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隠居のエルフ

 建設中の神殿の中は、大勢の大工達が入り込んでいるため活気に包まれていた。

 元々壊される前の神殿には治療院、祈祷所、集会場と神官達が住む区画があったが、祈祷所を優先で作りなおしており、神官達は教会の近くに作られた天幕で寝起きしているらしい。


 リルは祈祷所で見知った神官を見つけると、大神官に会わせてくれるようにお願いする。神官はリルの連れの一行に視線を向けるとランドルフの異彩に驚きの顔を浮かべる。

 だが、すぐになんとか立ち直るとチナツの姿を確認し、彼は深々と頭を下げる。彼も魔族襲撃事件のときに治療師として現場に駆り出されていたのだ。チナツの顔はよく覚えていた。


「大神官様は天幕のほうにおられます。どうぞこちらへ」

 彼は教会を出て一つの大型天幕の前まで千夏達を案内する。その場で少し待つように告げると、テントの中に入っていった。少しだけ待つと、天幕の中から先ほどの神官と一緒に白いローブに身を包んだ老人が出て来る。彼がエッセルバッハ教会の大神官のエラーンだ。


「これはこれは。勇者様。私が教会長のエラーンです。狭苦しい場所ですが、中へどうぞ」

エラーンは千夏達に頭を下げると、天幕の入口の布を引き中へ入るようにと告げる。千夏達は軽く会釈を返すと、順番に天幕の中へと進む。


 天幕の中は光の照明魔法が使われているようで、結構明るい。両側に大量の書物が積み上げられており、奥の一角に毛皮の絨毯が敷かれている。そこに小さな木製のテーブルが置かれており、エラーンに勧められて、千夏達は靴を脱いで絨毯の上に座った。


「さて、願い事があると聞きましたがどのようなご用件でしょうか?」

皺だらけの顔を綻ばせエラーンは千夏達に向かって微笑む。

「実は……」

千夏はアルフォンスから聞いたとある村での出来事を、彼に向かって説明をする。話しの核心に迫るとエラーンは少しばかり顔を強張らせる。勇者のお願い事は思っていたより難しい案件だった。


 死者の怨念は時折物に取り付き、呪いをかける。それを解呪する方法は2つある。1つは死者の心残りを叶えること。もう1つは強制的に解呪の魔法で呪いを解くこと。


 今回のケースはリッチの怨念で筋肉質の男性に抱きしめられて成仏することが死者の心残りを叶えることになるのだが、リッチは成仏することはできない。そうなると解呪することになるが、リッチになるまで怨念を貯めこんだものは簡単に解呪することは出来ない。


 天幕の敷物でぐったりと気絶したセレナの問題の指輪をエラーンは手に取りじっくりと眺める。どす黒い怨念が彼の目に映る。しばらくの間エラーンは黙ってその怨念と対峙する。やがておもむろに彼は千夏の顔を正面から見据えた。

 

「すまんが、わしには解けない」

「そんな……」

千夏はがっくりと肩を落とす。


「この指輪の邪念はとても強い。わしには手を出せない。済まない」

エラーンは申し訳なさそうに頭を下げる。

勇者に掛かった呪いを解くことができない。エラーンは己の不甲斐なさにわなわなと震える。


「そうですか。ハマールの神殿のほうを尋ねてみることにします」

「いや、ハマールでも無理じゃろう。これ程の怨念を払えるお人はメルロウ様くらいですじゃ。メルロウ様がご存命ならば……」

大神官は無念そうにそう呟いた。メルロウとは彼より4代前のエッセルバッハ王国の大神官だ。歴代大神官の中で随一の実力者だった。メルロウが神殿の大神官の座から降りたのは今からおよそ120年程前だ。


