メルロウの嫁
「ほほう、なかなか住み心地がよさそうな村じゃの。人があまりいないところがよい」
メルロウは丘の上からフルール村を一望する。のどかな田園風景にまぎれて竜達の姿が村の各所で見える。
呪いの指輪の解呪条件としてメルロウが嫁が欲しいと言い出したのだが、物でないだけにすぐにどうこう出来るものではない。好みの問題もあるし、嫁選びにも時間がかかる。なにより見合いの度にあの森に嫁候補を何十人も連れていくわけにもいかない。
その不便さに最初は王都にメルロウを連れて行こうとカトレアが交渉したが、人が多いところは嫌だとメルロウがいうので、結局フルール村に連れてきたのだ。
「あ、領主どん!お帰りなさい」
丘を降りていくと子供達が千夏に気が付いて駆け寄ってくる。子供達はすぐに見慣れないメルロウに気が付きちらちらと視線を寄せる。メルロウの外見は同い年の子供にしか見えない。子供達は新しい遊び仲間が増えたのかと期待に目を輝かせている。
「えっと、こちらはメルロウさん。しばらく村に住むことになったからよろしくね」
千夏は子供達にメルロウを紹介する。本当は君たちの何十倍も生きている人なのよと紹介すべきか悩んだが、余計な事をだと思い口をつぐむ。
はーいと子供達は元気よく答える。そして物怖じしないのがこの村の特徴でもある。「タマちゃん、コムギちゃんそれとメルロウさんも一緒に遊ぼう!」と子供達は無邪気に声をかけてくる。
タマとコムギはしばらくの間千夏から離れたくないので、申し訳なさそうに子供達に「ごめんでしゅ」と謝る。
「メルロウさんはちょっと……」
「いや、わしはこの子と話がしたい」
子供達のメルロウへのお誘いを断ろうとした千夏を押しのけ、メルロウは子供達に近づいていく。小さな手足でちょこちょこと子供達に紛れ、メルロウは一番後ろにいた女の子に手を差し出す。千夏が紹介していた間にメルロウは子供達をじっくりと観察していたのだ。嫁選びのために。
メルロウが手を差し伸べた子供は銀髪を肩で切り揃え、少し大きな緑の瞳の大変可愛らしい女の子だ。背丈はメルロウと殆ど差がない。女の子はメルロウに差し出された手を恥ずかしそうに握り返してにっこりと笑う。その笑顔にメルロウはへにゃりと笑う。
「わしはメルロウじゃ、おぬしの名前は?」
「……コリン」
女の子は恥ずかしそうに少し小さな声で答える。メルロウはその仕草にぷるぷると身悶えする。
コリン以外の子供達は少し残念そうに、タマ達に手を振って川の方へと戻っていった。コリンはぎゅっと手を握りしめているメルロウを不思議そうに見ている。
「……とりあえずここじゃあなんだから、屋敷で落ち着いてお話しようか」
千夏がコリンの頭を撫でるとコリンはくすぐったそうに笑いこくりと頷く。
千夏とセレナの後をゆっくりと仲良く手をつないだコリンとメルロウが歩く。
「若い娘」が好みだと向うを出る前に聞いていたが……。若すぎてお嫁にもらえないのではないかと千夏は苦笑した。
「ん、なんかコーヒーっぽい。すごいね太郎」
夕食後に千夏は太郎が試行錯誤したコーヒーを一口飲み、満足そうに答える。
「これがチナツ達の国の飲み物?少し苦いけど、くせになる味だね」
リルはふぅふぅと少し熱めのコーヒーを息で冷やしながらちびちびと飲む。
「味と匂いはコーヒーに大分近くなったのですが、色がちょっとね」
太郎も自分で作ったコーヒーを飲み、コップの中の少し紫色の液体を覗き込む。どう見てもコーヒーの色ではない。
「まぁ合成着色料でも入れないと変わらないだろうし、私はこのままでも十分だよ。まずはこれを王都の喫茶店で出してもらって様子見かな。人気が出れば出荷も増えそうだしね」
「そうですね。とりあえず、新しく畑を作って栽培を始めてみます。地竜さん達も手伝ってくれるそうですし」
千夏の言葉に頷き、太郎は楽しそうに答える。他の領地ではどうなのか知らないが、千夏は太郎の好きなように土地をいじらせてくれる。それだけでも十分ここに来たかいはあったと太郎は思う。
「家畜の飼育の方も概ね順調です。牛の乳も出始め、少しですが鶏達が卵を産み始めました。今は領主様のお屋敷に届ける分のみですが、この調子でいけば村のほうにも配ることは出来るでしょう。太郎さんと一緒に来られた人達も順調に村に馴染んでくれたようで、竜達と挨拶をかわすようになりました。彼らの家作りも竜達が率先して手伝ってくれています。」
ニルソンが千夏が村にいなかった間の出来事を細かく教えてくれる。
「それと例の城の件ですが、エッセルバッハの上級時空魔法使いの方がすでにノークを出発しています。一週間後には到着するでしょう。後は手つかずの森のほうですね。果物が生い茂っている森の中央まで道を切り開く必要があります。こちらも早く片付けないと竜達へのお礼のお酒を買い足してこないと足りなくなりそうです」
「森をむやみに切り開くのは反対じゃ。道ならわしが作ってやろう」
