風邪
「くちゅん」
リルは可愛らしいくしゃみをすると、ぼーっとした視界で部屋の中を眺める。
先程起きたばかりだが、なんだか体がだるい。
昨日から突然の気候変化でとても涼しい。いや、寒い。
どうやら風邪をひいてしまったようだ。
ふらふらとベットから起き上がり、顔を洗う。
昨日はレオンに付き合って再度ティフルダンジョンまで飛び、馬車をしばらく走らせた後に人気が少なかったので、久々に竜にレオンが戻った。
楽しそうに空を飛び回るレオンを眺めていたが、千夏とリルを待たせているのが気になったようで、レオンが背にのせて飛んでくれるという。
千夏はレゴンでレオンとタマが馬車を飛ばしたときに、こりたようなので遠慮していた。
滅多にない機会だったので、リルはレオンの背にのせてもらうことにしたのだ。
簡単な物理結界を張って、乗ったレオンの背は意外と安定していた。
眼下に広がる景色がとても綺麗で、とても楽しい時間だった。
あのとき長時間少し冷たくなった風を受けていたので、風邪をひいてしまったらしい。
自分の荷物から風邪薬を取り出し、コップに水を注いで飲み下す。
久しぶりに飲んだ風邪薬はとても苦かった。
食欲はあまりなかったが、重い足取りで食堂へと向かう。
「おはよう」
珍しく早起きした千夏がリルに声をかけてくる。どうやらリルが一番最後だったようだ。
「おはよう」
挨拶を返すが、のどの調子が悪いらしくいつもと違うかすれた声になる。
「あれ、リル風邪ひいてるの?」
セレナが心配そうにリルを見る。
「そうみたい」
リルはふらふらといつもの定位置に着く。
「スープは飲めますか?」
エドが野菜スープを差出ながら気遣うようにリルに尋ねる。
「たぶん。他の食事はちょっと無理かも」
リルは暖かいスープをスプーンですくって一口飲み干す。のどがひりひりと痛い。
「風邪とはなんだ?」
レオンがセレナに質問する。
「病気のことなの。熱がでてつらいの」
セレナは簡単に風邪について説明する。
「リル、つらいのでしゅか?」
一度も病気になったことがないタマにはリルのつらさがわからない。
おろおろと不安そうにリルをタマは見る。
「スープもつらそうですね。りんごをすりおろしてきます」
エドは急いで厨房のほうに向かう。
アルフォンスはリルのそばによってくると、手をのばしリルのおでこを触る。
「熱が出てるな」
アルフォンスの手は少しひんやりしていて、気持ちがよかった。
「風邪のときはどうしたらいいんだ?」
同じく一度も風邪にかかったことがないアルフォンスが困ったように尋ねる。
「暖かくして、ゆっくり寝ていたほうがいいの。熱を下げるために氷枕とかが必要ね」
食事をとりながら千夏が答える。
りんごのすりおろしを持ったエドが戻ってくる。
「少しでも食べたほうがいいです」
リルはこくりと頷いて、リンゴのすりおろしをゆっくりと食べる。
うるると目がうるみ耳がペタンと垂れ、熱をもった赤い顔でつらそうなリルを竜達は遠巻きに心配そうに見ている。
いままで一緒に旅をしていて、病気にかかった人を見たのが初めてだったのだ。
なんとかすりおろしりんごを食べ終えたリルは、これ以上ここにいると他の人の風邪をうつすかもしれないので、席を立ちあがる。
よろりとよろけるリルをレオンが支え、部屋まで一緒に付き添っていく。
触れた体が熱い。
ベットにリルを寝かせ、さきほど聞いたので氷魔法をつかって文字通り氷枕を作る。
そのまま枕と入れ替えようとするので、念のため一緒についてきたエドがそれを止める。
「氷は小さいものでいいんです。このタオルの上に小さい氷をいくつか作ってください。できれば角がまるいほうがいいです」
アイテムボックスから取り出したバスタオルを広げ、エドはレオンに頼む。
