初めてのデート
遅くなりました。
大会がまだ始まりませんでした・・・
「あーあ、やっぱり解凍したらお肉残らないのね」
千夏は残念そうに大量に水がのこった庭を眺めた。
騎士団ともめた次の日、テトラザウスの解凍を皇太子宮の庭で行った。後に残ったのは大量の水と小さな指輪だった。
「これがドロップアイテムか。なんの指輪だろうね」
リルが水たまりの中から指輪を拾い上げる。
「街にいくからそのとき鑑定してもらおうか」
リルから指輪を渡された千夏はアイテムボックスにしまい込む。
今日はこれから明日行われる従魔の大会の登録に出かけなければいけないのだ。
「ちーちゃん、早くいくでしゅ!」
すっかり準備ができているタマにせかされるように千夏達は闘技場へと向かう。
従魔大会の受付は昨日から始まり、当日の午前9時までと決まっている。
受付期間の中日である今日は長い列ができていた。人半分に従魔が半分だ。
大会登録するために皆従魔を連れてきているのだ。
「結構参加する数が多いのね」
長い列をみて千夏は驚く。
「これがみんなコムギのライバルになるんだ」
リルの一声で、タマとコムギがキョロキョロと周りの従魔を観察しはじめる。
従魔屋でよく見る従魔や全く見たことがない従魔など、いろいろいるので待ち時間も結構飽きない。サイに似た重量級の魔物にワニのような爬虫類っぽい魔物などまるで動物園に来たような気分になる。
これだけ魔物がいれば魔物同士の喧嘩になってもおかしくないが、従魔なのできちんとしつけられており皆借りてきた猫のようにおとなしい。
30分ほど並び千夏達の順番になる。申し込み用紙にコムギの名前や魔物の種別などを記載する。
「最後に疫病検査だ」
受付にいた中年男性がコムギの腕を軽く針のようなもので突く。針の色が変わると疫病にかかっているらしい。コムギは健康そのものだったので、特に問題はなかった。
最後に明日の予選の説明が書かれた紙と、受付番号札を渡される。受付番号は89番。ゴロ合わせ的には「厄」である。いまいちな番号に千夏は眉を寄せる。
タマとコムギにねだられ、闘技場近くのオープンカフェで予選の説明の紙を読み上げる。
「えーっと。本選にいけるは12匹の魔物である。去年の優勝した従魔と準優勝した従魔は、シードで予選なし。したがって、予選は10ブロックに分かれて集団戦闘となる。勝ち残った一匹が本選出場になるみたい」
「つまり、予選では全部を倒せばいいんだな」
レオンの言葉に千夏はうなづく。
「それもそうなんだけど、最後まで立っていればいいのよ。予選で負けとなるケースは、闘技場の舞台から落ちた場合や、失神して動けなくなったとき。それにほかの従魔を殺してしまった場合が負けよ。危なくなったら主人が闘技場を降りるように従魔に命令するようにと書いてあるわ」
「コムギだったら大抵の攻撃をよけられるから、混戦のときは回避に重点を置いたほういいんじゃないかな。下手に目立つ攻撃をしてほかの従魔から一斉に攻撃されても困るし」
リルは足元で興奮して尻尾をぶんぶんと振り回しているコムギの頭を撫でながら提案する。
「そうだね。そのほうがいいかもしれない。予選は生き残ることが大事だからそうしようか」
タマとレオンは少し不満そうであるが、コムギの体は小さい。戦いに夢中になって他の従魔から体当たりをくらって場外へ落とされる可能性がある。混戦は何が起こるかわからないのだ。
予選は明日で本選が明後日だ。
受付も終わったので、魔物3兄弟は今日も最後の特訓をしに皇太子宮へと戻っていく。
カフェに残ったのは千夏とリルだけだった。今日は女官長はついてきていない。リルは二人だけの状況にもじもじしながら、ケーキを食べている千夏を上目づかいでそっと観察する。
「ん?なに?」
千夏がその視線に気が付き、ケーキからリルに視線を移す。
「え?あ、あの、そのケーキおいしい?」
リルは慌てて適当に話題を探し出す。
「まぁまぁだよ。食べる?」
千夏はケーキを一口分をフォークで突き刺し、リルの口許へと差し出す。リルはそのフォークをドギマギしながら見つめる。
これはラブラブな両親がたまにやっている「あーん」に違いない。あれは見せつけられた周りの人間をフリーズさせる、最凶の攻撃だ。そんな上級な技を恋愛初心者の自分がやっていいものなのだろうか。
いや、しかしこれは一生に一度の経験かもしれない。もう二度とチャンスは訪れないかもしれない。
散々迷った末に、リルはぱくりとケーキを口の中にいれる。緊張しすぎているのでケーキの味など全く分からない。
千夏は一生懸命ケーキを咀嚼しているリルを面白そうにみている。ケーキを突き出したあとのリルの表情はくるくる変わって大変可愛らしかったのだ。
「味はどう?」
千夏に聞かれてリルは赤くなりながら素直に「よくわからなかった」と答える。
「じゃあ、もう一口たべる?はい。あーん」
千夏は楽しそうにリルへケーキを刺したフォークを差し出す。
なんと二度目がくるとは!しかも今回は「あーん」付である。リルはおののき、周りをくるりと見渡す。ここは人通りの多いオープンカフェなのだ。途中で数人の人と視線がぶつかる。うらやましそうにみている人と微笑ましそうに見ている人たちだった。
(ここは俺の男子力が試されている)
ぐっと握りこぶしを作り、リルは果敢にもぱくりとケーキに再挑戦する。耳をペタリと垂らし、もぎゅもぎゅと必死にケーキを食べているリルはとても可愛らしかった。
(可愛い)
(持って帰りてー!)
