表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
176/247

同盟パーティ 前編

「タマ!」

「シャロン!」

ジャクブルグ侯爵家の王都別邸に到着すると、屋敷の入口で待ちわびていたシャロンがタマの姿を見つけると急いで駆け寄ってくる。タマもシャロンを見つけると門番を素通りして、シャロンに抱き付く。門番は驚いたものの、タマのことを覚えていたため事なきを得る。


「少し大きくなったでしゅ」

タマはシャロンを見上げて嬉しそうに笑う。シャロンもぷくぷくのタマのほっぺに手を伸ばし、なでなでしながらとびっきりの笑顔を見せる。

「クゥー」

自分も忘れるなとばかりにコムギがシャロンの脚にまとわりついた。

「コムギも少し大きくなったね」

シャロンはコムギを抱き上げ、ふかふかの毛皮に顔を摺り寄せる。


「お呼び立ててすみません」

外の騒ぎにきがついた侯爵が玄関から顔を出し、千夏へ深々と礼をとる。今の千夏の身分であれば当たり前のことだが、千夏は気まずそうに侯爵に向かって頭を下げた。マナーで習ったばかりだが、パーティのときだけと割り切っていた。旧知の侯爵から堅苦しい挨拶を受け少し困惑する。


「侯爵、もうその辺で勘弁してください」

千夏の困った声に侯爵は顔を上げ、にっこりと微笑む。

「それでは、互いにここではプライベートということに致しましょうか」

千夏の意を組んで、侯爵は楽しそうに再会を喜ぶ息子たちに視線を移す。身分を気にしていたら、シャロンはタマと気軽に抱き合えない。今やタマはネバーランド領主の息子なのだ。よそよそしいシャロンの態度にタマが泣き出すかもしれない。


いつまでも外にいるわけにはいかないので、侯爵に誘われ侯爵邸にお邪魔する。居間では息子と一緒に千夏達の到着を楽しみに待っていた侯爵夫人が席を立って挨拶する。

「お久しぶりでございます」

「こんにちは。お邪魔します。これ、つまらないものですが……」

千夏はあえて気軽な返事を返し、手土産のケーキを夫人に渡す。

「まぁ、わざわざありがとうございます」

夫人は千夏からケーキの箱を受け取り、千夏達にソファを勧めた。すぐに執事が侯爵夫人からケーキを箱を受け取り、メイド達がお茶を淹れ始める。


シャロンとタマもソファに座り、手を繋いだまま楽しそうに話しをしている。コムギはシャロンの膝の上に丸くなる。話題はコムギが従魔の大会で優勝したことを話しているようで、シャロンはしきりにコムギを「コムギは強いんだね」と何度も空いた手で撫でまくる。コムギは得意そうにゴロゴロと喉を鳴らし、胸をそらす。


幼児たちの会話を微笑ましく眺めながら、千夏はお茶を頂く。隣に座ったリルが少し緊張したように、侯爵を見つめていた。

「あ、リルは侯爵とは初めてだよね。仲間のリルです」

千夏が侯爵にリルを紹介するとリルは緊張気味なのか、少し強張った笑顔で「リルです。よろしくお願いします」と頭を下げる。

セレナはこの場にいない。せっかくなのでハマールで一緒に訓練した仲間達のところに顔を出しに出かけたのだ。


「こちらこそよろしく」

大貴族である侯爵に頭を下げられ、リルは更に体をガチガチにする。侯爵は王族の流れを組む由緒正しい大貴族だ。セラも王族であったが、千夏達とずっと一緒にいたせいで王族というよりも相談役というイメージに置き換わっている。千夏はそんなリルの肩を軽く数回叩く。

「はいはい、リラックス」

リルは千夏に肩を叩かれ、数回深呼吸をする。そんなリルの姿を侯爵夫妻は微笑んで見守っている。


「そうだよ。今身分の話をしたらこんなにのんびりと過ごすわけにはいかなくなるしね。お互いにそこは横に置いておいてほしい。それに私たちはパーティが終わった後にネバーランドにしばらく御厄介になる立場だ。仲良くしてほしいな」

侯爵は悪戯っぽく軽くウィンクをする。リルはわざとおどけた振りをする侯爵に親しみを持ったようで、いつもの可愛らしい微笑みを浮かべる。夫人もおっとりと微笑み、千夏達が持ってきたケーキをタマ達に勧める。


