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だらだら行こう(仮)  作者: りょうくん
ハマール編
143/247

フルール村

「た、大変だー!大変だどぉー!」

村長のハガスがフライパンをおたまでカンカンと鳴らしながら村中を駆け巡る。

「あんれ、村長が走ってるだ」

昼食を食べに畑から戻ってきた村人達は、何事かと家の中から外に出て走り去っていく村長の後ろ姿を眺める。


「この前はゼドんところの子供が産まれたって慌ててたなぁ。逆子で大変だったや」

「今度はなんだろなぁ。どこか赤子さ産まれる家がおったかなぁ」

村民たちは顔を突き合わせ、のんびりと村長の家に集まっていく。


「おんや、徴税官さまがおるど。こんにちは」

次々と集まる村人達に声をかけられ、ニルソンは困ったように顔をしかめる。

本当は村長に話をきちんとしてから、村人達に説明をしようと思っていたのだが段取りがめちゃくちゃだ。


ニルソンは今年22歳になる。ハマール貴族の下っ端の子爵の三男坊で、なんとか官吏の仕事に就くことができたばかりだ。徴税官になってまだ半年も経っていない。

この村にきたのも新任の挨拶で一度だけ来ただけだった。

そんな自分がこんな大役を任されたのだ、しっかりと村民に説明をしなくてはならない。


ひととおり村中を駆け回った村長が息も切れ切れに戻ってくる。

まだ村長に触りしか話していないのに、村中の人が集まってしまった。

これではニルソンが村人全員を相手に説得しなければならなくなる。

はぁぁとニルソンは深い溜息をつく。


「徴税官さまから大事な話がある。みんなよぉく聞くように」

村長夫人から水を渡され、一気に飲み干した村長がまたもやフライパンを叩きながら、村人達に真剣な表情でそう説明する。

この村は200人ほどの人が住んでいる。子供から老人までじっとニルソンを注目している。


ニルソンはコホンと咳払いをひとつしてから、先ほど村長に告げた一言を村人達に向かって告げる。

「この村はハマール王家の直轄地だったのだが、実はこのたび新しい領主が決まったのだ」

「「「「ほぉーっ」」」」

村人達はニルソンの言葉に、真剣に頷く。


「いいか、次が驚くど!」

村長は得意そうに村人達を見回す。

村民たちから話の続きを促す熱い視線がニルソンに集まる。

ニルソンはもう一度こほんと咳払いをすると口を開いた。


「なんと、新しい領主は魔族からハマールを救ってくださった勇者様なのだ」

「「「「「勇者様?!」」」」」

村民たちはざわざわと騒ぎ始める。


「すごいな、勇者様かぁ。じっちゃんの話に聞いたあの勇者様か?」

「んだよ、勇者様っていったらあれだ」

「魔族を倒したってさすが勇者さまだな」

村人達は興奮したように近くの者たちと言葉を交わしている。


この村には一冊だけ本がある。いろいろな困難に勇者が立ち向かい、最後には魔族を倒すという王道の物語だ。


何度も何度も村人達が、楽しそうにその話を繰り返し伝えていくので、小さな子供たちも勇者というものを知っている。


熱心に話し始めた村民たちに向かって、ニルソンはパンパンと何度も手を叩いてそれを鎮める。


「さらに大事なことなのだが、このサーヴフルール地方は勇者の自治国となるのだ。つまり、ハマール王国でなくなってしまうのだ」


ここが一番重要な点だった。今まで暮らしていた国と違う国となる。

突然そんなことを言われたら村人達が不安になる。だから先に村長を説得しておきたかったのだ。


村人達は茫然とニルソンを見る。

それはそうだろう。

ニルソンはなんといって説得しようかと頭の中でいろいろと考え込む。


「はい、徴税官様!」

しゅたっと村人の一人が手を上げる。

「質問かい?いってみたまえ」

「自治国ってなんだ?」

村人がそうニルソンに尋ねると他の者たちも、うんうんと頷く。

どうやら話が難しくてついてこれなかったようだ。


「つまり・・その・・・この国がハマール王国ということは知っているよな?」

ニルソンの言葉に村人達は神妙にうんうんと頷く。

「自治国とは、今度からこの村はハマール王国の一員ではなく、勇者の国になるという意味だ」

「なるほどぉ」

村長が納得したように頷く。


「勇者の国はこの村だけだ。他にはない」

更に不安になる話だが、しないわけにはいかない。ニルソンは重々しく村人達に告げる。


だが村人達の反応は想像の逆をいっていた。

「「「「「おおっ!」」」」」

キラキラと目を輝かせて村人達が興奮している。

すごいべ、すごいべ。

興奮した村人達がお祭り騒ぎのようにはしゃぎ始めたのだ。


「みんな、まずは落ち着け!」

村長がフライパンをお玉でカンカンと叩く。

「一番重要なことをまだ聞いてないぞ」

真剣に村長が村人達を見据える。


