盗賊とレオン
かなり遅くなりました。
コムギの強化訓練が終わり、レオンは暇を持て余していた。
コムギはというとすっかり仲良くなったジークとタマと3人(?)で庭で遊んでいる。
今はかくれんぼうの最中だ。さすがにかくれんぼうに混ざる気はレオンにはない。
あれは子供同士だから楽しいのだ。もしレオンが参加して、誰も見つけてくれなかったら寂しすぎる。
レオンは読んでいた本を閉じる。
最近字を覚えたので、暇つぶしに本を読んでいたのだが飽きてきた。本でも知識が増えることは増えるが、せっかく洞窟を出てきたのである。できれば外でいろいろ体験してみたい。
一人で本を読むのもなんだか寂しかったので、今は千夏の部屋にいる。
千夏の部屋はひんやりと涼しい。マジックアイテムが常に動作しているのでゴリゴリと氷を作り出し、その冷気を微風の風が室内を循環させる。
千夏はベットで寝っ転がりながら読書をしている。
レオンの隣ではリルが薬草作りにせいを出している。ごりごりと乳鉢で粉末状に薬草をすりおろしていく。
「僕は外にでかけてくる」
そういってレオンが立ち上がると、がばりと身を起こし千夏が「どこいくの?」と尋ねてくる。
リルも心配げにレオンを見上げる。
レオンが外の世界のことをあまり知らないので、不安になるのだろう。
それはレオンもわかっているが、いささか過保護過ぎる。幼竜ならともかく、レオンは成竜だ。
大抵の障害なぞ蹴り飛ばすことができるのだ。
だが、その蹴り飛ばすというところを千夏達が心配しているというところにレオンは気が付かない。
人と竜の考え方の違いが大きいのだろう。
「どこに行くかは決めてない」
とりあえずレオンは千夏の質問に素直に答える。本当はハマールの空を飛んで王都以外の場所に行ってみたい。王都の近くで竜の姿に戻るのは禁止されているからだ。
しばらく考えた後、「王都から少し離れたい」とレオンは答える。
「ティフルダンジョンまでなら転移を使えるけど。それより先に行くなら、エドに馬車を借りたほうがいいわね。リルは馬車を走らせることはできる?」
「うん。一応旅の間にエドに教えてもらったからできるよ。あまり早くは走らせられないけど」
さくさくと千夏とリルの間でどうするかが決まっていく。
レオンは一人でどこかに出かけようと思っていたのだが、二人は当たり前のように同行するらしい。
「チナツは出かけるのが面倒なんだろう?」
しばらくの間一緒に旅をしていれば、千夏がどれだけの面倒くさがりやかをレオンは知っている。
「うん。でもレオンをひとりにしておけないからね」
そういうと、千夏の姿がすっと消える。たぶん転移したのだろう。
千夏は極度の面倒くさがり屋だが、自分の保護下にある者の要望はできるだけ叶えようとする。
コムギやタマのおねだりには弱い。それが自分にも適応されているということに気が付きレオンはうれしくなるが、口からでた言葉は別の言葉だった。
「僕は幼竜じゃないんだ」
「うん。知っているよ。もしかして、一緒に行くのが嫌だった?」
リルは少し不安そうにレオンを見上げる。
「別に嫌だとは僕は一言もいってない。ついて来たいならついて来ればいいんだ」
ツンとレオンは顔を横に背ける。
リルがなんでそんなことを聞くのかレオンにはわからなかった。一緒に行くのに僕が不満をいうわけがないというのに。
「よかった。じゃあ、チナツが馬車を借りてくるから下で待っていようか」
リルはにっこりと笑う。リルは笑うと花が咲いたように辺りが明るくなる。
リルはもう少し自分に自信を持ったほうがいいといつもレオンは思っている。いつも相手の事を気にしていることが多い。
リルと庭に一緒にレオンは降りる。しばらくすると千夏が馬を連れて転移してくる。馬車はアイテムボックスの中だ。
「とりあえず、ティフルダンジョンに転移するね」
千夏がそういった瞬間視界が切り替わる。以前来たことがあるティフルダンジョンの入口だった。
