール村でのホームパーティとかのほうがいいよね。みんな参加できるし」
少しはしたない千夏の姿にどきまぎしながら、リルは視線を千夏から外す。
「パーティというより芋煮会とかのが私はいいなぁ。楽しいし、気楽だしね」
「芋煮会って何?」
千夏のぼやきにセラが尋ねる。
「えっと、お芋のほかに野菜も一緒に煮込むの。100人くらい食べれる大きな鍋で作ってみんなで食べるんだよ。冬にはそれが最高なんだよね」
「炊き出しみたいなものかしら?」
「まぁ、そんな感じかな。もうじき村でジャガイモが収穫できるから、芋掘りした後にふかしてみんなで食べるのもいいよね。ちょっと贅沢にじゃがバターとか」
「なんか芋ばかりね」
セラはぷっと吹きだして笑い出す。
「芋はおなかいっぱいになるし、美味しいんだから!」
千夏は目の前に並べられた料理を手にとり、熱く芋について語りだす。パーティでの鬱憤晴らしが、芋ネタになるのが千夏らしいとセレナは笑い出す。
千夏の話を真剣に聞いているのはタマくらいだ。「小麦」が大事な食べ物と千夏に教わったので、弟に「コムギ」と名付けた。きっと次に弟ができたら「ジャガイモ」と命名つけるのだろうか?それはまた別の話である。
ご感想と評価ありがとうございます。
難産すぎました。パーティネタは厳しいっ。(自業自得