やはり村長なだけはある。

税収や今後の支援などについていろいろと質問するつもりだな。

ニルソンはやっと一生懸命まとめてきた資料が役立つときが来たと少し緊張する。


自治国となったからには、ハマールやエッセルバッハからの援助金や国の関所、ギルドの設置、農作物の買い取りなどいろいろ決めなければならないことがたくさんある。


3日間、官庁で何十人もの役人が徹夜をして今回の自治国へ移行するためのマニュアルを書き上げた。


この計画を遂行するには村人達の協力が必要不可欠だ。村人達にわかるようにじっくりと説明しなければならない。


ニルソンはじっと村長を見てからコホンとまた咳払いをする。


「では今後の・・・「竜は、竜はいるだか?」」

説明をしようとしたニルソンの言葉を遮り、村長が真剣な表情で尋ねる。


「は?」

想定外の質問をされてニルソンは固まる。


「勇者様には仲間の竜がいるはずだ。じっちゃんの物語ではいつも竜が出てきた」

「仲間の竜?ああ、勇者には2匹の竜が付き従っているが、それがなんだ?」

上司から説明された勇者の情報を思い出しながらニルソンが答える。


「「「「「おおっ!」」」」」

先程よりさらに村人達のテンションは上がる。

すごいべ、すごいべ。

村人達は一丸となってその言葉を繰り返す。村長も一緒になってフライパンを叩きながら喜んでいる。


村長と今後の事柄についてニルソンが話すことができたのは、それから2時間も後のことだった。

なにせ興奮した村人達が勇者への初めの挨拶の練習を始めてしまったのだ。


「「「「ようこそ、フルール村へ!」」」」

「だめだ、今そろってなかったぞ。もう一度だ!最初の挨拶が肝心だぞ」

村長がフライパンを叩きながらびしっと指導する。


取り残されたニルソンは、なんだか泣きたくなってきた。

勇者がこの地に来るまであとわずか一週間だ。それまでにやらなければならないことが多いのに、いったいどうしたらいいんだろう。

「・・・やっぱり、俺にはこの大役は無理だったんだ」

ニルソンはがっくりとうなだれた。




「ここに屋敷を設置すればいいんだな?」

王都からきた上級魔術師が、ニルソンに尋ねる。

「はい。屋敷はここでお願いします」

ニルソンはへこへこと頭をさげる。今日は領主の館とギルドの分室の設置日だった。


王都にある没落した貴族の館をそのまま上位の時空魔法で魔術師が運んできたのだ。

「ガーデンボックス!」

魔術師がそう唱えると、なにもなかった空地にどんと石造りの大きな屋敷が現れる。


「おおっ、すごいべ」

村長は、初めて見る時空上位魔法に感動する。

「それでは、さっそく掃除を始めましょう。みなさん頑張ってください」

領主の館を管理するために王都から魔術師と一緒にやってきた女性が村人達に声をかける。


彼女は銀色の髪をきっちりと結い上げ、背筋をぴんと伸ばした40代の女性だ。

彼女は女官長の妹で、今回の件をくれぐれも頼むと皇太子に頭を下げられてここに来たのだ。

夫に先立たれて、息子は立派に男爵家を継いでいる。

この年になって重要な仕事を任されるとは思ってもいなかった。

頼まれたからにはしっかりと務めあげる所存だ。


村人達は「頑張るど!」と返事をして掃除用具をもって館の中へ入っていく。

領主様には綺麗になった屋敷で気持ちよく過ごしてもらいたい。

女性から細かい指示を受け、村人達は掃除に勤しむ。


「みなさん大変協力的で助かります」

にこにこと女性は微笑みながら、ニルソンに話しかける。

「ええ、彼らは働き者です。少し頭に花が咲いているんじゃないかと不安になりますが」

ニルソンは、はははと苦笑いをする。


「使用人を何人かこの村の者を雇いたいのですが、どうでしょうか?」

「たぶん問題ないと思います。ただ、あまり大勢だと畑に手が回らなくなる可能性もありますので、その時は王都から人を雇ったほうがいいかと思います」

ニルソンは少し考えてからそう答える。

ニルソンはニルソンなりにこの村のことが心配だった。


「料理人とメイドは何人か王都で雇うつもりです。ただ、村のことはよくわからないので、メイド一人と庭師に一人雇いたいのですがどうでしょうか?」

「それくらいなら問題ありますまい」

ニルソンの言葉にすこしほっとしたように女性は頷く。

地理もなにもわからないところに来たのだ。いろいろと村のことを教えてもらう必要がある。


「ギルドの支店はどこに設置すればいいのか?」

2人の話が落ち着いた頃を見計らって魔術師が尋ねる。

「えっと、こちらになります」

ニルソンは急いで村の見取り図を取り出し、魔術師を案内する。


勇者がくるまであと4日。今日もニルソンは忙しかった。

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