ティフルダンジョン (3)
挑戦権を勝ち取った千夏はくるりと、振り返りパーティメンバーを集める。
「今回はアルフォンスもセレナもエドもいない。しかもタマ達は今の姿のままで戦う縛りがあるから、結構大変よ。リルはすぐに物理結界を張ってね。その間に、私とレオンで相手を動けなくする必要があるわ。タマ達は相手が動かなくなってから攻撃してね。本当に危なくなったらタマとレオンは元の姿に戻ってもいいからね」
「たかがトカゲだ。人の身で十分だ」
レオンは不敵に笑う。頼もしいのその言葉に千夏はにっこりと笑う。
リルが素早くパーティ全体に速度上昇と防御上昇の魔法をかける。
胡乱気にこちらをみている竜騎士達の前を通って、階層主の部屋へと千夏達は足を踏み入れた。
「グゴォォォォォォォォォォォ!」
階層主であるテトラザウスがギロリと千夏達に視線を向け、咆哮を上げる。リルが急いで防御結界を張ると、同時に千夏とレオンがテトラザウスに向かって魔法を放つ。
「フリーズ!」
「ファイヤーランス!」
レオンが唱えた魔法は氷雪地獄の下位魔法だ。テトラザウルスの足元がみるみる氷に包まれていく。千夏が唱えたファイヤーランスは、テトラザウスの尻尾に突き刺さりダンジョンの床へと縫いとめる。
テトラザウスは暴れて力任せに尻尾に刺さったファイヤーランスを抜き去るが、足元の氷はヒビが入っただけでまだ歩くことはできない。
再度レオンと千夏が同じ魔法をかけなおす。2度目のファイヤーランスで尻尾の一部がちぎれ、足元の氷は更に強化される。
「タマ!コムギ!」
千夏が叫ぶと待機していた2匹が一斉にテトラザウスに向かって飛びかかる。
コムギはテトラザウスの短い前足にがぶりと噛みつく。タマは氷で凍ったテトラザウスの足の付け根に剣を振るう。タマの剛腕でも振るうのが鉄の剣ではそれほどのダメージを与えられず、3センチほどの深さの傷をつけるのが精いっぱいだった。
テトラザウスは腕を持ち上げてコムギを牙で切り裂こうと動くが、千夏の放ったファイヤーランスが次々と顔面へと突き刺さり、その痛みで体をよじる。
「コムギ、そこだと危ないから背中にまわりなさい!」
千夏の言葉に素直にコムギは前足から離れ、暴れるテトラザウスの背中の方へと昇っていく。
レオンが常に氷魔法を紡いてくれているおかげでこちらは攻撃を受けることはないが、こちらからのダメージもあまり相手に入っていないようだ。コムギが噛みついてテトラザウスの気を吸い上げているが、さすがはAランク上位の魔物だ。中級魔法と鉄の剣では埒があかない。
「善戦しているのではないか。我らが助太刀してやろう」
竜騎士団の分隊長が動けないテトラザウスを見て、好機とみたのか余計な口出しをしてくる。思ったとおりマナーなど気にせず、好き勝手なことを言っているなと千夏は呆れる。
「結構よ。マナー通りにしてほしいものだわ」
押しつけがましい分隊長の言い分に、千夏が拒絶する。
「お前たちだけでは倒せんだろう。我々は親切で言ってやっているのだ」
テトラザウスを倒したとなれば箔がつく。またとない好機だった。
「だから手助けはいらないっていってるでしょ」
千夏は重ねて騎士団に向かって言い放つ。分隊長は千夏の言葉を聞かずに、中へ押し入ろうとする。
「入ってきたら容赦しないわよ」
千夏は入口近くに向かって数発ファイヤーランスを打ち込む。戦闘中のパーティに割り込みなどかけたら殺されても文句は言えないのだ。
千夏からの威嚇攻撃に、分隊長は顔を真っ赤にして怒鳴り返す。
「貴様!たかが冒険者が竜騎士団に歯向かうつもりか!」
彼らの常識はとにかく普通の常識とは違うようだ。分隊長は掴んでいた槍を千夏に向かって力いっぱいに投げつけてきたのだ。
千夏への威嚇かと思われたがそうではなく、まっすぐに槍は千夏へ向かって飛んでくる。
