生まれました
千夏が卵を買った次の日、だらだらとベットで寝ていた千夏は大きな音で目を覚ました。「ベリッ、バリッ」とおなかのほうから音がする。どうやら卵が割れている音のようだ。
千夏は慌てて布を外してみる。
「ニュー」
赤と黒の縞々の卵から緑色の生物は這い出てきた。体長が10cmくらい。背中に翼があり、翼をパタパタと動かしている。翼は羽毛ではなく、堅そうだ。額には赤い小さな角がついている。
(ドラゴン?)
なんと表現していいのかがわからないが、しいて言えば竜なのだろうか。でも竜が「ニュー」と鳴くのだろうか。鳴き声だけ聞くと子猫のようである。
(とりあえず最初に名前を付ければいいんだっけ)
「えっと、名前は…………」
「ニュー、ニュー」
「タマで」
「ニュー」
どうやら名前を理解したようだ。
まずはご飯なんだろうけど、なんでも食べるっていってたっけ?アイテムボックスから肉まんを取り出し、タマに与える。タマは肉まんのにおいをかぐと小さな口で食べ始める。
「お、食べた」
小さいとなんでもかわいく見える。ちょっと癒される千夏であった。しばらくすると肉まんを食べ終えたタマは「ニュー」と鳴いた。どうやらおかわりが欲しいらしい。
もう一個肉まんを取り出すし、タマに与える。タマは黙々と自分の体の半分の大きさの肉まんを食べていく。するとピキッという音がしてタマの全長がひとまわり大きくなる。
「ニュー」
「おかわりね。ほれ」
とりあえず今度は宿で作ってもらったサンドイッチを与える。
食べ始めるとまたピキッという音がし、ひとまわり大きくなる。すさまじい成長力である。そしてまたもやおかわりを催促するタマ。
「ちょっと待て」
千夏はタマをかかえると宿を飛び出し、ウォルがいる露店へと走りだした。
「ウォル!ちょっと!」
ウォルを見つけた千夏はずいっとタマをウォルの前に突き出す。
「なんか生まれてから食べては大きくなっていってるんだけど、どんくらいまで大きくなるのこれ?」
「んー、見たことないやつだな。俺は従魔に詳しくないからな」
ウォルはしげしげとタマを眺めながらちょいちょいと触ってみる。
「じゃあ、とりあえず従魔屋に連れて行って!」
「俺今店番なんだよ。兄貴が帰ってくるまではダメだ」
そういわれてしまえばそこまでなので、千夏はおとなしく待つことにする。
「ニュー」
タマはおなかがすいたと千夏に訴える。
「ウォルはオスカーに何を食べさせてるの?」
「ん、干し草かな。そこに置いてあるやつ……。おぃ、何勝手に食べさせてるんだよ」
干し草をタマに与えている千夏にウォルがどなり声を上げる。
「ウォルに貸しがあったよね。干し草くらいで文句をいわない!」
そう千夏にいわれるとウォルは何も言えなくなる。もぐもぐと食べ続けるタマは今は全長が40cmを超えた。生まれたときの4倍である。それなりに満足したのかタマが食べるのをやめたのは、山と積み上げられていた干し草を半分食べたあとだった。
しばらく経つとセドリックが戻ってくる。
「俺もみたことない従魔だな。とりあえず従魔屋に行って来い」
セドリックも千夏に借りがあるのですんなり話が通った。
「ほぅ、これはルビードラゴンですね。また珍しいものを引きましたな」
サイラスは千夏が連れてきたタマをみてそういった。
「やっぱり竜なの?どのくらい大きくなるの?」
不安気に千夏は聞く。竜といえば全長何十メートルある巨大生物だ。とても宿屋に一緒に暮らせない。それに食費も気になる。
「そうですな。成竜になれば全長10メートルを越しますね」
「10メートル!!!」
「まぁ竜は長い時間をかけて成長しますから、すぐにそんなに大きくなりませんよ」
「しかし生まれてまだ数時間ですよね?よくこれだけ大きくなりましたね。よっぽど気を吸いこんだんでしょう。体調は何ともないのですか?」
ピンピンしている千夏をみて不思議そうにサイラスは聞く。実際タマは千夏が貯めこんでいた気力を全部吸い上げてしまっていた。
「まぁ生まれてからは気を吸うことはないでしょう。とりあえず食欲は収まったようですし、第一次成長期は止まったのでしょう。当分はこのサイズですな」
(第一次というとは第二次成長期があるってこと?恐ろしい……)
とりあえず、サイラスにルビードラゴンについて知っていることを説明してもらうことにした。話が長くなるということで、テントの中の休憩所に場所を移すことにする。
「ルビードラゴンとは名前のとおり、この角がルビーのような赤い輝きをしていることから名前が付けられました。属性は光属性で高い知力を持つといわれています。ここエッセルバッハ王国とハマール王国の間にある竜の谷に生息しているという噂を聞きます。はて、どうやってステファンはルビードラゴンの卵を手にいれたのか大変興味深いですな。少々話がそれましたかな。
現在、ドラゴンを従魔としているのはハマール王国の竜騎士団くらいしか聞いたことがないですね。といってもルビードラゴンのような知性があるドラゴンではなく、下位のワイバーンと呼ばれる竜です。あと、はるか昔に竜王を従魔として活躍した英雄の伝承が残っているくらいでしょうか。
ドラゴンと従魔契約が少ない理由ですが、高位の魔物と契約することは誰でもできるのです。問題は卵をかえすまでの間ですね。前にもご説明したとおりに卵がかえるまでの間主人の気力が吸われ続けます。高位の魔物は気力を吸う量が尋常ではないのです。普通の気力の持ち主では気力が持たず、生命力まで吸われ死んでしまうことがあります。もちろん卵はかえりません」
「私もしかして死ぬところだったの?そんな危険な卵があったんなら最初から説明しておいてよ!」
思わず身震いする千夏である。
「まぁ無事でよかったです」
「それだけかよ!」
サイラスからお詫びにタマの食事用に干し草を1日分せしめた。本来なら3日分でも足りないところだが、いろいろ教えてもらったので妥協した。千夏はもらった干し草をアイテムボックスに収容する。一食分がおよそ干し草で5キロほどである。おそろしい食欲である。あの小さな体のどこに入るんだか……。
「ドラゴンは雑食ですからなんでもべます。一番安いのが今渡した干し草ですが、森にいるウォーターモンキーなら楽々今の幼体でも倒せますから、勝手に食事に放すというのもありですね。ただ、街中を小さいといえドラゴン単体で移動するのはよろしくありません。門の外まで連れていき、帰ってきたときには迎えにいくことが必要です。いらない騒ぎがおきますからね。成長すれば知力がつきドラゴンと会話も可能でしょうが、とりあえず今はドラゴンと連絡がとれないでしょう。そこでドラゴンの笛を大特価銀貨5枚でご提供しましょう。笛を吹けば10キロ圏内であればドラゴンのみに音が聞こえ呼び戻すことが可能でしょう」
しぶしぶ千夏は銀貨5枚を払った。すくなくてもかさみ続けるエサ代より放牧すれば安価である。
タマは千夏の膝にうずくまりお食事あとのおねむタイム中であった。
(まったく私が食っちゃ寝したいよ……)




