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だらだら行こう(仮)  作者: りょうくん
ハマール編
132/247

本選開始

 女はふらふらと彷徨っていた。

 突然恩赦で牢を出されたあと、一度住処にしていたぼろアパートに戻った。

 すでに夫はなくなっており、共同墓地に埋められたあとだった。病に倒れた夫の薬代欲しさに、貴族の財布を盗んだバチが当たったのだ。


 何も考えたくないと思っても腹はへる。日に一度教会の炊き出しの列に並んで、薄い粥を一杯恵んでもらう。


 街は従魔の大会で浮足立っていた。女は人波に押され、競技場前にたどり着く。

 予選はすでに終わったらしく、競技場前では賭け事屋が明日の決勝戦の賭札を売りさばいている。


 ぼんやりと女はそれを眺めていた。

 昔夫と少ないお金をかけて、パン屋を開業する資金の夢を買ったことがある。まったく当たらなかったが、それでも楽しかった思い出だった。


 明日の決勝に出る従魔達の似顔絵をみながら、ふとそんなことをぼんやりと女は思い出す。

「おや?」

 その似顔絵の中についこの前みたことがある従魔が並んでいた。女はポケットの中からあの幼子からもらった金貨を取り出す。


 貴族の息子にははした金だろうが金貨は大金だった。

 腹が減った時に何度か使おうと思ったのだが、なんとなくあのときのしょぼくれた子供の顔を思い出し、使えないままポケットに入れていたのだ。


 女はそのまま賭け事屋の前に歩み寄る。

 ついこの前あったばかりの従魔の似顔絵の下に「コムギ」と名前が書かれている。

 そう、確かこんな名前だった。


「賭札を買うのか?」

 賭け札屋は女を訝しげに見る。

「ああ。この従魔にこれを」

 女はポケットから取り出した金貨を賭け事屋に渡す。使えない金ならば、これもきっと導きに違いない。


「この従魔か?大穴狙いだな。倍率は200倍だぞ。当たればでかいが、望みはほとんどないぞ」

「いいんだよ」

 女はふっと笑って答える。

 賭け事屋は女から金貨を受け取り、コムギと名前がかかれた賭け札に金1と書き込む。


「この賭け札を見せれば、明日は闘技場にタダで入れる」

 賭け事屋から札を渡され、女はそれをポケットの中にしまい込む。


「確か弟といってたね」

 数日前の記憶がよみがえり、久しぶりに女の顔に笑みが浮かんだ。




 決勝当日は、久しぶりにパーティ全員が揃い闘技場へと向かう。アルフォンスとセレナにとって久しぶりの休みだ。たまに休日をいれないと訓練兵がへばってしまう。


「コムギ、《トンコツショウユ》のメンバーとしては優勝しないとだめだぞ」

 アルフォンスはコムギを抱き上げ、高々と掲げる。

「クー!」

 コムギは勇ましくそれに答える。


 あんまり期待しすぎると負けた後が大変そうだ。勝負は時の運だし。

 千夏はタマをはじめとするコムギの優勝を信じて疑わない面々を見て苦笑する。


 闘技場の入口横では賭け札が売られている。気になってのぞいたリルがコムギの倍率をみて驚く。

「コムギが優勝すると倍率200倍だって」

 どうやらコムギは人気がないようだ。一番人気は去年優勝したビックベアのマルン。倍率1.2倍と非常に賭けの利益が少なくなっている。


 コムギの不人気が不服だったようで、セレナが賭け事屋に金貨1枚を渡し、コムギの賭け札を購入する。それにつられたようにアルフォンスやリルも賭け札を購入する。珍しくエドまで購入していた。

 主人の千夏は購入できない。


 お小遣いをもらっていないタマとレオンそれにジークも、もの欲し気にじっとそれを眺めている。千夏はじっと賭け事屋を見つめているタマとレオンに金貨を1枚ずつ渡す。


「父上」

 ジークもじっとクロームをねだるように見つめている。お金が欲しいのではなく、みんなと連帯感を持ちたいのだ。

 クロームも可愛い息子に根負けして、金貨を渡す。


 ジークはタマ達の後に並びわくわくしながら賭け札を手に入れる。

「これはコムギが勝つという札でしゅ」

「コムギ」と書かれている札をコムギに見せながら、タマはご機嫌だった。


 闘技場の中に入ると観客席と選手控えが分かれており、千夏とコムギだけ一階の奥のほうへと向かう。さすがに本選では選手一人ひとりに個室が与えられるようだ。

「コムギ」と書かれた紙が貼られた個室の中に入る。

 部屋中には食べ物と飲み物がたっぷりとテーブルの上に置かれていた。


 早速テーブルの上にあるリンゴを千夏が齧っていると部屋のドアがノックされる。

「検査とマジックアイテム用の血をもらいにきました」

 2人の大会係員が、部屋の中に入っていくる。


 小さな針を出して、係員はコムギの前足をぷすりとさす。

「興奮剤など薬物を使っていないかの検査です。特になにもでませんね。問題なしです」

 ついでにコムギの血を小さなマジックアイテムへと塗り付ける。これはタマが持っているやつと同じで、血がついた相手の健康状態を知らせるマジックアイテムだ。


「そろそろ一回戦が始まります。観戦するのでしたら、部屋をでて右手奥に観覧席がありますよ」

 係員達はそう告げると隣の部屋へと向かう。

 コムギは2回戦に出ることになっている。とりあえずライバルたちの様子を覗いてみたほうがよさそうだ。


 千夏はテーブルの上の食べ物と飲み物をアイテムボックスへとしまい込む。ただでくれるものならなんでも貰っておく癖があるのだ。満足げに千夏は振り返り、コムギを伴い観覧席へと向かう。