千夏まであと少しというところでリルが張った物理結界に阻まれ、槍ははじき飛ばされる。
「まるで盗賊のようだな」
ぎろりとレオンは竜騎士達をにらみつける。
「我らをそこまで愚弄する気か!」
レオンの言葉に更に竜騎士達がいきり立つ。それぞれが剣を抜きこちらに向かって身構える。
あまりの傍若無人さにリルですら呆気にとられる。とても騎士と呼ばれる者が行うような所業ではない。
ここまで馬鹿過ぎると毒気も抜ける。千夏は呆れたように彼らを見た。
千夏は入口に向かって何枚かのファイヤーウォールを重ね掛けする。テトラザウスと騎士団を同時に相手にするのは面倒だったからだ。
「タマ、今の内に元に戻ってさっさとテトラをやっちゃって!」
「はいでしゅ。コムギどくでしゅよ!」
タマはすぐに竜に戻りコムギが退避するのを確認してから、テトラザウスに向かってドラゴンブレスを吐き出す。
テトラザウスは竜の中位の魔物であるが、タマの一点を狙ったドラゴンブレスに長時間抵抗することはできない。徐々に頭部が変形していく。
レオンも竜に戻り、駄目押しの氷のブレスをテトラザウスに向かって吐き出す。テトラザウスは下半身から凍っていき、最後には頭部がなくなった状態で完全に氷漬けになる。
千夏はアイテムボックスにテトラザウスを収容してからも、まだ入口に向かってファイヤーウォールを重ね掛けする。その間にレオンとタマが人の姿に戻る。
「さて、どうしようかね」
入口付近にはまだ騎士達たちがいるらしく、気の位置は動いていない。
リルは遠話のブレスレットで、セラに向かって現状を説明している。
『呆れてものが言えないわね』
冷やかなセラの声が聞こえてくる。
『俺たちが行こうか?』
訓練中のアルフォンスが声をかけてくる。
『大丈夫よ。とりあえず、まだ襲ってきそうならタマとレオンに軽く撫でてもらうわ』
そろそろファイヤーウォールが消える頃だ。襲い掛かってくるのであれば、致し方ない。
リルが一応物理結界と魔法結界を重ね掛けする。
ファイヤーウォールが消えた瞬間、騎士達がこの部屋に雪崩れ込んでくる。
手加減できないコムギを千夏は抱きかかえる。
「侮辱罪でお前たちを捕える!かかれ!」
分隊長がそう叫ぶと騎士達が千夏達に向かって剣や槍を振るってくる。
頭が悪いの?
自分たちが倒すのを躊躇したテトラザウスを倒したパーティに向かってくるとは。勝てないと思わないのだろうか。
次々とタマとレオンに放り投げられていく騎士達をうんざりと千夏は眺める。
最後に一人だけ残った分隊長が、やけになったように叫びながら突っ込んでくる。剣をひらりとよけレオンが体をすっと分隊長の下に割り込ませると、次の瞬間には分隊長は空を舞っていた。
千夏は彼らの武器をすべて回収してアイテムボックスに放り込む。
それからおよそ15分後。血相を変えたクロームが近衛兵を引き連れて現場に現れた。
騎士達は全員縄で縛られて転がされていたので、皇太子の登場に頭を下げることさえもできない。
とりあえず騎士達の縄を解き、ダンジョンを出て全員で王城に移動する。
皇太子の執務室で関係者の事情聴取が行われる。
エッセルバッハからは千夏とリル、そしてセラ。竜騎士団からは団長と分隊長とその補佐3人が出席する。皇太子とその補佐である政務次官を挟んで3人ずつ両脇に並ぶ。
クロームはセラからは大体の事情を聞いていたが、皇太子としては竜騎士団のほうの言い分も聞かなければいけない立場だった。
「こいつらは、階層主の討伐に我々が手助けしてやると言ったにもかかわらず、無礼にも魔法で攻撃してきたのです!」
分隊長は千夏達を睨みながら、経緯を説明する。
クロームが千夏をじっと見る。
「私は何回も彼に邪魔をしないように注意しました。それでもなお押し入ろうとしたので警告として入口付近にファイヤーランスを放ちました」
