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勇者が村にやってきた

「「「ご指導ありがとうございましたっ!」」」

訓練兵たちが一斉にアルフォンスとセレナに向けて頭を下げる。

今日で訓練は終わりだった。

短い間だったが、確かな手ごたえを訓練兵達は手にする。


特に魔族との戦いは大いに参考になった。

人でも魔族に対抗できるすべがあると、身をもって2人の教官が教えてくれたのだ。


「お疲れ様。みんな頑張ってくれ。俺ももっと強くなる」

ぐっと拳を握り、アルフォンスは訓練兵達に向かって宣言する。

「教官達はもっと違うことにも力を入れた方がいいですよ。若いのに枯れすぎてます」

ハーネスは大きく肩をすくめ、呆れる。


「枯れてる?そうなの?」

がーんとショックを受けたセレナは尻尾をまるめ、わたわたと挙動不審になる。

16歳の女の子を飾る形容詞に「枯れる」などという言葉はない。


不安そうにちろりとアルフォンスを見るセレナに、アルフォンスはぐっと親指を突き出す。

「大丈夫だ、セレナは強いぞ!」

ほぉらまったくわかってないと、ハーネスは苦笑する。

エドは相変わらず空気が読めない主人に深い溜息を落とす。


「教官達はサーヴフルールに向かわれるのですか?」

こちらもまったく空気を読まない生真面目なトールが、アルフォンスに尋ねる。

「そうだ。なんといっても竜の谷の近くだというところがいい」

アルフォンスは少し興奮気味だ。


「では、落ち着いたらご挨拶に伺いますね」

「エッセルバッハからも近い。俺たちも挨拶に行きますよ。そんときはお手合わせお願いしますよ」

セバスは落ち着かないセレナに向かって、笑いかける。

こうしてみると年相応の女の子だ。訓練中とは全然違う。


次会ったときに手合せすることを約束し、ハマールでの訓練を終える。

今日の午後にはエッセルバッハとサーヴフルールに向けてそれぞれが出発する。


出発するときに、クロームから緊急時にハマール首都へと転移するマジックアイテムを受け取る。

連絡手段はセラと使っていた遠話用マジックアイテムにクロームが参加することになり、いつでも交信可能だ。


「とりあえず生活できるようにはなっているが、まだ自治国としてやっていくには、いろいろな面が不足している。必要なものがあったら連絡をしてくれればこちらで用意する」

クロームは千夏達にマジックアイテムを渡したあと、申し訳なさそうにそう説明する。


なにからなにまでハマールで用意すると、小ハマール王国のようになってしまう。

現地でなにが欲しいのかは千夏達に任せることにしたのだ。


「やりがいがありそうですね」

エドはクロームの言葉に頷く。

魔族とのからみでアルフォンスの領主としての勉強が停止してしまっていた。

自治国は領主とはなにをすべきかということが山積みにされている。

実地訓練となり、いい勉強になりそうだ。


「彼は案内役のニルソンです。村については彼からいろいろと聞いてください」

見送りに来ていた政務次官に紹介され、ニルソンは千夏達に向かって会釈する。


「ニ……ニルソンです。よろしくお願いします」

一介の徴税官たる自分が皇太子殿下を始め雲の上の人々の前で、紹介される。正直緊張でガチガチになってしまっている。声が上擦ったのだが緊張しすぎてニルソンはまったく気が付かない。