「タマ、お母様がタマの竜の姿を見たいんだって。いいかな?」

思い出したようにシャロンがタマに尋ねる。

「いいでしゅよ」

「よかった。お母様、お庭に行こう」

「まぁ、嬉しいわ」

夫人はいそいそと立ち上がり、タマ達を連れて中庭へと向かう。

フルール村に行く前に竜の姿に慣れておくことが必要だ。タマより大きな竜達がのしのしと歩き回っているのだから。


「そういえばパーティが終わった後、すぐに帰るわけにはいかなくなったんです。聞いていませんか?」

楽しそうに中庭に向かう3人と一匹を見送り、千夏が侯爵へ話しかける。

「いや、まだ王都に着いたばかりでね。何かあるのかい?」

侯爵はティーカップを手に千夏へ尋ねる。


「次の日のお昼に三カ国で「旗獲り合戦」をするらしいんです。私も今日聞いたばかりなんですけどね」

「突然だね。それにあなたの国は兵士がいないと聞いている。今回の旗獲り合戦は数名で行われるのかな?」

侯爵は怪訝そうに首を傾げる。

「いいえ、各国300名までだそうです。うちの国は兵がいないので、竜達に参加してもらう予定です。ちょっと反則っぽいけど、セラは問題ないと言っているので」

千夏の返答を聞き、侯爵はじっくりと考え込む。


 自分はシャロンを通してネバーランドに住み着いている竜達の話を知っているが、普通なら兵もいないネバーランドに300名で行う「旗獲り合戦」の参戦を決めるのはおかしい。通常「旗獲り合戦」を他国と合同でやるということは強兵のアピール以外考えられない。そう考えると今回の余興を思いた者の意図が透けて見える。


最近、王都に住む貴族たちの一部に勇者を優遇し過ぎているという声が上がっている。その一派が無理やりねじ込んだのだろう。その筆頭である皇太子の顔を思い出して、侯爵は苦笑する。勇者たちを自分たちと同じ土俵に無理やり押し下げて、さらに物量で彼らを押しつぶすのが目的なのだろう。馬鹿げた戯言に過ぎない。竜達がいなかったら、侯爵は千夏に不参加を申し出たほうがいいと助言しただろう。


(今回の騒動は問題なく終わりそうだが、これは早めにヴァーゼ侯爵と今後の話をしておいた方がいいだろう)

ヴァーゼ侯爵も自分と同じく勇者達の擁護派だ。王妹であるセラも動いているだろうが、貴族同士で連携をして不要論派を押さえた方がいいだろう。

侯爵は一通り考えをまとめると、持ち上げていたティーカップに口をつける。


「人数的にハンデがあるのだから、気にする必要は全くないと私は思うよ。もともと無茶な話なのだから。むしろ竜達の活躍を見てみたい。楽しみにしているよ」

「はい。楽しみにしてくださいね。村人達も全員呼んで見せてあげようと思っているんです。負けられません」

ある意味初めてのフルール村の慰安日帰りツアーだ。千夏は結構張り切っていた。




二日目の女官長によるマナー講座もなんとか及第点をもらい、ほっとした千夏達はリサにお茶を淹れてもらいのんびりと過ごす。

一応「旗獲り合戦」についてはアルフォンス達に伝えた。想像通り、アルフォンスは是非参加したいと回答を寄越してきた。ちなみにパーティは出たくないそうなので、不参加だ。ちょっとだけずるいと千夏は愚痴をこぼす。


まだ月光草は見つからないらしい。彼らは一旦山から引き上げて村で模擬戦の練習をするそうだ。参加する竜はおよそ15匹。ネバーランドは総勢23という少ない人数での参加となる。数字だけみるといささか心もとないが、なんとかなるだろうと千夏は考えていた。


そしていよいよパーティの夜。

リサとモニカに飾り立てられた千夏とセレナを見て、リルが顔を赤くする。

「ふたりとも、す……すごく可愛いよ」

それだけ伝えるだけでリルはいっぱいいっぱいだった。


「ありがとうなの」

セレナは可愛らしい薄いピンクのドレスを身にまとい嬉しそうに笑う。薔薇の形にあしらわれた花飾りがドレスの随所に散りばめられ可愛らしい容姿のセレナを一層華やかに引き立てる。

