コムギの食事レッスン
昨日は久しぶりに賑やかな晩餐だった。
コムギは早朝に目が覚める。昨日ワイバーンから大量の気を抜き取ったので、体がなんか熱く感じたのだ。もそもそとベットからコムギは起きだす。
いつもと体が違う。長い尻尾はないし、ふわふわの毛もない。
小さな手のひらを見てようやく擬態していることに気が付く。
主人の千夏はどうせ揺り起こしてもなかなか起きない。
ふかふかのベットに千夏に少し押しつぶされるように寝ているタマをゆさゆさとコムギは揺さぶる。
「ター。起きて」
しばらくするとタマが目をこすりながら起きてくる。
始めは自分と同じ姿のコムギをみてきょとんとしていたが、すぐに理解する。
「コムギ、おはようでしゅ」
タマはコムギに向かってにっこりと笑って挨拶する。
コムギもその笑顔を見て嬉しくなる。
「ター。おはよ」
そっくりの幼児がお互いをみてにっこりと笑い合う。
タマはベットの上から降りると、椅子をもってテーブルの近くに置く。
椅子に上り、テーブルの上に置いてある水差しからたらいに水を入れる。
「人の姿をしているときは、起きたら顔を洗うんでしゅ」
ジャブジャブとたらいの水を顔につけてタマは顔を洗う。タオルが見当たらなかったので、ベットにあったタオルケットで顔を拭く。
物知りな兄のマネをしてコムギも椅子に上り、ばしゃばしゃと顔を洗う。ほとんどが顔ではなく服にかかるが、コムギはまったく気にしていない。
椅子を降りるとコムギもタオルケットで顔を拭いた。
「ちーちゃんはまだ起きないでしゅ。ご飯を食べに行くでしゅよ」
タマはコムギと手をつなぎ、少し背伸びしてドアノブを開ける。
廊下を歩いているとアルフォンスを起こしに行くエドとすれ違う。
「おや。二度目の擬態ですか。せっかくですからテーブルマナーを覚えましょう。先に食堂にいって待っていてください」
エドはコムギの頭を撫でるとそういってアルフォンスの部屋へと向かっていく。
コムギはエドも大好きだ。いつもおいしいご飯を作ってくれる。
食堂につくとすでにレオンとリルがお茶を飲みながら朝食が出てくるのを待っている。
「おはようでしゅ」
タマがにこやかにあいさつする。
リルが2匹現れたタマ達の姿に驚く。レオンはすぐにコムギに気が付いたようだ。
「おはよう。コムギ挨拶は?」
レオンに促されてコムギも二人に挨拶する。
「レー、リー。おはよ」
「よくできた」
レオンは満足そうに頷く。レオンはコムギの2人いる兄の一番大きなお兄ちゃんだ。いつもは少し厳しい。
だけどコムギは知っている。
たまにこっそりと夜寝室に現れる。コムギが起きて近づくと、コムギを抱き上げて自分の寝室へ連れ帰るのだ。
ベットの上でぎゅっと抱きしめて、いっぱい撫でてくれる。タマも千夏もよくコムギを撫でてくれるが、レオンの撫で方は優しく丁寧で、コムギが気持ちよくなるところに手を伸ばしてくる。
気持ちよすぎてつい寝てしまうのだが、朝起きたら千夏のベットに戻っている。
おっきいお兄ちゃんは照れ屋なので、普段人がいるところではあまりコムギを可愛がらない。
これはコムギとレオンだけの秘密だ。
リルはいつでもコムギに優しい。
タマとレオンが夕方2匹そろって晩御飯を食べに行っているときに、たまにリルと千夏とコムギだけになる。そのときだけはいつもしっかりしたリルが「あー」と「うー」しか言わなくなる。
コムギの主人である千夏はレオンよりも強い。
もしかして千夏が怖いのかな?とコムギは推測する。だからコムギはリルを安心させるつもりで、いつもポンポンとリルの膝を叩いであげるのだ。千夏は食いしん坊だけど、リルは食べないよと。
コムギが膝を叩くたびにリルははぁと溜息を吐く。
「ごめんね、俺不甲斐ないよね」
コムギには難しい言葉なのでよくわからない。でも落ち込んでいるようなので、リルの膝の上にのって顔をなめて慰めてあげるのだ。
「なんと!タマが二人いる!」
食堂に入ってきたアルフォンスがタマとコムギを見比べて驚きの声を上げる。
つかつかとイスに座っているタマとコムギのところにやってくると、2匹を両手で抱え上げる。