セレナが気絶状態から戻ると、千夏は言いにくそうにセレナに呪いが解けないことを説明した。

セレナは青い顔でしばらく黙り込む。

「クー」

コムギがすりすりとセレナの脚に自分の体を擦り付ける。セレナを慰めているようだ。

セレナはコムギを抱き上げると、心配そうに自分を見つめる千夏達の視線に苦笑いする。


「解けないものは仕方ないの。せっかく王都まできたんだから美味しいものでも食べて帰るの」

明らかに無理してセレナが笑っているのが判るだけに千夏もリルも辛い。

「やっぱり、一応ハマールでも見てもらおう。ね?」

リルはそういうと、遠話の腕輪を使いクロームに連絡を取る。


『大神官に会せることは問題ないのだが……』

リルの事情説明に答えるクロームの声は苦い。エッセルバッハの大神官で解呪できないものをハマールの神官で出来るかといわれると難しそうだ。

『メルロウなら解けるんでしょ?そっちに会いに行ったほうが早いわよ』

事も無げにセラが答える。


「え? メルロウ様ってまだ生きているの?」

『生きているわよ。エルフだもの。今はカポリダンジョンの近くの森に棲んでいるはずよ。カトレアをそっちに回すから会いにいってらっしゃいな。偏屈ジジィだけど、腕は超一流よ』

セラの言葉にセレナの眼に希望の光が浮かぶ。

千夏達はエラーンにお礼を言って天幕を出て、カトレアが到着するの待つ。


 しばらくするとカトレアが転移して来た。それを見たランドルフは一目散に走って逃げだす。

「あらあら。嫌われたものね」

逃げ出したランドルフの背中を見て、カトレアはおっとりと溜息を漏らす。


「それじゃあ、ちょっと酒屋に寄ってから行きましょうか。彼に一応お土産を持っていかないとね」

カトレアは千夏達に視線を戻しにっこりと微笑む。


 カトレアと向かった酒屋はこの前千夏が大量に酒を買い込んだ酒屋で、店主は千夏の顔を見るとにこにこと愛想笑いをしながら近寄ってきた。また大量に千夏が買い込んでくれることを期待して目を輝かせている。


 千夏の代わりにカトレアが高級な酒を何本か買い込む。たった3本の小さなビンでこの前千夏が買い込んだ大樽数個と同じ値段だった。お酒にあまり興味がない千夏でもどんな味がするのか興味が湧く。


 タマはじっと酒屋から漂ってくるお酒の匂いにくんくんと鼻を動かす。物欲しげなその顔に千夏は気が付いていたが、「後でね」とタマの頭を撫でて我慢してもらうことにした。


土産を買い終わると大通りから少し横道に入ったところで、カトレアが転移の魔法を使う。一瞬のうちに景色が街中から生い茂る森の前へと移り変わる。


「あちらの方に居ますね」

 カトレアはメルロウの魔力を辿り森の奥を指さす。

「メルロウ様に会う前に一つだけ注意点があります。彼はとても気分屋です。あまり機嫌を損なうような言動は控えてくださいね。話がややこしくなりますから」

カトレアの言葉に千夏達は頷く。セレナの呪いを解いてもらうことが最優先事項だ。多少のことには目をつぶる覚悟はある。


「では、参りましょうか」

カトレアはにっこりと微笑む。

一応獣や魔物と遭遇した時を考えて、先頭をセレナとコムギが歩く。ぴくぴくとセレナの耳が鳥たちや獣の足音に敏感に反応する。


 しばらく進むとガサリと大きな音が前のほうから聞こえ、セレナは腰の剣に手を触れる。がさがさと茂みが揺れ動き、ひょっこりと小さな人影が顔を出す。

 背丈はタマと同じくらいで、頭には大きめな帽子をかぶり、キョロキョロと動く青い大きな瞳の可愛らしい。彼はぴたりとセレナに視線を向けた後、カトレアを見上げてふんっと鼻を鳴らした。