バスタオルの上に20個ほどの氷をレオンが作ると、エドはそれをタオルで何重かに包んでから、枕とリルの頭の間にそれを差し込む。
「氷が解けたらまた、同じように氷をつくってあげてください」
「わかった」
素直にレオンは頷くと、テーブルから椅子を持ってきて、ベットのすぐ横に大人しく座る。
呼吸が荒いリルをじっと悲しそうな顔で見つめる。
「ごめんね。手間をかけさせちゃって」
リルがか細い声でエドとレオンに謝る。
「病人が気にすることではないですよ。大量に汗をかくので、お昼くらいに一回着替えましょう。では、レオン後はお願いしますね」
エドはそういって部屋を出ていく。
「任せろ」
残されたレオンは真剣にリルの顔をじっと覗きこんでいる。
薬のせいなのかだんだんと意識がぼんやりとしていく。リルは目を閉じ、しばらく眠ることにした。
昔の夢を見る。前に風邪をひいたときの夢だ。治療部隊に入って、しばらくしたときにリルは風邪をひいた。たった一人でベットに横になり、コンコンと咳をしながら静かな部屋で寝ている。
治療師が風邪をひくなんて。情けないし、ひとりぼっちなので段々と心細くなっていく。
ずっとこのままひとりぼっちなのだろうか。不安に胸が押し潰れそうになる。
体の熱さとなにかの重みでリルは目を覚ます。
布団の中でにコムギがリルとぴったりとくっつくようにうつ伏せになっており、じっとリルを見ている。
重かった原因は足元でタマが円くなって寝ているようだ。
リルが身じろぎしたので、タマはもそもそと起きてくる。コムギも心配そうに「クー」と一声鳴く。
「大丈夫でしゅか?寒くないでしゅか?」
タマはベットを降りて、リルの顔を覗き込む。
千夏に風邪のときはできるだけ暖かくしてあげる必要があると聞いたタマとコムギは、リルを温めようと団子のようにくっついていたのだ。
普通なら風邪がうつると注意すべきだったが、強靭な体をもつタマとコムギには関係がないことだった。
自分たちが暑いだろうに。
なんて愛らしい生き物なのだろう。
リルはベットからゆっくりと起き上がる。
「まだ熱が高いでしゅ。寝てないとだめでしゅよ」
「うん、でも汗をかいたから着替えないとだめなんだ。寝汗があとで冷たくなって体を冷やしてしまうからね」
「わかったでしゅ。ちょっと待ってるでしゅ」
タマはクローゼットにリルの着替えをとりに走る。
少しの間席をはずしていたレオンが戻ってくる。タマから着替える必要があることを聞くと、あまり動けないリルの服を脱がして、タオルで汗を拭いてから新しい服に着替えるのを手伝う。
氷も溶けていたので新しい氷にかえてリルを寝かしつける。
なかなか熱が下がらないリルにレオンはドンドンと不安になってきたので、クロームの書斎で病気について調べてきたのだ。
高熱が続くと死ぬことがあるという一文を見てから、レオンは更に不安になっていた。
「医者を呼んだほうがいいのではないか?」
「解熱剤をもらってきてくれるとうれしい」
かすれた声でリルがそう答えると、レオンはすぐに部屋を飛び出していく。
今度はタマも布団の中に潜り込んできて、ぴったりとくっついてくる。
服を着替えたばかりだったので、少し体が冷えていた。
両側から暖かいぬくもりが伝わってくる。
またしばらくうとうとと眠ってしまっていたようだ。
人の話し声で目が覚める。
「起こしてしまいましたか」
部屋の中にいたエドが申し訳なさそうにリルを見る。
「お昼を食べて、薬を飲んでしまいましょう」
エドはお昼ごはんをとりに部屋を出ていく。レオンが心配そうにリルの顔を覗き込む。
「どうだ、少しはよくなっているのか?」
「解熱剤を飲めば少しよくなるよ」
レオンを安心させるようにリルは微笑む。
