突然の乱入者
淡々と消化されていく試合を見ながら、千夏はのんきにエドからの差し入れにかぶりついていた。
ときおりコムギが匂いを嗅ぎ、物欲しげに千夏の手をパンパンと叩く。
千夏はお菓子を半分に割ってコムギ用の茶碗に入れる。
「すっかりくつろいで余裕じゃないか。それとももうあきらめているのかな?」
でっぷりと太った男が近寄ってきて千夏に声をかける。
男は上等な生地で作られた上着をまとい、指にはいくつものごてごてした宝石付の指輪をしている。
古着屋で買った千夏の使い込まれた服とは大違いだ。
「余裕の態度に決まっているでしょ」
千夏は喉元まで出かかった「あんた、誰?」という言葉を飲み込む。
コムギもちらりとその男を見るが、すぐに興味をなくして茶碗の中のお菓子に齧りつく。
「おやおや、もしかして次の対戦相手を知らないのか?」
男は大げさに肩をすくめる。
「知っているわよ。マロンでしょ。いや、マルンだっけ?とにかくビックベアよ」
「そうだ、マルンだ。わしのマルンにかかれば、一撃でこんな小さな魔物は食い殺されるぞ。棄権しておいたがほうが身のためじゃないのか?」
男は不敵に笑う。
どうやら彼がマルンの主人のようだ。そういえばガイドが、どこかの商人だといっていたことを千夏は思い出す。
「そっちこそ棄権したほうがいいんじゃないの?」
千夏は暑苦しい男を視線から外し、持っていた饅頭に齧りつく。
「おやおや、せっかく私が親切でいってやったのに。後悔しても知らないぞ」
無視されることに慣れていない男は、不機嫌そうに千夏の元を離れていく。
千夏は知らんぷりをしてもぐもぐと饅頭を食べる。
ハマールではやたらと絡まれる。クロームは悪い人ではないと思うが、なんとなくハマール人はいちいちメンドクサイ。
「そろそろ、準決勝が始まります。マルンとコムギの関係者は舞台のほうに移動してください」
大会の係員に声をかけられ、千夏は膝の上の菓子屑をぱっぱとはたき落す。
コムギも食べ終わっているようだったので、アイテムボックスにお茶碗を格納する。
千夏達が後片付けをしている間に、マルンと先ほどの男が観衆に手を振りながら、中央の舞台へと堂々と歩いていく。
優勝候補のマルンの登場に観衆も声援を送る。特に賭け札でマルンを買っている者たちの声援が熱い。
マルンコールの中、千夏とコムギは悠然と舞台へと歩いていく。
かすかにタマ達のコムギコールが聞こえる。
コムギは尻尾をぴんと張ったまま、まるで王者のように堂々と歩く。
どうやらコムギにはプレッシャーなどないようだ。
訓練としてあれだけ、二匹の竜と厳しい組手をやっていたのだ。それよりも弱いビックベアなど恐るるに足りない。
コムギはひょいっと軽やかに舞台の上に飛び乗る。
マルンも舞台ですでに待機している。後は開始の合図を待つだけだ。
「それでは、開始!」
審判が高々と上げた手を振り下ろす。
初戦と同様にマルンは四つん這いになり、コムギに向かってスタートダッシュで迫る。
コムギは悠然とそれを待ち構えている。
「おーっと、コムギはマルンの突進に恐怖したのか!動きません!」
解説担当者が大きな声で叫ぶ。
観客はマルンがそのままコムギを突き飛ばす光景を予想し、わっと声を上げる。
マルンがコムギと激突するかに思えた瞬間に、ゆらりとコムギは素早く回避し、そのままマルンの背後に移動する。
気をまとった鋭い鉤爪を、マルンの背中をコムギは何度も振り下ろす。
コムギが一突きするたびにマルンの背中から血しぶきが飛び跳ねる。
「信じられません、マルンが攻撃を受けています!」
観衆は唖然とその戦いを眺めた。解説者の声が静かな会場に響き渡る。
「グガァァァァァァァァァァァァァァァ!」
マルンは悲鳴を上げながら、素早く後ろを振り向きざまコムギへと太い腕を振り下ろす。
コムギはひょいとそれをよけ、マルンの振り下ろした腕の上に飛び乗り、そのままマルンの頭部へジャンプする。
コムギはマルンの頭部をまたぎ、がぶりと上からマルンの首の後ろに噛みつく。