じろじろとタマとコムギを見比べて、「もしかして竜は分裂するのか?」と首をひねる。
「なにを馬鹿なことを言ってるんです。もう一人はコムギですよ。コムギは擬態できる魔物です。今回は2回目の擬態ですよ」
エドが朝食をテーブルに並べながら呆れる。
1回目のときはアルフォンスとセレナは倒れて寝込んでいたので知らないのだ。
外見で見分けがつかないアルフォンスはくんくんと2匹の匂いを嗅ぐ。
大人しくしていたタマもさすがに嫌になったようで、無理やりアルフォンスの腕から抜け出す。
普段からアルフォンスの過剰なスキンシップをタマは受けているのだ。
残ったコムギをくんくんとアルフォンスは匂いを嗅ぐ。
コムギにとって匂いを嗅ぐことは普通のことなので抵抗はない。
「おひさまの匂いがする。こっちがコムギか」
コムギのもこもこの体毛はいつもおひさまにあたっていい匂いがする。
「アー、おはよ」
正解とばかりに、コムギがアルフォンスに朝の挨拶をする。
「おはよう」
アルフォンスは笑いながら、そう返すとコムギを椅子の上に戻す。
「なにからなにまでそっくりだな」
楽し気にアルフォンスは目の前に座るタマとコムギを見比べる。
アルフォンスはコムギにとってライバルだ。魔物が出れば互いに競争するように一番に駆けこむ。速さではコムギが勝つが、与えるダメージはアルフォンスのほうが大きい。
いつもアルフォンスに負けないようにコムギは全力疾走するのだ。
コムギにとってもうひとりのライバルのセレナが食堂に現れる。
セレナも目をぱちぱちとしばたかせ、初めて見るコムギの擬態に驚く。
セレナはコムギより太くて大きな尻尾を持っている。お風呂から上がると櫛で熱心に尻尾を手入れしたあと、いつもコムギの尻尾も櫛で綺麗にしてくれる。
セレナはアルフォンスから簡単に説明を受けると、にまにまとしながらコムギを眺める。
これで朝揃うメンバーは全員そろった。
コムギはいつも食べている猫の絵柄が入った茶碗が出てこないことを不満に思っていた。
あのお茶碗に入ったものをコムギは食べていいことになっている。
テーブルの上にあるものはコムギが手を出してはいけないものだ。
「エー、コムギのごはん・・・」
エドはコムギに小さなエプロンを上から着せる。
「人の姿のときはみんなと一緒にテーブルの上のご飯を食べるのですよ」
そういわれて、コムギは目の間に置かれたパン皿に身を乗り出して顔を近づける。
すぐにエドがさっと皿を取り上げてしまう。
今日のエドは意地悪だ。
さっき食べていいといったのに。
「コムギいいですか。他の人をみてごらんなさい。顔を突っ込んで食べているのはコムギだけですよ。パンは手で持ってちぎって食べるのです」
隣の席でタマがパンを手で持って小さくちぎって食べている。
「タマもレオンも練習して食べれるようになったのです。2人にできたことがコムギはできないのですか?」
少し意地悪そうにエドはそういうと、パン皿を再びコムギの前に置く。
そういわれたらコムギも引き下がれない。
なんとか手を伸ばしてパンを掴むと、コムギはぶちっとパンを引きちぎる。
そのまま引きちぎったパンを口元に持ってきてもぐもぐと口の中に入れる。
普段よりも口が小さくて食べづらい。
それからスプーンとフォークというものの使い方の説明を受ける。
なかなかうまく使えなくてコムギは全然ご飯が食べられない。
泣きそうになったコムギを見て、リルがコムギの手をそっと握ってスプーンを誘導してコムギにスープを飲ませる。そのあとずっとリルがついてくれてスープと野ウサギのソテーを食べることができた。
それでもコムギはおなかがいっぱいにならない。
次はセレナがやりたがったので、リルと交代し新しくコムギの前に置かれた料理を手伝ってくれる。
たまにフォークまで噛んでしまうが、だんだんとコムギはスプーンとフォークの使い方に慣れていく。
9皿目くらいになるとなんとかフォークでものを差して食べれるようになる。
スプーンはまだ苦手だ。だがスプーンよりフォークを使うことが多いので、今のところは問題ない。
