自治国
西の砦の魔族の夜襲の顛末を、王の間で見ていた一同はしーんと静まり返っていた。
巨大な人狼に変身した魔族に2匹の竜。
人の身でありながらも魔族を翻弄する二人の剣士。
そして最後に大地を崩壊させる空を飛ぶ魔女。
全てが作り事のようで現実感が全くなかった。
セラから千夏の力が巨大であると聞いていたが、クロームは半信半疑だった。
だが、いまではそれが真実であったことを知る。
いやというほど映像の中の魔女の実力をまざまざと見せつけられたのだ。
「これは真実の映像なのか?」
国王がぼそりとつぶやく。
この世界にはCG技術も特撮技術もない。
単純に術者の視界を通じたリアルタイムでの出来事を映し出す、映像魔法だけが存在する。
「とりあえず、竜騎士達の保護をしましょう。彼らとて深手を負っているはずです」
クロームがそう発言すると顔を顰めていた竜騎士団長が、すぐに砦の警備隊長へ遠話を使って、竜騎士達の捜索と治療にあたるように指示する。
「彼らに報酬とハマールとしても勇者として認めることが必要ですな」
政務次官であるクロームの腹心が穏やかにそう告げる。
王の間にいた全員の視線が彼に集まる。
「報酬はそれだけの働きをしたのですから、当たり前のことです。
ハマールとしても勇者と認める件ですが、彼らを厚遇すれば今後も魔族との戦いで、彼らの力をあてにすることができるということです」
腹心のいうことはもっともだと思うが、そばでずっと彼らを見てきたクロームには彼らが富や名誉を喜ぶとはとても思えなかった。
「敵対するよりは取り込むべきでしょう。どこまで彼らに特権を与えるべきかが問題ですな」
財務大臣が政務次官の言葉を受けて真剣に報酬について考え始める。
「エッセルバッハでは彼らになにを与えたのだ?」
国王がクロームに尋ねる。
「勇者として宝物庫の武具を与えたそうです。領地や爵位を与えてはいません。一人はもともと辺境伯の長男です。爵位も土地も持っています。他の2人は冒険者で、あまり領地や爵位などは喜ばないのではないかと思います」
クロームは自分の意見も添えて報告する。
「冒険者ならなおのこと、自分の領地が欲しいものではないでしょうか?
サーヴフルールを領地として与えたらいかがでしょうか?あの辺りは平野と小さな湖だけですが、自らの領地を守るために魔族との盾となるのではないでしょうか?」
外務大臣が妙案を思いついたとばかりに意見をいう。
サーヴフルールは竜の谷に近いやせた土地であまり収穫がない。小さな湖があるが今は開墾せずに放置されたあまり欲しがる者がいない土地だった。
「あの土地ですか?あのやせた土地を押し付けても勇者たちが感謝するとは思えません。それに、爵位を与えることにエッセルバッハが黙っていないでしょう」
政務次官が外務大臣の提案に難色を示す。土地を与えるということはハマール王家の臣下となることだ。
クロームも政務次官の意見に賛成だった。
「ハマールの豊かな土地を与えて家臣にでもなってもらったほうがもちろんいいですが、エッセルバッハの横やりがはいるでしょう。
でもまぁ、あの土地なら自治領として認めても問題はありません。
できるだけ彼らには中立でいてもらいたいと私はそう考えています。もちろん自治領にハマールとして援助をするつもりです」
外務大臣が言いたいことがなんとなく理解できる。
つまり彼は勇者たちにエッセルバッハ寄りではなく、中立の立場であることを意識づけさせたいのだ。
とりあえずそれ以上の意見が出なかったので報酬は白銀貨50枚と自治区という話で決まった。
臣下が全員去ったあと、二人きりになった国王がクロームに話しかける。
「お前が言っていたことが正しかった。今後はお前に魔族との戦いの指揮を任せる。エッセルバッハと協力してなにかやりたいのであれば、やるがいい」
国王は疲れたように、玉座に深く腰掛ける。
「余はエッセルバッハが嫌いだ。だが好き嫌いでこの国を沈めるわけにはいかない。次はお前が国王になるのだ。後のことは任せた」
国王の言葉は責任放棄にも聞こえるが、指揮をすべてクロームに預けるといっただけでもましだった。
「はい。必ずやこの国を守ってみせます」
クロームは国王に向かい深々と頭を下げた。
「サーヴフルールを?馬鹿じゃない?」
案の定相談してみたら、セラから鼻で笑われる。
「まぁ、そういうと思ったよ」
クロームはさもあらんと平然とお茶を口にする。
「で、エッセルバッハはこの件について抗議するかい?」
「当たり前でしょ。彼らをそんな安い土地に縛らせて、ハマール王家の臣下扱いなんてさせないわよ」
「自治国として認めるつもりだ。ハマールとしては援助もする」
「自治国としてもらっても価値がないじゃないの」
憤然とセラが言い返す。
「アルフォンスはエッセルバッハの貴族だが、チナツとセレナは冒険者だ。ハマールに取り込むことができないのであれば、できればエッセルバッハに属さない立場でいてもらいたいというくらいの話だけどね」
クロームの言葉にセラは「そうきたか」とつぶやく。
同時に2か国が襲われた場合、今のままだと勇者たちがエッセルバッハを優先させるのではないかという危惧から出た発想だ。
勇者を認め今後はエッセルバッハと同じ位置で対等に勇者と協力しあいたいのだ。
勇者をエッセルバッハから貸し出してもらう形はよろしくない。
同盟国なのに優劣ができてしまう。
せっかくクロームが陣頭に立って本来の同盟国として動き始めるのだ。
勇者をめぐって対立しては意味がないのだ。
「セラ、君が彼女たちを雇っていることは知っている。それを自治区の投資としてエッセルバッハから正式に資金提供する方向にしてもらいたい。反論はあるかい?」