エドが運んできた食事は少しかわったものだった。南国諸島で食べたコメがお湯の中に沈んでいる。
「これはおかゆというものだそうです。チナツさんが作ったのですよ。なんでも故郷で病人が食べるものだそうです」
リルは薄味の粥をゆっくりと口にする。こんな形で千夏の手料理を食べれるとは。味があまりわからないのが少し悔しい。
なんとか残さずに完食すると、エドから解熱剤をもらって水で飲み込む。
タマとコムギはご飯を食べに席をはずしている。
広くなったベットで再びリルは目を閉じた。
何かが顔を拭う感触にリルは目を覚ます。
リルの額の汗を拭いていた千夏は「ごめんね、起こしちゃって」と謝る。
リルの両脇にはまたもやタマとコムギがぴったりとくっついて寝ている。
レオンも椅子に座ったままじっとこちらを見ている。
「さっきまでアルフォンスとセレナもいたのよ。あんまり病人のそばに大勢でいるなってエドに怒られたばかりなの」
千夏はそういうと、寝ているリルに顔を近づけてくる。
こつんと軽くお互いの額をくっつける。
至近距離に千夏の顔があることにリルはドギマギと赤くなる。
「熱は下がったみたいだけど、顔がまだ赤いわね。ご飯は食べれそう?」
千夏はリルから離れ、レオンに「大丈夫よ」と声をかける。
「あ、うん」
声も少し調子が戻ってきている。
千夏はご飯を作ってくるから、その間に一度リルの着替えを手伝うようにレオンにお願いする。
甲斐甲斐しくレオンがリルの着替えを手伝う。
タマとコムギは目を覚ましたようなので、レオンも含めて夕飯を食べにいくようにと言づける。
「もう、だいぶよくなったからね」
安心させるようにリルが笑うと3匹は渋々と部屋を出ていく。
しばらくして千夏がおかゆをもって戻ってくる。
今度は少し味がわかる。素朴な味だったが、とても美味しかった。
「ごめんね。どうしてもタマもコムギもレオンもリルから離れたくないみたいなの」
千夏はリルに薬を渡しながら気まずそうに笑う。
「竜や魔物はめったに病気になんかかからないでしょう。人が脆いものだと初めて知ったみたい。不安なのよ。邪魔だけど、我慢してやってね」
「ううん。一緒にいてほっとするよ」
リルは千夏にコップを渡しながら嬉しそうに笑う。
「チナツ、あのね・・・元気になったらまたチナツの作ったご飯食べさせてもらってもいい?」
リルはもじもじしながら千夏を上目づかいで見る。
「いいけど、あまり期待しないでね。私あまり料理得意じゃないのよ。じゃあゆっくり寝てね。おやすみなさい」
千夏は苦笑しながら、ひらひらと手を振って部屋を出ていく。
リルはベットに横になるとへにゃりと思い出し笑いをする。
急いでご飯を食べてきた魔物3兄弟が戻ってくる。
すかさずタマとコムギはベットの中に潜りこんでくる。
レオンが椅子に座ったのをみて、リルはおいでおいでとレオンを誘う。
きっとあのまま一晩中椅子に座ってリルを看病する気なのだろう。
「レオンも一緒に寝よう。ベットは広いから大丈夫だよ」
レオンは頷くとごそごそとコムギの隣に潜ってくる。
「みんなが看病してくれたから、明日にはきっと元気になっているよ」
「本当でしゅか?」
「本当だな?」
「クー!」
うれしそうに魔物3兄弟はリルを見つめる。
「うん。だから今日はいっしょに寝よう」
リルはそういって瞼を閉じる。
そう、もう俺はひとりぼっちじゃない。
「おやすみ」
ご感想ありがとうございます。
リルにガンバと応援をいただいたので書いてみました。
あんまり頑張っていないですが(笑
しばらくまったり回だったので、
次回からはストーリーを少し先に進めようと思います。
作者も現在風邪ひいてます。鼻がひりひり痛い・・・