千夏は淡々と答える。正直面倒以外何者でもない。
「自分で罪を認めたか!」
鬼の首を取ったかのように分隊長は叫ぶ。
「彼女が言っていることに間違いはないのだな?」
クロームが重ねて分隊長に尋ねる。
「ええ、間違いありません。こいつが魔法を先にしかけてきたのです!」
分隊長は力強く頷きながら、千夏を指さす。
「ハマール竜騎士団はダンジョンのルールをご存じでないのかしら?」
セラがにっこりとクロームを見て微笑む。やっぱり突っ込んできたか。クロームは溜息をつく。
ダンジョンのルールは世界共通だ。ハマール王立学園の生徒たちも最初にそれを習う。
竜騎士団長は苦い顔で部下をにらみつける。
「ダンジョンのルールでは先に戦闘しているパーティへの乱入は基本禁止されています。ダンジョンは狭く乱入されると戦闘が乱され危険になるからです。
もし無理やり乱入した場合殺されても文句は言えません。ましてや階層主との戦いの最中に割って入るなど言語道断です」
政務次官はじろりと分隊長を睨む。
ようやく現状が理解できた分隊長は低く唸る。今まで似たようなことを何度も繰り返していたので、そんなルールのことなどすっかり忘れていた。
ルールを無視して乱入しても騎士団が怖くて冒険者たちは文句を言えなかっただけなのだ。
「そ、それは彼らが危機に瀕していたからです。ルールはルールですが人として助けることは当たり前です」
ずる賢い彼は、すぐに言い訳を始める。
「確かに騎士としては見過ごせない状況でしょう」
騎士団長も分隊長を援護する。竜騎士団としての名誉がかかっている。
「では私たちが階層主を倒してから襲ってきたのは、いったいどういうことでしょうか?」
リルが不愉快そうに分隊長を糾弾する。
「何を言っている。我々は階層主に対して攻撃をしようとしただけだ。お前たちが勝手にそう解釈したのだろう!」
やれやれ。勝手に話を作り上げてくる分隊長に千夏はうんざりする。
「先ほどの話では私たちが危機的状況だから押し入ったといいましたね。それならばもちろん、階層主がどう倒されたのかご存じですよね?」
「もちろん我々が倒してやったのだ」
ダンジョンマスターと階層主は倒されると消える。証拠として残っていないことをたてに分隊長はそう叫ぶ。
千夏はアイテムボックスからテトラザウスの氷漬けを取り出す。幸いクロームの部屋は広いので置き場には困らなかった。
「階層主のテトラザウスです。氷漬けにしたら消えずに残りました。解凍したら消えるかもしれませんが。どうやってこの氷の魔法をあなた方は使ったのですか?是非見せてほしいですね」
千夏の言葉に分隊長は必死に頭を働かせる。彼の分隊では魔法を使えるものがいないのだ。
騎士団長はごまかそうととっさに考えるが、目の前の氷の壁は数十人かかりでやっとできるようなものだ。言い訳が苦しい。
「そ、それは別のテトラザウスだろう!我々に罪を着せるための言い訳か!」
分隊長は苦し紛れにそう叫ぶ。
「あら、変な話ね。もしこれが別のテトラザウスだとしても、彼らにはテトラザウスを倒す力がある証拠ということでしょ?あなたが言っていることは支離滅裂すぎるわ」
セラが追い打ちをかける。
「もういい。騎士らしく己の非を認めろ。見苦しい。これ以上なにかいうのであれば騎士の資格を剥奪する。
処分は負って通達する。それまでは謹慎させろ。いいな?騎士団長」
クロームは苦々しく分隊長をにらみつける。これ以上言い訳すれば立場が危うくなる。騎士団長はクロームの言葉にしかたなく頷く。
その目は暗く澱んでいる。近いうちに必ずこの恥辱を晴らしてやる。彼は心の中でそう誓った。
誤字、脱字を修正しました。
ダンジョンの話でしたが、ほとんどダンジョンネタというより、小競り合いの話になってしまいました。
次回は気分をかえて従魔の大会の予定です。