 観覧席には何人かの人が座っており、コムギの他には従魔はいなかった。従魔はたぶん部屋でおとなしく待機中なのだろう。

 千夏は前のほうの石の席に座ると膝の上にコムギを抱きかかえる。丁度舞台に2匹の従魔が上がっているところだった。


「一回戦は優勝候補のマルンとシャーリーの対決です。重量級同士の対決です。これは見ものですね」

 マルンは体長6メートルほどのビックベアだ。対するシャーリーは全長5メートルほどのサイである。

 開始の合図がかかると互いに正面衝突する。ドスンと大きな音が聞こえ、互いに一歩も引かない。


 マルンはシャーリーの角を器用に両手でつかんだまま、がぶりとシャーリーに噛みつく。傷口からだらだらと赤い血が流れていく。何度もマルンはシャーリの背中を抉るように噛んでいく。

 怯んだシャーリーの体の下にマルンは腕を差し込み、そのまま力をいれぐいっと横倒しにする。


 横倒しにされるとサイはうまく立ち上がることはできない。数度シャーリーに向かって、マルンは研ぎ澄まされた爪を数回振り下ろす。

 たまらずシャーリーの飼い主が負けを宣言した。あまりにもあっけなく勝負がつく。


「やっぱりビックベアは強いわね」

 千夏は眉をひそめて舞台で仁王立ちするマルンを見つめる。

 まともに激突したらコムギははじき飛ばされるだろう。回避しつつ攻撃を入れていくしかなさそうだ。


「次、出番ですよ。舞台のそでに行ってください」

 バタバタと係員が近寄ってくる。千夏は係員に催促され、コムギと一緒に観覧席からそのまま闘技場へと進んでいく。


 コムギの対戦相手は粘着液を吐き出してくる例の大きなトカゲだった。粘着液にひっかからなければ、コムギの敵ではない。

 ぴょんと身軽に舞台へとコムギは飛び乗り、すぐにでも飛びかかれるように前かがみになる。


 開始の合図がかかると、すぐにトカゲが粘着液を飛びかかってくるコムギに向かって吐き出す。コムギは身軽に横に跳びそれを躱す。

 再度、向きをかえて粘着液を吐こうとするトカゲに、コムギは凄まじいスピードで駆け寄ると、がぶりと背中に噛みつく。


「勝負あり」

 千夏はぐいぐいとトカゲの気力を吸い出すコムギを悠然と見て呟いた。噛みつきさえすれば、コムギの勝利は揺らがない。


「弱いでしゅね」

 タマは観客席からペタリと失神したトカゲを見下ろす。

「でも昨日の予選では結構強かったよ、あのトカゲ」

 ジークは飼い主に引きずられていく、トカゲを見つめる。


「まぁコムギの敵ではないということだな。次のコムギの相手はあのビックベアだろう?」

 アルフォンスは手元にあるトーナメント表を覗き込む。

「でもあのビックベアは遅いの」

 セレナは先ほどの試合を振り返りながら答える。パワーがいくらあっても遅ければダメージを与えられない。竜騎士団副長とセレナの勝負がいい例だろう。


「いまいち見応えがないな。Aランクの魔物が出くれば話は別なんだが」

 先程売り子から買い求めたホットドックを食べながらレオンは不満そうに言う。レオンは売り物に興味があるので、次々と売り子が売りに来るものをどんどんと買い込んでいく。お会計は全てエドが払っている。


 持ちきれない食べ物はリルの膝の上にも置かれている。普段こういう場所で、買い食いなどしたことがないジークが興味深げにこちらを見ているので、リルは何個か甘いものを見繕ってジークに渡す。

 ジークはタマと半分こにして、嬉しそうに大きな饅頭を頬張る。リリーナはジークの口許についた餡をハンカチで拭きながら、楽しそうな息子の姿を微笑ましげに見守っている。


「王都にAランクの魔物が出たら大騒ぎになるわよ」

 セラが笑いながら答える。その隣のクロームは物騒な会話を意図して聞き流そうと努力する。


「とにかく、このままいけばコムギが優勝だな。もう少し勝負に一波乱が欲しいところだが」

 アルフォンスがつまらさそうに、次の試合を眺める。どちらも大した力はなさそうだ。


 その頃、観覧席で千夏は正面に座るレオン達をじっと見つめていた。

「ずるい。自分たちだけおいしそうなもの食べて……」

 最終的にエドに差し入れしてもらうまで、千夏は遠話のイヤリングでぶつぶつ文句を言い続けた。

評価ありがとうございます。


次回で従魔大会は終わりの予定です。


突然の飛び入り参加に千夏は眉をしかめる。

コムギは強者との戦いに胸を躍らせる。

茫然とそれを眺めるクローム。

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