うらやましげな周りの視線が集中する。千夏は得意げにさらにケーキをリルに勧める。
結局リルは持ちうる男子力を総動員し、半分残っていた千夏のケーキを全て平らげた。すでに気力は枯渇し、ぐったりとテーブルの上に顔を伏せている。
よしよしと千夏はリルの頭をなでる。耳がとてももふもふしていて気持ちがいい。
ときおり、ぴくぴくと動くのがまた愛嬌があって可愛らしい。
リルの気力が復活するまで、千夏は心行くまで黄金色の耳を堪能した。
「魔力増加の指輪ですな。5%ほど持っている魔力が増加します」
リルの気力が多少回復したところで、千夏達は商人ギルドにやってきた。もちろん階層主から出た指輪の鑑定だ。
「魔力増加の指輪か。じゃあ、リルがつけたほうがいいね」
千夏は鑑定してくれた商人から指輪を渡されると、そのままリルへと渡す。いつもリルは魔力が不足して、魔力回復剤をよく飲んでいるのだ。リルはありがたく指輪を受け取る。
そのあと冒険者ギルドにより、ダンジョンで仕留めた魔物の清算を行う。階層主を倒したのでかなりの高額が渡される。あとでリルとレオンに分配することにする。
最後に魔法屋によって闘技場で使用されている映像魔法を覚えようとしたが、あれは特別な許可が必要らしく覚えることができなかった。
リルは魔法屋で小さな髪飾りを一つ買った。髪飾りの効果は一度だけ封じ込めた魔法を、発動させることができるものだった。リルは物理結界魔法をその髪飾りに込めると、照れながら千夏に向かって差し出す。
「私にくれるの?」
「うん。一度ヒュドラで千夏が怪我をしたことがあったよね。一回しか発動しないけど、突発の事態には耐えられると思うんだ」
デートの帰り際にはやはりプレゼントを渡すべきだろう。千夏がデートだと思ってないとはわかっているが、リルにとっては今日は初デートなのだ。記念になにか贈りたかった。
千夏は銀色に輝く小さな髪飾りを、耳の上の髪を持ち上げてパチンと留める。
「ありがとう。似合う?」
「うん、すごく似合ってるよ」
リルは嬉しそうに最後の男子力を込めて千夏をほめる。
千夏もうれしそうに笑う。プレゼントをもらうのはかなり久しぶりだった。
二人は並んで皇太子宮へと戻る。
(もう少し皇太子宮が遠ければいいのにな。)
リルは日の光でキラキラと輝く千夏の髪留めをみてそう思った。
いよいよ従魔の大会の当日になった。空は澄わたって快晴のよい天気だった。
闘技場の下フロアに入れるのはコムギと主人である千夏だけ。ほかのメンバーはクロームが用意してくれた王族専用の観戦席へと案内される。王族の席だけあって、中央で試合が見れるなかなかよい席だった。
クロームは初顔合わせとなる皇太子妃と王子を、セラ達に紹介する。本当は顔合わせなぞさせたくはなかったのだが、妻も息子もこの大会を楽しみにしていたのだ。
「リリーナと申します」
皇太子妃はセラに向かって優雅に一礼する。妻にはセラの正体を伝えてあった。
皇太子妃は長い銀の髪を結いあげ、すっきりした白いドレスをまとっている。ごてごてとリボンやフリルに飾られたドレスは彼女には合わない。控えめだが、芯はしっかりしているまるで百合のような女性だとセラは感じた。
「セラーズ・トゥルーです。皇太子妃にお会いすることができれて嬉しく思います」
久しぶりにみた毒のないセラの笑顔をみてクロームは驚く。
「息子のジークです」
リリーナは隣に立った小さな男の子を紹介する。年はシャロンと同じくらいだろうか。キラキラと輝く銀色の髪を青いリボンで一つに束ねたかわいらしい男の子だった。
「ジークです」
少し恥ずかしがり屋らしく、リリーナのドレスを軽くつかみながらジークはぺこりと会釈する。
「あら、タマと同じくらいね。タマこっちにいらっしゃい」
セラがタマを手招きする。クロームはぎょっとする。害を与えなければタマがおとなしいことは牢に入れられたときに確認していたが、息子が相手になると平常心ではいられない。
タマは呼ばれてセラの横に並び、ぺこりと挨拶する。
「タマでしゅ」
ジークはじっとタマを見つめる。シャロンと同様に彼の周りには大人しかいない。
初めて見る同世代の子供が気になるようだ。
「とりあえず、座ったらどうだろうか」
クロームは息子の興味がタマに向かう前に話をそらす。
「タマはジーク殿の隣に座りなさい。仲良くするのよ」
勝手に席をセラが決めて各自座っていく。
「ジーク、仲良くさせていただきなさい」
リリーナもにっこりと息子に向かってほほ笑む。彼女も息子が同世代の子供と仲良くなってほしいと思っていたのだ。
「はい。母様」
ジークはリリーナのドレスから手を放し、タマの隣へと腰かける。タマもにこにことジークを見る。
「君はどうして私が嫌がることばかりするんだ」
小声でクロームがセラに抗議する。
「何を言っているの。あなたは最終的には私に感謝することになるわよ」
セラはそう意味深な一言を返すと、リリーナと話し始める。
またもや宿題のように放り出された話にクロームは首を傾げる。
相変わらず彼女の真意はわからない。
微らぶ?っていっていいものになっているでしょうか・・・
評価ありがとうございます。