「なんか騒がしいね」
リルが仮設されているギルドの小屋のほうにピクリと耳を動かす。
「単に順番待ちしてるんじゃないの?」
千夏はギルドの周りに集まった人々を眺める。
ギルドの周りには青いローブを来た子供たちが不安そうに、引率者を見上げている。
引率者、たぶん学院の教師だろう。
「緊急クエストが発行されました。冒険者の人は依頼を受けてください」
教師とギルド職員らしき女性が何度も声を張り上げる。
「緊急クエストとはなんだ?」
レオンが千夏へ尋ねる。
「特別な依頼のことよ。緊急性が高い依頼で、冒険者はこれを断れないの。なんか面倒そうだな」
千夏はギルドの仮設小屋に向かって歩き始める。
レオンも一応冒険者となっている。せっかく遠出しようと思ったのだが、仕方がない。
ギルドの仮設小屋周辺に冒険者たちが集まっている。
ギルドの受付嬢が、冒険者たちを集め終えると依頼内容について説明を始める。
「今から5分ほど前に、低層の地下10階に盗賊が現れました。襲われたのは王立学園の生徒たちです」
受付嬢は近くに青白い顔をして座り込んでいる生徒たちに視線を一度移す。
「転送石の近くだったので、殆どの生徒は逃げることができましたが、3人の生徒が盗賊に捕まってしまいました。王都には連絡していますが、すぐに兵が移動してこれません。
まずはここにいる冒険者の皆さんで盗賊の探索を行ってください。盗賊は10名前後だそうです。
冒険者ランクEまでの人は盗賊の探索をお願いします。なにか手がかりがつかめたら一度戻ってきてください。Cランク以上の冒険者は更に盗賊討伐と生徒の奪還が依頼になります」
盗賊とは人を傷つけたり、襲ったりする悪い人だとレオンは教えられていた。力あるものに挑むのならわかるが、か弱いものを狙うそうだ。ティフルダンジョンではよく盗賊が現れる。前に潜ったときにリルからの注意事項として聞いた覚えがあった。
しかも人が多い低層で襲うとはなかなか肝が据わった盗賊たちだ。
王立学園の子供たちの大半は貴族の子供たちだった。誘拐して身代金を要求するつもりなのだろう。
特に今回人質として連れ去られた一人は現外務大臣の一人息子だった。
王都から応援がくるまでに早めに居場所を特定しなければならない。
ダンジョンの中は広く複雑に入り組んでいる。捜索が遅れれば遅れるほど盗賊を見つけ出すことはできない。
緊急クエストということなので、帰還のマジックアイテムを無償でギルドが貸し出す。また連絡をとれるようにパーティに1個遠話の腕輪が配られる。
次々と冒険者たちは転送石を触り地下10階へと降りていく。
レオン達も地下10階へと降り立つ。
「転移石を使っていないなら、まだこのあたりにいるはずよね」
千夏は周りの気を確認する。緊急クエストを受けた冒険者は全員で10名の3パーティだ。Eランクパーティは地下10階から上を目指して進む。Bランクパーティは下を目指して移動中だ。
地下10階で10以上の気が集まって移動しているのを千夏は感知する。
「たぶんあっちのほうにいる」
千夏が指さした方向をリルは地図に当てはめる。
「こっちから行こう」
リルを先頭に千夏達は盗賊たちを追いかける。
「ともかく人質優先で助けるわよ。今回は前衛をできそうなのはレオンしかいない。頼んだわよ」
千夏が隣を歩くレオンに声をかける。
「わかった」
レオンは短くそう答える。
このときレオンがどうやって人質を奪還すべきかその対処を考えていたのだが、その方法をもしこの場で知ることができていたら、千夏はそんなの無謀すぎると叫んでいたことだろう。
あと少しというところまで近づいた千夏達は声を殺して、ジェスチャーを交えながらとある岩の前に立っていた。
フィタールのダンジョン同様、ここの岩の後ろに隠し通路がある。
盗賊たちはここに身を潜めているようだ。
レオンができるだけ静かに巨大な岩を横にずらしていく。
最初にレオンが中に入り、続いて千夏とリルが中へと入っていく。
