探索
説明回です。
千夏達は新しい住処となる屋敷の食堂に通される。
全員が席につくと少し緊張した様子の若い女の子がお茶を運んできた。
少し濃いめの茶色の髪を三つ編みで結び、青い瞳はたれ目がちのなかなか可愛い女の子だった。年はセレナと近いだろう。
「こちらのメイドはカンナと申します。フルール村でやとった娘です」
ライゼが少女を千夏達に紹介すると、カンナはぺこりと千夏達におじぎをしたあとにっこりと笑う。
「みなさん、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
千夏はお茶請けに出てきた饅頭をつまみながら答える。
「屋敷で働いているもの達の紹介をさせていただきますね。みなさん、入ってきてください」
ライゼがそう扉に向かって呼びかけると、数人の男女が食堂の中へ入ってくる。
カンナと同様にメイド服をきた女の子が二人に、コック服を着た男の人と老人が入ってくる。
「こちらからメイドの、リサとモニカ。料理人のユシールに庭師のハンクです」
ライゼがひとりひとりを紹介していく。
リサとモニカは双子の女の子だった。区別がつけやすいようにリサがポニーテール、モニカはツインテールの髪型にしている。顔立ちはやや幼い感じで、くりんとした瞳が印象的だ。
料理人のユシールは恰幅がいい男の人で、にこにこと優しそうな表情で千夏達をみている。
最後の庭師のハンクは少し痩せた小柄の老人で、村人達同様にキラキラと目を輝かせて千夏達をみている。
「千夏です。これからよろしく」
代表して千夏が挨拶すると彼らは一礼してから、メイド達を残して料理人と庭師は仕事に戻っていく。
「それではお部屋にご案内します」
ライゼを先頭にメイド達が千夏達を屋敷の中を案内していく。
一階には食堂、応接室、従者用の控室に厨房、使用人達の部屋がある。
二階は千夏、セレナ、リル、レオンの部屋と客間が10部屋ほどある。
アルフォンス、セラ、エドは客間に割り当てられた。
タマとコムギの部屋もあったが、基本千夏と一緒のため必要ないと断る。
もう少し大きくなったら個別の部屋を与えた方がいいのかもしれない。
リルは結局エッセルバッハの治療部隊を辞めた。
発端は千夏が巻き込んだせいでもあったのだが、最終的には本人の意志だった。
千夏達と別れてひとり治療部隊に戻ることをよしとしなかったのだ。
「結構広いね」
屋敷の一番日当りがいい部屋が領主の千夏の部屋だ。
主寝室、応接室、そしてお風呂場がついている。
お風呂はメイドさんに頼むとお湯を入れにきてくれるそうだ。もちろん千夏は自分でお湯をわかすつもりでいるが。
日当りがいいふかふかのベットを千夏は特に気に入った。
これならば昼寝にもってこいだ。
さっそく布団にのってごろごろしていると、ライゼが千夏を呼びに来る。
これから村の中をニルソンが案内してくれるらしい。
ベットから起き上がり、集合場所の屋敷の玄関ホールまで移動する。
すでに千夏以外の全員がそろっていた。
「それでは、村を案内させていただきます」
ニルソンは屋敷の扉を開ける。
「まずは、この近くからですね。このお屋敷の右隣にギルドの出張所があります。あ、あの青い屋根の家がそうです」
雑草が生えている庭をつっきり、門から外にでるとすぐ隣に青い屋根の一軒家がある。
家の入口には冒険者ギルドのエンブレムがついている。
家の中は小さな休憩所と奥にカウンターがあるだけだった。掲示板は右側の壁に作られている。
依頼掲示板には薬草採取の依頼が1枚だけ張ってある。
「いらっしゃいませ、領主様」
カウンターの中で作業していた中年の夫婦が声をかけてくる。
彼らはギルド職員で、全国にあるギルド組織から派遣された者たちだった。
この家の二階が彼らの住処になる。
案内のついでとばかりに、千夏、セレナ、レオンは到着報告を行うことにする。
それからリルの新しい冒険者カードも作る必要がある。
「私はタナと申します。到着報告と新しい冒険者カードですね。カードの申請用紙はこちらです。
それと到着報告なのですが、まだご領主様がこの国の名前を決められておりませんので、仮でサーヴフルールと明記されます」
中年女性はにこにこと笑顔でそう答える。その声には別段千夏を咎めているようなものは含まれていなかった。
「国の名前か。そういえば考えていなかったね」
千夏は眉間にしわをよせ考え込む。できれば一発で元日本人が作った国とわかる名前がいい。
異世界に来ている日本人を千夏は受け入れたいと考えていたからだ。
理由は二つ。
一つは万冬のように突然こちらにきて困っている人の救済措置だ。
千夏はなんとかうまく生活できているが、そうでない人達もいるだろう。ここなら冒険者とならずに、住む家と仕事を与えることができる。