コムギの後ろ足がマルンの目を塞ぐようにぶらぶらと揺れる。
「何をやっているんだ、マルン!さっさとそんな小物引き離せ!」
商人は焦ってマルンを怒鳴りつける。いままでマルンが窮地に陥ったことがないのだ。
頭上を塞ぐコムギに向かって、マルンは両手で次々と重い突きを入れる。
だが、コムギはマルンの気をベースに次々と見事な防御壁を作り出す。
「やだ、私より防御壁作るのめちゃくちゃ早いわ」
千夏は瞬時にコムギが作り上げる見事な気の防御壁に関心する。
もともと千夏は気の修行を面倒くさがってサボっているので、展開速度は異様に遅い。比べるほうが間違っている。
自分の気を一切使わず、マルンから吸い上げた気を上手に使ってコムギは防御を固める。
レオンやタマの連続突きに比べれば、威力も弱いし速度も遅い。
千夏は楽しそうにのびのびと訓練していたと思っていたが、実際は結構タマもレオンもスパルタだった。
コムギが怪我を負うたびにレオンが治癒魔法で治していたのだ。
コムギも強くなりたい気持ちが大きかったので、二匹のスパルタ訓練に最後まで頑張ってくらいついたのだ。強大な兄たちに追いつきたい。コムギの気持ちは純粋でとても強かった。
レオンもタマもコムギの気持ちを汲み取って、厳しい訓練を行った。
「さすがタマの弟でしゅ」
次第に強くなっていくコムギにタマは嬉しそうにコムギを撫でた。
「・・・まぁまぁだな。気を抜くとやられるから気をつけろ」
レオンはうらやましそうにコムギを撫でるタマを見る。出遅れてたので、持て余した手をぶらぶらとさせている。
次第にマルンの動きは鈍くなり、そのままぐらりと前のめりに倒れる。
「おい、起きろ!いくらお前に賭けていると思っているんだ!」
商人がマルンに向かって怒鳴り散らす。
だがすでに気絶したマルンにはその声は届かない。
コムギはマルンの首から牙を抜き、ぷいっと近くにいた審判を振り返る。
審判はコムギの視線を受け、動かないマルンを確認すると厳かにコムギの勝利宣言をする。
「勝者、コムギ!」
彼の声がしんと静まりかえった闘技場に響き渡る。
「「「「ウソだろーーーーーーーーーー!!」」」
観客席から嘆きの声が木霊する。
やけになった観客達が一斉に自分たちの賭け札を闘技場の中へと投げ込み始める。
さすがに舞台中央まで距離があるので、ここまでは飛んでこない。
闘技場の上空の巨大画面に、おすまし顔のコムギが大写しされる。
「危ないですから、物を投げ込まないでください!」
大会運営委員が何度も注意を呼びかける。
「すごい。本当にマルンに勝った」
ジークはぱちぱちと目をしばたかせ、舞台中央のコムギを見つめる。
「コムギはタマの弟なのでしゅ。当然でしゅ」
どや顔でタマが胸を張る。
「僕の弟であることも忘れるな」
レオンが拗ねたように、タマの言葉を指摘する。
(やけに気の遣い方がうまいもんやな。)
感心したようにシルフィンがコムギを褒める。
「めちゃくちゃ攻撃を受けてたように見えたが、あれは全部気で防いでいたのか?」
アルフォンスが驚いたように無傷のコムギの姿を見下ろす。
(そうや。しばらくみとらん間に大分成長したな。グズグズしてるとお前ら抜かされるで。)
師匠の言葉にセレナも唖然とコムギに視線を落とす。
観客の暴走のためしばらく試合が中断される。
正直賭けで負けようが千夏には知ったこっちゃない。
観覧席に戻りコムギを撫で、お祝いに焼き菓子を2人で食べる。
30分ほどして観客が落ち着いたので試合が開始される。
「ふむ。どれもたいして強くないね」
千夏は残りの2試合をぼりぼりとお菓子を食べながらのんびりと観戦する。
決勝戦は3匹の魔物による複数バトルだった。
開始の合図が入ったとたん、他の2匹の魔物が同時にコムギに攻撃を仕掛ける。
マルンを倒したので脅威に思ったのだろう。
コムギはひらひらと2匹の攻撃をよけ、挨拶代りに気をまとった鉤爪で2匹の横っ面を叩く。