少し曲がった先に武装をした男たちと青いローブを来た子供達3人の姿が見える。
「ビックウェーブ」
レオンは人質を確認するとすぐさま魔法を発動させる。
名の通りに突然ダンジョンの中に大量の水が湧きでて、盗賊たちに向かって襲い掛かる。
「なっ!」
千夏は突然現れた水の巨大な波に驚き声を上げる。
「なんだと!」
盗賊たちももちろん慌てて後ろに向かって逃げるが、巨大な波は隠し通路の一番奥まで盗賊たちを押し流していく。
ロープで縛られていた人質たちもあっという間に波に沈められる。
「レオン!」
千夏がそう叫んだときに、千夏達の前に波が押し戻されて戻ってくる。
膝ぐらいまで浸かった水の中に透明な水膜に守られた3人の人質たちが、驚いたようにこちらを見ていた。
千夏はすぐに水膜を解除して、一人ひとりの人質の状態を確認する。
突然の大波に驚いていたようだが、3人とも外傷はない。
大波は隠し通路の一番奥で今は渦を巻いて回っている。
もう十分だろうと判断したレオンが魔法を解除すると、波から放り出された盗賊たちが次々と空中から落下していく。
レオンはゆっくりと倒れ呻いている盗賊たちに近寄り、誰も死んでいないことを確認する。
ダイナミックな魔法の使い方に千夏はあきれたようにレオンを眺める。
千夏の咎めるような視線にレオンは、少しだけばつが悪そうな顔をする。
「誰も死んでいないし、人質も無事だぞ」
レオンは千夏に向かって少しだけ言い訳する。
千夏が何かレオンに言う前に、人質の少年たちがレオンに向かって「すごい!」「今のは何の魔法ですか?」など絶賛する。
かなりの高度から落ちた盗賊の一人が重傷だったのでリルはヒールをかける。全快されても面倒だし、本来なら盗賊はその場で殺してもいいのだ。
とりあえず盗賊たちから装備を取り上げ、ロープでがっしり身動きできないようにつなぐ。
盗賊は全員で12名もいたので地上まで連れ行くのが面倒になったのだ。
今回貸し出された遠話の腕輪を使い、人質を無事救出したことをリルが伝える。
そのあと3人の少年を連れて千夏達は転移石で地上に戻る。
待ち構えていた王立学院の教師と生徒が無事戻ってきたクラスメイトに駆け寄ってくる。
リルはクロームからもらっていた地図に隠し通路の図を書き足し、ここに盗賊を捕えていることをギルド職員に説明する。
なんとなく出鼻がくじかれてしまったので、貸し出されたマジックアイテムを返却し、3人は王都へと戻った。
夕食が済み、みんながそれぞれの部屋で寛いでいる頃。
レオンはふらりと千夏の部屋に現れた。まるで職員室に呼び出された生徒のように居心地が悪そうな顔を向けてくる。
千夏はその顔を見たら、なんだか文句をいう気力がなくなってしまった。
「レオン、今度からはやる前にちゃんといってね。心臓が止まるかと思ったよ」
静かに千夏はレオンに話しかける。
今の千夏には同時に魔法を発動させることなどできない。事前に言われてもできるかどうか疑問に感じたかもしれない。でも今ならレオンの魔法の力を知っている。
「ん」
こくりとレオンは小さく頷く。
「みんな無事に助かってよかったね。ありがとう」
怒られると思っていたレオンは千夏の言葉に、小さく驚いて顔を上げる。
静かに千夏が微笑んでいるのを見てレオンはほっと小さく息を吐く。
「リルにも謝っておきなさい。きっと驚いただろうから」
「わかった」
素直に頷いて、レオンは千夏の部屋を後にする。
レオンは誰かに怒られるということが今回初めての経験だったのだろう。とても千夏の倍以上生きている生き物には見えない。
「あんな顔されちゃ、怒れないじゃない」
千夏はレオンが出ていったドアをみて苦笑した。
評価ありがとうございます。
レオンについて書こうと思ったのですが、何度書いてもいまいちでくじけてしまいました。
鉱床見学にいったり、街に買い物にいかせたりいろいろ試したのですが、結局これに落ち着きました。