もう一つの理由は知識の共有だ。どちらかというとこちらの理由をあてにして日本人を集めるのが本音になる。千夏の知らない知識や技術などを持った人達が集まれば、なんとか国としてやっていけるのではないかと思っている。
例えば、朝倉などがこの国に来てくれるととても助かる。彼がいれば、もと警察官の知識をいかして警備組織などを立ち上げることもできる。
クロームに自治国をといわれてから、千夏なりに国つくりとしてなにが必要なのかを考えてみたが、正直よくわからない。日本に当てはめて考えるといろいろな組織が必要になるのだが、正直今のところはお手上げ状態だ。
全てを棚上げしてまったりと暮らすことも考えたが、必要最低限だけは手を付ける必要があると感じている。できればエドとアルフォンスがいる間になんとかしておきたいところだ。
安心してまったりと生活するために、やることを分業できる組織を作らないと、千夏が一人で駆けずり回ることになってしまう。
千夏が考え込んでいる間にカードが返却される。
久しぶりにじっくりと千夏はカードを眺める。
名前 :佐藤千夏
年齢 :24
Lv :183
国籍 :サーヴフルール(仮)
ランク :C
PT :トンコツショウユ
称号 :「勇者」、「竜を導く者」、「精霊王召喚者」、「サーヴフルール(仮)の領主」
カードをみて、冒険者ランクアップ試験を受けるようにと再三言われていたことを思い出す。
まぁそこまで今は手が回らないので後回しにすることにする。
「掲示板には1枚だけしか依頼が張られていないが、国ができたばかりだからか?」
アルフォンスがタナに向かって尋ねる。
「はい、そうです。ギルドの掲示板に張られる依頼は2種類があります。1種類はギルド組織が依頼主として発行したもの。もう一つは国や個人が依頼主として発行されるものです。
現在この地域に関するギルドの依頼は薬草採取のみです」
「例えば畑を荒らす魔物が出たときはチナツさんが国益を考えて、冒険者に依頼を発行することになります。つまり領主がお金を出して依頼することになりますから、ここのギルドに張られる討伐依頼書の殆どが元をたどるとチナツさんからお金がでることになるんですよ」
エドが依頼書について簡単に説明してくれる。
つまりギルドが発行した依頼以外は、千夏が発行しないと依頼書が出ないということだ。
しかもその依頼を受けても千夏の懐にお金が入らない。払ったお金が多少節約されるというくらいだ。
「この村には冒険者は現在いません。このギルド支店を設置した目的は、2つのみです。
ギルドから勇者様達への指名依頼の連絡をとれること。それとこの支店を通じて他国との情報とお金のやりとりができるいう点です。エッセルバッハとハマールからの支援金はこのギルドで受け取ることができます」
ニルソンがここにギルドの支店を設けた理由を説明する。
千夏はニルソンの説明を聞き頷く。
後でギルド経由で万冬と朝倉あてに手紙を出そう。
リルのギルドカードができたので、冒険者ギルドを出て次は村長の家に向かう。
村の家々は木造りで、広大な畑の間にぽつりぽつりと建っている。
千夏達が丘の上の村長の家に向かって歩いていると、子供たちがそれに気が付き手を振ってくる。
タマは愛想よく子供たちに手を振り返す。
村長の家は他の家と比べてかなり大きい。これは村の集会所も兼ねているためだ。
「村長のハガスです」
村長は千夏達を村の集会場へと案内し、にこにこと笑いながら村周辺の地図を広げる。
「村はこの川沿いに作られてるだ。住民は全部で193人だ。農耕具を作る鍛冶屋が一軒あるんだども、普段はみんなと一緒に畑作業をしてるだ。なんもない村だが、よろしくおねげえしますだ」
ぺこりと村長が頭を下げる。
「お店は鍛冶屋さんだけ?」
千夏は村長の言葉に首を傾げる。
「月に一回行商人がものを売りにくるだ。そんときに塩など必要なものを購入してますだ」
「月に一回……」
思ったよりも回数が少ないことに千夏は驚く。
「今度からは月に2回になるわ。エッセルバッハからも商人をこちらによこすように言ってあるから。事前に欲しいものを伝えてもらえれば、そのときに持ってこれると思うわ。ただ、ここは内陸だから魚貝類とかは値段が高くなるわね」
セラがぱたぱたと扇を揺らしながら付け加える。
「辺境の村はだいたいそんなものですよ。毎日お店を開いても買うものはありませんから」
エドが千夏の表情をみて補足する。
エッセルバッハへの旅の途中でいろいろな村によったが、お店がない村はなかった。思ったよりここが僻地だということに千夏はやっと気が付く。
せめて買い食いできる屋台だけでも出せる国にしよう。千夏の国づくりの最初の目標はそれに決まった。
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