「まぁ私があなたの立場でもそういうと思うわ」
セラは溜息をつき、クロームに向き直る。
「ありがとう。君ならそう言ってくれると思ったよ。
君と私とは同盟者だ。その点は君の知力をあてにしているし、信頼もしている」
クロームは満足気に微笑む。
「ところで誰を領主にするわけ?」
「決まっているだろう、一番影響力が大きい者だよ」
「かなり嫌がるわよ」
「そうだろうね」
クロームは嫌がる彼女の顔を思い浮かべる。面倒くさいと一言で済ませることが予想される。
明日は彼女を説得するために一日かけるつもりだった。
「ところで、訓練のほうはどうなんだい?」
「それぞれの国の代表者が一応完全ではないけど、技を使えるようになったわ。いつまでも彼らを拘束することはできないから、そろそろ潮時ね」
「それでは明日、セレナも同席してもらいたい。契約のことも話さないといけないしね」
セラは黙って、静かにお茶に手を伸ばす。
「話すのはパーティ全員にしたほうがいいわよ。どうせ彼らはしばらく同じところにいるのだから」
「わかった」
クロームはセラの助言を受け入れる。
やっとハマールとエッセルバッハは本当の同盟国となることができるのだ。
これからやるべきことはたくさんある。責任は重いが、いずれ国王になる立場だ。
久々にクロームはとてもすっきりした気分になった。
「はい?もう一度いって?」
千夏は首を傾げながらクロームに問う。
ここは皇太子宮の応接室だ。今日は朝食後に《トンコツショウユ》全員が集められ、クロームから今後についての説明がされる。セラももちろん同席していた。
「今回の魔族襲撃の報酬として君たちに白銀貨50枚と、竜の谷近くの土地がハマールから支払われる。ここまではいいかな?」
クロームは最初から話始める。
お金はもらえるならもらったほうがいいのだが、土地は別だ。
あまりよくはないが、千夏はとりあえず頷いておく。
代わりにアルフォンスがクロームに質問する。
「土地ですか?なにか爵位が与えられるという意味でしょうか?」
「エッセルバッハとの絡みがあるので、ハマールの貴族として召し抱えるつもりはない。
その土地は自治領として認める。つまり、新しい国ができると考えてもらいたい」
クロームは地図を取り出して、今回与えられるサーヴフルールを羽ペンでぐるりと〇をつける。
確かにそこはハマール領内だが、エッセルバッハとの国境に近い。竜の谷もすぐ近くにある。
「新しい国ですか」
怪訝そうにアルフォンスがクロームを見つめる。
「そう。エッセルバッハにもハマールにも属さない自治区だ。
勇者はできるだけ中立でいてもらいたいというのが今回の意図だ。
もちろんハマールやエッセルバッハから資金援助はしよう。そのかわりに魔族との戦いは協力してもらいたいのだ」
魔族との戦いに協力するのはわかるが、なんで自治領とやらをもらわなければいけないのか。
千夏にはいまいちよく状況が理解できない。
セレナも首をひねっている。リルも突然の話に茫然としている。
状況を理解できたのはアルフォンスとエドだけだった。
「君たちは何人もいるが、自治領はひとつだけだ。この報酬は最終的に魔族を倒したチナツに与えるものとする」
「え?」
突然指名された千夏はやはり状況が呑み込めていない。
「この自治区には村が1つだけ。村民はおよそ200名。他は開拓されていない。
君がここをどうするかは君の好きにしていい。放置するのでもいいし、開拓するのでもいい」
「ちょっと待って!わけわかんないから!」
千夏は慌ててクロームを止める。
「つまり?」
千夏はアルフォンスとエド、そして事情を知ってそうなセラに向かって尋ねる。
「チナツが新しい国の王になるってことだ。小さい国だがな」
アルフォンスが簡単に説明する。
「いらない、面倒くさい!」
なぜこんなことになったのか千夏にはさっぱりわからない。
「つまり月毎に給料を払っていたのを、今度からチナツの国へハマールとエッセルバッハからお金が支給されるのよ。チナツの国籍がエッセルバッハから新しい国に代わるだけね」
簡単そうにセラが答えるが、どう考えてもそんな簡単なことじゃないように思える。
「冒険者ギルドの派出所もチナツ達が住む家も用意する。ひとりが嫌なら補佐官にセレナを任命すればいい」
「ええ?!」
セレナもクロームに突然話を振られて叫び声をあげる。
「その家に住むも住まないもチナツの自由だよ」
重ねてクロームが千夏へそう告げる。
「……拒否できないということなのね?」
千夏はじろっとクロームをにらむ。
「そう。国籍が変わるだけのことだ。大したことじゃないだろう?」
クロームは平然とそううそぶく。
「私だけそんなの嫌だよ!それならセレナもリルも国籍を同じにして!」
さすがにアルフォンスとエドにそれは強要できないと知っている千夏は、厄災に仲間を引きずり込むことにする。
「もちろん構わないわ」
セラが千夏の言葉に頷くが、セレナとリルはぎょっと身をすくませる。
いったい何をさせられるのか千夏と同様に不安だったのだ。
かくして突然ハマールとエッセルバッハの中間に新しい国が設立された。
国名がパーティ名と同じで安易すぎますので、ちょっと考え直したいと思います。
平日は考える余裕がないので、ちょっとお時間をください。
千夏は念願の一軒家を手にいれたことは確かなのですが、
なんでこうなったのか・・・
途中まで真剣になにを報酬として払うか考えていたのですが。
国と国との思惑でぐたぐたに・・・
ハマール編はこれで終わりです。
次回からは新しいおうちのお話になります。