決勝戦はあっけなくコムギの圧勝で幕を閉じた。
「それほど強くないと言ってなかったか?」
クロームがセラに向かって小言をいう。
「タマ達に比べれば、まだまだよ。相手が従魔だから弱すぎたのね、きっと」
セラは涼しげに答える。
去年のマルンも圧勝だったが、こんな大番狂わせな出来事は初めてだった。
大会委員長は、舞台中央でぴんと尻尾をたてたコムギを何度も眼鏡を拭いて確認する。
「委員長、表彰式の準備を始めてよろしいでしょうか?」
係員が、委員長のもとに集まり指示を仰ぐ。
「表彰式は少し待て」
大会本部テントに突如現れた男が、委員長に向かって命令する。
「あなたは・・・」
委員長は驚いたように来訪者を見る。
「本命のビックベアが倒された、波乱な大会の最後にふさわしい試合を見せてやろう」
男はそういうと本部のテントを出て、中央舞台へと向かっていく。
委員長は男の素性を知っていた。
慌てて、アナウンスを流すように係員に申し付ける。
「皆さま、本大会で特別なエキビジョンマッチを行います。優勝者と素敵なゲストの一騎打ちです。どうぞそのままご観覧ください」
ざわざわと異例なアナウンスに観客席はざわめく。
「なにそれ、聞いていないんだけど」
千夏は不満げにアナウンスに向かって文句をたれる。女官長がコムギの優勝パーティでご馳走を作って待ってくれているのだ。できればさっさと帰りたい。
本部のテントから中央の舞台に向かって、ローブ姿の老人が歩いてくる。
千夏は怪訝そうにその老人を見つめる。
老人は千夏を見るとにやりと笑い、首から下げている笛を吹く。
だが、笛の音は聞こえない。
老人が笛を吹いた瞬間にタマとレオンがぴくりと反応する。
そう、あの笛は千夏も持っている竜笛だった。
空から一匹のワイバーンが会場にゆっくりと降りてくる。
「特別にお前らにワイバーンの強さを教えてやろう」
老人はワイバーンを見上げる千夏を、まるで虫けらでもみるような目つきで眺める。
老人は竜騎士団専属の竜使いだった。
調子に乗っている他国の勇者共に、痛い目を見せることが彼に与えられた役割だ。
「みなさん、ワイバーンです。ハマール最強の従魔がここに訪れました!」
解説者は興奮したように叫ぶ。
「「「「「「おおおおおおおおおおお!」」」」」
観衆は初めて見るワイバーンの戦いに一斉にどよめく。
ハマール上空に常にワイバーンが飛んでいるを見かけるが、ワイバーンが戦っているところを彼らは見たことがなかったのだ。
「これって強制参加させられるの?」
千夏は係員をじろりとにらんで確認する。
ワイバーンはAランクの下位の魔物だ。コムギでも今まで通りにすんなり勝てるとは思えない。なにせ相手は空を飛ぶのだから。
「どうもそのようです。はい・・・」
下っ端の係員はしどろもどろに答える。
「だいたいワイバーンは空を飛ぶでしょ。そのあたりどうするのよ」
「上空5メートル以上は飛ばさない。それならよかろう」
係員ではなく老人が代わりに答える。
5メートルでも飛べるのならワイバーンに有利だ。
千夏は眉をしかめる。
突然のワイバーンの出現に観客席のクロームは声も出ない。
なぜ、あんなものがこの大会に出てくるのだ!
「人のところの竜は出すなとか言っているわりに、自分のところの竜は出すのね」
呆れたようにセラが茫然としているクロームにチクリと文句をいう。
「知らない!私は聞いていないぞ!だいたいAランクの魔物と対決なんて無茶だ。すぐにやめさせてくる」
クロームは立ち上がると急いで大会本部へと走り出す。
どいつもこいつもなんで好き勝手なことをしでかすのだ。しかもまた竜騎士団だ。竜騎士団の横暴さにクロームは腹が立つ。
舞台の上ではすでにコムギとワイバーンがにらみ合っている。
コムギは突然現れた強敵に胸を躍らせる。
「それでは、試合開始!」
審判の掛け声が闘技場に響き渡った。
すみません、終わりませんでした。次回へと続きます。
評価ありがとうございます。