それまで大人しく話を聞いていたメルロウが口を挟む。
「え?いいの?」
千夏はちびちびとコーヒーを飲んでいるメルロウに尋ねる。
「構わん。わしもしばらくこの村に住むことにした。コリンがおるからな。礼は森の近くに家を建ててくれればそれでよい」
「それなんだけど、コリンちゃんが自分でお嫁になりたいと言わない限りは無理やりお嫁に出せないんだけど……。まだ小さいしね」
セレナの呪いを解いて欲しいが、あの小さい子を無理やりお嫁に出せない。千夏はぽりぽりと頭を掻いて、メルロウを真っ直ぐに見る。
「ああ、あの条件な。なしでいいぞ。その代り大きな家にしてくれ。コリンとその母親と一緒に住む家が欲しい」
突然がらりと物わかりがよくなったメルロウに千夏は首を傾げる。気分屋とは聞いていたが、一体どうしたのだろうか。
「わしにも男の甲斐性というものくらいあるわ。無理やり嫁にしたら、あの子が委縮するじゃろ。わしは嫁が欲しいが、暖かい家庭が欲しいのじゃ。自分でコリンをじっくりと時間をかけて口説くからよい」
子供がぷいとむくれたような顔をしてメルロウは答える。
王都での生活は大神官として政略だといろいろと煩わしいことが多く、心が休まる日がなかった。それが嫌になって一人森に住み着いたのだが、120年という長い年月は孤独をメルロウに与えた。時折訪れるのは大神官時代を知る王家の者たちばかり。メルロウの力を借りにやって来るだけだ。メルロウが欲しいのは家族だ。メルロウを労わって安らぎをくれる嫁が彼は欲しかったのだ。
この村の子供達は貧しい暮らしでも全くすれておらず、真っ直ぐな目をしていた。道中村の大人たちとも会ったが、全員が気が抜けるようなお人よしな面構えをしたものばかりだ。この村ならば、メルロウの終の棲家にふさわしいのかもしれない。
「コリンの父親は流行り病で亡くなったと聞いた。この村は治療院がないそうじゃな。わしが開いてやるから、その代り3人分の飯と酒を出せ。治療院が出来たら、呪いを解いてやろう」
「うん。ありがとう」
思いがけないメルロウの言葉に千夏は頭を下げる。セレナも嬉しそうにメルロウに向かって頭を下げる。
「大変助かります。治療師の募集をこれで出さないで済みますね」
今は光竜とリルが対処してくれているが、いつまでもあてに出来るものではないとニルソンは考えていた。竜はいつまでいるか判らないし、リルも勇者と常に行動しているので留守がちだ。
早速千夏は遠話のイヤリングで、今頃メルロウの嫁探しに奔走しているセラに連絡を取った。
『そう。ネバーランドに住むことにしたのね。丸く収まってよかったわ。しかし、メルロウは幼女趣味だったとは……』
セラの感想にあえて千夏は突っ込みを入れずに黙秘した。近くにメルロウが居たせいでもある。
外見的には二人はお似合いであったが、実際の年齢差を考えるとひいひい爺さんと孫くらいの差がある。
『話しは変わるけど、エッセルバッハとハマールから何人か魔術工学の研究者を数日後にそちらに向かわせることになったわ。茜とうまく共同研究をしてほしいのよ。全員学者馬鹿だから竜がいても気にしないと思うから大丈夫よ。彼らの宿舎用に家を一軒今度はハマールから持っていくから、建てる土地を相談しておいて欲しいの』
「判った。茜さんに言っておく。建てる場所は村長とニルソンさんと相談しておくよ。あと、こっちで試作した飲み物をエッセルバッハとハマールの王都の喫茶店で試してもらいたいの」
『では、パーティのときにでも持ってきてね。忘れていないわよね?3日後よ』
セラの言葉に千夏は黙り込む。色々あってすっかり忘れていた。
『少なくてもチナツとリルとセレナは参加になっているからね。セレナとリルはその国の執政官なんだし。今回は冒険者としてではなく、一国の代表として出席することになるから最低限のマナー講習も習っておいたほうがいいわ。2日前にはこちらに着いてもらえる?』
リルもセレナもすっかり忘れていたようで、二人とも顔を見合わせ困ったように肩をすくめる。
唯一パーティをしっかりと覚えていたのはタマくらいだ。久しぶりにシャロンと再会できるのだ。
タマはパーティまでの日を指折り数え、楽しみにしていた。
「マナー講習か……」
考えるだけでも頭が痛くなる千夏だった。
★魔女の城を全面修正しました★
一度読んでくださった読者様へ。いろいろ考え直して、魔女の城編を書き直しました。申し訳ございません。
改稿の関係で改稿後の話の流れが変わってしまっています。
■改稿後の変更点
※以下ネタバレになります。
①王女誘拐自体がなくなっている。
→王女及び兄一家の登場がなくなり、千夏は無理やり王女奪還を命じ
られていないこと。
②城が壊されず、ネバーランドに移築されること
③茜が死亡せずに生きていること
★④169話が魔女の城⑥から新話「呪いの指輪」に変わっていること
ご感想と評価ありがとうございます。
千夏が忙しすぎて、だらだら出来ていません……