千夏達からの返礼も彼の耳の中に入ってこない。


いよいよ出発となり、ニルソンも含め馬車の中に乗り込む。

馬車が走り出し、皇太子達の姿が見えなくなったころにニルソンは一息つく。

やっと周りの状況が見えるようになった彼は、馬車の中で勇者たち一行の姿を眺める。


想像していた猛者とは異なり、街中で見かけるような少年少女に幼児までいる。

事前に紹介されていなければ、彼らが勇者だとは思い至れない。

のんびりとくつろぐ彼らの姿をみてニルソンは安堵する。あの呑気そうな村に、殺伐とした雰囲気の勇者たちは似合わない。


王都を出ると、馬車は一旦停止する。

「それではサーヴフルールの近くまで転移します」

王都の外で待ち構えていた上級時空魔法師が、馬車ごとサーヴフルールの近くまで転移する。

転移した先は辺り一面タマの背丈ほどある草が生えた草原地帯だった。


「この辺りがハマールとの国境になります。今はまだなにも設置できていませんが、将来ここに関所が設置される予定です。フルール村はあちらの方向になります」

ニルソンは自分の役目を思い出し、馬車の中から現在位置を説明する。

ここから西がハマールで、東にエッセルバッハがある。

それぞれの国境までだいたい馬車で1日ほどの距離だ。


ニルソンはさきほどから少しきになっていたことを勇者たちに尋ねることにした。

「あの、勇者様ご一行には竜がいると聞いたのですが?」

村人達があれほど気にしていたことだ。聞いておかないわけにはいかない。


「あそこの子供と私の前に座っているのが竜のタマとレオンよ」

ニルソンの言葉に千夏が代表して答える。


「…人のようにしか見えません」

「竜は人にも変化できるのよ。王都では竜に戻ることができなかったからね。これから行く村はどうなの?」

「竜の姿でも問題はありません。というか、竜の姿のほうが村人達が喜ぶでしょう」

ニルソンは興奮していた村人達の姿を思い出し苦笑する。


「それならば、僕は空からついていくことにする。これから住むところをよく見ておきたい」

レオンはそういうと、席を立ち馬車から降りていく。

タマも気になったようで、レオンのあとをちょこちょことついて降りる。


馬車の外にでると2匹は竜の姿に戻り、空へと舞い上がっていく。

「うわぁ、本当に竜だ」

ニルソンは馬車の窓から、空に舞い上がった竜達の姿を見て少し興奮する。

どうやら村人達に感染したようだった。竜の姿をみても恐怖は感じない。


日の光が鱗に反射してキラキラと輝いている。

なんてきれいな生き物なのだろう。


竜達の後に続いて馬車は再び走り始める。



「竜だ!」

ずっと村の入口で勇者たちの到着を待っていた村人の一人が、空を悠然と飛行する2匹の竜の姿を見つける。

「ほんとに2匹おるど」

うっとりと村人達は竜達を見上げる。


「1匹は子供かの。子供の竜を見るのは初めてだ」

「んだな。谷の竜達はみんなおっきかったもんな」

ときおり、竜の谷に住む竜達が村の上空を飛び去ることがある。

幼竜は基本谷から出てこない。


やがてぽつりと遠くから近寄ってくる馬車が見えてくる。

「んだら、もう一度練習すっべ」

村長は村人達に向きなおり、最後の挨拶の練習を始めた。



「「「「ようこそ、フルール村へ!」」」」

馬車を降りた途端、村人達が声をそろえて挨拶をする。

千夏は少しびっくりしたように、村人達を見る。どの村人達も目をキラキラさせて千夏達を見ている。

よく千夏が目にするタマの素朴な尊敬の瞳とよく似ている。


ニルソンはこほんと咳払いをひとつする。

「こちらが、ご領主様だ。勇者様、ご挨拶をお願いします」

ぺこりとニルソンは千夏達に向けて会釈をする。


「チナツ」

セラに突かれて、千夏は一歩前にでる。一斉に村人達の熱い視線が千夏に注がれる。

「佐藤千夏です。千夏と呼んでください」

千夏が挨拶をすると村人達はわぁと一斉に手を叩く。


「みな落ち着け!」

村長がカンカンとフライパンを叩く。

その音が気になったのか、上空からタマとレオンが降りてくる。


「こんな近くで竜を見るのははじめてだ」

「んだ。でっかいのぉ」

村人たちは竜達におびえる様子がまったくない。


まるで少し大きな牛でも見学しているようなまったりとした雰囲気である。

この村ならレオンもタマも気ままに過ごせそうだ。


「小さいほうがタマで、大きいほうがレオンです。仲良くしてあげてくださいね」

千夏が2匹を紹介すると、村人達はうんうんと綺麗にそろって頷く。

「竜はなんでもたべるだか?」

小さい子供がしゅたっと手をあげて、千夏に質問する。


「なんでも食べるわよ。今はご飯食べたばかりだから、おなかすいていないの。あげるなら今度にしてね」

千夏は質問の意図を読み取って答える。

子供はうれしそうにこくんと頷く。


別の子供がまたもやしゅたっと手を上げる。

「魔族を倒したときのお話聞かせて」

「いいぞ」

子供の気持ちがよくわかるアルフォンスが、千夏の代わりに笑顔で答える。


「あのう、とりあえずその話は今度にしましょう。まずは一旦お屋敷で休憩されたほうがいいのでは?」

ニルソンが慌てて間に入る。

村人達は少し残念そうだったが、素直にニルソンの言葉に頷く。


あらかた紹介が終わったので、村長は村人たちを解散させる。

「素朴な感じでいい村ね」

セラは畑に戻っていく村人達の背中をみながら千夏に話しかける。

「そうだね」

熱烈な歓迎ぶりには正直驚いたが、善良そうな村人達に千夏は好感を持った。


それまで黙って様子を窺っていた中年の女性が、千夏達に頭を下げて自己紹介をする。

「ご領主様、初めてお目にかかります。領主様の屋敷の管理を任されております、ライゼと申します。こちらが領主様のお屋敷となります」


この村で唯一石造りの大きな屋敷へと彼女は千夏達を案内する。

屋敷の大きさはエッセルバッハのバーナム辺境伯邸と同じくらいだ。

だが、庭の大きさが全然違う。といってもまったく整地されていないので、どこまでが屋敷の庭なのかが全く分からない。


「お恥ずかしい話ですが、庭にまだ手をつけておりません。これから手入れをする予定です」

申し訳なさそうにライゼが謝る。

「いいよ、ゆっくりで。問題ないよ」

千夏は笑って答える。


それにしてもこれが私のおうちかぁ。

千夏は大きな屋敷をじっと見つめる。

メイドさん付の家が欲しいとこの世界に来たばかりのころはずっと考えていた。


念願のメイド付の(大きな)一軒家だ。

ただ、この家には領主という仕事がついてくる。

どのくらい大変なのか千夏にはよくわかっていない。詳しそうなエドとアルフォンスが頼りだ。


無理をせずに、私らしくのんびりとできることからやろう。

千夏はそう決めてから自分の家となった屋敷の扉をくぐった。

評価ありがとうございます。

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