一昨日近衛兵の宿舎を訪れたセレナは教え子達に冷かされ、ドレス姿を期待していると言われた。この姿で「枯れている」とは言わないだろう。


千夏はどちらかというと頭にのったティアラが気になっていた。千夏の少し薄い茶色の髪がきっちりと結い上げられ、煌めく小さなティアラがちょこんと頭に乗っかっている。安定感があまりないので、落ちないのだろうかと心配になっているのだ。少し安定感をなくしたのは千夏が無闇に頭を下げないようにとの配慮からだった。簡単に落ちるものではないのだが、確かにこれが気になって頭など下げる気も起こらない。落として恥をかくことになる。


千夏はマリンブルーの鮮やかなドレスを身にまとっていた。腹部をしめつけないこのドレスはゆったりと裾が広がり、前は少し足が出るだけだが後ろは床を引きずるほどの長さだ。腰のあたりに光沢がある布が流れるような曲線を生み出している。セレナに比べるとシンプルなドレスであったが、「海の女王様みたい」とリルは惚れ惚れと千夏の姿を眺める。


そんなリルも普段の白いローブから黒のタキシードを着こんでいる。白いブラウスの襟元は幾重にも波打つように複雑な形で結ばれている。リサとモニカの力作だ。可愛らしい容姿のリルは一見男装の美少女のようだった。


千夏とタマの気を吸いあげたコムギは、タマと色違いのお揃いの燕尾服を着ている。白がタマで黒がコムギだ。2匹の今日のパーティでの課題は王族との挨拶のときは出来るだけ口を開かないことだ。本当は自由にさせておきたいところだが、千夏もいっぱいいっぱいなので何かあったときにフォローが出来ない。


「それじゃあ、先に会場に行ってるの」

「また後でね」

セレナとリルは二人でパーティ会場へと向かう。千夏はパーティが始まってから他の国王達と同様に個別で会場入りすることになっている。タマとコムギは千夏の息子扱いなので一緒に行く予定だ。


モニカに裾をなおしてもらい、千夏は自分の出番まで座って待つことにした。

「ああ、早く終わらないかなぁ……」

パーティ会場に入る前からすでに面倒くさくなっている。千夏の膝の上にタマとコムギがちょこんと半分ずつ腰かける。白い長めの手袋をしたまま千夏は2匹のぷにぷにの頬を触って心を落ち着ける。

ぷにぷにぷに。

2匹はくすぐったそうに笑う。


こんなに待たされるのなら、着替えるのは後でよかったんじゃない?と千夏がふてくされた頃、ようやく女官長が千夏を迎えに来た。千夏が立ち上がるとリサとモニカが急いで服の裾を直す。両手にタマとコムギの手を掴み、千夏はパーティ会場となる大きな扉の前まで移動する。


「ネバーランド女王 チナツ様のお出ましぃー」

扉の向こうから大きな声が聞こえてくる。正直かなり恥ずかしいと千夏はぎゅっとタマとコムギの手を握りなおす。両開きの扉をゆっくりと黒服の従者達が押し広げる。


華やかな音楽が流れる中、一同に注目された千夏はゆっくりと歩き始める。目標はすでに会場入りしているクロームの傍だ。笑顔なんて浮かべる余裕は千夏にはない。頭の上のティアラと少し高めの靴で転ばないこと。それだけ意識するだけで精一杯だった。

千夏の代わりにタマとコムギがこちらに向かって手を振るシャロンに向かって笑顔を返す。2匹の愛らしい笑顔にパーティ会場にいた女性たちが微笑ましくそれを見守る。


なんとか無事にクロームの傍まで千夏は辿り着くとほっと息を吐き出す。

「なかなか似合っている」

小声でクロームが千夏に話しかける。クロームの傍には彼の妻と息子がいた。タマは久しぶりに会ったジークに笑顔を向ける。ジークはタマが二人になったことに驚いている。そっと母親の後ろからタマ達を観察している。


「お久しぶりです」

千夏はリリーナに向かって頭を下げようとしたが、ぐらりと揺れるティアラに女官長の教育を思い出しぐっと踏みとどまる。


パーティはまだ始まったばかりだ。

評価とブックマークありがとうございます。


誤記修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