途中でバタバタとアルフォンスとセレナが訓練に出かけていく。
食べるのが遅いコムギ以外のメンバーはすでにお茶を飲みながら、コムギの様子をうかがっている。
いつもなら30分ほどで終わる食事が、2時間近くかかってやっとコムギは満腹となる。
やっとその頃になって起きだしてきた千夏が食堂に現れる。
「ちー!」
コムギはバタバタと千夏に駆け寄り、そのままジャンプして飛びつく。
千夏の服にべっとりとソースやスープのしみが付く。
「あらコムギ?やけにいい匂いしてるじゃない」
千夏は笑いながらコムギを受け止める。昨日はずっとコムギのそばで見守っていたので、すぐに千夏はコムギの気だときがつく。
コムギはぐっと顔をあげて抱き付いたまま千夏を見上げる。千夏はその顔を覗き込むとすぐに理解する。
「よしよし、よく頑張った。コムギは偉いぞ」
千夏はよしよしとコムギの頭を撫でる。タマやレオンに褒められるとコムギは誇りに思う。だが千夏に褒められると嬉しくなるのだ。
千夏はコムギを抱いたまま、少し汚れたテーブルの前の椅子にコムギを下ろす。
その隣に千夏は腰かけると女官長がすぐに朝食を持ってくる。
「千夏様、お洋服が」
すぐに女官長が慌てて、ハンカチを取り出すが、千夏の服よりそっちのハンカチのほうが高級品だった。
千夏は軽く手をふって女官長を止める。
もともと茶色の長めの服なので、ソースの汚れが多少ついたとして目立たない。
「後でお風呂に入って洗うから大丈夫よ」
単なるずぼらなのだが、コムギが服を汚したことを怒っていない。
千夏が朝食を食べるのをじっとコムギは見ている。
千夏は、自分の皿をひとつコムギの前に差し出す。おなかがすいていたわけではないが、コムギはフォークを握って、野ウサギのソテーをぐさりと突き刺す。千夏用だったので、ナイフできりわけていない。
そのまま、コムギはもしゃもしゃと千夏の前でお肉を食べる。口のまわりにソースがべったりとつく。
どうしても千夏にフォークが使えるようになったのをコムギは見せたかったのだ。
「フォーク使えるようになったのね」
千夏は笑って、コムギのフォークから一口肉を齧りとる。
「うん。おいしい」
本当においしそうに千夏が笑う。コムギはそのまま、フォークを千夏へと向ける。
千夏はフォークにささったお肉をおいしそうに全部食べてくれた。
「みんなでご飯を一緒に食べれるとうれしいでしょ?」
千夏がそう聞くとコムギはこくんと頷く。さっきまでは嫌でしょうがなかったフォークだったが、なぜか今は楽しい。
次々に千夏の皿の食べ物をコムギはフォークで差し、千夏に食べさせる。
千夏もパンでコムギの口の周りにべったりとついたソースをぬぐってから、そのパンをコムギの口の中に入れる。
コムギは撫でられるのが大好きだ。つまりスキンシップが大好きなのだ。
千夏は自然に食事という遊びを通して、コムギにみんなと食べる食事の楽しさを教えてくれる。
「コムギ、タマにもくださいでしゅ」
仲間に入りたそうにさっきからうずうずしていたタマがコムギに声をかける。
「ター、あい」
コムギはサラダのはっぱをぐさっとフォークで刺すとタマに向かって、フォークを突き出す。
タマはぱりぱりとコムギのフォークからはっぱを食べる。
タマもコムギは楽しそうに笑う。
ちーはよく寝てるけど、こういうところがコムギは大好きだった。
他愛がないことなのに、なぜか一緒にタマと笑みがこぼれる。
食後はタマとコムギと千夏の3人でお風呂に入る。
じゃばじゃばとお風呂ではしゃいだので、部屋につくところりとコムギは横になって寝てしまう。
千夏は「しー」とタマに向かって人差し指を口元に当てる。タマもすぐに千夏のマネをする。
千夏はコムギを抱きかかえて、ベットの上に寝かせる。
「いったい何の夢をみてるのかしら?」
楽しそうにコムギはにまにましながら寝ている。
きっと夢の中でもみんなと一緒に楽しそうに一緒に駆けまわっているのだろう。
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