「禍々しい呪いが見えたと思ったら、お前か。まだ生きておったのか」

「お久しぶりです。メルロウ様。お元気そうでなりよりです」

カトレアは小柄な彼に向かって頭を丁寧に下げる。


まるで子供にしか見えない彼がメルロウだと聞いて千夏は目を瞠る。

エルフと前もって聞いていただけに、もっとすらりと背が高い美形のお爺ちゃんを想像していたからだ。目の前の人物はどうみても小人族のようにしか見えない。


「どうせ、その呪いを解けとでも言いに来たんじゃろ?あいにくじゃが、わしは忙しい」

彼はくるりと背を向ける。

「そうですか……。メルロウ様のお好きなお酒をお持ちしたのですが残念です」

カトレアはアイテムボックスから先程買った酒を一本取り出し、残念そうに溜息をつく。


「んん? それなら仕方ない。話しだけなら聞いてやる。こっちに来い。我が庵まで道を開け!」

メルロウは振り返ってカトレアの手にある酒ビンを見ると、仕方なさそうに近くの木をぽんぽんと叩く。

さぁと森が動くのを千夏は見た。先程まで行く手を遮っていた木々達が動き出し、メルロウの前に細い道が作られる。


「すごいでしゅ」

タマはキラキラと目を輝かせ、新たにできた道を感心したように眺める。

メルロウは再びふんっと鼻を鳴らすと、そのまま小さな手足を動かしゆっくりと小路を進んでいく。


「エルフは森の民と呼ばれています。森と意志の疎通が取れるのです」

カトレアが驚いて固まっている千夏達に説明をする。太郎と似たようなものだろうか?そんな感想を千夏は抱く。


10分程歩くと小路の前に木でできた小さな家が見えてくる。小さなメルロウに合わせた小さな家なので、千夏達が家のドアをくぐるのに少し腰をかがめないと入れなかった。

室内は少しだけ高く、普通に立って歩くことが出来た。


草で編まれた敷物が敷かれた部屋に入ると、メルロウは無造作にカトレアに向かって手を差し出す。すぐにカトレアは買い込んできたお酒をメルロウの前に並べる。

「それで、この呪いをメルロウ様は解けますでしょうか?」

早速一人晩酌を始めたメルロウにカトレアが尋ねる。メルロウはちらりとセレナの指輪を眺め、ふんっと鼻を鳴らす。


「その程度の呪いなぞ造作もない。」

その言葉にセレナは期待の眼差しをメルロウに向ける。

「それでは解呪していただけますでしょうか?」

「してやらんこともない。わしの願いを聞いてくれるならな」

くいっと酒ビンに口をつけ一気にメルロウは酒をあおる。


いったいどんな難題を押し付けられるのかとカトレアは不安気にメルロウを見つめる。

「さすがにわしも一人暮らしが寂しくなってな。嫁が欲しい」

メルロウは少し顔を赤らめてぽそりと告げる。


「は?何て言いました?」

カトレアは首を傾げてメルロウに再度尋ねる。

「だから嫁じゃ!嫁が欲しいんじゃぁ!」

バタバタと手足をばたつかせてメルロウは答える。どうみても幼児がおもちゃをねだっている姿にしか千夏には見えない。


「お嫁さんねぇ……」

千夏はちらりとセレナを窺う。セレナはすぐに千夏の視線に気が付きぶんぶんと首を振る。

こりゃあ、結構難題だ……。

千夏は頭に手をあて、うーんと唸った。




★魔女の城を全面修正しました★

一度読んでくださった読者様へ。いろいろ考え直して、魔女の城編を書き直しました。申し訳ございません。


改稿の関係で改稿後の話の流れが変わってしまっています。

■改稿後の変更点

※以下ネタバレになります。





①王女誘拐自体がなくなっている。

 →王女及び兄一家の登場がなくなり、千夏は無理やり王女奪還を命じ

 られていないこと。

②城が壊されず、ネバーランドに移築されること

③茜が死亡せずに生きていること

★④169話が魔女の城⑥から新話「呪いの指輪」に変わっていること


ご感想と評価ありがとうございます。


皆さまのおかげで500万pvを超えました。いつも読んでくださってありがとうございます。なにか記念に書きたいなぁと考えています。

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